監視役のクセに、やけに目立つんですケド?
園長室を出て再び一階に下り、自動ドアを潜って表に出ると、頭上から真夏の日差しがジリジリと照り付けて目眩がした。
左右開きの自動ドアの上中央部分に設置されているスイッチを切ると、ドアは手動に切り替わる。
それから室内のブラインドを降ろしドアを閉め、ガラスの扉の下に設けられた二カ所の鍵穴にそれぞれの鍵を差込んで施錠を済ませた。
重い身体を引きずるようにして立ち上がったそのとき、不意に背後から投げ掛けられた声に、私は飛び上がりそうになる身体を寸でのところで押さえ付けた。
「よう、ゲコ。どうかしたのか?」
灼熱の太陽の下、心臓だけが凍り付いていた。ゆっくり振り返ると、オヤジがいつもの怪しげな紫色の風呂敷をテーブルの上で広げながら、開店の準備をしているところだった。
背中を冷や汗が伝った。
「どう……って、何で?」
「いや、このホームで鍵を掛けてる姿っていうのは余り見掛けねぇからな。みんなは? 出掛けたのか?」
「あ……ああ、そう、そうなの。実は……今日から、その……キャンプでみんな出掛けたのよ。私はちょっと野暮用があって出遅れたから、これから合流するの」
咄嗟の思いつきを、精一杯それらしく言い訳にした。
誰かに出会すなんてことは全くの想定外だった。何か最もらしい言い訳を考えてから表に出るべきだったと反省しながらも、まずはそこそこ疑われないような話ができて胸を撫で下ろした。
「へぇ、そいつは良いなぁ。夏休みってのは良いねぇ。精々楽しんでこいや。で、何日行くんだ?」
「えっ?」
「キャンプだよ」
「ああ、えっとぉ……7日、カナ」
それが、私に与えられたタイムリミット。
「ほぉ」オヤジは一旦そこで言葉を切ったあとで「まぁ、気を付けて行ってこいや」そう言って目線を自分の手元に落とした。
じゃ、と最後に声を掛け、長い溜息をオヤジに悟られないよう足早にそこをあとにした。
「ふぅ、あっぶなかったぁ」
急いで突き当たりのバス通りまで出て右に曲がる。十メートルほど先のカフェの前で、さっきの監視役の男と合流することになっている。
それにしても、オヤジに行き先を尋ねられなくて良かった。
いくらなんでも、咄嗟にそこまでは上手く答えられそうになかった。
カフェモカの美味しいその店の前で、裏窓から先に出ていたダークスーツが私の到着を待っていた。
視線を合わすことなく目の前を通り過ぎ、それからガラス張りの店を横目で見やると、彼が少し離れて私のあとを歩きはじめる姿が映った。
さて、それはさておき、どうやってその彼らのいう新薬とやらに辿り着こうか。
全く案が浮かばない。
それもそのはず、パパの会社と私とは全くといって良いほど関わりがない。
国内最大手と呼ばれる製薬会社の一人娘ともなれば、周囲からの期待がない訳がない。けれど、近しい間柄の人たちには私が教員を目指していることは知られているし、パパだって、そりゃあ渋々だろうけれどそれを認めてくれている。
奴らは新薬は会社の研究室にある、と言っていたが、研究室はおろか、余程のことがない限り、私が会社を訪ねて行くこと自体が不自然なのだ。
それをたったの七日で何とかしなくちゃならないなんて、どう考えたって無茶だ。
大通りを歩きながら、あれこれと思いを巡らせているうちに、私は会社の正門前を通過した。
私があっさりとそこを素通りしてしまっても、後ろを歩くダークスーツは何のアクションも起こさずに、相変わらず、着かず離れずの距離を保ちながら歩き続けていた。
そういえばさっき、奴らのボスと思しき例の男が、彼は海外の特殊部隊の経験があるとか言っていたっけ。
特殊部隊といえば、私の中ではマッチョで色黒な印象がある。
しかし、彼はそのどちらとも無縁だった。
ちょっと見でも身長は180……いや、それ以上はあるだろう。
信号待ちをする間、通りを見渡す振りをしてそれとなく後ろを振り返った。
忌々しいダークスーツに濃灰色の細いネクタイを締め、怪しくない程度に色の入ったインテリ系のサングラスを掛けている。
この真夏の昼日中、あれで本人は暑くないのだろうかとその神経を疑いたくなる。
それとも、暑さをそれと思わないのも、例の特殊部隊とやらの訓練の賜物の一つなんだろうか。
それにしたって、たとえ数日でも、あんなのを後ろに引っ提げていたら私の方が変に思われる。
しかも、長身のダークスーツ姿で左手の親指だけをスラックスのポケットに引っかけ、そのせいで身体を少しだけ左に傾けて歩くその独特の歩き方は、一見、ファッション誌から飛び出たモデルのような風貌で、彼はその役割に似合わず人目を引いていた。
……なんか、この人、色々と駄目なんじゃないだろうか?
次回、この人、ちょっと困らせてやろう!