20.『空間をあらわすもの』part 2.
公爵様をとっ捕まえて予定を聞くと、明日戻るとのことだった。相乗りして良いか聞くとOKとのこと。実は帰還魔法ができるようになったので、帰りの手配はいらないと告げると、なんかめちゃ興奮していた。
「すっげ!! やっぱミドヴェルトさんてスゴい人だったんスね!!」
「いえ、公爵様のお許しを得て教会を作ってなかったら、この魔法を身につけることはできなかったかもしれないし……たまたまですよ」
「あ、教会にしか戻れないのかー……んじゃ俺も1回便乗していいっスか? あいつに会っておきたいんで」
う、うん……良いけど……変わっちゃったぜ、あいつ。
今回は仕事オンリーなので、ホムンクルス姫は連れて行かないらしい。サクッと魔車の出発時刻だけ聞いて、厨房へ行く。おばちゃんに、なんか胃に優しい軽めの美味しいスープでも作ってもらおう。そんでヒュパティアさんとベアトゥス様に差し入れだ。お腹が満たされたら気持ちが落ち着いて、いろいろ受け入れられるようになるかもしんない。
「そうかい、じゃあこれを持っていきな!」
ドン、と厨房のおばちゃんが、物凄くチーズィーなオートミールのおかゆみたいなのを出してくれた。なんか角切りベーコン的な何かと目玉焼き的な何かが乗ってて、胡椒っぽい雰囲気のスパイスがパラッと振られてて、いかにも美味しそうだけど……これ、軽くはねえよ?
でも美味しそうなので、ありがたく鍋ごといただく。お椀とスプーンを5個ぐらい持って、まずは錬金術師のアトリエに向かった。熱々カップルが二人で「アーン」してたので、どさくさ紛れに私もロンゲラップさんに同じことしてあげようとしたら「俺はいらん」とクールに返されてしまった。わかってたさ……悪魔め。
まだまだ重い鍋を抱えてベアトゥス様のいる別棟へ行くと、本を読んでいたマルパッセさんがドアを開けてくれた。
「おやまあ! こんなにどうしたんだね?」
「勇者様に……ご飯でも食べさせようかと思いまして」
「起こして大丈夫なのかな?」
「たぶん大丈夫です」
私は例の赤い玉を握って「起きてください」と呟く。すると、ベアトゥス様が目を覚ました。体を起こしてギロリと私を見ると、マルパッセさんのことは完全無視して「なんだ」と答えてくれる。
「ベアトゥス様、ご飯を持ってきたので食べてください」
「わかった、食べよう」
さっき青髪悪魔に拒否られたフーフーアーンを再度実行。筋肉勇者はパクッと食べて、すぐゴクンと飲み込む。
「熱くないですか?」
「熱くはない」
「美味しいですか?」
「わからん」
さっき自分で動いてた気がしたのは何だったんだろ? ってぐらいにメカっぽくなってしまっている。うーん……謎だ。
「ヒュパティアさんは元気ですよ。今、王と一緒にご飯食べてます」
「そうか……」
「ベアトゥス様にも認めてほしいといってました」
「そうか……」
鍋の半分くらいパクパクと食べ進めると、勇者はお腹いっぱいになったみたいだった。そういや、エコノミー症候群とか大丈夫かな? ……少し歩いたりしたほうがいい?? ご飯で水分とれたかな? 飲み物とかもあげといたほうがいいのか……?
「あ、そうだ、ベアトゥス様これ好きですよね!」
私はささっと、オレンジジュースとチョコ魔法を発動させて、ベアトゥス様に渡す。
「それ食べたら、少し外を歩きませんか?」
言うが早いか、一瞬でチョコとジュースを平らげ、筋肉勇者は立ち上がる。
「ならば行こうか」
おっと、基本的な性格は、あんま変わってなさそうかな……?
