14.『契約の儀式』part 2.
「それは完全に怪しいですね」
念のためと思って、執事のマーヤークさんに妖精王女ちゃんとのやり取りを伝えると、なんだかすごく元気になって詳しいことをいろいろ質問してきた。執事さんは悪魔なので、妖精とは相性悪い……っていうかそれ以前に……の話なんだけど、まあ妖精女王様を食った件で顔合わせないほうが無難ということになっていたようだ。どうりで、ここんとこ見ないと思ったよ。今はコソコソ裏でなんかしてるらしい。何してんだ? 変なことしないでほしいけど。
「王子殿下の方は問題ないと思いますが、ミドヴェルト様はくれぐれもお気をつけくださいますよう」
「え? 私ですか??」
「はい。妖精どもは、さまざまな小細工を仕掛けてきますので」
まあ、あんときも罠にハメられたしねぇ……一応気をつけるつもりだけど……私にできることなんてあるかなぁ? 執事さんは、無為無策で薄ボンヤリとした私の様子を見てとると、少し考えて手の中から渋めのペンダントを出した。手のひらが水面のように波打っている。概念すげえ。
「仕方ありませんね。ミドヴェルト様は、こちらを身につけておけばよろしいかと」
「あ、ありがとうございます」
「よろしいですか? 立ち位置に気をつけて。床に注意して、怪しいと感じたらすぐ移動するように」
執事さんは、いくつか注意事項を言い渡すと、何やら忙しそうに早歩きでどこかに行ってしまった。貰ったペンダントを見てみると、星形の模様が彫ってあって、中央に緑の石が埋めてある。これは燻し銀? 何の効力があるのかな? とりあえず私が付けてても変なデザインではないので、有り難く使わせていただくことにした。妖精の魔法を無効化したりするのかな? それだとありがたいけど……
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妖精王女のアイテールちゃんは、護衛やお付きの妖精など、総勢20人くらいで魔国にやってきていた。人数的には少ないらしいが、まあ平和の使者で婚約目的だし、その全員が優秀な魔法使いだと仮定すれば、何とでもなるという自信があるんだろう。しかし私は知らなかった。この婚約に命をかけているものがいることを……
「おうじでんか、きょうこそは『こんやくのぎ』を!」
「ム、ムーッ!! ムッ、ムーッ!!!」
王宮の廊下で、フワフワちゃんが聞いたことない声を出している。何だなんだぁ? 教育係の私としてはスルーできない感じ。あわてて近寄り状況を確認する。何だかフワフワちゃんがアイテールちゃんと揉めているようだった。それはわかるんだけど、アイテールちゃんの後ろに控えるお付きの妖精さんが、虫取り網のような怪しい道具を持ってジリジリと迫っていた。ちょぉーっと待ったぁ〜!! 何じゃいそら!
「何をなさっているんですか?」
必殺、見てますよ攻撃。アイテールちゃんは私を見るとハッとして、気まずそうな顔をした。この子は何か悪いことをしているっていう自覚はあるみたいね。……まあ教育で成長する可能性はあると思う。フワフワちゃんは、スリっと私の足元に寄ってきて、何やらムームー言っていた。うんうん、怖かったね。どさくさに紛れて抱っこし、なでなでしてあげる。まんまとオキシトシンゲット!
