9.『南の湿原にて双頭の蛇を探せ!』
※少し長めです。
我々探検隊は、南米アマゾンの密林深くへ、伝説の蛇を探しに行くことになった!!
嘘です。魔国ジェヴォーダンの南の湿原です。
なんかもうヤケクソなんだよね……火山から帰った後、王様にすぐ呼び出されて、今度はこのザマだよ。何だかもうよくわからん……暑いし。湿気が一番嫌い。
何探すんだっけ……ゴッド何ちゃらオルム?? 最悪だよ……ベタベタだよ……はぁ、お風呂入りたい……
「ふぁっ……!!」
「底なし沼ですぞ、お気をつけください!」
「ムー!!!」
暑さのあまりぼんやり歩いていた私は、まんまと足を滑らせて、臭い泥沼に胸まで浸かってしまった。失敗……ああ……お風呂……くさ……
「困りますね、教育係殿。私達は王子殿下のサポート役なのですよ?」
おめーもまた来てんのかよ……執事さんに助けられながら、私は無言で否やを主張する。いや、素直にヘロヘロだ……私、要ります? みんなで勝手に行ってくださいよ……しかし、あまり反抗的な態度を見せて、底なし沼に沈められても困る。私は生き抜くぞ! はあぁ……でもだるい……
「ムー! ムー!」
「王子殿下が? いえ、それは……」
「ム、ムー!!」
「な、そうだったのですか?! ……仕方ありませんね、今回だけですよ?」
「ムー!」
急に上から水が降りかかってきて、なんだか生き返る。
「ムー!!」
「わーありがとーフワフワちゃん〜♪」
「ムー!」
「王子殿下の慈悲ですからね、今回だけです」
「あ、すみません……」
ついうっかりサバイバル生活の感覚で反応してしまった……失敗。執事さんキビいわぁ……でもさあ……これ熱中症じゃないかなぁ……とりあえずフワフワちゃんの水魔法でシャワーを浴び、冷水を飲むことでなんとかシャキッとする。身体中から汗が噴き出して、もう乾いてるとこなんかない。せめてもう少し休憩させてほしい……
「まったく……軟弱過ぎるとは思いませんか? モルドーレ殿」
「そう言われましてもなあ……ミドヴェルト殿にも適性がありましょう」
こうなることくらい前もってわかっているくせに、なぜわざわざ連れてくるのか? 隊長のモルドーレさんも疑問があるっぽい言い方。管理責任者だもんね、ご面倒をおかけして申し訳ない……私も疑問なんです……逆に執事のマーヤークさんは、なんか裏で手ェ回してる雰囲気なんだよね……いじめか? いじめなのか??
でも本気でこれどうしよ……湿気……やば過ぎ……重力魔法みた……い……
「ミドヴェルト殿!!」
「ムー!!!」
暗闇の中で、ひとり。
え? ここどこ?
まさか……熱中症で終わった?
水飲んだのに??
ほ、本当に……?
はぁ……次の世界あるのかな……?
無いか、暗闇だし。
もう、終わりか……あっけないもんだな。
フワフワちゃん……どうしてるかな?
あれ?
あっち、ちょっと光ってるような……?
行っていいのかなぁ……?
しばらく進むと、頭を抱える人っぽいものが見えてきた。
「私のせいじゃない……私のせいじゃない…… …… ……」
なんかブツブツ言ってますよ……近づいて大丈夫なんでしょうか……?