マルパッセさんと距離が離れると、ベアトゥス様は大きな体をかがめながら、小声で私に話しかける。
「体が自由に動かんのだ、何か知っているか?」
あ、そういう自覚はあったのね……隠し立てしても無意味なので、私は素直に事情を説明した。
「も、申し訳ございません……実はベアトゥス様から『心』が転がり落ちてしまい、元に戻すことができなかったのです」
「心……だと?」
「はい、これなのですが……」
私は首から下げたペンダントを開き、赤い玉を本人に見せた。それを勇者の胸にグイグイ押しつけてみるが、何も変化しない。ポロリと落ちた玉を拾って、またペンダントに戻す。これ、あなたが寝てる間に何回もやったのよね……
「そうか……お前が持ってくれているなら、俺は一向に構わない」
「そ、そうですか……ですが……あの、その……」
「なんだ?」
「どうやら、これで、あなたを勝手に動かすことができるようなのです」
「さっきの飯か?」
「ええ……お嫌でしたら、ぜひご自分でお持ちください」
私がペンダントを首から外そうとすると、ベアトゥス様はそれを制した。そして首を振って私の手を取る。
「俺はお前の意に沿うことに何ら異論はない。好きにしろ」
「え、す、好き……?」
「いや! 好きだとか嫌いだとかいう話ではなくてだな! うっ……まあ勝手にしてくれ……」
「わ、わかりました」
「……」
「……」
「話は終わったかね?」
「うわぁ! ……ま、マルパッセさん、脅かさないでくださいよ!」
「すまんすまん、ほら、あそこにお客様が来ているよ」
「あ……」
王とヒュパティアさん!? まだ会わせないって言ってなかったっけ?? あ、コントロールできるからかな……?
「兄上、可愛らしい彼女ができたみたいね」
「まだ彼女ではない……」
まだって……なんか外堀埋められてる感が……王と目が合うと、ニヤニヤして変な妄想を垂れ流していた。チッ……やっぱあいつクソ野郎だ。ヒュパティアさんは天才らしいし、二人に変な計画立てられたら困る。でも今私が筋肉勇者を振ったら、やさぐれて暴れるかもしれないし……可能性はあるみたいな、ゆるっとした感じにしとかないと……誰か勇者の彼女に立候補してくれる人いないかなぁ? メイドさんたちに話振ってみるか。
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「なんと! やはりきておったか! しんしーずん!!」
「いや、やめてもらえますか? 拗れたほうがいいみたいに言うの……」
妖精王女のアイテールちゃんが、口の周りをチョコだらけにして興奮気味に騒いでいる。ご本人だってお相手募集中のくせに。なんかどんどんおかしな方向に行ってる気がするんですけど……
「でも、難しいですわね。その方って、あなたに暴力を振るうのでしょう? お勧めはできませんわ」
「そうですね……最終的にはそれを理由に断ろうと思ってるんですけど、フェイドアウトが難しそうで……」
さすがホムンクルス姫、DV被害に遭っていた経験者の言は現実的だ。
ベアトゥス様って、落ち着いてるときは話が通じるんだけど、暴れ出したらもう終わりなんだよなぁ……ちゃんと結界あってもアバラ折れたし。
結局あの後、私はシャパリュ騎士団の治療塔でお世話になって、モフモフの世界を堪能したのだった。西の森の特訓でもお世話になったシャパリュ騎士団は、衛生兵が多いせいか、わりと女性騎士さんも多くて何だかノーブルで素敵な雰囲気だった気がする。いや、別にベヘモト騎士団が汗臭いとか言うつもりはないんだけど……うーん、でもやっぱ獣臭かったかな?? 一方、猫科の人って綺麗好きだし、単体で獲物を狙うために元々あんまり体臭がないらしい。猫科スゲエ……
まあ、最悪の場合、筋肉勇者をコントロールさせてもらうしかないだろう。禁止事項として、私に暴力を振るわないってできるかな? というか、魔国内で暴れないってことにしといたほうがいいか。一応執事さんに相談すると、私の希望どおりに誓約書を作ってくれた。そこにベアトゥス様からサインを貰う。その後、ロンゲラップさんが赤い玉に何か魔法っぽい光で禁止事項を刻み込んでくれたのだった。
