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第1話「婚約破棄」

「シャルティナ・ルーリックよ! ドルトラード王国第一王子カイル・ドルトラードは貴様と婚約破棄する!」


大勢の貴族の方々が招かれた王宮主催の夜会。


その終盤、ホール中央の大階段の上に立った婚約者から告げられた突然の言葉。


いったいなぜ⋯⋯


戸惑いが頭を支配してその場に立ち尽くすしかなかった。


「⁉︎」


思わず目を見開いた。


”いったいその女は誰⁉︎“


眩く輝いて見える長い金髪に紺碧の瞳。


まるでお人形のように整った愛くるしい顔。


“どうしてカイルのとなりに立っているの⁉︎“


”どうしてカイルの腕に抱きつくの?”


“どうして私を蔑んだような表情で見下ろすの?”


ああ⋯⋯そうか、これはきっと報いなのね⋯⋯


私はこれまでのカイルとの関係を思い返した。


子爵家の娘でありながら、当時、第ニ王子だったカイルと婚約できたのは、

同じ年に生まれ幼い頃を遊び相手として一緒に過ごしてきたことがきっかけだった。


カイルにとっても現国王であるお兄様フィルロード・ドルトラード王とは歳があまりにも離れていたために

遊び相手になれるのは私くらいしかいなかった。


私はカイルと一緒に宮廷お抱えの家庭教師たちに教わり、他国の言葉をいくつも覚え、地政学も得意とした。


18歳になり宮廷外交官となった私は仕事にのめり込んだ。


背は小柄、黒縁メガネをかけ、短く整えた青い髪。


宮中を闊歩する私を見て人は氷の令嬢と呼んだ。


得意の地政学を活かし、王都をチェス盤の目状に整備。


行き交う馬車の交通の便が良くなり王都は活気づいた。


そして覚えた他国の言葉を駆使しては、他国の貴族たちにドルトラードの名産をアピール。


貿易で王国の経済を潤わせた。


宮廷外交官として充実した日々を過ごす中で、カイルとは次第に疎遠になっていった。


仕事にのめり込むあまり、カイルからのお茶のお誘いや音楽鑑賞を忙しさを理由に断り続けた。


しまいには3ヶ月も顔を合わさない日々がつづいた。


愛想をつかれても当然だ⋯⋯


きっとあの女は私がほったらかしにしていたカイルの寂しさを埋めてくれていたに違いない。


恨むより先に感謝すべきなんだろう⋯⋯


そしてカイルの口から飛び出したのはとなりに立つ金髪の女性、伯爵令嬢セレナ・デュースとの婚約。


会場から拍手が沸き起こる中、私はふたりに背を向けて、とぼとぼと会場をあとにしたーー


「くっ⋯⋯」


泣いている⋯⋯この私が?


“どうして?”


よかったじゃない。これでもっと仕事に夢中になれる。


宮廷の奥に入ってお飾り人形のようにして過ごすより断然いい⋯⋯


なのにどうして⋯⋯


***


窓から差し込む陽の光のまぶしさに目を覚ますと、


夜会に着ていったドレスのまま寝てしまっていたことに驚く。


「私としたことが⋯⋯」


うなだれて、ふとベッドの脇にある鏡を見ると目は真っ赤。


「私らしくない⋯⋯」


髪を掻き乱しながら歯を磨き、いつもの制服に着替えると、

普段の宮廷外交官シャルティナ・ルーリックとして部屋を出る。


執務室へとつづく長い廊下を闊歩する私。


すれ違う、同僚たちが戸惑った表情で私の顔を見てくる。


あきらかに昨晩までとは世界が違って見える。


たどり着いた執務室のドアを開けると、私が座るはずの席にはもう誰かが座っている。


「ごきげんよう。シャルティナ・ルーリックさん」


「セレナ・デュース⋯⋯様⋯⋯」


戸惑う私を見てセレナは高笑いをあげる。


手前のソファにはカイルが紅茶を啜りながら座っている。


「カイル⋯⋯」


「遅かったな」


「第一王子のカイル様がどうしてこのようなところに? それになぜ私の席に彼女が⋯⋯」


「まだわからないのか? まぁ仕方ない。大事なことを告げようとしたら君は途中で帰ってしまったからね」


婚約破棄より大事なこと?


「シャルティナ・ルーリック。この場を持って宮廷外交官の任を解く」


「⁉︎」


「君は第一王子の婚約者ではなくなったんだ。これ以上、第一王子の婚約者だからとデカい顔をしながら外交の表舞台に立つ必要はない。君にはこの部屋も婚約者だったから与えられた筆頭外交官のポストも不要だろう。これからはセレナが引き継ぐ」


