第2話「招かれた理由」
馬車に詰め込まれて走ること3日ーー
やっとの思いでグリューゼ領に到着した。
グリューゼ領内に入った途端、荒れた道がつづいて腰が痛い⋯⋯
馬車から降りるのがこんなにつらいものだとは思わなかった。
どこを見渡しても山しかない。
あちらの方でようやく山を削って畑を作っている様子。
たしかに未開拓の土地だという噂は本当だったようね。
でも、まぁいいわ。
「この私、シャルティナ・ルーリックが来たからにはこのグリューゼ領を
王都に引け劣らない都市にしてみせるわ」
私は俄然、やる気だ。
全身がみなぎるように燃えているのがわかる。
「私は決してひげだるま男爵の飯を炊きにこんなど田舎に来たわけじゃない。
もちろん嫁ぐ気なんてさらさらない! カイル、公爵令嬢、そして父。
見てなさい私の力でこの土地を見違えるように変えてみせるわ。
そしてその功績で宮廷外交官に返り咲くのよ。オーホッホッホ」
「あの⋯⋯」
ビクッ⁉︎
いつのまにか大柄の男性がとなりに立っていた⋯⋯
「子爵令嬢シャルティナ・ルーリック様とお見受けします」
「は、はい⋯⋯い、いつからいらしたのかしら?」
「馬車がご到着したときにはすでにおりましたが⋯⋯」
”は、はじめからーッ!“
や、やば⋯⋯
しかし、この男性⋯⋯無精髭を生やしてはいるけど顔は悪くない。
長い黒髪を後ろになであげ、眉は太くて凛々しい⋯⋯
軍服を着ているから、ひげだるま男爵の軍務卿、軍師ってところかしら?
「さ、さっき見聞きしていたことは主人には黙っていてね⋯⋯」
「は、はぁ⋯⋯」
「そうだ。主人様のところへ案内する前にこの領内を案内してちょうだい」
「はぁ?」
「最初に見ておきたいの。この領内をどうやって改革すればめざましい発展を遂げるかこの目で見て思案したいのよ。
そして、私が練り上げた策を知恵が回らなそうな主人に授けてあげるのよ」
フッフフ⋯⋯
私の素晴らしい策を聞けばきっとひげだるま男爵も⋯⋯
“なんて素晴らしいんだ。シャルティナ様は俺のような男の嫁ではもったいない。
そうだ。内務卿として働いてもらうようにしよう”
このようになるに違いないわ。
なんて単純、クックック⋯⋯
「ところでこの領地の名産品は何かしら?」
「名産?」
「よく採れるものよ」
「ミカンかな」
「ミカン?」
「見てほしい。あそこの畑で農夫が木にハシゴをかけて採っている実があるだろ。あれだ」
「ああ。なるほど!フルーツは悪くないわね。貴族令嬢はみんな好きですから王都でも
値崩れせずに売れますわ」
「そうなのか?」
「そうよ! あなたはあれがお宝に見えなくて?」
「はぁ⋯⋯剣や武具なら品定できるのだが⋯⋯」
「もったいないわ。身近にこんなにすばらしいものがあるんですもの」
「そうなのか⋯⋯勉強になる」
きっとこの人も冒険者あがりね。
刀剣だなんて武器屋の1番高いところに飾ってある物に目を光らせるタイプね。
きっとそれ搾取されているわよ。
「だけど、いけませんわ」
「何がだ」
「あの農夫は収穫したミカンを背負った籠に入れて、狭い土手の坂を歩いて登って、それから馬車まで運んでいる」
「身体が鍛えられて良いではないか?」
チッこれだから脳筋わ。
「あれでは1日で採れる量も限られますし、売るのに手間ひまがかかっていたら利益がでませんわ」
「そ、そうなのか⋯⋯」
この領地の役人が全員こんな調子なら、財務卿も兼務させてもらわないと成果が出ませんわ。
「まずは道を広げて実のなる木の側まで馬車がこれるようにしませんと」
「なるほど。さすがは宮廷で働いていた方。我々もこの領地を任されたのはほんの半年前。
思いのほかやることが多そうだ」
たまにいるのよねー。
領主の仕事は領内の治安維持だけって思っている領主。
そんなんで民の暮らしは豊かになりませんわ。
「きっとここの領主も同じね」
「はい?」
「次行くわよ。次は市場のような領内の中心地に連れてって」
***
「こちらが領内一の市場だ」
うーん。案の定というべきか。
ぼろ切れのようなテントが軒を連ねる市場。
「どちらかというと領民が日用品を買いに来るところね」
「市場とはそういうもんだと認識している」
「あのね⋯⋯私が言いたいのは観光地にするにはほど遠いということ」
「観光地?」
「外からお金を落としにくる人が来なかったら、いつまでも炊き出しのテントの行列は短くならないし、
道端でお腹を空かせて座り込んでいる子供はいなくならないの」
「はぁ⋯⋯」
大丈夫なのかしら。
役人までこんな調子で。
それにしてもさっきからこの人のガニ股歩き、気になるなぁ。
言葉遣いも変だし。
いかにもお上品な言葉に慣れてないって感じ。
「もういいわ。さっさと主人のところに案内してちょうだい」
「え?」
「え?って何? 主人に言ってやらなきゃいけないことたくさんあるから早く屋敷まで連れてって。おわかり?」
なんなのこの人?
