勘違いから発生する勇者御一行
会議があった日から数日、次元の海から軍隊が攻めてきたなんてのは1度としてなかった。
人間界側はまだしも、異世界の魔王軍も動きを見せないのは諦めたからなのだろうか?
それとも、これが嵐の前の静けさというものなのか。
「なんにせよ、退屈には変わりねえな……」
ふわぁ~っと大きなあくびをしながらポカポカと陽気な昼間の日光浴を楽しんでいた。
平和なことはいいことだが、このままじゃ干されたスルメイカみたくなっちまいそうだ。
相手さんが動かなきゃこっちも動けねなんて、最強の称号が泣いちまいそうだ。
もう一度ふわぁ~っとあくびをして吞気に昼寝を楽しむことにする。
一応、寝ていても何かあればすぐに覚醒出来る訓練は積んでいるので問題ないし、よほど隠密能力の高い相手ではない限りは寝ていようも察知することが出来る。
だから、この陽光の心地良さに負けて寝てしまったところでなんら一切の不都合は生じない。
そんな結論を出して9時間後、日はすっかり沈み込んでしまい、外は完全な真夜中になってしまっていた。
「まさか、昼寝のつもりが熟睡しちまうとはな。こりゃまいった……」
寝起きに次元の海の方を確認するも、目立ったような痕跡もなく、誰かが砦付近に近づいた様子も見受けられない。
どうやら、熟睡中に敵が攻めてきた様子は無さそうだ。
やっぱり、昼寝して時間潰してよかった。そんな暇な時間たった1人で待ち惚けなんてしてたら精神の方が死んでしまう。
「とはいえ、昼寝し過ぎて眼が冴えて眠れねえな」
時間にして9時間も爆睡してたんだ。そりゃ眠気なんざ残る筈もない。
幸いにして空は雲1つない満天の星空とお月様が顔を出している。酒はねえが飯はあるし、こうなったら月見酒ならぬ月見飯としゃれこむか!
火を起こして適当に調味料をぶち込んだ男飯を作る。見た目や栄養価なんぞはともかく、匂いや味は充分保証できる。
綺麗な景色に美味い飯、これだけで人は満足して生きていけると確信する。
皿の上に山盛りになっていた飯を全て胃袋に流し込み終えて片付けをしていると、ここで俺の探知能力の範囲内に何者かが侵入してきた。
「誰か来やがったな?魔族でもねえし、前のリザードマンっぽい野郎共でもない。それに軍隊って数ではないにしろ、こりゃパーティー規模の人数だな。もしかすると、人間界からの偵察部隊か何か?」
なるほど、隠密行動をするなら昼間よりも夜間に行動した方が確実だな。
てっきり、即座に戦争を引き起こすものだとばかり考えていたから、こういった搦め手のような行動は考慮してなかった。
「っま、人数もそこそこいるし、寝ていても気付いて起きてただろうが、やっぱ1人で監視とかは向いてねえな。けども、下手な足手まといを隣に置いときたくねえし……」
あっちを立てればこっちが立たずだなまったく。まあ、この問題は後回しだ。
とりあえず、魔界への不法侵入者は発見できたし、とっとと捕縛してお話しでもするとしましょうかね。
俺はボキボキと凝った体をほぐして、早速こっそりとこの旧砦に近づいてくる一行の前に行くとする。
あまり派手な移動方法では相手が逃げてしまう可能性があるので、ここは単純に身体能力をフルで活用して接近することにした。
何故相手を待ち構えずに、わざわざ向こうへ接近するのかだって?
