17.『天井桟敷は大騒ぎ』part 5.
王様も、藁をもつかむなんとやら……というわけで、吸血鬼公爵様が鎮圧部隊に参加することになったのだった。一応、執事さんと私も、眷属と戦ったことあるっていう名目で駆り出されることになった。まあ、言い出しっぺだし、責任は取りますよ……執事さんまで巻き込んで申し訳ない限りです。フワフワ王子殿下は既に別部隊で鎮圧作業中。きっと元気にムームー飛び跳ねていることだろう。
魔国の王都は、ほんの数時間で信じられないほど荒れてしまっていた……炎や煙があちこちに目立つ。
う、嘘でしょ? 短時間でこんな風になっちゃうの……? 魔物の力で暴れるからなのか、結構な数の家屋が半壊から全壊していた。立体交差もところどころ崩れている。私が買い物したフルーツ屋さんは跡形もなかった。
「な、何ですかこれ……?」
「ふむ……かなり大きな魔法が使われた形跡がありますね」
執事さんによれば、王都で攻撃魔法の使用は基本的に禁止されているらしい。それに、庶民はそんなにすごい攻撃魔法は使えないので、どっかのスパイが暴れたと見て間違いないそうだ。
「フルーツ屋の店主さん、大丈夫かな……?」
「商人ならば、勘がいいので逃げおおせているはずですよ」
吸血鬼公爵様は、あまりの惨状に言葉も出ないらしい。まあ、あの性格じゃ、また全部自分のせいだとか思っちゃってんだろうなぁ……婉曲表現すれば公爵様のせいだけど、でもこれは違うと思う。庶民の眷属さんたちは、こんなパワー持ってないって話だし……
「生き残りがいました!」
報告に来た騎士さんの声に、思わずビクッとしてしまう。その言い方ってつまり……ドキドキしながら声のしたほうを見ると、フルーツ屋さんが騎士さんの肩を借りながら歩いていた。
「だだだ大丈夫ですかッ?!」
「平気だよ、ありがとねお嬢ちゃん。こんなもん、フルーツ食ってりゃすぐ治っちまうさ!」
た、確かにビタミンは体にいいけど……相変わらずの口上を聞いてひと安心する。フルーツ屋さんの話では、眷属たちは街の人に混じって結構のんびりとお祝いムードを楽しんでいたそうだ。そこに、謎の黒い集団がやって来て、あっという間にすべてをメチャクチャにしていったのだとか。
「……ということは、眷属たちが騒いでいたわけではないと?」
「こういうもんは、1人でも騒げば大騒ぎってことになっちまうんで」
フルーツ屋さんの言葉を聞いて、公爵様はちょっと元気になったようだった。しかし、次の瞬間緊張が走る。フルーツ屋さんの腕が、肘のあたりから黄灰色に変色していた。騎士さんがヤバそうな顔をしてこちらを見る。たぶん……私の斜め後ろにいた吸血鬼公爵様を。
「最近、眷属に咬まれたりしたか?」
「まさか、そんなことはありませんです、はい……はい……」
みるみるうちにフルーツ屋さんの元気がなくなっていく。黄灰色の部分は、もう腕の半分くらいまで広がっていた。何これ……ま、マズいんじゃないの??
「ミドヴェルト様、あの魔法を試してみてはいかがでしょうか?」
「え、これも菌ってことですか?!」
余計ヤバくなったらどうしよう……でもほかにできることがないんなら、やってみるしかない! 黄灰色の部分はあっという間に肩まで上がってきていた。
「ごめん! フルーツ屋さん!! しっかり目を閉じて!」
執事さんが、例のモヤモヤでフルーツ屋さんの目をカバーしてくれた。
よっしゃ、いっけえええええええ!!
思い切って殺菌魔法をかける。腕に広がった黄灰色がふわりと浮かんで宙に消えていった。成功か? フルーツ屋さんは目を閉じたままだったけど、安らかな寝息を立てていたから何とかセーフなんだろう……と思う。
「……これは驚きですね」
「何と……あなたは眷属の病を癒やせるのか……? ならば、私にその魔法をかけてくれ!」
え、なんで……?? わけもわからず公爵様の目力に怯んでしまう。なぜかはわからないが、とにかくすごい自信だ……
思わず執事さんのほうを見ると、何やら謎のアルカイックスマイルで公爵様を見つめており、私とは目を合わせてくれなかった。流石の悪魔執事も意味がわからないのかもしれない。一応偉い人の命令みたいなもんだし、仕方なく公爵様に目を閉じるよう言って、ブラックライトを発動してみた。公爵様の死因は何だったんだろう? 奸計としか聞いていなかったけど……もし病気だったとしたら、この魔法に反応があるのかな? いやまさかそんな……
すると公爵様は螺旋状の光に包まれて、砂のように崩れはじめた。
……や……やっちまった……?!
