後
【マオちゃん考え直そうぜー、夜一人でいくなんて危ないよー?】
「マオちゃん考え直そうぜー、夜一人でいくなんて危ないよー?」
「いいえ、探しにいくです! 子供を一人、外に出させるとかあなた方は正気ですか!?」
「で、でもようマオちゃん。そいつは一人でオーガ倒したんだろ? なら大丈夫じゃあ――」
「この先には魔物がすむ森があるです。そこに万が一迷い混んだら複数の魔物と戦う羽目になるです! そうなったら一対一とは違うですよ!?」
「そんなのと言ったって、俺たち頼まれたからさあ、戻ろうぜー」
「いいから放すですー!」
「なんじゃ、騒々しい。何かあったのか?」
「――あっ! ハルカ!」
「おお、マオか。男に捕まえられて何をしとるんじゃ? ・・・もしや、事件か?」
「「「ちがーう!!」」」
◆ ◆ ◆
「なるほどの。妾のことが気になって追いかけようとしておったのか。それを男たちが止めていたと」
「ああ、だからその犯罪者みたいな目で見る世やめてくれよ。誤解だからさー」
「そうだよ、俺たちにも事情があったんだよー」
「てか子供なのに物凄く目付き怖いんだけど!」
「ん。マスター、まず、ウヅキの、こと」
「そうじゃったの」
「ウヅキ?」
「久しぶり、マオちゃん」
「え、うーちゃん!? なんでここにいるです!?」
「予定より早く来れるようになったから驚かそうと思って」
「いろんな意味でビックリしてるです、なんでハルカと一緒なのです?」
「こほん。まあ再開を喜ぶ気持ちは分かるが、話をしても良いかの?」
「あ、ゴメンです・・・」
「ごめんね。つい嬉しくて」
「妾はここにいる理由は用事があるからなのじゃ、戻るつもりはなかったがの」
「そうだったですか。ならホントに出ていくつもりだったですね」
「文句があるなら妾を信用せん輩に言うのじゃ」
「でも私との約束はどうするつもりだったです? 貸したお金、忘れてる訳じゃないです?」
「勿論。ここで稼げぬから別のところで調達し、後で来るつもりだったのじゃ」
「まあ、はした金なので強くは言わないですが」
「ところでこの町に罪人を裁く場所はあるかの?」
「罪人?」
「おっと、出さんとわからんの」
(ごそ、ズズズズ・・・)
「え、え!?」
「うわ、人が!」
「い、今どこから出したです!?」
「どこって、尾からじゃが?」
「尻尾から・・・? ちょっとさわってもいいです?」
「良いぞ」
――くふ、少し遊んでみるかの。
「うわ、もふもふ――あ、いえ、普通の尻尾です、ね」
「くふ」
(ズブズブ・・・)
「え? キャッ!?」
「「「ど、どうしたマオちゃん!?」」」
「い、今何かに入り込んだような・・・」
「そうか? ならもう一度触ってみるのじゃ」
「・・・(ごくり)」
(さわ、さわわ・・・ズブ)
「うわ、やっぱり何かあるです!? いや、あると言うか、ないと言うですか・・・!」
「くふ、くふふ」
「マスター、いい加減、やめよ? 困ってる」
「おおすまんすまん。つい遊び心がな」
「ふぇ・・・?」
「妾自身もよく分からんが、この尾はモノを仕舞い込む魔法が掛かっておっての。そこからこやつらを出したまでなのじゃ」
「仕舞い込む、魔法・・・?」
「なあ、お前分かるか?」
「さっぱりわかんね」
「俺もだ。はじめて聞いたぞ」
「ん。おそらく、魔力で、空間を、無理やり、広げて、いる。時空魔法は、過去の、遺物」
「時空魔法・・・うーちゃん聞いたことあるよ。それって失われた魔法の一つだよね」
「ん。ライブラリ、によると、使用魔力が、膨大だから、使える種族は、ごく僅か、だった、って」
