第5話「王子と悪役令嬢のざまぁ」
宮廷外交官時代の後輩、マキナからの手紙には私がいなくなった宮廷外交室の混乱が
克明に記されていた。
“親愛なるシャルティナ・ルーリック様
こちらはフィルロード・ドルトラード国王陛下主催の夜会が控え忙しくしている毎日にございます。
遠方から招待した国々の王族や首脳がはやくも見えられはじめ応対に追われております。
そんな中にあってシャルティナ様の後任であらせられるセレナ・デュース様の指導・育成にはほとほとまいっております”
***
「違います!」
「ちゃんと言えていたじゃない⁉︎ あなたが教えたのですよ。ルクーバって」
「いいえ!セレナ様がおっしゃったのはテスラント語。いまレッスンしているのはラース語です。もう一度、“ドゥクーバド”」
「どっちも同じじゃない。もういい。全部ドルトラード語で話しましょう」
「セレナ様!」
「どちらにしろわれわれドルトラードの方がラースより格上ですし、言葉だって広く使われてますから。そうだ。いっそのこと関係国すべてドルトラード語を公用語とすべきよ。それがいいわ」
「ダメです。いまのご発言は外交問題になりますよ。一歩間違えば“戦争”なんてこともありえるんですから」
「まぁ!」
「“まぁ!”じゃありません。外交というのはそれだけ大切なのです。ファーストレディとして外交の表舞台に立ちたいのであれば、このくらいの挨拶きちんとできないでどうするの!」
「おもしろくない。おもしろくないわ」
「⋯⋯はぁ、このような大事な舞台にシャルティナ様がいらっしゃらないことが本当におそろしい」
「いま、なにかおっしゃいまして」
「いいえ!」
“このマキナ。いま思えば、シャルティナ様はきびしいお方でしたけど国家間の平和を維持するために、常に細心の注意を払っていたんだとつくづく感心いたします”
「さすがのマキナも手を焼いているようね。⋯⋯ヌっ⁉︎」
つづきを読んで自分の目を疑った。
「つ、ついにはセレナ様を発端とした外交問題が⋯⋯発生しました⁉︎」
***
「セレナ。これよりはラース国国王との食事を兼ねた会談だったな?」
「はい」
「抜かりはないな?」
「もちろん。カイ⋯⋯いえ、第一王子」
「友であるティーダのお父君とはいえ、気を抜くなよ」
「ご安心なさいませ。第一王子。シャルティナにできたこと、このわたくしにできないわけがございませんわ」
「そうだな。あいつは婚約者の肩書きを傘に来て、自分がすべて事をうまく回しているかのように振る舞っていた。
だが、実際は周りが振り回され疲弊していたことも知らない無能だ」
「その点、わたくしなら安心ですわ。気配りは心得ていましてよ」
***
『なんだコレは⁉︎』
「どうなされましたか? ラース王」
「こ、これは鶏肉ではないか!」
「はい。鶏肉のソテーでございます。今日のコースはわたくしおすすめの料理を選定してこのわたくし自らがこの目で見て厳選した食材ばかり。この鶏も今朝しめた新鮮なものにございます」
「違う。そうではない!」
「焼き加減がお気に召しませんでしたか? でしたら調理人をクビ、いや処罰いたします」
「君は本当に外交官なのかね? 我がラース国は鶏は神の使いと信じられて食べることを禁じているのだ!」
「まぁッ!」
「まぁではない。まったくもって非礼だ。シャルティナ様だったらばこんなこと⋯⋯」
“シャルティナ様の名を聞き、クールなカイル王子もこのときばかりは怒りがこもった表情をにじませました”
***
「くっ! ラース王もまたシャルティナの名を口にするか」
「カイル、またというのは?」
「テスラント国の国王にもシャルティナは居ないのかと聞かれてな。俺では不満というのか!