だがお付きの妖精、てめえはダメだ。完全に何かしようとしてるだろう。今も鋭い目で私を睨みながら、何かの隙を狙っているようだった。剣呑剣呑。でも、これ……私の手に負えるやつ?? 怖いけど表面的には笑顔を見せつつ、まずは穏やかに職質。あの虫取り網、なんか魔法とか仕込まれてんのかな?? ちゅ……注意しよう。あまり間合に入らないように、近づかないほうがいいかも……とか考えていると、お付きの妖精が薄い笑みを浮かべて言った。
「これはこれは教育係殿。あなたに管理責任を問うてもよろしいかな?」
「どういうことでしょうか?」
「恐れ多くも王子殿下は、我が麗しの幼な君たるアイテール姫を婚約者とする御方。しかしながら、こう毎日のようにお逃げ遊ばされては、両国の交流もままならぬでしょう」
「その交流を、スムーズに進めるアドバイスを王女殿下にするのが、あなたのお役目なのでは?」
「なんだと……?!」
こいつ、やべえヤツ。私の中で警鐘が鳴りまくっている。怒らせずに改心させられればベストだけど。何だか目が血走ってる系の雰囲気になってるから、もう怒ってるだろうな……目を逸らさないようにしながら床をチェック。早くどっかいけ! 頼む、散ってくれ!! しかし、お付きの妖精は、やはり日本人の私とは考え方が違うっぽい。しつこい。というか、アイテールちゃんとフワフワちゃんの気持ちなんか、まったく考えてないらしい。どっかで見たなぁ……こういう奴。
「ふふふ……なるほど。もしやして、教育係殿は王子殿下に横恋慕されているのでは? さればこそ、このように御二方の交流を妨げられているのではございませぬか?」
はぁ? 何言ってんだコイツ。アホの考えは必ず間違った答えにたどり着くな。休むに似たりってやつか。イライラするけど、喧嘩になってはいけない。深呼吸してみよ。確か6秒待てばいいんだっけ? いやしかし、コイツを滅亡させたい衝動はなかなか抑えられないもんだね……私も結構フワフワちゃんに情が移ってるのかも? 「執事さんその2」になりかけているようだ。
「そこまでにしませんか? 無礼にも程がありますよ」
後ろから執事さんの声がして思わず振り返る。え? 妖精と会ったらマズいから裏で動くって話じゃなかったっけ?? あ! フワフワちゃんと私のゴシップ捏造に怒っちゃったのかな?? 何せ魔国王子のこととなると、どうにも冷静じゃいられない人なのだ。しかし、大丈夫なのか??
「おのれ、悪魔め!! 妖精女王様の仇、ここで果たさせてもらう!!」
やっば!! いや、わかってたけど!! 王宮内で戦うの? この妖精のおかしさ異常だろ。殿中でござる殿中でござる! まさに廊下……いや、ふざけてる場合じゃ……とにかくどうしたらいいの?!
王宮の廊下は割と幅が広くて、戦えないことはない。いやいやいや、そういう問題じゃないって! 内心あたふたする私に、フワフワちゃんが寄り添ってくれる。ううう……落ち着かないと。とりあえず、ひとりで怯えているアイテールちゃんに手を伸ばし、こちらに呼び寄せておく。一触即発状態の二人はなんか動かないけど、周囲が円柱状の光で波のように覆われていった。妖精の魔法か?? もしかしたら、お城を傷つけないように執事さんが結界を張ったのかもしれない。
アイテールちゃんは小刻みに震えていた。大切な王女様じゃないのかよ?! なんなんだあいつマジ……私は妖精王女ちゃんをフワフワちゃんと一緒に抱っこして、変なものを見せないようにした。一応……妖精王女殿下の教育係って設定はまだ生きてるはず。もうこの状態だと、どうなってるのかわかんないけど。怯える妖精の少女は、私にしがみついてきつく目をつぶった。少しずつ、戦っている二人から距離を取る。いざとなれば、私にも防御結界はあるんだ、おおおお落ち着いて! ……落ち着こう……あとは頼んだ! マーヤークさん!!
「ふふふ……悪魔よ、我々を甘く見るでないぞ!」
「さて、甘く見てはおりませんが……何やらお得意の卑怯な策略がありそうですね?」
「フッ、やれ!」
何がはじまるのかと思って緊張する。感覚が研ぎ澄まされ、微かな音が聞こえてくる。……神秘的な鈴のような凜とした小さな音が。ハッと気づくと、目の前の執事さんが頭を抱えて跪いていた。ま、マズい!! 音についても考えちゃダメなんだった!! でも鈴の音がどこから響いてくるのか、気になってつい考えてしまう。考えたくないのに、周囲が鈴の音で満たされた。いつの間にか私たちはスズランを持った妖精に囲まれていて、音はそこから聞こえているようだった。脳内がシャンシャンリンリンチリンチリンと、さまざまな音でいっぱいになってもうわけがわからない……ごめん、執事さん……
私の意識は、そこで途絶えた。
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目が覚めると、そこは暗闇だった。
「……申し訳ございません、ミドヴェルト様」
起き上がると、見知らぬ子供が謝ってくれた。なにゆえ……? 暗闇かと思ったけど、薄明かりがさしていて、ここは死後の世界じゃないとわかる。また天使のオジサンの仲間と遭遇してしまったのかと思ったけど、たぶん地下室的なところっぽい。よく見えないけど床には藁っぽいものや鉄っぽいものがあり、下手すると地下牢のようだった。
しかし……この子は誰? 体育座りで落ち込んでいる姿が、どうも誰かに似ている。え? 嘘でしょ? マジで?!
