17.『天井桟敷は大騒ぎ』part 8.
※少し長めです。
「お邪魔しまーす……」
ロンゲラップさんのアトリエに呼ばれたので、さっそく寄ってみる。たぶん、あの光るビー玉っぽいやつが、何なのか判明したんじゃないかな。でも、部屋の中には誰もいないみたいだった。留守……?
とりあえず、中に入ってみよう。失礼しまーす……
ん?
ドア近くの長椅子に、青髪が見えた。
え、まさか……寝てる?!
ど、どうしよう……
ロンゲラップさんの毒気のない寝顔を思わず見つめてしまう。いつもイケメンだけど、顰めっ面をしてないと本当にふつくしい。ってあれ……メガネは……あ、机の上ですね。お疲れのようで。ふふふ。寝てるんなら邪魔しちゃいけないか……って、悪魔って眠るんだ? ま、いいか。一旦帰ってまた来よ……
そんなことを考えながらアトリエから出ようとすると、気のせいか何かの気配を感じた。だけど、家主の熟睡中に部屋を探って良いものだろうか……? 迷いながらも奥まで進んでいくと、壁際に小さな水槽っぽいものがある。
「……助けて!」
え?! すごくか細い声が聞こえて、思わず動きが止まった。
「ど……どこ?」
怖いけど、声の出所を探す。ロンゲラップさんのアトリエは、いろいろな物が雑多に置かれていて、かなりゴミゴミしている。私から光るビー玉を取り上げたように、気になる物は何でも集めているのだろう。もしかして、生贄にちょうど良いとかで、捕まっちゃった子がいるんじゃないだろうか……? 戸棚に閉じ込められてたりして……そんなことを考えていると、また声が聞こえる。
「……ここ!」
「え? ここって……どこ?」
返事あるんかい!! 若干怖いけど近づいてみる。声の主は、壁際の水槽の中にいた。水槽といっても、電球みたいな、お煎餅屋さんのガラスの入れ物みたいな形だ。その中に、人型のモヤモヤがいた。
「その蓋を開けることは許さん」
急に後ろから声がして、振り向くと青髪悪魔の錬金術師が立っていた。うわ、起こしちゃったのか……っていうか寝癖がすごい! いつもキチンとしているロンゲラップさんのオフを垣間見てしまったようで、ギャップ萌え……!
いやその前に、怒られてる気がするぞ、この状況……
「すすすみません……助けを求める声がしたもので……」
「それはホムンクルスだ。今その蓋を開けると消滅する」
えぇ?! やっぱ天才錬金術師だけあって、次から次とやってくれますねえ! これがホムンクルスかー! 初めて見たー!! すごーいすごーい!! キラキラした目でガラスの中を覗く私の後ろから、ロンゲラップさんが説明を続ける。
「これは昨日やっと形になったものだ。コアとしてお前の持ってきた魂を利用させてもらった」
「はぇ?」
あ、あのビー玉って、魂だったの?! 触れたし、硬くて丸っこかったよ? 私が全然理解できていない顔で振り向いてしまったせいか、伝説の錬金術博士は軽くため息をつきながら隣まで歩いてくると、何やらいろいろと細かい説明をしてくれる。か、顔が近すぎィ……!! ドアップでノーメガネの青髪イケメンに見惚れていると、ありがたいお話はほとんど頭に入ってこなかった。
「あなたたち、何をイチャイチャしているんですの?!」
ふと気づくと、ガラス瓶の中のホムンクルスが、水槽いっぱいに成長していた。モヤモヤした感じもなくなって、体の輪郭がしっかりしている。お嬢様だったのか? 見た目は赤ちゃんみたいだけど、プンスカ怒っているようだった。
「ふむ、成長が早いな。コアが強かったのか」
ロンゲラップさんが、おもむろにに部屋の窓とドアをしっかり施錠しはじめる。そして、水槽の蓋を開けた。ホムンクルスお嬢様は、途端にグンと身長が伸びて、瞬く間に160〜170cmくらいの身長になっていた。私は慌ててその辺にあった布をお嬢様に被せる。
「ロンゲラップさん見ました?!」
「ああ、ここまで成長するのは珍しい」
「そうじゃなくてですね……あーもういいや! 服ありませんか? 服!!」
悪魔だし、執事さんみたいに手から何でも出せるのかと思ったが、ロンゲラップさんは生憎そういうタイプではないらしい。不思議そうに自分の体を見るホムンクルスお嬢様は、やんごとなきお生まれなのか、召使っぽくワタワタしている私に裸を見られても何ともないようだった。どうしようか迷ったけど、気分的にこのお嬢様とロンゲラップさんを二人っきりにできなくて、何とか私が重ね着してた長衣を着せて寝巻き的な仕上がりに落ち着いたのだった。
「あらまあ、今はこんな服が流行りなんですの?」
「後でちゃんとしたドレスをご用意いたしますよ、ご安心ください」
