10.『北北西に人間いるっぽい?』
「教育係殿には、まだまだ第一線で頑張ってもらわねばなりませんので」
前回、湿地で死にかけた挙句、王子殿下をはじめ騎士団の皆様に多大なるご迷惑をおかけしたせいで、私は早朝から執事のマーヤークさんに鍛え直されることになってしまった。暑さとか寒さに強くなっておくと、いろいろと便利なんだとかなんとか……ううぅ……執事さんなんか生き生きしてる……何やら悪魔的な笑顔まで浮かべてるんですけど……釜茹でにされてしまうのか? それとも氷漬けにされてしまうのか??
「教育係殿は、一度とことんまで体をいじめ抜いたほうが良いのですよ。そうすれば、必要な魔法などはすぐ身につくはずです。例えば……そうですね。西の森で研鑽を積まれると良いでしょう。丁度いい、今度のミッドサマーで行われる狩りに参加してはいかがでしょうか。実戦経験を積めば何か見えてくるものもあるでしょう」
なんかまた企んでんなコレ……嫌な予感しかしない。というか、この悪魔、意外と脳筋だった?! あのヨットスクールじゃないんだから。もう少し優しい先生に代えてください……!
とりあえず、これまで身についた火魔法と結界魔法を組み合わせて、自分だけあったかくなる方法を教えてもらった。これを応用すれば、水魔法と結界魔法でクーラーっぽく、そんで風魔法と結界魔法でドライっぽくなるみたい。風魔法……欲しい(白目)
てっきり私は火の属性魔法しか使えないのかと思ってたけど、そんなことはないらしい。そういえば、昔遊んだゲームでも全部の魔法使えてたな……闇と光がどっちかしかダメなんだっけ??
「魔法というのはイメージの具現化です。まずは明確に思い描くこと。トレーニング方法としては、実際に見るというのが重要になるでしょう。よろしいですか?」
そういうと、執事さんは全身にうっすらオレンジの光を纏った。え、それだけ?? ……アレか、こいつ天才か。だからビュンと振ってバーンですよ! ぐらいしか言わないんだこいつ……ぐぬぬ……何ひとつ分からん! まあ百聞は一見にしかずとも言われているし、見せてくれるのはありがたいのですが……
「はい、どうぞ」
「ううぅ……」
訓練は夕暮れまで続いた。
「終わった……」
私は文官さんに渡された書類を見て唸る。湿地で使われた回復アイテムは、特別な霊樹からしか採れない蘇生薬だったらしい。って、え? ……やっぱ私、死んでたの?? その霊薬は、いざという時のために、マーヤークさんがいつもフトコロに隠し持っているものらしかった。歩くAEDみたいなもんなのか。まあ、今回は私に使ってしまったけど、本来はフワフワちゃんのためのお薬なんだよね。それを使ってしまったので、割と危機的状況だったわけだ……重ね重ね申し訳ございません。
請求書の額面は15000G。私の全財産は、日給150Gで3ヶ月働いた分のお給料13500Gだ。足りない……
「……少し待ってもらうってことってできます?」
「そうですね、そうなりますと……」
イグアナっぽい文官さんは、なんか算盤的な丸い道具をパチパチっと器用に弾いて、利子っぽい分を加算した金額を出してくれた。え? トイチ?? 魔国コワイ……
「い、今ある分だけお支払いします。残りは後日ということで!」
「かしこまりました」
文官さんは、私の全財産を持ってうやうやしく部屋を出ていった。
ま、まあ……お城の食堂に行けばタダでご飯食べられるし。まるっきり使わなかったからこそ全額貯金していたのだから、もう少し頑張れば返済できるだろう……たぶん。試練のときは、また準備金とかいう臨時収入のお小遣いがもらえると信じよう。はあ……なんかお腹減っちゃったなぁ……晩御飯は8時っていってたけど……
そんなことを考えながら窓の外を眺めると、ちょうど8時の鐘の音が聞こえて、私は飛びあがった。ご飯だ!