そんなの、もし戦闘になって俺が能力を使うレベルの相手だったら砦がぶっ壊れちまうからに決まってるだろうが。
「ほんじゃま、どれ程のお相手かちょっと様子見しますかね」
気配を殺して、音も立てないように慎重に移動し終え、こちらに近づいてくる連中を木の陰に隠れて待ち伏せする。
俺はそっと気づかれない程度に顔を出して、やって来る連中を視界に入れる。
人数は5人程だが、部隊というには身に着けている装備はバラバラで統一性がない。
それに一行のメンバーは人間だけでなく、森人に土人、獣人などの亜人種と呼ばれる種族が混ざっている。
そして、そのメンバーの先頭に立っている男。とてもじゃないが、隠密に向いていない豪華な鎧を身に着けているのと、感じられる力の波動が並々ならないものを感じ取れる。
恐らくはあいつがリーダー格であり、今回の来訪者の中心人物だと見て間違いないようだ。
金髪の爽やかヒーロータイプの顔つきなんていかにも古典的な勇者っぽい男だし、前に会議の最後に聞いた勇者召喚で呼び出された者、十中八九アイツのことだろうな。
どんどんと連中が俺の方まで近づいてくる。
俺は夜目も利くし、視力だって双眼鏡いらずのレベルで優れているからこそ、こうやって顔を出しても気づかれなかったが、ここまで近づいて来られたら発見される可能性もある。俺はそっと顔を戻して再び隠れる。
幸いなことに、俺は耳も他の魔族よりも優れている。奴らの会話もここまで近づいてきたなら、隣で話しているかのように聞こえるくらいだ。
「さて、勇者様。どうですかな、魔界の空気は?」
「うん、最初はちょっとクラっときたけど、慣れてきたのかもう大丈夫さ。それよりも、問題は魔族の方だ。てっきり、次元の海を超えたら軍隊でも待機しているものかと覚悟してたけど、さっきの大規模な焼け野原に加えて、魔族の気配のしないあの砦といい、まるっきり戦争を仕掛けてきたとは思えないような?」
魔法使いのような装備をしている爺さんの心配する言葉に、勇者である男は大丈夫だと答えて、今の現状に疑問の声を上げる。
「ふむ、確かに妙な事ではありますな。古の文献にも魔族の生態は記されておりましたが、今回の戦争で現れた魔王軍は姿形からしておかしい点は多々ありましたからのう?」
(まっ、そりゃそうだわな。そもそも、俺らが戦争を仕掛けにきた訳じゃねえんだし、テメェらの勘違いなんだけどな)
こっそり聞き耳をたてながら心の中で突っ込みを入れる。
やっぱり、俺達が攻めに来たと勘違いしたまま進軍してきたみたいだな。
さて、そろそろ姿を現してもいい距離まで近づいたな。
ここまで近づいてきたなら、相手が逃げのアクションを取っても余裕で対処できる。
「まあ、いいじゃない。そもそも、人間達の伝承とか記録とかって結構あやふやで大袈裟に書いてあるのが多いんだし、歴史の生き証人である森人から見たら結構滑稽な噓も混じったりするから、あまり信用ならないのよね」
「かっかっか、なら森人よ。お主の目から見て此度の戦争はどう思うわけじゃ?儂も土人としてそれなりに長く生きてはいたが、魔族なんぞ一度たりとも見たことがないからのう」
「どう思うって、私だって魔族の事なんてそんなには知らないわよ。そもそも、知ってるでしょ。私たち森人は前の戦争では一切関わるとせずに森に隠れ住んでいたんだから」
背が小さいながらも頑強さが見て取れる体格の白髪の土人の疑問に、色白な肌でとんがり耳と極まったような美貌が特徴的な森人が呆れたように答えていた。
そんな軽口を交わしながら、俺が隠れている木まであと30mといった距離まで近づいたその時、森人の耳がピクピクと動いて顔に警戒の色を帯びる。
