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最終回「手紙」

「はぁ」


なぜだろう。宮廷外交官に戻れるというのにため息が溢れる。


気分転換に星を眺めようとバルコニーに出てきたけど気分が晴れない。


「シャルティナ」


「⁉︎ グラン様⋯⋯」


「せっかく宮廷外交官に戻れるというのにどうして浮かない顔をしているんだ?」


「そ、それは⋯⋯」


「となりいいか?」


「はい⋯⋯」


「それで、どうした?」


「やはり先に戻るべきは私なんかよりマキナだからなんです」


「陛下はマキナ様も一緒に戻すとおっしゃていたじゃないか」


「そ、そうですけど⋯⋯」


「飲まないか?」


シャンパン⋯⋯


「ありがとうございます。レディにたいして気がきくようになったんですね。グラン様」


「からかうなよ。めでたいことじゃないか。だが、シャルティナがグリューゼ領に戻って来なくなるのはさびしいな」


「え? 私を置いて帰るんですか?」


「だって宮廷に残るんだろ?」


「そ、そうでした⋯⋯」


「さびしいのか?」


「いえ⋯⋯」


「手紙⋯⋯書いたんだ⋯⋯」


「手紙? ああ陛下への。さきほど聞かせてもらいましたよ。関心しました」


「シャルティナ⋯⋯シャルティナに書いたんだ」


「⁉︎ 私に?」


「俺からの感謝の気持ちだ」


そう言ってグラン様はズボンのポケットから便箋を取り出す。


「すまない。すこしクシャクシャになってしまった」


「この方が、グラン様らしいですわ」



***


“シャルティナ”


君がはじめてグリューゼ領にやってきた日のことだ。


街の景色や領民たちの暮らしぶりを興奮しながら眺めていた君の姿はいまも忘れられない。


こうしたら街が良くなる。


ここに水路を作れば領民がもっと生活しやすくなる。


手にしていた白紙の本にイキイキとペンを走らせながら、まだ手を付けられずにいた森に君は夢を膨らませながらステキな街の姿を思い描いてくれた。


君の話を聞いているうちに不思議とそこから領民たちの笑い声が聞こえて来るようだった。


気がついたら俺も期待に胸を膨らませていた。


“なぜ急に読み書きを覚えたくなったの?”


と、君に尋ねられたとき返事に困った。


多少の不便はあったがいまさら読み書きを覚えなくても不自由はない。


困ったら家来に書かせたり読ませたらいい。


俺にはおババから教わった旧神話時代の文字で十分だった。


だけど、そんな俺がたまらなく読み書きを覚えたくなったのは“シャルティナ”、君のせいだ。


君をはじめて見かけたのは宮廷の庭だった。


ベンチに座って君は本を読んでいた。


本を読んでいる君は難しそうな顔をしたり笑った顔をしたりする。


あの本にはいったいなにが書いているのかとても興味が湧いた。


君が泣いたり、笑ったり、怒ったり、困ったり、君の表情をたくさん変えてくれるあの本にはいったいなにが書いてあるのだろうか?


とても気になるのだ。


すると君はペンを手に取った。


大きな紙に書いた君の文字を見に人が集まってくる。


みんな、君の話を聞きながら真剣な顔で君の書いた文字を見つめる。


文字を読んだ人たちが今度は庭にレンガを積みはじめた。


次の日には花壇ができて花が植えられていた。


文字には人の動かす力も景色を変える力もある。


そしてさまざまな可能性があるのだと気付かされた。


なにより君のとなりでその本を一緒に読みたいと思った。


本が教えてくれる可能性について君と語らい、泣いたり、笑ったりしたかったのだ。


君がやってきたときにはまだ鳴いていた蝉の声はすっかり聞こえなくなり、葉の色は緑から黄色や紅色に変わりはじめた。


時間はおぼつかない俺を置いたまま過ぎていくのだと感じる。


君が子供たちと一緒に植えていた木は春にピンク色の花を咲かせる。


夜会が過ぎれば、君は戻らない。


この木が色づくころには君はいない⋯⋯


そんなのはあんまりじゃないか。


この木を見上げるときには隣にいてほしい。


“これが最後のワガママだ”


***


「俺と一緒にグリューゼ領に来てくれ。俺と結婚してほしい」


「⁉︎」


グラン様が私の頬に手を添えられると、そっと唇を重ねる。


庭の向こうからは花火が。


何発ものけたたましい音を花火が奏でているあいだ私たちは唇を重ねつづけあった。


「シャルティナ」


「はい」


グラン様が私の手をとると「今度はダンスだ」と、子供のようにその手をひっぱる。


ホールの方から楽団の演奏が聞こえてきたので社交ダンスがはじまったみたい。


「俺と一緒に踊ろう」


「ぜひ」




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