負い目 ~パパ、ゴメンね~
パパは終始ご機嫌だった。
普通、娘が恋人を連れてきたら、もっとムッとするもんじゃないの?
そう思いながら、私はジェイドを見た。
彼は、パパが最も好むタイプかも知れない。
物静かだけれど決して弱々しくなく、堂々としていて見るからにインテリタイプ。
おまけに彼は背も高く、外見的にも清潔感に溢れ、加えて家柄も良い。
これはきっと、うちの親に限らず、世の中の親という生き物の誰もが好ましいと思うに違いない。
例えば、今ここで私が「パパ、助けて! 彼はテロリストよ」と言ったところで、叱られるのは私の方に決まってる。
結局、パパは彼をすっかり気に入って、次に帰国をした折りには是非、我が家にも顔を出して妻にも会ってやってくれ、とまで言い出した。
僅か1週間後には、お気に入りの彼も、信頼していた娘も、それに新薬さえも失うパパに、私は同情と深い謝罪の念を抱かずにはいられなかった。
あんなに嬉しそうなパパを見たことがない。
そんな父親の様子に反比例して、私の気持ちは急速に落ちていった。
それでも成実樹ホームのみんなを救うために、私はここで思い留まる訳にはいかなかった。
マンションまで車で送ると言うパパに、これから1時間ほど友達のところに寄って行くから、と嘘を吐いて、私たちはベイサイドステーション駅の前でパパと別れた。
その別れ際、パパは何を思ったのか、一度ドライブにいれたギアを再びパーキングに戻し、窓から身を乗り出すと、それからジェイドの顔をまじまじと見たあとで、念を押すように訊いた。
「君と会うのは本当に初めてだったかな」
ジェイドが少し考えるような素振りを見せたあとで「ええ、そうだと思いますが」と答えると、パパはようやく納得したように「そうか」と呟いてから、ゆっくりと車を発進させた。
彼は大企業の社長の息子で、しかも父親の秘書をしているくらいだから、パパが何処かで彼と擦れ違っていたとしても不思議じゃない。
息子が秘書を務めていることを知っていたくらいだから、新聞や雑誌で対談記事を目にしたことでもあるのだろう。
漆黒の車体にビル灯りを反射させながら走り去るレクサスのテールランプを見えなくなるまで見送りながら、彼、ジェイドの輝かしい表舞台の顔に思い巡らせてみたものの、今の私の想像力では、それが形になることはなかった。
何気なく見上げた都会の高層ビルの隙間から見える空は、ただただ暗いだけで、そこには星も月もなかった。
本当はそこに確かに存在しているのに、見えないことも見えないものもある。
今朝、沙織のタオルを買ってバスを降りるまでは見えていた私のささやかな日常や未来が、パパに対する後ろめたさと成実樹ホームを巻き込んでしまった罪悪感とで真っ黒に塗り尽くされ、今は全く見えなくなっていた。
なにより、とりあえずパパに会わなきゃはじまらないけれど、こうして会ったからといって、この先に続く策があった訳ではない。
パパにジェイドを会わせたことが、この先、功を奏すのかはたまた裏目に出るのか、それすらも判らない。この状況を誰かに相談することもできず、何処かに助けを求める訳にもいかず、ましてや逃げ出すことも許されない。
――胃が痛い。
ベイサイドステーション駅は、近くのテーマパークの閉園時間を少し過ぎたその時間帯も手伝って、構内を行き交う人の波は思った以上の賑わいを見せていた。
皆、思い思いの髪飾りを付けたまま、手には大きく煌びやかな土産物の包みを下げ、その顔はどれも笑顔に包まれている。
今の私とはまるで懸け離れた華やかな色たちで溢れ、まるで自分だけが異空間にでも迷い込んでしまったような錯覚さえ覚える。私の周りだけがモノトーンに包まれ、日常世界から阻害されているような虚無感を覚えた。
次回、灯里、後ろめたさから体調不良に