「待って!近くに私たち以外の誰かが隠れているわ!」
「「「「っ!!?」」」」
森人の警告にパーティー全員が戦闘態勢に切り替わり、腰に差した剣や杖を構えて周囲を見渡す。
だが、周囲から敵意や視線は一切感じない。森人の勘違いでは?という疑問が薄っすらと浮かんだ時、パーティーの獣人が鼻をヒクヒクと動かして周囲の臭いを確かめると、確かにこの場に自分達以外の者の臭いが存在する事に気付く。
「本当だ!森人に言われるまで分からなかった!?あっちの木の後ろに誰か隠れてる!!」
犬のように鼻が効く獣人の言葉に、全員の顔に緊張が走る。
近くにいるとは予想していたが、まさかこれほど近くの距離まで接近を許してしまうとは、彼らの経験や実力を持ってしても全く想定外だった。
だが、それでも人間達の中でも精鋭たる勇者一行。一瞬で気持ちを切り替えると、臨戦態勢で隠れている何者かが出てくるのを待ち構える。
「へぇ~、まさか俺が隠れてるのがバレるとはねぇ~。っま、俺もあまり隠密能力が高い方じゃないしな……」
気怠そうな感じで出て来たのは人間そっくりな容姿ながらも、人とは明らかに違う垂れたような角が生えた黒いコートを着た男が腕を組んだ状態で木の後ろから姿を現した。
「こいつが魔族……?」
見た感じ武器は持っておらず、他に味方の魔族の気配もない。
いや、そう判断するには早すぎる。現に、目の前に現れたこの男も森人のレリアが気付くまで誰1人として隠れてることに気が付かなかった。
もしかしたら、この目の前に立つ魔族は囮で、他の魔族が自分達を包囲しているかもしれない。
勿論、これは確証のない妄想に近い考えだ。それでも、もしもを考えて動くことは間違っていない筈だ。
「さて、それで一応聞いておくけど、この時期に魔界に来るんだ。まさか、観光が目当てでやって来ました。……なんて、言う筈ないよな?」
「っ!?」
鷹のような鋭い眼光と、それに込められている疑心となにより敵意の質に息が詰まった。
その一睨みで理解させられた。目の前にいる魔族は圧倒的な実力者であるということを。
それは他の仲間達も悟ったようで、特に本能に忠実な獣人であるラウガは荒い息と共に大量の冷や汗を流している。
「おっと、そう怖がるなよ。まあ、お前らがもし観光目当てでやって来たんなら俺が案内してやるぜ。まあ、俺が案内出来る場所なんざ魔王様の元くらいだがな」
「ッ!そうか、なら話は早い!悪いが、お前を人質にして魔王の元まで案内してもらおうか!!!」
魔王の名を出した途端、勇者はその眼つきを変えて聖剣を振りかざす。
「そうか、そういう選択を取るってのか……」
現れてからずっと組んでいた腕を解いて、軽く指を鳴らしながら前へと出る。
そして、同時に凄まじいほどの闘志を溢れ出す。
その瞬間、まるで巨大な竜のブレスでも浴びせられたかのような衝撃が吹き荒れた。
「「「「っっっ!!?」」」」
これには戦う覚悟を決めていた勇者達も、流石に動揺を隠しきれなかった。
目の前の魔族が強いというのは薄々分かっていたが、まさかこれほどまでの圧を放つ存在とは予想していなかったのだ。
「そんじゃま、いきなりこっちから仕掛けさせてもらうぜ!」
何をするのかと警戒する勇者一行をよそに、ラグナは地面に向けて拳を振り上げる。
地面に対してほぼ垂直に上げた拳には炎が纏わりつき、その拳で地面を複数回殴りつける。
普通ならそんなことをしたところで拳を痛めつけるだけなのだが、ラグナの場合は違う。
ドドドドドドォォォォン!!!!!