「膨大な魔力かあ、うーちゃんには無理だなあ。そうなるとハルカちゃんはすごいんだね!」
「誉めてもなにも出んぞ」
「・・・こ、これがリアル四次元ポケット」
「ん? なんじゃそれは?」
「い、いえ、気にしなくても大丈夫です! つまり、魔力で広げた空間がその尻尾の中にある、と言うことです?」
「うむ。意識することで空間が出たり消えたりしとるのじゃ。詳しいことは妾にも分からんが、便利じゃから使うておる」
「で、でも、生きてる人が中に入っても大丈夫なの? 息とか・・・うーちゃん、その人たちが入っていくのを見て怖かったよ・・・」
「わからん。まあ、幸いこうして生きておるから大丈夫なんじゃろ」
「ずいぶん勝手です、ね」
「妾はこんなものじゃ。さて、話がそれたの。用件はこやつらの放り込む屯所の場所じゃ」
「なるほど。罪人ということならギルドに一度報告したほうがいいです。因みに何をしたんです?」
「いやなに、先程ウヅキが悪漢どもに強姦されかけてな」
「な、強姦!? うーちゃん大丈夫だっです? どこか怪我は?」
「う、うん、大丈夫。この人たちに助けてもらったから」
「子供が大の大人を・・・?」
「いやまて、隣の機人族がやったかもしれないぞ」
「それにしてもでけーなー・・・」
「ん、誤解。ちゃんと、二人で、やった。わたし、だけじゃ、ない!」
「「「お、おう・・・」」」
「リンネ、無理して弁明せずとも良い。どうせ理解されぬ」
「あ、そこはもう半分解決してるです」
「なんじゃと?」
「あなたが今朝、オーガを討伐した話をギルドに報告したです。それと、あなたのいきさつも、です」
――ああ、そうか。マオに弁明してもられば良かったのか。帰りがいつになるか分からんかったから失念してたのじゃ。
「いきさつ・・・妾の"前世の事"もか」
「です。ギルドであなたの事を話したです。が、納得してないようなのでその真偽を確かめるためにあなたを探してたです」
「ふむ、ならそれも含めてギルドに向かうとするかの。リンネ、すまぬがそいつらを運んでくれんか? 出し入れが面倒なのじゃ」
「ん。わかった」
「まるで狩りから帰って来た狩人って感じだな」
「担いでるのは全くイメージ違うがな」
「さすが機人族、怪力だなぁ」
◆ ◆ ◆
(カラン、カラン)
「夜分遅く失礼するです」
「あ、マオちゃん。よかった町から出なかったのね、ちょっと心配した――って随分な大所帯ね」
「支部長共々話があるです。呼んでくれませんです?」
「・・・ああ、そっちのガキの件ね」
「です。それと他にもあるですが」
「・・・もしかしなくても、その縛られて吊るされてる奴ら?」
「です。違法冒険者なので拘束を求めるです。詳細はうーちゃんに聞くです」
「あれ、ウヅキ帰ってきてたの?」
「うん。道中で護衛してもらってたこの人たちから襲われて・・・」
「はあ・・・。わかったわ。支部長呼んだ後に書類書くから、とりあえずそいつらは牢屋にぶちこんどいて」
「え? 俺らが?」
「そうよ、あんたたち。さっきの引き留めも含めて報酬だすからやってきてちょうだい」
「お、金が出るならやってやるぜ!」
「アスカちゃん太っ腹ー!」
「やっぱ世の中金だよなー!」
金の匂いに反応し、先程の嫌な顔からうって変わって嬉々として罪人を運ぶ冒険者たち。
「さて、支部長呼んでくるわ。あとウヅキも一緒に来て」
「うん、わかった」
◆ ◆ ◆
違法冒険者の処理が終わり、書類を書き終えたウヅキは先に出ていく。これからの話には関係ないからだ。
呼ばれてやって来た支部長の声により、話が始める。
「んで、とりあえず違法冒険者の始末は終わったが・・・」
