新薬との対面
「突然で本当にごめんね、新薬のことで今、忙しいんでしょ?」
息苦しくて余り長居はできそうもないので、第一声で確信を突いてみた。
「えっ?」
典ちゃんは驚いたように小さく声を上げ、こちらの予想通りの反応を示した。
「パパに聞いたの。典ちゃんに会いに行っても良いかしら、って。
そしたら、今、新しいプロジェクトの最中で忙しいかも知れないけど、行ってごらんって言ってたから、てっきり新薬か何かの開発中なのかと思ったんだけど、違った?」
半分は事実、半分はカマを掛けたようなものだ。
「さすがね。まあ、灯里ちゃんに隠すこともないわね」
そう言って彼女は緊張の色を解いた。
「何の薬? 新薬なんて聞くと見てみたくなっちゃうわ」
なるべく意図的にならないように、少しだけ甘える風にそう言ってみた。
「良いわよ、見てみる? 但し、何の薬かはまだ内緒ね」
彼女はこちらが面食らうほどあっさりそう答えると、スッと立ち上がって奥の小さなガラス張りの小部屋へ歩み寄った。
その後ろ姿に、私は思わず声を掛けていた。
「ねぇ! その……新しい薬を作るのって、大変?」
これはさっきまでの世間話とは色合いが違った。
私の中にある罪悪感が先だって出た言葉だった。
「まあね。でも、それが出来上がったら沢山の人を救うことができると思えば、やっぱり力が入るわ。頑張ろうって思うわね」
そう言いながら、典ちゃんは白衣のポケットから鍵の束を取り出し、そのうちの一つを小部屋に取り付けられたドアの鍵穴に差し込んだ。
典ちゃんが鍵を右に回すと、部屋のドアはすぐに開いた。
これには内心、大いに驚いた。
そんなに簡単に開閉できるドアの向こうに、テロリストたちが欲しがっている新薬があるというの?
呆気にとられているうちに、私は典ちゃんに名前を呼ばれた。
「灯里ちゃん、出すのは面倒だから入って」
言われるままに私は彼女の元に歩み寄り、その小部屋へ足を踏み入れた。
すぐ左の机の上にプラスチック製のハムスターケースのような物が置かれ、その中に、透明の液体が入れられたビーカーほどの大きさのガラス瓶が入っていた。
「これがその新薬?」
「そうよ。正確には予防薬、ワクチンね」
「なんか……特に珍しくもない感じね」
感じたことをそのまま口にすると、典ちゃんは声を上げて笑いはじめた。
「そうよね、普通の人が外から見たって、何処にでもあるようなただの液薬にしか見えないものね。
私たちからしてみたら、瓶の中身は汗と涙の研究の集大成なんだけどね」
「あっ、ごめんなさい」慌ててそう言うと、典ちゃんは顔の前で大きく手を振った。
「いいの、いいの。研究者の仕事なんて、常にこういう地味で地道なものなのよ」
私たちのそんな遣り取りを余所に、ジェイドは一緒に新薬を見にくるどころか、視線すら投げ掛けてこなかった。
パパのときと同じく、あくまで無関心を装うつもりらしい。
席に戻った典ちゃんは、それから「コーヒーでも入れるわね」と言って、側にあったフラスコを引き寄せると、それにペットボトルのミネラルウォーターを入れ、その下にアルコールランプを置いて湯を沸かしはじめた。
その様子を呆気にとられて見入っていると、
「そう心配しなくても大丈夫よ、これ、お茶専用だから」
彼女はそう言って、片目を瞑って笑った。
次回、手渡し忘れていたお土産