地面を拳で叩いて出るような音ではなく、工事現場で掘削機が地面を掘り起こす時に出るような音が辺りを支配した。
それだけではない、ゴゴゴゴゴゴォォォ!!!と地面を掘り進めるような音と振動、そして、まるで辺り一面が燃え盛る炎で囲まれたかのような周囲の急激な温度上昇に勇者一行が困惑するなか、パーティーの中でも一番経験が豊富そうな魔法使いの老人が地面を凝視して叫ぶ。
「皆、地面の下から攻撃が来るぞ!!」
その言葉が言い終わるよりも先に地面に大きな亀裂が入ると同時に、そこから真っ赤に燃える溶岩が噴き出した。
否、それは溶岩ではなく、燃え滾る炎の塊とそれに溶かされた地面に埋まっていた岩石であった。
そして、それはまるで意思を持っているかのように動き回り、地面の上に立っていた勇者一行を容易く上空へと吹き飛ばしていった。
「っぐ!この程度で……」
しかし、それでも勇者達は驚きこそすれど、即座に空中で体勢を立て直してみせる。
すぐさま下を見ると、余裕綽々といった顔でこちらを見上げている魔族の姿があった。
「思いつきで試したが、結構使えそうだな。名づけるなら……崩天火連撃といったところか」
追撃を行うことなく、たった今思いついた技に名前をつける態度に腹が立ったのだろう。
勇者一行はそれぞれが出来る遠距離攻撃の技を放つ準備に入る。特に勇者の聖剣が月の光を吸収して刀身に力を溜め込んでいるのを見てラグナも若干焦ったような顔つきになる。
「それやられたら砦まで巻き込まれそうだ。悪いが、強制キャンセルさせてもらうか……」
流石にアレを完全に受け止めきれる自信はなく、自分は無事でもそのずっと後ろにある砦が巻き込まれて崩壊してしまう可能性がある。
そうなれば、今日から野宿生活がスタートする。それだけは断固としてごめんだ。
「って、わけで……。続けて先行はいただくぞ!」
本来、遠距離攻撃というものは相手との距離に応じて攻撃の威力は下がっていくものだ。それを補う為に攻撃をする前の溜めというものは非常に重要になってくる。
例えるならば、弓ならば遠くの目標を射抜く為には弦を引き絞る溜めの時間を多く必要とする。
だからこそ、勇者の聖剣のチャージしかり、魔法使いの爺さんの魔法詠唱しかりと遠距離攻撃には多少の時間が掛かる。
だがラグナの能力は例外である。その圧倒的な力は一瞬でありながら上空にいる勇者一行全員を纏めて氷漬けにするだけの広範囲能力で、しかもそれを片手間で行えてしまう。
「氷の迷宮」
右腕から溢れかえる冷気を一切加減することなく放出することで、空中に巨大で歪な形の氷で出来た道が無数の枝分かれしたように出来上がり、まさに氷の迷宮と呼べる代物が一瞬の間に出来上がる。
「っんな!?」
「噓でしょ!?」
パキパキと空気中の水分が氷つく音を聞きながら、森人と土人は何も出来ずにその手足を迷宮の一部に組み込まれて動きを封じられてしまう。
無事なのは勇者と魔法使いの爺さんと獣人の3人のみ。それぞれの持ち味を活かして勇者は聖剣の力の一部を発揮して迫りくる迷宮の一部を砕き、魔法使いの爺さんは咄嗟に浮遊魔法に切り替えて宙を移動し、獣人はその身軽さで空を身を捻って回避した。
「なんだよコレ!?」
「信じられん!?あの一瞬でここまで複雑かつ大規模な氷の建築物を作り出すとは!?」
「なあ、レリアと土人の2人が捕まっちまったけど、大丈夫なのか?」
三者三様の反応を見せる中、唯一仲間の心配をする獣人に問われた勇者は軽く首肯すると、すぐに行動を起こすべく仲間達に指示を出す。
「あの魔族は僕が相手するから、2人はレリアとダゴンを救助して!」
「「了解!!」」
その言葉に迷うことなく従い、勇者を除いた2人が森人と土人を助ける為に動き出した。