「もしかして……マーヤークさんなんですか?」
「ええ、面目ない次第です……」
やだ……可愛い。いつもの執事姿だとムカつく時もあるけど、目の前にいる少年は……いや超のつくほどの美少年は、素直に自分の負けを認めていた。でも、申し訳ないのはこっちなので……って、あれ? フワフワちゃん達は??
「あ、お……王子殿下は……?」
「王子殿下は無事です」
「はぁ……良かった」
「……ただ、婚約は避けられないかと」
「やっぱりそのために……?」
「おそらくは……」
あの妖精は、私とマーヤークさんさえ消えれば、婚約がうまくいくと思ったんだろうか。何がなんでも妖精王女の婚約を成功させるつもりなのか。執事さんにも個人的な恨みがあったっぽいけど、それ以前にもう目が血走ってたし、なんか権力欲にでも取り憑かれていたのかな? 歴史的にもよくある話だ。妖精王女ちゃんの子供を、次の魔国を統べるロワにして、自分が裏から牛耳ってやるとかだろどうせ。
でも妖精って、もうちょっと純真無垢かと思ってたよ……イタズラ好きが歳を取ると、とんでもないことになるのね……嫌だ嫌だ。今となっては詮無いことを考えて、私も体育座りになる。落ち着くね、この形……
すると、マーヤーク少年が私のそばに来て言った。
「ミドヴェルト様、誠に申し訳ございません」
「え? あ、はい……」
「王子殿下をお救いするため、あなたを食べさせていただけませんか?」
ドキンと心臓が大きくなった気がした。え……? それって……私を消滅させるってこと? ……物理的に? いや、だって……まあ、確かに……私が生きてても妖精には勝てないどころか、悪魔マーヤークを弱体化させるだけの邪魔な存在だけど……いやいや、でも、ちょっと待ってくださいよ。聞いてないよ……
え、私……死ぬの??
「このようなご提案しかできず、大変申し訳ございません」
……だから、謝ってたのか。私が眠っている間に済ましたって良かったのに。この悪魔は意外と律儀なところがあるらしい。
でも……死にたくない。
だけど……フワフワちゃんと執事さんの力になれるなら……そんな最期も悪くないだろう。
今はこれしか方法がないんだから、グズったってしょうがない。少なくとも犬死にじゃないし……運が良ければまた別の異世界に行けるんじゃないかな? ……行けないか。
「仕方ないですね、理屈はわかります……」
「……」
「でも、もし良ければ契約してもらえませんか? 私の生命力は、王子殿下を助けるためだけに使うと。申し訳ないんですけど、いろいろ過去のお話を聞いて、少しだけマーヤークさんに不安な気持ちがあるので……」
「……それはそうでしょう。お恥ずかしい限りです」
「あ……でもこれって、二重契約とかになりませんか?」
「大丈夫です。実はほかにも複数契約がありますので」
聞けば、悪魔もいろいろと忙しいらしい。ならまあ……いっか。私を食べて元気になった途端、女狂いの悪魔が復活しても困るし。やはり飛ぶ鳥跡を濁さずって感じで、思いつく限りの縛りはほどこしておきたいと思う。できればセクハラもやめていただきたい。マーヤークさんが手のひらから出した書類に私が細々と条件を書き込んでいくと、自嘲したように鼻で笑った少年は、違反したら罰金50億Gと書き加えた。
「これは私の全財産です」
「ひゃー……お金持ちだったんですねえ……」
最後に二人で笑い合う。なんだかすごく良いことしてるみたいで気分がいい。わかってんだろうね、命を預けるんだから、フワフワちゃんのことを頼んだよ? 絶対だからね。応援してんだから勝ってくれ!!
私は目を閉じ、手を胸の前に組んだ。覚悟は決めたけど、やっぱり怖い。
これから何が起こるんだろうか?
痛いかな? 苦しいかな?
そんなことを考えていると、耳元にいつもの穏やかな声がした。
「それでは、参ります……」
アナタ、タベル、タベ……ラレル。




