第6話「陛下と夜会」
「わたくしがシャルティナより劣るなんてありえませんですの!」
「まぁ落ち着け」
「カイル! これはすべてあの女が悪いのですよ。あのマキナとかいう女がちゃんとこのわたくしに
レクチャーをしないから。今回のような失態を。⁉︎ ひょっとして、これはわたくしへの嫌がらせなのでは?」
「思い違いじゃないのか?」
「いいえ。あのマキナはシャルティナ派です。もしかしたらシャルティナが外から命令しているのでは?
そしたらわたくしたちの側にはすでに裏切り者が? じゃなかったらわたくしがあんな失態をおかすはずもありません。
でしたら、すぐに手を打たないと」
「安心しろ。そう思ってマキナはクビにした。もう宮廷にはいない」
「! さすがはカイルですわ。ちゃんとわかってらしたのね」
「それよりもシャルティナだ。あいつが宮廷に返り咲くことはあってはならない。
ティーダがラース王を通じてシャルティナが宮廷に戻って来れるように兄上にはたらきかけているらしい」
「⁉︎ それはあってはなりませんわ!」
「だからこそ明日の夜会で完膚なきまでに叩きのめす。2度と宮廷に戻るなんて愚かな幻想を抱かぬように」
「そうでしたわね。夜会で思う存分、恥をかかせてやりましょう。そのためにケダモノの飼育係をまかせてあげたんですものね。
集まった衆目の前でサルに仕込んだ芸を見せてもらいましょうか」
「ハハハッたしかに楽しみだ」
「思いっきり笑ってあげましょう」
***
夜会当日ーー
「殿下もあんな冒険者あがりを人前に晒すとは人が悪い」
「これはこれは伯爵」
「聞きましたぞ。殿下がムリヤリ招待したと。殿下はグリューゼ男爵が以前おかした醜態を覚えているはずだ」
「当然だ」
「それなのになぜ?」
「余興だ」
「余興?」
「そうよ」
「これはこれはセレナ様」
「これは貴族の真似ごとをしている愚かなサルを見て楽しむショーなのよ」
「なるほど」
「国王陛下にもわからせなくてはな。ケダモノに爵位など与えるものではないと」
「さぁ、シャルティナ。惨めな姿を晒してちょうだい」
「はじめてくれセレナ」
「みなさーん!あちらの扉に注目してご覧なってください。これよりみなさんに楽しんでいただけるショーをお見せします。入ってくるサルたちをおおいに笑ってあげて下さい」
***
”いや、本当に笑いが止まりませんでした“
“親愛なるシャルティナ・ルーリック様
セレナ・デュース様の専属執事デイムスにございます。
この老いぼれ目はお嬢様の吠えずらをかく姿を見るのが何よりの生きがいとしております。
今回もお嬢様はこのジジイめの裏切り(いたずら)にはいっさい気づいておらなんだご様子。
多少の違和感は察していたようですがカイル殿下が真剣に取り合ってくれなかったおかげで露見せずにすみました。
なによりも私どもが手を回して送りました衣装、2人とも大変、似合っておられました。
赤い絨毯を並んで歩くグリューゼ男爵とシャルティナ様のお姿は神々しくも美しく会場にいたすべての方々の目を釘付けにしておりました。
グリューゼ男爵様は、はじめてお目にかかった頃とは見違えて、髪を短く切り、蓄えていた髭も剃ったのかスッキリと清潭な顔つきをしておられました。
そんなおふたりのお姿に意表をつかれたお嬢様のなんともマヌケなお顔。
みっともなく口をあんぐりと開けたまま瞳孔は開きぱっなし、しかも鼻水まで。
このジジイめも思わず腹を抱えて笑いました。
この老いぼれ一生の思い出となります“
***
すごい。
会場の貴族の方たちがグラン様を見て拍手で出迎えてくれている。
ここまでは完璧ね。
あの長い髪を切り落として、不精髭を剃らせるのに苦労した甲斐があったわ。
思い返せばすごい抵抗だったわね。
問題はこれからよ。
国王陛下宛に書いた手紙。
中身を読ませてもらってないからどんなことが書いてあるかわからない。
失礼なこと書いてなければいいけど。
「陛下だ。陛下が見えられたぞ」
「よく来てくれたなグラン。見違えたものだ。とても驚いている」
「ハッ!」
「そしておかえり」
おかえり?
