16.『ジャマナ・ストーカー』part 3.
ロプノールさん……いや、吸血鬼ロプノールは、裏庭のガゼボの脇に座り込んでいた。
なんか……泣いてる? 近寄りづらくて、もう10分ぐらい隠れて陰から見ちゃってるんだけど、なかなか泣き止まない。うー……出鼻を挫かれた感。
「ロプノール!!」
「こ、公爵様……!」
あ、先を越されてしまった……吸血鬼公爵様、落ち込みから復活したのねー。ここは諦めて様子見に徹するか……で、出れそうだったら出るということで……
「僕……うまくやれましたよね?」
「……ならば、なぜ泣いている?」
「なぜか……わかりません」
「なぜミドヴェルト嬢に術をかけた?」
あーそれ、私も知りたかったー……なぜなんだぜ、ロプノールさん……公爵様を犯罪者にしたかったワケじゃないんでしょ?
「なぜって、公爵様が…………公爵様に…………応援したくて」
「おま……やっていいことと悪りぃことがあんだろ?!」
おや? 公爵様の様子が……
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ、もういいって……あの人には嫌われたっぽいし」
「そんな! 公爵様のこと嫌いになる人なんていません!」
「おまえなぁ……」
吸血鬼公爵様は、ロプノールさんの隣の芝生に座り込んで、泣き虫角エルフの頭をクシャッと撫でた。それをきっかけにまた涙が込み上げてきたのか、ロプノールさんは泣き出した。
「僕……僕……公爵様と、ミドヴェルトさんと……さ、3人で暮らせたら、た、楽しいだろうなって……ヒック」
「まあ確かにあの人は……ってお前、まさかミドヴェルトさんのこと好きなんじゃねーの?」
「そ、そそそんなことは……」
「なんだ? 図星か!」
意外な展開に出て行くタイミングを完全に失ってしまった……あの時、図書館でロプノールさんが言ってたことはマジだったのか……というか、公爵様って何者? なんだかラフな感じだけど、いつものお姿は演技ってこと? でも……言葉遣いはすごく違うけど、ぬぼっとした雰囲気はあんまり変わった感じしないなぁ……しかし、ロプノールさん……というか、ロプノール君……あんたって奴は……
私たち……わりと毎日一緒にいて、いろんなこと喋ってたはずだけど、何にも分かり合ってなかったのかも知んないね……
私も……ほかの世界から来たこととか、何となく隠してたし……
お互いに、いろいろと隠し事しながら仲良くしてたんだね……
それでも……私は楽しかったけど。
あとで、ロプノール君とは話し合う必要があるだろう。今は……まあ、お二人の邪魔はしないでおくか。なんてーの? お父さんと息子? それか、お兄さんと弟かな? なんかいい感じになってるし、私は場違いな気がした。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「はぁ……吸血鬼と悪魔って何が違うんだろ……?」
「何を言っているのですか? まったく違いますよ?」
「確かにな。似ているといえば、むしろ天使と悪魔だろう」
ロンゲラップさんのアトリエ。なんか実験に進捗があったとかで呼び出され、私は何となく気まずくて、ついフワフワちゃんと妖精王女アイテールちゃんを見学に誘ってしまった。その流れで執事のマーヤークさんも王子殿下について来たのだった。ちょっと気を抜いた瞬間に、日頃のストレスからかつい愚痴が出てしまったのを、悪魔二人に聞き咎められる。
しかし……お子様たちに見せていい実験なのか? コレ……なんかベッドが二つ並んでて、赤髪悪魔のエニウェトクさんと天使のオジサンが並べられている。ものすごく怪しい実験な気がするんですけど……赤髪さんは何やらぐるぐる巻きになってるし。
「ミドヴェルトの『歌』の干渉波を使って天使の状態を診てみたのだが、この天使は自分の意志で目覚めないようだ」
「自分の意志……ですか?」
「ああ、精神が深い部分に沈んでいて、表層面に出て来ないのだ。ちょうどいいから、エニウェトクをこの天使の中に封印してみようと思ってな」
ふぁ? 何がどうなったら「ちょうどいい」のかわからないけど、私の能力はMRIか何かなのか? とりあえず役立ったようで何よりです。しかし封印? 天使のオジサンに? できるの? そんなこと……ロンゲラップさんの説明によれば、天使のオジサンは仕事への忌避感で目覚めたくない……いや、絶対に目覚めるものか! ……という強固な意志が働いているらしい。ブラック勤めだったっぽいし、オジサンもつらかったんだね……
「抽出した記録はこれだ」
「なるほど……これは貴重な情報ですね」
