典ちゃんの研究室
典ちゃんの部屋は左手の3つ目にあった。
「第三研究室 室長細川典子」と書かれた白のネームプレートが掲げられているその部屋の前で、典ちゃんは壁に取り付けられていた黒っぽいインターホンのような物に向かって左手の掌を差し出した。
3秒ほどしてドアは勝手に開いた。典ちゃんに続いて私、ジェイドの順で部屋に入った。
10帖程度のさほど広くない部屋の真ん中に、スチール製の机が2つ、向かい合わせに置かれている。
そのどちらにも、書類や書籍が所狭しと山積みにされていた。
壁際にはファイルがごっそりと詰め込まれた本棚や、数台のパソコンが乗せられたパソコン台などが置かれており、部屋の右奥にはもう一つ、同じようにガラス張りの小さな部屋が設置されていた。
典ちゃんは手前に置かれた机の上の書類の束を持ち上げると、それを奥の机に無造作に押しやり、それから戸棚の隙間に立て掛けてあったパイプ椅子を取り出して、広くなった机の前に並べた。
「狭くてごめんなさい、座って」
勧められた椅子にジェイドと並んで腰掛けると、典ちゃんは書類に埋もれた机の前に座った。
どうやらそこが彼女の定位置らしい。
「それにしても、本当に久しぶりね。訪ねてきてくれて嬉しいわ。実はさっき、社長から灯里ちゃんの話を聞いたばかりなの。素敵な人を紹介しにきてくれるかもって」
典ちゃんはそう言って、楽しそうにジェイドに視線を送った。
彼はパパに会ったときと同じように内ポケットから名刺を取り出すと、それを典ちゃんに差し出した。
「お忙しいのに突然で申し訳ありません、西田と申します」
「あら、ご丁寧にすみません」そう言いながら名刺を受け取った典ちゃんは、目の前の机の一番上の引き出しを開け、そこからやはり名刺を一枚取り出して、それを彼に手渡した。
「細川です。私のことは灯里ちゃんに聞いているかしらね」
「こちらでお仕事をされている方で、親しい間柄ということくらいですが」
嘘ばっかり。……そんなんじゃない。
「それにしても、本当に素敵な人じゃない。社長が気に入るはずだわ」
そう言って、典ちゃんはこちらに親しげな笑顔を向けた。
こうして顔を合わせるのは5年振りのことだ。彼女はスラリと背が高く、肩より少し長めのストレートの髪を後ろで束ね、大して化粧気はないけれど、私の知っている典ちゃんよりずっとずっと大人びていた。
先程から無性に違和感を感じるのは、典ちゃんがずっと笑顔だからかも知れない。
久々の再会を無条件に喜んでいる風にさえ見える。
父親のお見舞いにこなかった私を、典ちゃんが快く思っているはずがない。
それに私は、パパや典ちゃんのこの会社にさっさと背を向けた。
本当のところ、私はどうして良いか判らなかった。
笑顔だからといって、実際、典ちゃんが私をどんな風に見ているのかなんて判らなかったし、これから彼と彼女の間に飛び交うであろう違う色の牽制球に当たったりしないよう、注意深く二人の顔色を窺うことくらいしか、今は思い付かなかった。
次回、これが、あいつらが欲しがっている新薬?




