予期せぬトラブル
目を開くと、辺りは闇に包まれていた。
息を殺して目を凝らす。薄いレースのカーテン越しに見慣れた街灯りが浮かんでいた。
暗闇の中、ベッドの上で全身汗だくになり、私は泣いていた。
「……夢?」
手探りで枕元からリモコンを探し当て、部屋の電気を点けた。
時計の針は10時半を少し過ぎた辺りを指していた。
で濡れた顔を手で拭いながら、ベッドから降りてゆっくり立ち上がる。足が震えていた。
「……」
一体、何時間、眠っていたんだろう。
遮光カーテンを乱暴に閉め、着ていた服を全て脱ぎ捨てて着替えをし、そのまま急いで部屋を出た。
本当はシャワーくらい浴びたかったけれど、たった今見た夢が怖すぎて、今はとても一人で部屋に居られなかった。
一刻も早く外へ出たい。どうせ食べるものもない。
コンビニにでも行けば少しは気持ちが落ち着くかも知れない。そうだ、酎ハイと栄養ドリンクも買ってこよう。
未だ震えの収まらない足を引き摺ってエレベーターを下り、玄関ロビーに出る。
カーテンの閉まっている管理人室の前を足早に通り越して、私はマンションの外へ飛び出した。
気温は高く、湿った空気が身体を取り巻いて決して爽快ではないけれど、表の空気を吸った途端、ほんの少し現実味を取り戻した気がして、ホッと息を吐いた。
短い階段を降り立って出た歩道を左に折れる。目指すコンビニは、この通り沿いを100メートルほど行った先の左手にある。
表通りから一本入ったこの路地は、戸建てが少なくマンションやアパートばかりが建ち並び、常に人通りが少なく閑散としている。
目指すコンビニの少し先に小さなラーメン屋が1軒有る以外は、特に目立った店も公共施設等もなく、一般的な帰宅時間を過ぎる夜十時以降ともなれば、辺りは尚一層の静けさに包まれる。
その落ち着いた静かな町並みこそが、私がここを生活拠点として選んだ理由だった。
ましてこんな熱帯夜ともなれば、余程の用事がない限り表に出ることすら憚れる。
今日も辺りは静けさに包まれていた。
歩き出してすぐに、歩道に車体を半分ほど乗り上げた状態で停車している黒っぽいセダンの脇を擦り抜けた。
窓一面がスモークに覆われていて、外からでは中に人が居るのかさえ窺えないが、いくら人通りが少ないとはいえ、それでなくとも決して広いとはいえないその歩道を歩く身としては歓迎しかねる。
「邪魔だなぁ」そう小声で毒突きながら、足早にその場をあとにした。
ところがその直後、突然、背後から左腕を強く掴まれ足を止めた。
驚きの余り、その手を振り解こうと咄嗟に腕を引くと、今度は一層の強い力で後ろ手に腕を捻り上げられた。
顔こそ見えないが、背後に立つのはゴリラの様に大きくて厳つい男だ。
その並々ならぬ力の込め方に、強い悪意を感じた。
「痛っい! ちょっと、何するっ……」
叫び掛けた口元を、岩のような手が塞いだ。
身体の自由を奪われた上、声すらも上げることができなくなり、すっかり為す術を失った私の身体は、背後から羽交い締めにされたまま、いとも簡単にズルズルと引きずられてゆく。
唯一自由になる足を力一杯ばたつかせながら地面を強く蹴り、なるべく大きな音を立てて助けを呼ぼうと試みたものの、表通りから外れた通りに人影はなかった。
何とか自力で擦り抜けるしかない。懸命に身体を捩って抵抗してみるけれど、背後の大男がその手を緩めることはなく、身体は全く自由にならなかった。
嫌だ、どうしよう。こいつら何者? 一体、私をどうしようってゆーのよ!
視界の隅に先程の黒いセダンが見えた。
さっきは閉じられていた後部座席のドアが大きく開けられている。その車内から、酷く嗄れた声が私の背後に居る男を急かした。
「おい、早くしろ!」
嫌だ! 嫌だ、嫌だ! ――怖い!
そのとき、私を羽交い締めにしていた男の巨体が何かに弾かれるようにして黒塗りセダンの後方に吹き飛んだ。
それと同時に宙に放り出されてバランスを失った私の身体は、再び何者かの腕の中に落ちた。
「お前たち、何者だっ!!」
頭の上で、ジェイドの鋭い声が響いた。
次回、殺風景な部屋