だが、それを黙って見ているラグナではない。
「まあ、捕まった仲間がいるなら勇者様なら当然、助けに行こうとするよな」
なにもラグナはただ考えなしに氷を迷宮の形に形成したわけではない。
勇者一行を捕らえるだけならば、球体状に囲んで捕らえた方が確実だ。
それをしなかったのは単純に破壊されて脱出される可能性が高いからだ。
だからこその迷宮状に形成したのだ。これならば上手くすれば勇者一行を全員の手足を拘束して捕縛することも可能だったのだが、勇者は当然のこと、他にも2人も捕縛に失敗するとは思わなかった。
魔法使いの爺さんも俺の知らない人間界側の魔法で切り抜ける可能性を考慮していたが、まさか獣人も空中で体を捻ることで回避するとは予想外であった。だがそれも、予想外ながらも想定の範囲内ではある。
「いっとくが、氷だけが俺の強みじゃねえ。その逆の炎も俺はヤベェんだぜ!」
「っ!?」
背中から炎を噴射して氷の迷宮の道を滑りながら移動する。
その速度はまさしく目にも止まらぬと言わざるを得ないほどであり、瞬く間に空中で立ち塞がる勇者を追い抜いてその後ろにいる魔法使いの爺さんと獣人に追いつく。
「っんな!?2人共!!後ろだ!!!」
「「っっっ!!?」」
「よう!俺を無視しないでくれよ……」
超スピードであっさりと追いつき、目の前に立ち塞がる俺に驚く魔法使いの爺さんと獣人だが、俺の目的はお前らじゃない。
「悪いが、何もできずに眠っとけ……」
「「がっ!?」」
後ろで氷によって拘束されているコイツらが助けようとした森人と土人の顎を流れるように殴って眠らせる。
漫画知識ではあったが、人は顎を殴られると脳が揺れて脳震盪を起こし気絶するという。
純粋な人間ではなかったが、どうやら体の構造は一緒のようで上手く気絶してくれた。
「っ!!レリア!ダゴン!!」
「安心しな。コイツらはちょっと眠ってるだけだ。まあ、お前らもすぐにコイツら同様におねんねしてもらうがな」
「貴様ぁ!!!」
怒髪冠を衝くといわんばかりに顔を歪ます勇者にかかってこい!と挑発をかます。
これは今の勇者に効いたようで、無警戒にも真っ正面から突っ込んでくる。
「いや、そりゃ悪手だろ。ガキんちょが……」
つい某狩人×狩人の会長の名言が口から飛び出たが、それほどに勇者が感情的に一直線で俺に向かってくることに呆れていたのだ。
まだ相手の手札を全て開示してみせたわけではないが、あの勇者は十中八九パワータイプだ。
出会ってからの言動とその聖剣から発せられるオーラを加味すればあながち間違いではないだろう。
そんなタイプがイノシシみたく真っ正面から突っ込んでくるなんて美味しく料理してくださいと言っているようなものだ。
これで勇者が俺を上回る能力差があるのならば問題はないのだろうが、生憎と俺は魔界最強の男。
たかだか勇者程度に負けるようなポテンシャルはしていない。
「残念、とりあえずお前も眠っとけ……」
炎のブースターを使用して勇者の背後に一瞬で回り込むと、そのガラ空きになった首筋目掛けて手刀を叩き込む。
「っが!?」
「ん?」
明らかに意識を刈り取るために放った手刀から伝わる感触が変だった。
まるでゴムを叩いたような弾力のある感触に首をかしげると、意識を失っていない勇者が即座に聖剣で斬りかかってきたので回避を選択する。
「……なるほど、さっきの変な感触は爺さんの仕業か」
「…………」
こちらを睨み付けながら杖を向けている爺さんを見て確信をつける。
恐らくは魔界にはない類の魔法。効果からして対象に軟化の状態を付与するものだろう。
となると、この爺さんは付与系統の魔法使い?いや、それはサブでメインは攻撃魔法の類かもしれない。
