竜と涙と約束と。
ポロポロと、夜を惜しむ朝露のように煌めきこぼれる。
女の涙とは、そういうものだと思っていた。
違ったな、思い切り。
ぞうきんを絞っても、ここまでにはならんだろうと思うくらいドバドバと。
顔中くしゃくしゃにして、真っ赤になりながら、目からも鼻からも体液を溢れさせている。まるで洪水。
そんなに泣くと、後で目が腫れるぞ?
人間の身とは、かくも弱いものだからな。
「もう泣くな」
「でも、でも……」
嗚咽で言葉が震えている。
可愛い、と、思った。
異種族の女に対し、そう感じたのは初めてだ。
地下遺跡の探検中、仲間に見捨てられた女冒険者。
目の前の女の境遇は、それだった。
地中の奥深く、飢えて死ぬだけだった儚い命が、私の前に転がり落ちてきたのは、単なる偶然。
床の裂け目から転落し、最下層のこの場へ。
私が封印された天然窟へ。
無力な人間の娘。だが、私にとっては数百年ぶりに会話が出来る生き物。
古に勇者に封印されて以来、暗い地下に閉じ込められていた私は、退屈しきっていた。
話し相手として、女を生かそう。
どんな豪剣でも通らない鱗に覆われた尾を、自ら断じ、糧食として女に与えた。
歯が立たないという。軟弱者め。
だが、それも最初の一口だけ。
古代竜の身は、喰らうことによって大きな力を得る。
肉を柔らかく潰し、飲み込ませた後は、食べれば食べる程、彼女の力は増した。
もう自力で地下から脱することも可能だ。
一方、私が封印空間から出るには、竜たるこの身を捨てぬ限り無理。
しかし、遠き昔に立てた誓いのせいで、自死が出来ぬ。
私は、目の前の女に希望を見た。
存分に話した後は、私を殺してもらうのだ。
私達はかなりの時をともに過ごし、そして私は満足した。
だから、かねてからの思いを提案した。
まさか断られるとは思わなかった。
人間には忌み嫌われた竜だ。二つ返事で請け負ってくれるものとばかり。
困ったな……。
「この身体を棄てるだけだ。捕らわれているのだぞ? 何も出来ずに、このまま朽ちていく。その時を早めるに過ぎん。終焉に向かう時間を独りで、この先何千年も待ちたくはないのだ」
お前には我が身を取り込んだ力がある。私の命を絶つことが出来る。
どうか私を救けてくれ。
切々と諭した。頼み事をするなど、以前の私には考えられなかったが、彼女を逃すと次はないかもしれない。
女が折れた。
そして。
大粒の涙を、ボタボタと落としながら、剣を振り上げた。
(ああ。朝露ではなく、真珠玉だったか──)
その思いを最期に、私の意識は闇に散じた。
「母様、それでその竜はどうなったの?」
「必ずまた会おう、って約束してくれたわ」
「えっ、死んだのに?」
「そうね、ちょっと違うのかしら。魂の解放だと彼は言ったわ。次は人間として生まれてくるって」
「ふぅん。会えたらいいね?」
「ええ」
微笑んで軽い口づけを額に落とす女を──違う。母親だ、いまは。
彼女を見送って、ベッドに潜り込む。
人の寝床はあたたかい。
今生も、なかなか良き!