でもこのオジサン……だよね? この暗闇の中で唯一光ってるオジサン。私のような虫の如き存在は、ただ明るい場所に引き寄せられるしかないのだった。だけど……ヤバい系の人? やっぱ声かけるのはやめておくか? でもなあ……きっと話しかけないと何にも進まないよこっから。
「あのー……すいません……」
「ひいっ……だ、誰だキミは?!」
「あーえーと……気づいたらここに来ていてー……ははは」
日本人の悪い癖。お店の人や係の人に声をかければ、きっと何とかしてくれると思ってしまう病。あと警察。一般的な日本人は、たいてい警察を便利に使い倒す。サービス業だと思ってるからね。だけど昔、外国人に道を聞かれたとき、軽い気持ちで警察行けばって言ったら必死で抵抗されてビビった。世界には警察が信用できない国もあるんだもんね。それどころか店員さんが無愛想なのがグローバルスタンダードだ。日本のサービス業はもっと報われるべきだ! 私も別に、このオジサンに専門的な用はないし、何がしたいわけでもなく話しかけてしまった。申し訳ない。だけど……状況、わかりますよね? 助けてほしいんです。それだけ。せめてどっかに誘導してほしい。できればもう少し明るい場所に。頭がガンガンする。水分が足りてないのかなあ……
白い髪を長く伸ばしたオジサンは、白い羽が一対あって、なんとなく天使のようだった。青と黄色のおやすみキャップみたいな帽子をかぶっていて、先っちょに星がついている。この異世界の人って、いちいち可愛いもの持ってるんだよね。でもそれを極限まで深く被って、両端を握りしめて体育座りでブツブツ言ってるから、結構やべー人に見えてしまうのだった。……話しかけなければ良かったかもしれない……天使のオジサンが怯えた目で私を見る。失敬な。フワフワちゃんだったら、絶対スリスリしてくれたはず。マイ・オキシトシン・カモン。
「あのー……」
「ひいっ……わ、私のせいじゃない!! うっ……うっ……」
何がだよ……
ワケわかんねー奴に出会っちゃったなあ……むしろこっちが泣きたいんですけど……
「少々お聞きしてもよろしいでしょうか? ここは一体どこなんですか?」
「私は……私は……すまない……わからない……!」
「はあ……そうですか。それでは失礼しました」
「待ちたまえキミ……一体どこへ行くんだ……」
構ってちゃんなのかなあ……? めんどくせ……天使のオジサンは私に何か言うことがあるのか? ありそうには見えないんだが……もしやアレか? 話し相手欲しい系オジサンか? だとしたらこの場から一刻も早く離れたい。君子危うきに近寄らず。
だが、ここからどこへ? 次の光が都合よく見つかるかはわからない。転職と一緒だね。とりあえず様子見してみるか……情報収集と割り切って天使のオジサンの話に付き合う。オジサンは記録天使だとのこと。だけど職場は超ブラックで、なんだか仕事でミスして、ここで反省しているみたいだった。何それ……日勤教育?? 怖。いじめ、ダメ絶対。
そもそも記録天使ってやつは、なんか1人ものすごく有名な天使が統括してるっぽいんだけど、特殊能力でもなんでもなくて、何百万人という天使のオジサンみたいな無名の人たちが頑張ってサポートしているらしい。ちょっと複雑でよくわからんかったけど、部下の手柄を上司のものにする系の伝統があるのかな。だから、どんなに頑張っても昇進とかはなくて、平の天使に生まれたら永遠に平のままらしい……なかなかエグいね、天使業界。
そういや魔国には天使っぽい人いなかったなあ……それに全員が悪魔って感じでもなかったし、悪魔のほうが自由が効く商売なのかもしれない。だから堕天使とかもいるのかな? 実際に会ったことはないが。私も前の職場辞めるとき、部長に「本当に辞めるのか、大変だぞ」とか言われたけど、別に大変じゃなかった。それに私が辞めた後、2年ぐらいしてその会社潰れたし。……部長は今どうなっているのか? 大変なのだろうか。少なくとも、異世界には来ていないだろうな。ははは。
天使のみんなも転職すりゃいいのに。でもそれは悪魔の囁きとされていて、絶対に聞いてはいけない甘言らしい。……んん? なんか……洗脳じゃないか? 怪しさがスゴイ。天使の皆さんは自分の仕事に誇りを持っていて、歓喜をその身に浴びながらブラック企業のルーチンを続けているとのことだった……いや、やめちまえよ。やりがい搾取だよ、それ。
「あのー……失礼ですが、ここに何年いらっしゃるんですか?」
「400年ほどだ……あと600年ほどで職務復帰が果たせるはずなんだ……」
え……何したら1000年の罰受けることになるの? 某アメリカの司法制度じゃないんだから……この人、後600年もここで何するつもりなんだ? こんな光も音もない世界で、たったひとりで。
「ふあぁぁっ!! なんだこれは!!?」
急に素早く身をよじるオジサンに超絶ビビる。とうとうイカれたか……可哀想に。
「はひぃぃ!! や、やめてくれ!!!」
いやぁ……やめて欲しいのはこっちなんですけど?! 怖すぎ!! 私は気づかれないように天使のオジサンから距離をとった。下手に刺激して暴れられても困るし。オジサンは頭を抱えてうめき出し、息も絶え絶えに「音楽が頭にぃ……」と小さく洩らした。
ん? 音楽……だと……?
あれれー? なんだか心当たりのある言葉。音楽……? ああ、「光も音もない世界」って辺りで発動したのね。例の『歌』が。申し訳ございません。音について考えちゃダメなんだったね。……あぁ、また考えちゃった。いや、悪気はないんだよ。本当だよ! でも、天使のオジサン見てると「天上の調べ」とか色々なメロディが勝手に浮かんできてしまうんだ、それだけなんだ……決してトランペット吹いてる天使がルイ・アームストロングだったら、ウーピー・ゴールドバーグとエンタープライズでラブソング歌ってるかもなあ……なんて、思いたくて思っているわけではないんだよ。あ、急にローランド・カークが鼻でラッパ吹いてるの思い出しちゃったよ、ごめんよ……
「うあぁぁぁぁ……! っ……………………」
あ、気絶した……
天使のオジサンは、ひときわ高い呻き声を発すると、その場に倒れて動かなくなった。
し、死んでないよね……? い、一応、安らかな寝息を立ててる。大丈夫そう。……ということにしよう。責任回避!
