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怪しい占い師の不吉な予言!?

 子供たちが夕食を終え、全員がいつもの順に風呂を済ませてそれぞれの部屋に入ると私の役目は終わる。八時半にこのホームを出て、それから八時四十分のバスに乗って駅に向かい、九時六分の上り電車で三つ目の駅で降りる。そこから一人暮らしのマンションまでは歩いて五、六分だ。


 部屋に入ってテレビのスイッチを入れ、冷蔵庫から取り出した烏龍茶の缶を開けると、ほぼ九時半。昨今の女子大生にしては我ながら悲しくなるくらい規則正しい生活を送っている。


 それでも、ホームで皆と一緒に夕食をいただけるから、帰宅後に食事の支度をする手間もなく、そこから先は全て自由に使える時間だ。加えて、先月、隣の部屋の住人が引っ越しをしたお陰もあって、それまで何となく遠慮していたテレビの音量を上げることも可能になり、私は至ってこの生活が気に入っていた。


 ある日、愛留を寝かしつけてから園長室に声を掛け、おやすみの挨拶をして表に出ると、店じまいした酒屋の店先で、店長とオヤジが缶ビールを片手に何やら盛り上がっていた。


「よう、ゲコ。今帰りか?」

 オヤジは仕事着のまま、白のプラスチック製の椅子に深々と身体を預け、右手に持った缶を高々と頭上に持ち上げた。

「随分とご機嫌じゃない。一体何時から飲んでるの?」

「灯里ちゃんもどう? 一杯やっていけば」

 店長はそう言いながらこちらに酎ハイの缶を差し出した。

 目の前に差し出されたのがグレープフルーツ味だったので、私は少しだけ彼らに付き合うことにした。


 役者はイマイチだけれど、この際、まあそこんとこは目を瞑るとしよう。

 店長が私のために用意してくれた椅子に深く腰を掛けて、私はグレープフルーツハイの缶のプルトップを開けた。


 ここに酒屋がオープンしたのは、私がこの成実樹ホームに通いだして一年ほど経った頃だった。この辺りは住宅街から離れた場所にあるため、ほとんどが配達専門でやっている小さな店だ。そんな店先に、昨年、何処からともなくこのご機嫌オヤジがやってきて、勝手に自分の店を構えてしまった。


 店といってもこのオヤジ、自称、占い師だ。いつも妙なねずみ色の着物を身に纏い、足元は真冬でも素足に下駄履きときてる。何より、人相がとびっきり悪い。

 決して大柄ではないものの、ごつい身体で、眉間にはいつも皺が寄っている。目は小さいのに目付きだけは異様に鋭くて、あんな顔とまともに向き合ったら、子供じゃなくても泣きたくなるに決まってる。

 

 歳は四十代半ばくらいだろうが、所帯を持っているのかさえ知れない。足が悪いらしく、左足を少しだけ引きずるようにして歩くのが印象的だった。


 趣味の悪い紫色の布切れを掛けた粗末な木造のテーブルの上には、客から聞き出した生年月日を書くだけのノートが一冊と、手相を見るときに使う古びた黒縁の虫眼鏡が一つ、それに夜用の行灯が載せられているだけだった。


 何より驚くのは、このオヤジに、どういう訳か客足が途絶えたことがない、ということだ。何処からどう見ても胡散臭いこと限りないくせに、占いが当たると評判が評判を呼び、駅から離れたこんな路地裏にも関わらず、毎日のように年若い女の子たちが入れ替わり立ち替わり訪れていた。


 ちなみにこのオヤジが私をゲコと呼ぶのは、その言葉通り、私が下戸だからだ。酎ハイの三五〇ミリの小缶一本が私の限界。初めてこいつと飲んだときに付けられて以来、オヤジは私をそう呼ぶ。


いつの頃からか、私たちはときどきこうして三人でのんびりお酒を飲みながら、他愛もない話をするようになった。


 店長は自分の身の上を、中卒で酒屋のバイトをしながらお金を貯め、奥さんとの結婚を機に独立し、この場所にようやく念願だった店を出せたのだと語った。

予算内に納めるには、駅から離れたこの路地裏が精々だったが、それでも自分にとっては、正に城と呼ぶに相応しいのだと、彼は誇らしげにそう言った。


 オヤジとは元々顔見知りで、昔、随分世話になったのだと話した。


 そのオヤジはといえば、特に自分の身の上を語るでもなかったが、見た目から思っていたほど取っつき難いヤツでもなく、店長との会話を聞く限り、その強面な外見よりはずっとまともで、鈍そうな外面よりも細かいところまで目が届く男のようだった。


 ちなみに店長は私のことを『灯里ちゃん』と名前で呼んでくれるけれど、私は彼の名を聞きそびれ、未だに『店長』とだけ呼んでいる。


 オヤジとは最初から「ゲコ」「オヤジ」と呼び合い、やっぱりお互いのフルネームは知らない。


「子供たちはもう寝たのか?」

 オヤジの質問に、私は酎ハイの缶を持ち上げたまま首を横に振った。

「チビちゃんだけはね。あとは無理ね。だって、明日から夏休みだもん」

「夏休みかあ。どうりで暑いはずだ」

 オヤジはそう言って、柄にもなく、都会の暗い空を仰いだ。


 それから二時間近くもの間、首位争いが続くプロ野球の話や冬に生まれてくる店長の子供の話題で盛り上がり、最初のグレープフルーツハイの次に飲みはじめたウーロン茶の五〇〇ミリ缶を空け終えたところで、私は席を立った。


「ご馳走様、そろそろ帰るわね。おやすみなさい」そう言って立ち去りかけた私を、オヤジの声が呼び止めた。

「おい、ゲコ」

「なぁに?」

 そう言って振り返ると、オヤジは今日一番力の籠もった目で私を見据えた。


「さっきから気になってたんだが……お前、厄難の相が出てるぞ。脅かす訳じゃねぇが、しばらく周りに気を付けろや」


 ――インチキ占い師め。


 どうせなら『運命の出会い』とかにしろっつーの。


「ご忠告ありがとう。せいぜい心しておくわ」

 彼らに最高の笑顔を向けて、私はそこをあとにした。

次回、成実樹ホームに招かれざる客が?

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