「さっきから目の前にいる」
「は? 誰が」
「俺だ。男爵グラン・グリューゼ」
「へ?⋯⋯え、ええーッ!」
***
「さ、さきほどは領主様と知らず、大変ご無礼を⋯⋯」
ひげだるま男爵には会ったら領主として至らないところをいっぱい指摘して、ひれ伏させようと思っていたのにまさかすぐに頭をさげることになるとは⋯⋯
「もうよい。名乗らなかった俺も悪かった」
「申し訳ございません。ドルトラード王の即位の祝賀会でお目にかかった頃より印象がだいぶ変られたご様子で気づきませんでした」
「ハハハッ。シャルティナ様もあの日の夜のことは覚えておられたか。あのあとフィルロード様に怒られてな。
この先、伯爵に取り立てるから貴族としての立ち振る舞いを身につけよと」
伯爵?
こんな男が父より爵位が上になるのですか?
「酒樽を持ち込んだ俺のパーティーメンバーをきつく叱っているシャルティナ様を見て、俺はこの人しかいないと思った。
うむ。さきほどの話を聞いていて正解だったようだ」
「わ、わたしの戯言をですか?」
し、しまった。動揺しすぎて私の素晴らしい策を戯言と言ってしまった⋯⋯
「うむ。シャルティナ様には手習いを教えていただきたい」
「て、手習ですか? わたし⋯⋯道とか作りたいんですけど⋯⋯」
やっぱりおこっているッ!
「ハハハッ。それは家臣に任せるとよい。皆、冒険者時代からのパーティーメンバーだ。力仕事には自信がある」
そういうことじゃねぇよ! 力仕事なんてもっとやりたくないわ。
「それよりシャルティナ様には文字の読み書きを教えてもらいたい。そのあとは社交ダンスだ」
「⁉︎」
そっか、そういうことか⋯⋯カイルも父も私には子供に手習を教えているのがお似合いだとこんな辺境の地に⋯⋯
見下げられたものね⋯⋯
「よろしいですわ。私に手習を教わりたい子供はどちらにいらして?
もしかしてさきほど市場にいた民草の子供たちにでも」
「ここだ。ここ」
「は?」
「俺に教えるんだ」
「はぁッ⁉︎」
「俺は文字が読み書きできない。だから俺はその読み書きを覚えてフィルロード王にこの間のお詫びと
感謝の気持ちを後世に残るように文字にして伝えたいんだ」
「陛下への手紙⋯⋯」
「“手紙!“そうだ。その手紙だ」
はぁ⋯⋯今日ばかりは父を恨みますわ。
まさか、ケダモノを人間にしろだなんて試練をお与えになるなんて⋯⋯
無茶にもほどがありますわ。
「期限は1ヶ月だ。1ヶ月後、宮廷でフィルロード王もお見えになられる夜会が開かれる。
そこで貴族に恥じぬ振る舞いとフィルロード王に手紙を手渡すのだ」
そうか! その場にはカイルもあの公爵令嬢も父もいる。
私がこのケダモノを立派な人間にして見せれば、陛下はお喜びになり、宮廷に返り咲けるはず!
この方が、領地を発展させるよりもはやいですわ。
「わかりました。男爵!私にお任せください」
「おおッ! 頼もしいぞ。よろしく頼む!」
「では、私の片腕であるテオラときびしく指導させていただきます」
「にんぎょう? ⋯⋯大丈夫かなこの人」
「なにかおっしゃいました?」
「い、いや⋯⋯」
***
そしてグリューゼ領にやってきてはじめての夜。
「今宵は宴じゃーッ!」
庭というにはあまりの山深いところに家臣たちを集めて私を歓迎する夜会が開かれた。
丸太で組んだ櫓に火を放ち、その周りを囲むように剣を手にした人たちが踊る。
さ、山賊かしら⋯⋯
絵本で読んだまんまだわ⋯⋯
私とグリューゼ男爵は横倒しになった木を長椅子がわりに座る。
同じパーティーメンバーだったというヒーラーの女性がよそってくれたスープをひと口。
! 意外と美味しい。
女性の名前はリーナ。
どこかの令嬢だったそうだけど、長い冒険者暮らしですっかりこういった雰囲気にも慣れてしまったそうだ⋯⋯
私もしばらくすればリーナのようにたくましくなるのかな⋯⋯
「⁉︎」
いかんいかん。のまれては。
はげしく首を横に振る。
男爵を立派な人間にして、私は煌びやかな宮廷に帰るんですから。
宮廷で催されるパーティーで振る舞われる料理は⋯⋯シャンパンに原木から薄くスライスされる生ハム⋯⋯
うーん。食べたい。
そのためにここで暮らして生き延びなければ。
「よーし! これからメインディッシュとして、今日獲れたイノシシの肉を振る舞おう」
イノシシ⁉︎
うん? もしかして生ハムのようなものを振る舞ってくれるのかしら?
シャンパンがないのは残念だけど、このスープでよしとしますか。
「では、持ってまいれ」
「⁉︎」
ちょっと待って。
どうして男性2人が棒にくくりつけて担いできたイノシシのお肉が捕まえたままの姿をしているのかしら?
どうして周りの方々が急に太鼓を叩き出したのかしら?
どうして急にグリューゼ男爵は剣を手に立ち上がったのかしら?
「ん?」
もしかして⋯⋯
グリューゼ男爵は私の目の前でイノシシのお腹を捌いて見せた。
溢れ出す血とはらわた⋯⋯
「ぎゃああああッ!」
つづく
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