どいつもこいつも、昔からシャルティナ、シャルティナと。俺は第一王子だぞ! 属国どもが!」
「カイル様⋯⋯」
「この礼⋯⋯必ずどこかでしてやる」
“コンコン”
「誰だ?」
「俺だ。ティーダだ」
「ティーダか! 入れ」
「カイル、セレナ。先ほどのはなんだ? 父上がめずらしくご立腹だったぞ」
「同じ第一王子のティーダに迷惑をかけてしまったのはすまない」
「なぁ、シャルティナ様との婚約破棄のこと、とやかくいうつもりはないが、外交官までクビにして本当によかったのか?」
「これ以上は内政干渉だティーダ」
「セレナ、父上の趣味や好きな食べ物、苦手な食べ物、仕草、クセ、態度、それらすべて把握しての先ほどの食事だったのか?」
「いいえ。なぜわたくしがそのようなことを把握する必要があるのです。
それにお出しした料理はこのわたくしの舌で美味しいと感じて用意したものばかりなのですよ。それでなぜ侮辱されなくてはなりませんの?」
「それじゃあダメなんだよ。セレナ。シャルティナは相手の趣味、趣向の把握だけじゃなく、相手の睡眠時間から
トイレの回数といった行動履歴を調べ上げ、当日の体調や機嫌を予測して、まるで予言したかのように相手が数分後に欲するものを用意しておくんだ。すごいことだぜ。そりゃあ付き合わされる周りは溜まったもんじゃないけど。セレナ、本当にお前にシャルティナの代わりが務まるのか?」
「なんですって!」
「ティーダ。これ以上、俺の婚約者の侮辱は許さない」
「すまなかった。2人とも」
“ティーダ様は、ご学友である2人を見放すように部屋を出ていかれました“
***
「いったいなんだったのよ。属国の留学生の分際で」
「戯言だ」
「カイルはそれでいいのですか? このわたくしがシャルティナ以下とみくびられたのですよ」
「やれやれだ」
”コンコン“
「次は誰だ?」
「セレナ様の執事のデイムスにございます」
「いま大事な話をしているところなのよ。デイムス」
「これはこれは失礼いたしました。今朝、お嬢様が悲鳴をあげて驚かれていたネズミが罠にかかりましたのでお知らせに」
「うげッ! こんなところに持って来なくていいわよ」
「証拠がないとお嬢様は信用してくださりませんから」
「だからって、見せに来なくても⋯⋯」
「見てくだされ」
「いやあああッ!」
「嫌がっているではないか執事殿」
「よいのですよ。お嬢様は幼い頃よりこのジジめが用意したサプライズを見て驚かれるのがお好きにございました。
このデイムスもお嬢様が驚きになる顔を見るのが好きだったですのじゃ。ほれほれ」
「ウソをつけこのクソジジイッ!私が嫌がる顔を見るのが好きなだけだろ!」
「バレておりましたか」
「よい執事だな⋯⋯セレナ」
「ち、違うのですカイル様ッ! こ、これはーー」
”コンコン“
「今度はなんだ? 立ち替わるように次から次へと」
”ご機嫌を斜めにされたカイル王子が扉を開けると、そこにはリトルス国の王太子夫人とその子ゾシル王子が立っておられました“
”ゾシル、王子は若干5歳。お母様に手を握られ泣いておられました。
「ペットのチルタがいなくなりました。カイル王子はグスンッ、見かけておりませんか?」
「見かけていないな。すまない。ゾシル」
「ありがとうございました」
「よかったら俺も一緒に探そう。王太子夫人。ペットはいかような動物だ?」
「ネズミです」
「は?」
“このときのカイル様は血の気がひいたような顔をしておられました。
「ちゃんと殺したんでしょうね」
「もちろん。ほれ」
「いやあああああッ! 見せないで!」
「「「⁉︎」」」
『チルターッ!』
”その日、宮廷内にはゾシル様の悲痛な叫び声が響きました“
***
「ちょ、ちょっと⋯⋯リトルス国って言ったら南の方の小国だけど、塩、砂糖、魚といった産品を
輸出している国よ。とくに塩なんて6割リトルス産に頼っているのに、そんなところと断交になんてなったら物価が高騰するわ」
”カイル第一王子とセレナ様の失態はそのあとすぐ両国にフィルロード王自らが直接謝罪したためことなきを得ました“
「よかったぁ⋯⋯⁉︎ よかったじゃない。フィルロード様に謝罪させるなんて、もうッ! 大丈夫かしら⋯⋯んッ⁉︎」
***
「貴様がマキナ・ミレーヌだな」
「はい!お呼び出しとはなんでしょう。カイル殿下」
「貴様⋯⋯今回の外交上の失態、すべてはお前がちゃんとセレナの指導をしていないからだ。
マキナ! 貴様はクビだ!」
「⁉︎ は?」
***
“カイル王子に呼び出されたこの私、マキナは2人による今回の失態の責任をすべて背負わされて
宮廷を去ることとなりました⋯⋯”
「なんですって!」
つづく
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