青髪悪魔のロンゲラップさんが、執事さんに穴の空いた紙を渡す。天使のオジサンは、記録天使だけに何か重要なデータを持っていたらしい。執事さんが悪魔の笑みを浮かべている。一体何の情報なのかは教えてもらえなかった。
フワフワちゃんとアイテールちゃんはお利口に座っている。まあ……軽く眠そうだけど。
「そういえばミドヴェルト様、あなた様のお命を狙っていた者どもが捕縛されましたのでご安心ください」
「え? い、命……ですか……?」
「はい、南の湿地で人間にのみ作用する毒を撒いていたそうです」
「えぇ?! あれって熱中症じゃなく……?!」
「ですから、ご面倒をおかけしましたが、これからはご自由に外出いただいても大丈夫です。公爵様と連れ立ってお出かけなどされるのもよろしいでしょう」
ま、また、執事さん余計なことを!! 思わずロンゲラップさんの顔色を伺うと、何だかゴミを見るような目で私を見ていた……気がする。すぐなんかの作業に集中しはじめたけど。いや、私のことなんて気にしてないと思うけど……! こっちはやっぱりどう思われてるか気になっちゃうんだよ! あうぅ、誤解がどんどん重なっていく……
「そ、その件はもう……たぶん大丈夫なので……」
「おや、そうなのですか? 公爵閣下と少しお話しさせていただきましたが、あなた様に危害を加えるような考えは持ち合わせていないようでしたよ?」
いつの間にか面談してたのね!! いや、なんか……そんなようなこと頼んだけど……でも今はもうやめて!! コイツ天然か? いやワザとだな?! 悪魔顔でニヤついてるから絶対ワザとだぁ!!
あわあわしている私をよそに、ロンゲラップさんは淡々と機材の調子を確認している。
「はじめるぞ」
いつの間にか、起きてきたフワフワちゃんとアイテールちゃんが私の頭に乗ってきた。だ、大丈夫かな? こんな至近距離で……
ロンゲラップさんのアトリエは、王宮から裏庭を挟んでだいぶ離れたとこにある。だから、多少爆発しても問題ないんだとか言っていたけど……い、いざとなれば私の結界で、お子様たちだけは何とか守り切ろう……! そんなことを考えていると、天使のオジサンと赤髪悪魔が同時に光に包まれはじめた。前にマーヤークさんが天使と悪魔は概念だとか言ってたけど、概念に概念を封印……? もうワケがわからないよ……
安らかに眠る天使のオジサンに対して、赤髪のエニウェトクさんは抵抗してるのか苦しみはじめた。
「おかしいな、お互いに干渉しあっているようだ……完全に分離状態で格納可能なはずだったのだが」
ロンゲラップさんが不穏なことを呟きだす。ちょ、それって失敗なんじゃ……? 青髪のメガネ悪魔は、私にいつものアレを渡して当然のように言った。
「ちょっとこのカードを読んでみろ」
うえぇ?! マーヤークさんに停止させられちゃうよ!! 焦って執事さんを見ると、かなり嫌そうに眉を顰めていた。
「仕方ありませんね、何とか我慢しましょう」
「す、すみません、じゃあ読みます!」
悪魔たちが急に頭を抑えてくず折れる。渡されたカードには「水音」と書いてあった。音……水音……水滴がしたたる音。雨音。雨に唄えば。シェルブールの雨傘。あ、これは関係ないか……いつまでやればいいのかな? ふと見ると、テーブルに突っ伏したロンゲラップさんが手を挙げて、ストップの合図を出していた。
目の前の実験台……というかベッドには、白い髪がすっかりピンクになった天使のオジサンがいた。ビフォーは少し不健康なヒョロさがあったけど、アフターはすっかりルネッサンスな筋肉美が身についている。よく見ると羽もピンクか灰色か、とにかく白くはないみたい。そんで、エニウェトクさんはどこにもいない。ま、混ざっちゃったの……?? 以前天使のオジサンだったそれは、ほぼ腰巻だけのパンイチ状態で目覚め、屈託なく大きな伸びをした。
「んーーー!! よく寝た……」
どうなった? 赤髪悪魔の成分は残ってるのか?? みんなが固唾を飲んで見守っている。青髪&執事は、いざとなれば、また合同でボコる体勢だ。さて、どっち?!
「あれ? あなた方は……どなたですか?」
赤髪悪魔の封印成功!? 天使のオジサンは、ピンクのオジサンとして無事に目覚めたのだった。ただ、天使のオジサンはかなり洗脳キツかったけど、ピンクのオジサンは自分の現状を受け入れられるのだろうか? これってある意味、堕天使なのかな? ロンゲラップさんの診察によれば、天使のオジサンの本体は、ブラック勤めがたたってあちこち壊れてしまっていたらしい。そのヒビみたいなものを赤髪エニウェトクさんがいい感じに補って、ピンク状態になったらしい。いい感じとは一体……? しかし、ピンクのオジサンっていうのもなんかアレだし……そろそろお名前をお聞きした方がいいのではないだろうか?