「陛下。今宵は陛下への謝罪と陛下へのお気持ちを込めた手紙をしたためてまいりました。
よろしければこの場で披露させてください」
「かまわん」
「では」
胸のポケットから手紙を取り出す領主様の手にはインクが⋯⋯
床に四つん這いになりながら一生懸命書いている姿が目に浮かぶわ。
“親愛なるフィルロード・ドルトラード国王陛下”
陛下より賜った領地にて開墾した麦畑にはじめて穂がみのりました。
収穫をする領民たちの顔にも自然と笑顔が溢れております。
その実をひとつ口入れると最初はすっぱいと感じますが噛むとその甘みが口いっぱいに広がる“ミカン”の実が
今年は豊作だと領民みな喜んでおります。
是非、領民ががんばって収穫した麦とミカンを陛下のお口にも入れていただきたいところですが、
ここ王都とグリューゼ領の距離は決して近いものではなく、平坦ではありません。
だからこそ、このグラン・グリューゼ、陛下のため決意をいたしました。
王都とグリューゼ領との間をまっすぐに結ぶ道を作ります。
その道を通り、王都から陛下がお越しになられた際には、目では楽しんでいただき
心とお身体は癒やしていただけるように街を整備いたします“
どれも私が話したことだ⋯⋯ちゃんと理解していたんだ⋯⋯
”とくに地下から噴き出した湯に浸かると日頃の公務の疲れがとれます。
陛下にはぜひ、その目で我が領民の暮らしぶりを見ていただきたい。
飢える者もいない、略奪するものもいない、文字の読み書きができずに困っているものもいない
そんなグリューゼ男爵領を“
「陛下、そのために全力となって民を富ませてみせます」
「よくぞ。申した」
「ハッ!」
「ここに集まった王国の貴族たちは皆、グラン・グリューゼ男爵を見習い、民のためにはたらくのだ」
「「「「「ハッ!」」」」」
「グラン・グリューゼよ。よくぞ貴族の規範となり導いた。これよりそなたを第一王子と認める」
は? 私の聞き間違いじゃなかったら、陛下はいま王子と⋯⋯
「どういうことですか兄上ッ! ご乱心なされたか⁉︎ どうして他人が私を差し置いて第一王子となるのですか」
「カイル、そしてここに集まった皆々方。今日はこの話をするために集まっていただいたと言っても過言ではない。
ぜひ、聞いてほしい。グラン・グリューゼは私の双子の弟そして、カイルの兄だ」
ウソ⋯⋯
ダメだ。理解が追いつかない。
「そのような戯言信じられません兄上!」
複雑な気分だが、私も今はカイルと同じ気持ちだ⋯⋯
「聞くがよい。先王の妹君、つまり我らのおば上はディスカ帝国の皇太子に嫁いでいたが長らく子ができなかったそのため弟であったグランは養子に出されたのだ」
ディスカ帝国と聞いた途端、古参の貴族たちがどよめいている。
いったいなんなの?
「しかし5年後、帝国は大型の魔物の襲来にあい滅んだ。おば上を含む王族の方々は皆、命を落とし、グランも長らく行方不明となっていた」
「グラン様が⋯⋯」
「一年前だ。私の前におまえを保護し、森の中で育ていたという古の女魔術師が現れた」
「おババが」
“『ドルトラード王国にディスカ帝国を滅ぼした大型の魔物の脅威が迫っておりまする』”
「そしてグランは生きている。そのグランが大型の魔物と戦い、ドルトラード王国に迫る脅威から我らを救ってくれると。
その半年後、それは現実となった。しかし、はじめてグランと面会したとき、その立ち振る舞いには非常に驚かされた。
だがシャルティナ、見事、弟を王子らしく変えてくれた」
「はぁ⋯⋯」
「戸惑うのは無理もないか」
「兄上、私は突然、その男が兄だと言われても認めることはできません!」
「カイル。お前の王子としての振る舞い、いささか目に余った。今宵の夜会も私とは異なる目的があったようだな」
「そ、それは⋯⋯」
「セレナ。君はどうかね?」
「い、いや⋯⋯そのようなことは⋯⋯」
「やれやれ。素直になれない2人だね。カイル。おまえには第二王子の身分すらまだはやい。
王子の身分は剥奪。準男爵の地位からやり直すんだ」
「じ、準男爵⋯⋯兄上いくらなんでも」
「貴族として扱ってもらえるだけマシと思うんだ」
「クッ⋯⋯」
「カイル準男爵、そしてセレナ」
「は、はい⋯⋯」
「これは王命だ。リトルス国に駐留し、船着場の建設と両国間を行き来して物資を運ぶ大型船の造船を命ずる。
船には“チルタ”と名付けよ」
陛下に頭を垂れるしかなかったカイルとセレナ様の顔は真っ青になっている。
「ゾシル。約束したとおりこれでチルタはよみがえる」
「はい。さすがフィルロード王です」
その反面、ゾシル様のうれしそうなお顔。
よかったですね。
「さて。今度はシャルティナ・ルーリックだ」
「はい!」
「君に礼をせねばならない。シャルティナ、いまこの場より宮廷外交官に復帰することを認める
またこの宮廷ではたらいてくれないだろうか?」
「⋯⋯」
「どうした?」
「え!」
「あまりうれしそうではないな」
「いえ⋯⋯そのような⋯⋯」
「引き受けてくれるな」
「⋯⋯はい」
つづく
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