生まれたてのお嬢様は、見た感じ普通の人間みたいな雰囲気だった。ただし、髪の毛はまだ赤ちゃんレベルだ。これから生えてくるのかな? 本人は気にしてなさそうだったけど、鏡を見る前には生え揃ってほしい気がする。ロンゲラップさんは、革表紙の本に何やら忙しく書き込みをしていて、お嬢様の話を聞くのは私の役目みたいになっていた。何だか偉そうなお嬢様だと思っていたら、魔国のお妃様候補No.1だったらしい。
「わたくしは王子殿下との結婚を間近に控えていたのですわ……でもわたくし、あの男がどうにも耐えられなかったんですの……」
あれ? 話の方向性が変わってきたぞ? ホムンクルス姫の話では、万能イケメンでありながらサイコパスな王子殿下の執拗な虐めに耐えられなくなって、何とか逃げようとしていたのだとか。なんせ魔国の王子、軍事力も資金力もある上に政治力まで持っていて、姫は立場的にも精神的にも追い込まれてしまったのだとか。仲の良かった侍女も追放され、身繕いが行き届いていないことを揶揄され、何のアポも取らずに寝室に押し入られて剣で脅されたり散々だったらしい。どんな王子なんだよソイツ……
「だからわたくし、悪魔と契約して、王子殿下を排除してもらうことにしたのですわ……」
「え゛……」
き、聞いていいの? この話……
いや待って。整理しようじゃない。ホムンクルス姫は、王子殿下の苛烈な対応に嫌気がさし、最初は穏便に婚約解消を願い出たらしい。しかし、ほとんど人質のような名目で召し上げられた弱小国出身の姫が、何を言っても聞き入れられることはなかったのだとか。それどころか自室に軟禁状態にされ、自由を奪われてしまったようだ。そこで最後の手段とばかりに悪魔を呼び出し、命と引き換えに王子を誅殺してもらう契約をしたらしい。本気度がヤベえ……だけど、死んだはずの王子は吸血鬼になってしまい、姫は無念のうちに魂を抜き取られたのだった。
「き、吸血鬼……ですか?!」
「そうなのです……残念ですが、私にできることはもうありませんでしたの」
え…………?
ちょ………………!
それってさあ!! いや待って、冷静に!! 勘違いしちゃいかんぞ……じっくり考えよう……奸計で命を落とした魔国の王子が吸血鬼となって蘇る……似たような話をどこかで聞きましたよ……? いやもうわかってんだ。ダブルチェックしてるだけ。そう、それってライオン公爵様のことだよね!!!
「し、失礼ですが、お相手の王子のお名前ってご記憶されていますか?!」
「な、何ですの? 急に……思い出したくもないけれど、お名前はジャマナ王子ですわ……」
ビンゴおおおおおおおおぉぉ!!!
私は思わずガッツポーズをしてしまう。あ、でも待って。工夫しないと、ホムンクルス姫が公爵様に拒否反応起こしそう。どうやってお二人を近づけようか……? ロプノール君のこと雑とかいってたけど、私もこういうの苦手なんだよなあ……
「騒がしいやつだな。細かい部分の調整をするから、ソレをここに寝かせろ」
「あら、何ですの? ずいぶん無礼な方ね」
「す、すみません。診察をしますので、こちらに横になってください!」
私は、取るものもとりあえず、王城にドレス一式を頼みに走った。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
文官さんとメイドさんに話をして、ホムンクルス姫のお部屋の準備とドレス、あと王様にご報告をお願いする。次はどうしたらいい? えっと、とにかく公爵様にも心の準備をしてもらうか。焦りまくって廊下を走っていると、マーヤークさんが部屋から出てきたところにかち合った。
「如何いたしました? そんなに慌てて」
「あ、すいませんうるさくしてしまって。実はですね……」
あれ? ……なんか今ものすごく引っかかることがあるぞ? 何だろ。
……だからわたくし、悪魔と契約して、王子殿下を排除してもらうことにしたのですわ……
ま、まさか……
いやいやいや……
でも時期的に絶妙なとこだよな……
会話の途中で停止した私に、執事さんが不思議そうな顔をする。
「ミドヴェルト様?」
「マーヤークさん……昔、公爵様を手にかけました……?」
一瞬、虚を突かれたような顔をしていた悪魔執事が、目を細め無言で笑う。こんなところに繋がりが……?! でも追い込まれた姫の願いを叶えただけだし、どっちかっていうと正義の味方かな……? いやいや、姫の魂抜き取ってるやんけ。執事さんは、私にも容赦なく生命力の全力吸いとかしてくれたし、別に優しいわけじゃないと思う。でも事情を知ってるんじゃないかな? 少しくらいアフターケアしてくれたって良いんじゃない?!
