19.『メガラニカ遺跡の謎』part 2.
魔国から北北西。あまりにも寒いデスゾーンが続く8000m級の神峰が連なる山脈に阻まれて、神国メガラニカと魔国ジェヴォーダンは、数千年の間まったく交わることがなかった。詳しいことは記録がなくて誰もわからないみたいだけど、戦争があったとかいう昔には、まだ山が低かったらしい。……大陸衝突系マウンテン??
しかし、メガラニカは滅亡したのだった。過去形なのは、間違いじゃない。山が高くなったせいか、雨が降らなくなって砂漠化が進み、ツンドラ気候で作物も育たず、気がつけば永久凍土が国全体に広がっていったのだとか。……完全に詰んでる。
鉱物資源は豊富だが売り先がなくて、工学は発達してるのに足りないものがたくさんあるらしい。特にヤバいのが食糧難。生き残った人々は、コケを食べて命をつないだ。そこで、メガラニカ王は一発逆転の秘策に手を出してしまった。曰く、シュレディンガーのメガラニカ大作戦。うーん……何が何だか。王の説明聞いてもいまいちわかんなかったけど、要するに滅亡したメガラニカと滅亡してないメガラニカを、人工的に作り出すことに成功した。……的な解釈でいいのかな?
なんか、量子のもつれがどうのこうのって話だった。途中で私の脳がもつれてしまったので、天井の高さについて考えていたら話が終わってた。まあ……そんな感じ。こんなことは、どうせピーリー君に聞いても説明できなかっただろう。だって一番詳しいはずの王に、直で説明されてチンプンカンプンだし。私、高校で物理のテスト3点だったし。担任のマカベちゃんに「みどりぃ! 物理、大学入試で使わねえな!」って言われて「使いませぇん!」ってったら「そうかー!」で終わったし。
つーか、人間の国って……ブラックな国っていうより、マジで存在が不安定な国だった……
今は、メガラニカ王と数人の天才たちで存在値の安定化をはかっていて、全員エンドレスデスマーチで死にかけている状態らしい。……ハッキリ言って、歪み切っている。
外国に派遣した工作員は、滅亡したメガラニカに帰還してしまう場合もあるけど、そんなときは滅亡してないメガラニカが出るまで転送ガチャし続けなければいけない。ここに着いたとき、ピーリー君が助かったって言ってたのはそういうことらしかった。
そういや、ピーリー君どこ行ったんだろ……? ほかの子も転送装置持ってんのかな? でもバッテリーがどうのって言ってたから、簡単に行ったり来たりはできないのかもね。使えてたら、ホワイトヘイヴン城か公爵領の別棟で使ってたはずだ。つまり、ほかの子は転送装置が使えない可能性が高い。
謁見の間で私に任されたのは、このたくさん並ぶモニターのうちのひとつを見張って、エラーが出たら右上の三角のとこをタップする簡単なお仕事だ。うーん……これミスしたら、一体どうなっちゃうんだろう……
そんなことを考えていると、急激にチョコが食べたくなってしまった。王の目を盗んで、こっそりチョコ魔法を発動してみる。最近のお気に入りは、はちみつホワイトチョコ。甘味が舌に残らなくて、優しく消えていくのが愛おしい。はー……フワフワちゃんどうしてるかな……アイテールちゃんもチョコ切れで怒ってるかもしんない。なんか色々あって考える余裕なかったけど、私って魔国に帰れるの……??
「ちょっと君、何食べてるの?!」
「あ、ちょ……チョコです」
メガラニカ王が「ん!」と手のひらを差し出す。く、くれと……? 恐る恐る、彼の手にはちみつホワイトチョコを乗せると、王はバネみたいに勢いよくチョコを口に放り込んだ。ど、毒味しないんか? 王なのに。
「ひとりで食べないでよぉー! 泣きたくなったでしょ!!」
「す、すみません……」
「ん、これ美味しいね! ちょっとほかの人にも食べさせたいんだけど」
だ、出せと……?? よりによって王の目の前でチョコ魔法を公開するわけにもいかないので、ポケットを探る体で服の中でゴソゴソとチョコ魔法を発動する。
「……これをどうぞ」
「あんがと! 君、良い人だね!!」
こいつ、マジで王なのか? ってくらい軽い口調で、メガラニカ王は笑顔を見せた。ホクホク顔でチョコを両手で持つと「ちょっとエラーだけチェックしといて〜!」と言いながらどこかへ消えていった。謁見の間で、ひとり。私は、もしかして今、自由なのでは……?
椅子から立ち上がって、室内を歩いてみる。モニターチェックもしなきゃなので、画面が見える範囲だけウロウロ。すると、水魔法の練習に良さそうな広い場所があったので、手のひらに意識を集中してみた。水……水……水飲みたい……
お、なんか来そうかも……?