「よろしくね。これから“ファーストレディ”としての立ち振る舞いを学ぶためにこの場所で勉強させてもらうわ」


「カイル様、では私はこれからどのようになされば? 手掛けていてまだ途中となっている事業もありますし⋯⋯」


「第一王子の僕がすべて取り仕切る。この僕がわざわざね。それに王宮に仕える者たちは断然、君なんかより優秀だ。

だからシャルティナはいますぐ荷物をまとめて王宮を出て行くんだ」


「待ってください! 知らないと思いますが私がいなければ回らない事業がまだまだたくさん残っています! それだけでも最後までやらせてください! 王国のために」


「“自分のため” なんじゃないのか?」


「⋯⋯え?」


「まだわかっていないようだね。お前たち!この女を宮廷の外につまみ出せ!」


部屋の外で待機していた護衛の騎士たちが私の脇を抱えて軽々と持ち上げる。


カイルは窓外を眺めるようにして私に背を向ける。


「聞いてくださいカイル様! カイル様! 私にはまだやらなければいけないことが!」


「だからなんだ⋯⋯だから僕は⋯⋯シャルティナと一緒にいると僕は惨めになる」


そう言って振り向いたカイルの目には涙が滲んでいた。


そしてすべてを遮るように扉が”バタン“と閉じる。


***


カイルとの婚約破棄から1週間が経った。


実家の屋敷に戻り、自室に篭りながら仕事を続けた。


「テスラント国の大使は甘いものが好きなのにどうしてチーズしか贈ってないのよ。

急いで謝罪の便箋とケーキを差し入れないと⋯⋯ああ、こっちの道路計画の数字間違っているじゃない。

テオラ、ちゃんとここ見直しておいて」


そうカリカリしては子供の頃にカイルからもらって大事にしていたビスク・ドールのテオラの前に書類を積み上げる。


“トントン”


と、扉を叩く音。


父だ。


「シャルティナ。ラース国から手紙が届いているぞ」


「いま忙しいからいつものように渡してちょうだい」


父はため息をつきながらドア下から手紙を通して部屋の中に入れた。


私は一目散に駆け寄り、便箋を慌ただしく開ける。


世話しなく手紙に目を通すと、つれない返事が記されていた。


「いったいどうして⋯⋯ドルトラード王国筆頭外交官のシャルティナ・ルーリックが素晴らしい事業案といっしょに

士官を申し出ているのにどうしてことわるの? 会談したときは困っていることがあればいつでも手を差し伸べると

おっしゃっていたのに! まったくラース国の大使は!」


私は憤慨しながら次の仕事に手をつける。


そしてまた目を通すようにとテオラの前に資料を積む。


「第一王子の婚約者じゃなくなった途端、みんなこう。そっけない返事ばかり。

各国の大使もドルトラードの外務大臣もことがうまく運ぶように私が取りまとめてあげていたのに。

あのときの感謝の言葉はウソだったの?」


「そろそろ自覚したらどうだシャルティナ。それはお前がカイル様の婚約者ではなくなったからだ」


「うるさいッ!」


そう言ってドアに枕を投げつけた。


本当は自分でも分かっている。


婚約者じゃなくなった途端、私の身の回りの人たちが全員手のひら返しをしていることを。


仕事で知り合った職人や他国の外交官、仕事を教えてあげた後輩たちも私を頼っていたはずの人たちは皆、

一斉に私に背を向けて、まるで居なかったように扱った。


カイルの言っていたように世話を焼いていたつもりになっていたのは私だけ。


みんなが私を頼ってくるのは第一王子の婚約者だから。


本当は私じゃなくてカイルの婚約者という肩書きだけを見ていた。


「シャルティナ。お前に大事な話があって来たんだ。聞こえてるか?」


「聞こえているからさっさと戻ってよ! 手紙はもう受け取ったんだから!」


「もうじき馬車が来る。シャルティナはそれに乗ってこの屋敷から出て行きなさい」


「父親まで私を追い出すの!」


「グリューゼル領の男爵、グラン・グリューゼ男爵がお前の力を必要としている。

あそこは与えられたばかりの未開の領地。そこならお前の才能も役に立つのではないか?」


「未開の領地?」


たしかにそこなら⋯⋯いちから街をデザインできる。


しかし⋯⋯グラン・グリューゼどこかで⋯⋯


「⁉︎」


あの髭だるまのような野蛮な野獣だ!


冒険者上がりの貴族。


大型の魔物を倒して王国に恒久の平和をもたらした功績で褒美として

フィルロード王から爵位を与えられた人物。


たしかフィルロード・ドルトラード王の即位を祝う祝賀会でお目にかかったのがはじめて。


そうだ! そのとき仲間の冒険者たちと酒樽を持ち込んで宴会をはじめたんだ。


冒険者ギルドのノリで飲めや唱えやの大騒ぎ。


ドレスコードもあったもんじゃない。


祝賀会を準備した私たちが大恥をかいたんだったわ。


「シャルティナ。そこで自分が思うようにがんばってみるがいい。そうすればお前はもっと自分というものが

わかるはずだ。それにお声がかかったということはそのままグリューゼ男爵に嫁ぐということになる」


⁉︎ ちょっと待って、父はさっきから何を言っているの?


「よいか。お前が幸せになれるなら父はそれでいいと思う。だからいつまでも⋯⋯」


「ぜったいに嫌!」


「シャルティナ!」


「あんな野獣のところに行くぐらいだったら、ずっとこの部屋でテオラといっしょに仕事している気になっている方が幸せよ」


「もう、現実から逃げることはよしなさい。さっさと馬車に乗るんだ!」


「嫌だぁッ!」


「もういい! お前たち、ドアはどうなってもかまわん! 力づくにでも娘を連れ出せ!」


「「ハッ!」」


まただ⋯⋯


しかも今度は父にーー


父を護衛する騎士たちが私の脇を抱えて軽々と持ち上げる。


「離して」と、暴れる私に顔色ひとつ変えず騎士たちは

門の外へと私を放り投げた。


「いったッ!何するの!」


ピシャッと門の柵が閉じられる。


「あっ⋯⋯」


今度は待ってましたばかりに馬車を操る騎士たちが私を荷物を投げ入れるように

無造作に馬車へと乗せる。


父や母、執事やメイドといった従者のお見送りもなく馬車は走り出す。


「話を聞いてくださいお父様! グリューゼ男爵はーーお父様ーッ!」


つづく



































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