思わず逃すまいと悪魔の両腕をがっちりつかむ。私の意外な行動に怯んだのか、悪魔執事が仰け反った。
「恋愛相談に乗ってください!!」
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「……なるほど。確かにそれは問題がありそうですね」
「姫の心には、かなりのトラウマが残っている可能性が高いんです。だから、どんなに今の公爵様が良い人になったと言っても、見た目で拒否されてしまうんじゃないかと思って……」
「あの時は、かなり陰鬱な状況でしたから、私も躊躇なく仕事をいたしました。しかし、確かに死んだはずのあの方に、なぜか魂が残っていたのです」
ああ……それ、今の公爵様の転生したほうの魂ね。その頃のマーヤークさんは、妖精王様との攻防戦でだいぶ疲弊していたので、そのせいで完璧に仕事ができなかったのだと思っていたらしい。でも結果はどうあれ契約が発動して、姫の魂は自動的に抜き取られてしまったのだとか。
「しかし、どうしてそんなに姫を公爵様と合わせたいのですか?」
「どうしてって……」
何でかな? やっぱり、振った手前お節介したくなった? それに逃げ口上とはいえ、責任もって運命のお相手を探すとか宣言しちゃったし……今の公爵様は良い人だってホムンクルス姫にもわかってほしい。
「公爵様に、幸せになってほしいから……でしょうか?」
「何ともおかしな話ですねえ……ならば、ミドヴェルト様が婚約を受け入れればよろしいのでは?」
「わ、私じゃなくて、公爵様の幸せを考えてのことなんです!」
「……左様ですか」
わがままだってことはわかってる。でも、これが一番いいって直感的に思っちゃったんだもん。……姫にとっては迷惑かな? 公爵様って結構相性で人を選ぶからなあ……まあ、性格が合わないってんなら諦めるけど、思い込みで嫌うルートだけは回避したい。……と思う。
「ならば私にお任せください。急に会わせるよりも、徐々に慣らしていったほうがよろしいでしょう」
「お、お願いします!」
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「……まさか、あの悪魔がまだこの城にいたなんて、驚きですわ」
「まーやーくどのは、もうすぐねんきぼうこうがあけるようじゃ、われもなにかねがってみようかの?」
「ちょ、余計なことしないでくださいよ?!」
午後、すっかり髪も生え揃ってお城に慣れた様子のホムンクルス姫とアイテールちゃんを誘い、裏庭のガゼボで女子会を開く。意味深な視線を投げかけながら悪魔への願いを口にする妖精王女ちゃんに、私は思わず釘を刺した。ホムンクルス姫は、知った顔の執事さんにいろいろと事情を説明されて、渋々現状を認めつつあるようだった。ロンゲラップさんの見立てでは、かなり安定した状態になっているので、あと100年はホムンクルス体を維持できるらしい。
姫としては、公爵様に仕返しをしたい気持ちが本能的に拭えないらしいが、中身は別人と聞いて少しだけ興味が湧いたっぽい。執事さんが絶妙にすれ違わせたり、お互い遠くから様子が見えるようにスケジュール調整して、姫と公爵様の恋心を育成中だ。さすが悪魔。巧妙なやり口ですね。私もできるだけさりげなく、公爵様エピソードを話して、姫の反応を探る。姫は、私が公爵様に婚約を申し込まれたことを知って「あの男、今度はあなたをターゲットにしているんですの?!」と心配してくれたが、眷属の皆さんに全力で土下座した辺りで混乱状態に陥っていた。
「まあ……あなたがご迷惑を被っているのであれば、わたくしが責任を持って引き受けてあげてもよろしくてよ」
「本当ですか? 助かりますぅ」
「これできょういくがかりどのは、あおがみるーとにとつにゅうじゃな!」
「ひゃ?!」
ちょっと何? 青髪ルートって! 私そんな言葉、教えた覚えないよ!! でもまあ、やっと安心してガールズトークを楽しめるくらいに、状況は落ち着いたみたい。こないだ公爵様が真っ赤になりながら姫と会話してるシーンも目撃しちゃったし、きっといい方向に行くだろう。
秋の花々に囲まれながら、私たちは思う存分チョコレートを堪能したのだった。




