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再会

改札を潜って表へ出る。いつもと何ひとつ変わらない光景なのに、典ちゃんを訪ねると思うだけで足取りは重くなってゆく。


 日中のこの時間は朝夕の通勤通学の時間帯とは異なり、バスの本数はグンと少なかった。

この暑さの中じゃケーキも気がかりだったし、何よりジェイドを従えたままバスに乗るのも気が進まず、私は真っ直ぐタクシー乗り場へと向かった。


 見慣れた町並みのはずなのに、バスとタクシーとでは車窓の景色が少しだけ違って見えた。

渋滞もなく至って快適に、タクシーは15分ほどでタチバナ製薬の正門前に到着した。


 運転手にお礼を言ってタクシーを降りると、途端にモワッとした熱風に包まれた。

降り注ぐ灼熱の太陽は、私が嫌っているのを重々承知した上でわざわざ微笑み掛けてきているかのようで気に入らない。

けれどその不敵な笑みをそっくり無視して、私は真っ直ぐに会社の正門へ向かった。


 マンションを出てからここまでの間、ずっと一定の距離を保ち、一言も会話を交わすことなく私の後ろを尾行し続けていたジェイドは、自動ドアを潜る頃にはすっかり『私の連れである』という空気を身に纏い、私のすぐ後ろに着いていた。


 社内へ入ると、すぐに受付の小野さんと視線が重なった。

笑顔の彼女がすぐに立ち上がりこちらに歩み寄ろうとしたので、私は、会釈をしながら急いで空いていた左手の掌を向け、やんわりとそれを制した。そしてそのまま真っ直ぐにエレベーターに向かい、そのまま研究室棟への連絡通路がある二階へ向かった。


 エレベーターを下りて通路へ向かう途中、スーツ姿の営業マンに混じって、白い上着を羽織った研究室棟の従業員と思しき数人と擦れ違ったけれど、その中に典ちゃんの姿はなかった。


 白い通路を歩く間、私は幾度となく小さな深呼吸を繰り返した。

心臓が大きく脈を打っていた。


 気が進まない。

 逃げ出したい。


 頭の中に蘇ってくる様々な記憶が、その足枷を更に大きく膨らませてゆく。

一度歩みを止めたらもう前には進めなくなりそうで、私は歩調を緩めることをせず、決死の思いで一つ目の自動ドアを潜った。


 受付の人たちの視線がこちらに注がれた。これでもうあと戻りはできない。

懸命の作り笑いを浮かべ、意を決して私はその名を口にした。


「研究室棟の細川典子さんを訪ねてきたんですが、会えますか?」


「お約束はされていますか?」応対に出た若い女性が、透き通るような声でそう尋ねた。


「いえ、特には」そう答えると、奥に座って遣り取りを見ていた青いワイシャツ姿の中年の男性が受話器を取った。


 笑顔で「少々お待ち下さい」と言う女性の後ろで、2、3会話を繰り返した男性が、受話器の口元も塞がないまま、そこからこちらに向けて大きく声を掛けて寄越した。


「お名前は?」


「あ、橘です。橘灯里です」


 彼は電話口で私の名前を告げると、すぐに受話器を置いた。ゆっくりと立ち上がった彼が部屋の奥からこちらに出てくるよりも早く、私は後ろから名前を呼ばれた。


「灯里ちゃん!」

 弾む息の間から発せられた声は、聞き覚えのある懐かしい声だった。


背中にじっとりと汗が伝ってゆく。

ゆっくり振り返ると、そこには久しぶりの笑顔があった。


「典……ちゃん」


「わぁ、久しぶりね! 入って入って!」そう言って典ちゃんは、たった今、潜ってきたばかりであろうガラスドアの前に立ち、首から下げていた社員証をセンサーに翳してそのドアを開けた。


 私はその場を離れる前に、急いでフルーツゼリーの入ったケーキ箱を受付に差し出した。


「いつもお世話になっています。これ、足りるか判りませんけど、皆さんでどうぞ」

 会釈をしながらそれだけ伝え、自動ドアが閉じてしまわないよう、急いで典ちゃんの背中を追った。


次回、ついに新薬のある研究室へ

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