いそいそと身なりを整えて、食堂へ向かう。でっかい広間の超絶長いテーブルに目を向けると、早くもフワフワちゃんが席に着いていた。このお城では、割と気軽にみんなでご飯が食べられるんだよね。すごーく上座のほうには王様がいるっぽい。こっちは入り口すぐの新人の席。フワフワちゃんはあっちに行かなくていいの?? 自由すぎる王子だな……
よくわからんけど、ここでご飯を食べるのは、一応お城で働いてる役付きのお偉いさんらしい。私も王子殿下の教育係ってことでさりげなく混ぜてもらえてる。あと、フワフワちゃんがいつも隣に座るから、何となく受け入れられているっぽい。そらまあ、魔国で急にそこそこの席に人間がいたら、みんな不審がるよね。フワフワ効果で助かってるのだった。
「今日も王子殿下、元気ですね」
「あ、ロプノールさん、こんばんは」
「こんばんは、ミドヴェルトさん」
穏やかな笑顔で話しかけてくれたのは、エルフっぽいけど角がある謎種族のロプノールさんだ。ほとんど人間っぽいから話しやすい気がする。いい感じにイケメンだしね。イケメン過ぎないところが良い。そういや偉い人の中に女の人あんま見ないんだよな……メイドさん達はほとんど女性っぽいけど。男女雇用機会均等法なんてない時代の設定だからか? ほかの作品だと結構見るんだけどなあ……当然ポリコレもないっぽい。というか、それ以前に多様性がものすごい。私も受け入れてもらえたし。魔国スゲー。
みんなが席に着いたところで、王様の乾杯。それから一斉に食べはじめる。自分の好きな時間に食べれないのはちょっとつらいのよね。夜食もないし。もう夜中にアイスも食べれないんだな私。……おかげで今ではすっかり健康生活だ。
「ああ、女性ね……前は居たよ、事務系の大臣さんとかで」
「へー……何で今は居ないの?」
食事中、何となくロプノールさんに話題を振ると、結構フツーにいろいろ教えてくれた。
「やっぱり目立つからかな。ずっといじられちゃうし。結婚して引退のパターンが多かった気がするよ」
「あぁ……それはそれは……」
なんかセクハラとかいろいろあるのかな……ここも。中小企業とかなら、社風によっては和気藹々と働けるかもしれないけど……王宮とか伏魔殿じゃあ、承認欲求と万能感にあふれるエリートどもが夢の跡だもんね……コワイコワイ。私もできるだけ目立たないようにしたいものだ。
「ム、ムー!!」
こいつがいるから無理か……
フワフワちゃんはお肉大好きだったんだけど、私が焼きザリガニを食わせたせいで、すっかりシーフード派になったらしい。わかるわー。私もお肉好きだけど、ステーキよりサバの塩焼きが好き。ウチら、気が合うね! 今は緑のお野菜が食べられなくて何だか唸っている。子供か。子供なんだな。いまだに王子殿下が何歳なのか、誰も教えてくれないけど。
今晩のメニューは、謎肉のミートパイっぽいものと緑のサラダ、そしてドロドロ謎スープとぐるぐる巻きのパンだ。このぐるぐる巻きのパンが結構美味しくて、今日は当たりの日だと思う。この国の料理は基本的に味が薄い。テーブルに調味料っぽいものがたくさん置いてあって、みんな自由に調整して食べるらしかった。何ともヨーロッパ的である。私はそんなに味を必要としてないので調味料は使ってない。だって、いつから置いてあるのかわからん小瓶とかあって怖えから。一回かけてみよっかなーと思ったんだけど、中からカサカサ謎の音がしてきたのでやめた。絶対初めて置いたあの日から誰も取り替えてないだろ、あの日の調味料だろコレ……みんなよく平気で使えるな。
どうせ魔国のやつらなんてダニとか食っても死にゃしないのよね、体が強いからって傲慢なんですよ。いや雑! でもね、私はかよわい人間なんですよ。食中毒の危険がある! 衛生面は気にし過ぎるほど気にしたほうがいいのだ!!
食後は空いた部屋に移動して、ロプノールさんとフワフワちゃんと私でボドゲタイム。結構いろんなゲームがあって、私のお気に入りは積み上げ系のやつだ。遊んでいるように見えるけど、フワフワちゃんを賢くするための教育の一環ということになっている。だから、結構ガッツリ1時間以上はやる。たまに執事さんがやってきて、全員を絶望の底に突き落としてから笑顔で帰っていく。去れ! 往ね!! しばらくしてフワフワちゃんがあくびし始めたら、解散して就寝。
夜の流れは大体がこんなところだった。
「で、デカいっすね……」
執事さんがいってたミッドサマーというのは、夏至のお祭りらしい。魔国ではどデカい藁人形を作って火をつけるのが慣わしなんだとか。どんど焼きか? ウィッカーマンか? 私もいらないお札とか入れておこうかな。夏は何かと火を燃やしたがるよね、みんな。私も火は好き。火魔法も使えるしね。日本でも山に「大」の字の火を燃やしたり、世界のお祭りだと、とんでもなく高い櫓を積んで燃やしたりしてた気がする。テレビで見た。そして崩れて大惨事になってた。あれは何だったのか……
夕暮れの草原でそんなことを考えていると、ロプノールさんがでっかい肉を抱えてやってきた。
「あ、ミドヴェルトさん、ミッドサマーおめでとう。緑と朝露を!」
「み、緑と朝露を! ミッドサマーおめでとう!」
長寿と繁栄を! 的なことか……? よくわからんが真似してみた。こういうのは現地民に合わせるのが一番だよね。周囲を見渡せば、みんな「緑と朝露」がどうのこうのと言ってるよ。ケンタウル、露を降らせ!