「いろいろと禁止事項が多くて申し訳ございません。ベアトゥス様は強大なお力をお持ちですので、安全第一でさまざまな対策をさせていただいております」
「誉め殺しか? 賢しいことよ……」
「いえいえ、私も防御結界があったのに肋骨が折れましたし、かなりのパワーでしたよ」
「な! お前、怪我をしていたのか……?!」
しれっとオメーに骨を折られた宣言をして、筋肉勇者を意気消沈させる。ベアトゥス様は、私の笑顔に気まずい表情で俯いた。よしよし、効いてるようだ……
「お気になさらなくて結構です。今は治癒済みですので」
「そういう問題ではなかろう……お前に怖がられるのも当然だな」
「でもこの契約によって、王城を自由に歩く許可が出されました。これからはお城の敷地内ならどこでも歩いていいそうです。お腹が減ったら食堂に行くといいでしょう。お酒は、メイドさんに頼めば自室に運んでくれますよ」
ここで、メイドさんに大人気だったって情報を伝えるかどうか迷う。まあ、わざわざ言わなくたって自然になるようになるだろう。
「お前はこれからどうするのだ?」
「へ? あっと……メガラニカ王と魔国の公爵様の会談に参加した後、公爵領のピーリーに会いに行きます」
「そうか……忙しいのだな」
「あの……ヒュパティアさんのこと、怒ってますか?」
「いや、あいつらが良いなら問題はない」
「ベアトゥス様って……これからどうしたいとか希望ってありますか?」
「特にないな」
「一応オフレコなんですけど、この王城で暮らすか、公爵領で暮らすか、まだ計画段階ですが西の森で暮らすっていう3択を考えてるんです」
「そうか」
「公爵領は、年中寒くて何となくメガラニカっぽい雰囲気はあるでしょう。王城だと美味しいお酒が飲めるはずですよ。あと、妹さんもたぶん王城で暮らす予定なので、いつでも会えるでしょう。西の森はこれから作っていくので、魔物と戦ったりいろいろとやりがいがあるんじゃないかと思います」
「そうか……」
「西の森に行きたくないですか?」
「行かせたいのか?」
「わかりません。ベアトゥス様にやりがいを感じてもらいたいんです。勇者様だし、やっぱり得意なのは戦いかなって……でも、本当は図書館司書が好きっていうんなら、王様に頼んでみますよ」
「得意というのなら料理だな。肉を捌いたりするのは他人より上手くできると思う」
おおう、はからずもメイドの園へ……? これは良い手応えかもしれない!
「じゃあ、厨房の人にご紹介しますよ! どんな料理でもできる凄いおば……女性がいるんです!!」
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「なんだい、いい男じゃないか! あんたもやるねぇ!!」
「う、おばちゃん……苦しいから……」
何やら浮かれた厨房のおばちゃんは、ふくよかな胸に私を埋めてはしゃいでいる。その後ろには、筋肉勇者を一目見ようとメイドさん達が遠巻きにひしめいていた。筋肉つよ……
「と、とりあえずベアトゥス様は厨房を見学したいそうなんです。お肉を捌くのが得意らしいので、ちょっとやってみてもいいですか?」
「ああ、お安い御用さ、そこの肉を捌いてご覧よ」
さすがのおばちゃんも、ベアトゥス様に抱きつくようなマネはしないっぽい。しかし、私はいつ解放されるのか……勇者の勇姿を夢中で見つめながら、アラァキャァウハァと飛び跳ねるおばちゃんに、私は振り回されて無茶苦茶ガクガクだ。公爵様のときも凄かったけど……もしかして、厨房のおばちゃん、ミーハーなのか?
しばらくして、ベアトゥス様が捌いた肉を焼いて出してくれた。いつの間に料理してたの?!
「……食ってみろ」
私とおばちゃんとメイドさん数名で、勇者飯を恐る恐る口にする。
「お、美味しい!」
「本当、何これ!」
「あんた、天才だよ!!」
この瞬間、筋肉勇者の転職先が決定したのだった。