たった一度の魔法で決めつけてしまうのは早計だろう。
「まあいいぜ、加勢したいなら好きにしな。ただし、全滅する時間が遅いか速いかの違いでしかないがな!」
「っ!?」
未だ軟化の効果が続いている勇者の首根っこを引っ掴んで爺さんの方へ放り上げる。
それとほぼ同時に、俺は足に炎を纏わせて飛び上がりからのライダーキックを仕掛ける。
このまま勇者共々爺さんを巻き込んでのKO勝利!そこまでの未来を幻視したと同時に横から妨害が入る。
「させるかぁぁ!!!」
勇者が掴まれたのを目に入れた瞬間、獣人は即座に動き出していた。
それは何か考えあっての行動ではなく、ただ仲間が危険だからという本能的に近しい動きだった。
だが、その選択自体は間違いではない。ただ問題があるとするならば、それは残酷なまでの実力不足という一点のみだろう。
「雑魚が無駄に頑張るな。だが、無意味だ……」
蹴りの体勢から自身に横から迫りくる獣人の一撃を軽々と受け止めるどころか、あまつさえ攻撃してきた獣人を勇者達の方へ投げ飛ばす。
だけど、今ので勇者達への攻撃が一秒程度だが遅れた。そして、高い実力を持つ実力者ともなれば一秒は体勢を立て直すに充分な時間だった。
勇者はすぐさま飛んできた獣人をキャッチするとその場を離れる。
「ご…ごめん」
「いや、謝るのはこっちだよ。つい感情的になって突っ走ってしまってごめん!」
互いに謝罪を口にして気持ちを切り換えると、すぐに戦闘態勢を整える。
その視界には先程まで自分がいた場所を通過して氷の迷宮の一部を蹴り砕いているラグナの姿が映っている。
「へぇ~、上手いじゃないか。よく今のを避けられたね。そんで……」
視線を一切動かすことなく、背後から迫りくる火球を左手で受け止める。
その後ろでは爺さんが忌々しげに舌打ちを鳴らしていた。
やはりというか、当然のことながら攻撃用の魔法も持っていたようだ。
だがそれでも使用した属性が悪かった。俺は炎と氷に対して絶対の耐性を持っているので、ただの火球程度では火傷すら負いはしない。
それを理解したのか、続けざまに攻撃することなく勇者の元へと駆け寄った。
「まったく、儂と獣人がいなければ今頃レリアとダゴンの二の舞でしたぞ」
「本当にごめん。それと助かった!」
爺さんからの叱咤に勇者は素直に謝罪の言葉と感謝の言葉を告げる。
それに納得したのか、それともそんな場合ではないと判断したからなのか、それ以上勇者を責めることはなかった。
「反省会は終わったか?なら、火天」
左半身から炎が吹き荒れる。そして、周囲に展開された氷の迷宮を溶かしつくす勢いで炎が空を踊る。
それはまるで炎そのものが意思を持っているかのような動きをみせながら、氷の迷宮を片っ端から溶かしていっている。
「っ、レリアとダゴンが!?」
氷の迷宮が溶けたことにより、空中で拘束されていた2人が意識の無いまま地面に向かって落下していくのを、獣人のカムラが慌てた声を上げる。
だが、その周囲は炎で囲まれており、目の前には未だかつて出会った事のない程の強さを誇る魔族。
3人には2人を救出に動く隙がない。
「仲間が心配か?安心しろよ、殺すつもりはねえからよ……」
未だ炎を吹き出しながら、その反対側の右半身から氷をスキーのジャンプ台のように作り出し、落下してきた2人を受け止め、そのままこっちの戦いに巻き込まない場所まで飛ばす。
「随分と優しいんだな……」
「まあ、俺は別に悪党ってわけじゃねえし、魔王様からも殺すなって依頼されてるからな」
空中に展開した炎を維持したまま、俺は拳を握りしめて格闘技の構えを取る。
「ただまぁ、優しいって言葉は否定しとくよ。これからテメェらには痛い目に合ってもらうからな!」