「わ、私のこと覚えてますか……?」
この中で、ピンクのオジサンと面識がありそうなのは私だけのため、とりあえず話しかけてみる。ピンクのオジサンは、あまりピンと来てないみたいだったけど、私を見たことがあるような反応をしてくれた。まあ……あのときは結構オジサンも切羽詰まってそうだったし、あの能力発動しちゃって悪いことしたしなぁ……正直忘れててくれたほうが助かるような気もする。
「私は……一体どうしてしまったんだ?」
「体調は大丈夫ですか? 長く眠っていたようですけど……?」
「うむ、問題ないようだ。すこぶる元気だよ」
「そ、それは良かったです……実は落ち着いて聞いて欲しいんですけど……」
天使の誇りみたいなものを持って、昼夜ブラックな業務に取り組んでいた記録天使のオジサン。悪魔と融合したなんて聞いたら、また精神がヤバいことになるんじゃないかと思ったけど、案外受け入れてくれた。もしかして脳にも赤髪悪魔の補修が入っていたりして。エニウェトク効果?? 今やピンクのオジサンとなった元記録天使さんは、名前をマルパッセさんというらしい。
このピンク・マルパッセ氏は、さまざまなやり取りを経て、赤髪悪魔のエニウェトクさんとは別人だと判定されたのだった。主にロンゲラップさんがエグい質問をしていたが、ピンク・マルパッセ氏は困惑しながらも常識的な返答をしていた。……と思う。とりあえず執事さんが出した魔国っぽい服をプレゼントして、ピンク・マルパッセ氏は、ほぼ全裸状態からの脱却に成功。私もお子様たちの視界を塞ぐ必要がなくなって、やっと両手が自由になった。めでたしめでたし。
「その……マルパッセさんって、これからどうなるんですか?」
「そうだな……しばらくは、このアトリエで働きながら魔国に慣れてもらうしかないだろう」
「ではそのように。私は報告に行って参ります」
まるで自分はすっかり魔国に慣れたみたいな口ぶりのロンゲラップさんに、マーヤークさんは丁寧にお辞儀する。この二人、対等なのか上下関係あるのかよくわかんないんだよね。まあ執事さんと王室公認の錬金術博士って設定だから、役に徹してるのかもしれない。契約もあるし、なんか行動制限とか細かいルールがあるのかな?
全体的にピンキーな堕天使マルパッセ氏は、興味津々で近づくフワフワちゃんと妖精王女ちゃんに早速まとわりつかれ、何やらファンシーな状況になっていた。何これ……夢カワ??
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「ミドヴェルト嬢、本当にすまなかった!」
私は、お城の客間で公爵様とロプノール君の謝罪を受けていた。実をいうと、大体の事情は物陰に隠れてたときに聞いちゃったんだけど、とりあえずあの後は怒って真っ直ぐ帰って何も知らない体なのだった。ロプノール君にそういう感情を持たれてたってのは正直意外だった。でも恋愛っていうよりは、お母さん役? ロプノール君の中では公爵様ありきの感じなのかもしれない。わからんけど。しかし……ったく、気絶した女性を見たら、何も考えずに公爵様が襲いかかるとでも思ったのか? ……もしかしたら、コイツ……そういう考えの奴なの……?
余計な怖いことは考えないようにしよう。枯れ尾花枯れ尾花。とりあえず謝罪は受け入れて、これ以上は波風立たせたくない旨を伝える。これで終わりかな……と思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
「……ついては、ストーカー公爵家として、当主である私ジャマナから、あなたへ正式に婚約を申し込みたい。不幸な行き違いはあったが……最初の挨拶からやり直せないだろうか?」
え?!
話、終わってなかったああああああああぁ!!!
正式とは一体……??
これ……断ったら道頓堀に簀巻きで投げ込まれるのかな……?
本気で吸血鬼に取り憑かれてしまったのか……
Q.ミドヴェルトの恋愛問題について一言。
アイテール「ちょこのおともになるはなしよの」
魔国の王子「ム、ムー!!」
吸血鬼公爵「絶対に……お守りすると誓う!!」
ロプノール「公爵様! 頑張ってくださいね!!」
王様&大臣「また面倒を起こしとるのか……」
マーヤーク「不思議ですねぇ、合理的な判断をすればいいだけなのでは?」
青髪メガネ「なるほど……ここをこうすれば……いや、待てよ?」←(興味なし)