はぁ……
え、魔物じゃないけど、天使にも聞こえるの? この『歌』とやらは。
……このオジサン、ここに放置して去ったら、マズいかな……救護義務違反的な感じになっちゃうかな??
などと思いながら、私が天使のオジサンの気道を確保しようと首の辺りに手をやると、上から光る葉っぱみたいなものがヒラヒラと雪のように降ってきた。その光は私とオジサンを淡く包みこむと、まるでアブダクションされるときみたいにシュィッと上方に消えた。
後には何もなく。どこまでも真の暗闇があるだけ。
「ムー!!!」
気がつくと、フワフワちゃんが私の顔に、スリスリスリスリスリスリスリスリ、何度も何度も8の字を描いている。
あれ……? ここは魔国の湿地帯……? 私、死んでなかったのか……
「まったく、貴重な回復アイテムを消費するとは、鍛え方がなっていませんね」
混乱が収まる前に、頭上から執事さんの小言が聞こえた。す、すいませんね……どうせ何ひとつ鍛えていませんよ……はあ、でも一応、回復させてくれたんだね……その辺に捨てられたりしなくて良かった。……って、そんなこと言われるってことは、後で回復アイテムの使用料請求されるのかな? この執事さんならやりかねないと思う。
「それで、こちらの方はどなたでしょうか? 納得のいく説明が、是非聞きたいものですが」
「え? ……あ!!」
「なるほど事故ですか。それではこの天使殿は、こちらにお任せください」
「あ、あのそのオジ……天使さん大丈夫でしょうか? 私の『歌』を聞いてしまったらしくて……」
「『歌』……?」
あ、ヤベ……執事さんの目が超絶怖くなってる……
私は無意味に微笑んだ。もうそれ以外なす術はないと考える。と同時に、片腕を執事さんに持ち上げられた天使のオジサンが、何だか天使の少年に見えた。いや、ぐにゃりとブレて、今度は天使の青年に見える。これはアレか? 情緒不安定なときの執事さんと似たアレなのか? あまりにも私が驚いて釘付けになっているのに気づいたのか、執事さんが説明してくれた。
「ん? ああ……コレですか。我々悪魔や天使といった種族は、肉体を持たず概念として存在するものなのです。そのため、本人が意識を失うと形状が固定できなくなるのですよ」
……なるほど、全然わからん。執事さんは、せっかく説明してやったのに理解してねーなコイツって感じの顔で、それ以上何も言ってくれなくなった。ごめんなさい、悪気はないんです。気持ちが追いつかないだけなんです。あれ? じゃあ、この手の話でよく聞く「受肉」ってなんなんだ?? でも一気に機嫌悪くなってるから、これ以上は変なこと聞けないなぁ……私の好きな作品だと、受肉しないとこの世界にいられない的な雰囲気だった気がするけど、関係ないか。異世界それぞれに違う法則があるのかもね。なんたって異世界だし! うん、そういうことにしよう。
私は、足元にくっついていたフワフワちゃんを抱っこした。ふわぁ……久々のオキシトシン。
ほかの騎士さん達にも感謝と謝罪を伝え、とりあえず通常モードに戻る。まだ、ここに居ていいのかな? 暑いけど、さっきまでのグロッキーな気分が嘘みたいにスッキリしている。今なら5kmは歩けそう。それ以上は断固拒否したい。
今回の目的だった湿原の蛇というのは、ゴッドヴァシュランズオルムといって、なんだかすごく大事なものを守ってるという双頭の巨大な蛇らしい。そいつを倒してお宝を奪うのか? と思ったら、違うとのこと。なんと、お城の警備をしている、あの蛇男くんの親御さんなのだそうだ。お使いは無事に終わって、ゴッドさんご夫妻と少しだけ蛇男くんの話で盛り上がった。えーと……確か、左の頭がパパさんで、右の頭がママさんなのだとか。喧嘩したときはどうするんだろう……なかなか大変そうではある。
帰りは試練と関係ないってことで、ゴッドさんちから竜車で送ってもらった。たぶん、私が死にかけたのと、意識不明の天使さんが増えてしまったせいだろう。竜車の使用料が私に請求されませんように……執事さんの顔が怖すぎる上に、なんかドス黒いモヤモヤも出ていたので、思わずフワフワちゃんを盾にしてしまった。無事に帰るまでは、できるだけ気配を消しておきたいものです。
でも……簡単なはずのお使いで、毎回死にかけるのは何故なのか……? 解せぬ。
「ほう……やはり動いておったか……」
「いかがいたしましょう陛下」
「まだ、どうすることもできぬな。今は動くでない……」
「……御意」