「ちょっと! 君!!」
「うわあ!?」
ビシャッ……!!
あ、あかん……王にオレンジジュースがブッ掛かってる……死んだ……
⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘
「も、申し訳ございませんでした!」
「いいよいいよ……それより君、今のってスキル?」
「た、たぶん……」
本当は水魔法のつもりだったけど、オレンジジュース魔法ができてしまったようだ。水飲みたいって考えながら、うっかり冷たいオレンジジュースを思い浮かべてしまったせいかもしれない。何となく王に魔法のことは言いたくないので、スキルってことにしておく。コントロールできなくて、つい暇だから練習してしまった的な言い訳をして難を逃れた。……逃れたのか??
「暇ってねぇ、君ィ……」
王がなんだか部長に見えてくる不思議。そういえば現実世界でこんな状態になったことあるような……? お詫びにビターチョコとオレンジジュースのセットを進呈する。喜んでくれたので、ヨシ! 私もついでに同じセットを手元に置いて、仕事再開。これちょっとオランジェットみたいで良い組み合わせだよね。結果オーライだ、飢えと乾きに強くなった。着々と成長してるよ、偉いよ私!
ヒーター魔法とドライ魔法があるから、まあまあどこでも生きていけるんじゃないか? 本当は、水魔法があればクーラー魔法になって良かったんだけど……オレンジジュース魔法と結界を組み合わせたら、恐ろしいことになりそうなのでやめておく。
ルンルン気分の私は、メガラニカ王の冷徹な視線に気づかなかった。口調と態度に騙されて、完全にちょいユル部長として甘く見てしまったのだ。
「ねえ、君。このチョコとジュースのセットさぁ、届けて欲しい人がいるんだけど、お使い頼んでいいかな?」
「あっ、はい!」
王の命令通りに、右右左右左上左と進んでいくと、なんか豪快にいびきをかいて寝てる人がいた。
⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘ ⌘⌘⌘⌘
「グォー! スピー! ガッ……」
お? 無呼吸症候群か??
「グガガ! ……プスー……」
とりあえず死んではいないようだ……
こいつ、起こしてコレ食わせるの? 置いとくだけで良いよね?? 私はとりあえず、ドアのない部屋の入り口をそっと通り抜けて、いびきオジサンのベッドのサイドテーブルっぽい石に、チョコ&ジュースを乗せる。
よっしゃ、これでお使い完了!
帰ろうとすると、急に手首をつかまれ、力一杯引き寄せられる。あまりの馬鹿力にバランスを崩して、思わず他人のベッドに座ってしまった。白夜で薄い光が差し込んでいるので、部屋は暗いけどギリ顔は見える。いびきオジサンはバッチリ目が覚めていた。
「このベアトゥス様の寝込みを襲うたぁ、良い度胸じゃねえか!」
ガッハッハと笑う屈強な髭のオジサン。襲ってません……差し入れのお使いに来ただけです……と何度言ってもわかってくれない。左手を背中の辺りで捻じ上げられて、結構痛い。あ、これ暗殺者と間違われてるっぽいな……うー、どうすればいいの? とりあえず、王様のお使いってとこと、チョコとオレンジジュースの差し入れってとこを強調すると、捻るのはやめてもらえた。左手はまだ離してもらえない。すごい握力でびくともしない。
そういえば死んだお爺ちゃんもすごい握力で、私の両手と妹の両手をそれぞれ片手でつかみながら、ガッハッハ取れないだろうガッハッハとかやってたなぁ……私たちはまだ小学生ぐらいだったけど、わー! おじーちゃんすげー! とかなっていた気がする。つるっぱげだったので、うちで団子作るときは、お爺ちゃんの顔団子も作ったりしていた。
お爺ちゃんも異世界とかに行ったりしないかなあ……ないか。お爺ちゃんの世代だとゲームの概念はなさそう。キリスト以前、キリスト以後みたいな感じで、天国行けない設定とかあるかもしんない。あ、でも某有名作品で戦時中の人転生してたし、そう考えるとアリか……?
「……おまえ、話聞いてたか?」
「あ、何でしょう、すいません」
「ぼーっとしてんじゃねえ! これはなんだって聞いてんだよ」
「いや、だから、チョコとオレンジジュースだって、さっきからずっと言ってるじゃないですか!」
「だぁからぁ! それが何かわからんと言ってんだろうが!」
おう……そうでしたか……
私が丁寧に、甘いお菓子と果物の汁ですと説明すると、なんだなんだそうか! とベアトゥス様は豪快に一瞬で平らげた。
「なんだこれ?! うまいじゃねえか!! おかわり!」
私はおかわりを運ぶふりして、途中の廊下でコソコソと不審者的な動きをしながら、チョコ魔法とオレンジジュース魔法を7回も使う羽目になったのだった。