やっぱり余計なことするんじゃなかったあああ!! これから眷属にどう説明すりゃいいのよー! いや、大元の吸血鬼が消滅したら眷属も一緒に消えるんじゃ……? え、でも消えなかったらどうすんの? 理想は元に戻ることだけど……思わず最悪の想定をしてしまう。神様仏様ぁ〜〜!
しかし、すぐ粒子が集まって公爵様の形が再現された。え……転送装置……?? まるで某スタトレみたいに不思議な光景が目の前で展開されて、私はあんぐりと口を開けた。
「こ、公爵様……ご無事ですか……?」
恐る恐る声をかけると、公爵様は閉じていた目をゆっくりと開いた。ご自分の手を握ったり開いたりして、何かを確かめている。納得したように私の方を向くと、いきなり私を脇の下から抱き抱え、思い切り振り回しはじめた。うぐえぇ……だからやめろっちゅーねん、そういうの!! しかし公爵様はお構いなしだ。
「やった! やったよ!! 戻ったよ俺!!」
た、確かに、よく見ると血色が良くなったみたい。頬を赤らめて満面の笑みを浮かべている公爵様は、ほとんど人間のように見えた。だが人間ぽい耳の上にさらに耳がある。フサフサとした丸い耳だった。それにライオンみたいな尻尾もある。本当に戻ったのだろうか? 謎。
しかし、正真正銘の魔国王子殿下であらせられるフワフワちゃんも見た目はアレだ。公爵様も大昔は魔国の王子だったらしいし、もしかしてフワフワちゃんも成長したらこんなボンクラな感じに人間化するのだろうか? 肉体言語系だしな……やだー! かわゆいままでいて欲しいー!!
ひとしきり喜んだ後、元吸血鬼だった公爵様は、居住まいを正して私に向き直った。おえぇ、恋しかったよ地面。しかしこれは……またアレが来るのか……? 警戒していると、急に頭突きレベルの風圧が襲ってきて、私は慌てて横に飛び退く。
「ミドヴェルトさん! 感謝します!! ……あと、もうひとつお願いしても良いでしょうか?!」
どうせ公爵様のお願いなんか断れないんですよね……お辞儀をやめない公爵様に対し、私に拒否権など有るわけもなかった。周囲には、わらわらと眷属らしき人々が集まってくる。それを見た公爵様は、鎮圧部隊が動く前に、眷属たちに向かって声を張り上げた。
「皆さん!! 俺が……! 俺が余計なことをしたせいで、申し訳ありませんでしたぁっ!!」
公爵っぽい存在に深くお辞儀をされて、不安げにざわざわする民衆。顔を見合わせる姿に、若干の戸惑いが伝わってくる。わかりますよ……誰だかわかりませんよね。眷属の皆さんは急にトップを失ってしまったことになる。自分でやっといて何だけど……こりゃ悪手だったか?? でも断れなかったんだ、本当にすまないと思う……!
というかこの場合、ライオン公爵様のお言葉って、眷属に効くの?? みんなキョトン顔でこっちを見てるけど……
公爵様は2m近い大きな体を、器用に小さく折りたたんで土下座の体制をとった。
「俺は……俺はッ! もう吸血鬼ではありません!! 眷属をやめたい方はッ! こちらのミドヴェルトさんに頼んで、元に戻ってください!!」
えぇ?! ……さ、さっきのもうひとつって、コレだったんかあああぁーい!!!
私は急に振られた無茶振りに戦慄した。公爵、テメェ……
思わず目だけで、ざっと眷属の人数を数えるが、ゆうに300人以上はいる。し、死んじゃうよぉ……お願い! 希望者ゼロであれ!! そんな私のわずかな願いも虚しく、戻りたい派の眷属さんたちは、おずおずと私の前に集まり出した。
うわああぁぁあぁん!! 聞いてないよぉ〜!!!