お祭りって、なんか良いもんだよね。聞いた話じゃ、今日はみんな徹夜で宴会なんだとか。ロプノールさんは、どデカい藁人形に肉を入れて蒸し焼きにするそうだ。何となく一緒について行くと、ほかにもハーブっぽいものがはみ出したチキンっぽいものとかが、すでに藁人形の足元にこれでもかと大量に詰められている。お札……入れなくてよかった……
「ミッドサマーの藁人形は、元来は生贄の儀式だったみたいだね。最近ではこうして好きな肉を焼くお祭りになっているけど、昔は本当に人間を焼いていたらしい」
そんなことを言いながら、私を見るロプノールさんの目が一瞬怪しく光る。……お、おま……エルフだからって気ぃ抜いてたけど、もしや人も食べるんか……?? ピリッとした空気が漂う。ゴクリ。
「……なんてね。伝承だから定かじゃないけど。少なくとも僕が知る限りでは、ただの肉を焼くお祭りだよ。だけど、この大きな藁人形が人間を象徴しているのは確かなんだ。大昔に人間の国と戦って、勝利を収めた記念の行事が今に伝わっているらしいよ」
はー。なんか色んな歴史があるんだなぁ。私も一応世界史スキーだったから、この異世界の歴史をもっと知りたいかも。ロプノールさんに軽く聞いたところによると、ここから山脈を超えた北北西の地に、昔は人間の国があったらしいんだけど、戦争とかいろいろあって今はどうなってるのかわからないんだとか。人間の国と交流もないから、魔国のみんなは私を見ても、あんまりピンとこないらしい。人間要素の強い魔物だとでも思われてるんだろうか。
でもそうなると、あんまりビクビクしなくても良さそうだね。ロプノールさんと一緒だと、いろんな雑学が知れて楽しい。この人、一体何の仕事してる人なんだろうか。最初に聞いた時は「まあ雑用ですよ」とかいってたが。
「……ぅあ!?」
私が藁人形のデカさに気を取られていると、ロプノールさんが変な声を上げた。肉を抱えたまま「く」の字で固まっている。近づいてみると、人の腕っぽいものが見えた。
ええええええええええええええええええ???!!!!
「ひ……ひ……人じゃ……」
「いや、待って」
ロプノールさんは冷静に人の腕をつかんで引き抜いた。ひえええぇぇ!! ワイルド!! 生贄かと思われたその腕は、予想に反して羽が生えていた。
天使のオッさああああああああぁん!!?
え? なんで???
「……知り合い?」
私の様子を見て、ロプノールさんが聞く。私はとにかく首を縦にブンブン振って肯定するしかなかった。
「死んじゃいないよ、大丈夫」
「よ、良かった……」
「おや、どこに消えたのかと思えば、不思議なこともあるものですねぇ」
背後からいつもの声が聞こえ、振り返ると執事さんがいた。いや……オメーだろ? 犯人は……
とりあえず、火をつける前に見つかって良かった……天使のオジサンは無事回収され、ミッドサマーのお祭りは今夜から3日間にわたって開催されることとなる。なんか今日は前夜祭っぽいね。そんで明日が本番で、明後日が後夜祭らしい。草原に作られたお祭り会場は、出店もいっぱいあってフェス感すごい。いちいちテントが可愛いから、蚤の市っぽい雰囲気もあって思わずワクワクしてしまう。
フワフワちゃんは大はしゃぎ。私もお相伴に預かって、色んな人たちが持ってくる肉料理を味見した。よくできた肉料理には賞が与えられ、1年間だけお城から良い肉を優先的に回してもらえるようになるんだとか。
いやーしかし、北北西に人間の国かぁ……ほっかほっか亭に進路を取れ!! なんちゃって。
行ってみたいけど、明日は西の森に行かなければいけないらしい。
はぁ……悪魔のシゴキが待っている……