支部長が訝しげにハルカとリンネを見る。
「一応マオから話は聞いた。まずはお前からだ、ちっこいの」
「なんじゃ」
「お前はただのガキじゃなくて違う世界からやって来た武人、ってのは本当なのか?」
「それを証明し、納得できるのは妾だけなのじゃ。逆に言えば、お主らにはなんの影響も無い話、とも言えるがの」
「まあそうだな。ただお前の扱いが変わるだけ、だな」
「本当にあんた100年以上も生きてたの?」
「記憶はある。じゃがこの体はまだ生まれたばかりのようなのじゃ」
――そこで勘違いされとるらしいの。
「です。そこからハルカは転生と判断したです」
「その転生ってのがいまいちわかんねぇ。マオ、お前時々よくわかんねえ言葉を言うよな」
「私もわかんないわ。それどういう意味なの?」
「あ・・・。ええええと、簡単に言えば魂が新しい体に移った。と言えば良いです! もっと分かりやすく言えば、記憶を維持したまま若返ってもう一度人生を歩む。そんな感じです!」
「ほーん。まあ何となく分かった」
「ふむ、確かに妾の前の体はもっとでかく、筋肉質じゃったの」
――目覚めた最初の頃は戸惑ったものじゃ。
「でけーっていうとどんくらいだ?」
「お主くらいじゃな。筋肉はもっとあったの」
「支部長最近デスクワークばっかだから萎んだんじゃないの?」
「うるせー、偉くなったら体が動かすヒマねぇっつーの!」
「まあとにかく、その転生?の理屈は分かるがあり得るのか? 聞いたことないぞそんな現象」
「・・・。私もわからないです。ですが今のところ悪影響はなさそうなので気にしなくてもいいと思うです」
「私はこいつにイライラさせられたけどね」
「それはお主が妾を冒険者にさせんだからじゃろ」
「うっさいわねー。見た目がガキで中身がババアとか分かるかって話よ」
「ん? ババア? 妾は男じゃぞ?」
「「「・・・え?」」」
◆ ◆ ◆
「ちょ、ちょちょっとまって!? まだ話まとまってないのに新しい要素ぶちこまないで!」
「流石にそれは信じられないです。見るからに幼女の姿をしてるです」
「俺だってそれは嘘だって分かるぜ。獣人族は決まって男は皆でかくなるからな」
「なんじゃとー!?」
――ここに来てまさか性別に疑問を持たれるとは。
「ん。ハルカは、男。それは、正しい」
「え? 本当です?」
「ハルカは、絶滅した、神獣・白狐。どうして、その姿、なのか、わからない。けど、その見た目、その魔力、そして固有魔法、守護結界を、使う。これらから、間違いなく、神獣・白狐」
「神獣?」
「白狐?」
「・・・古い文献で読んだことあるです。確か、神に仕える獣人族、です?」
「ん。そして、神獣・白狐は、両性とも、女児の姿で、生まれ、成人しても、女児のまま、だって」
「ほんとか? お前ちゃんとち◯こついてんのか?」
「あるのじゃ。見てみるか?」
「やめてよみっともない! ガキのでも無闇に見せないで!」
「でもなんか精霊種に似てんな。あいつら成長しても見た目があんまり変わらないんだろ?」
「あ、だから魔力が高いです?」
「ん? 魔力が高いと成長せんのか?」
「ん、おそらく。これは、ライブラリに、載って、ないけど、魔力の、保有量が、多いほど、体格の、成長が、犠牲に、なってる、かも」
「あーなんか納得するなそれ。あいつら武器を使った体術はからっきしだけど、魔法はえげつねぇからなぁ」
「ならその魔力の量を実際見てみたいわね。あんた、今魔力を制限してんでしょ?」
「うむ。マオに言われた通り、極力解放はしておらんのじゃ」
「アスカさん。ハルカの魔力は後にするです。今ここで解放したら大変なことになるです」
「あーそうね、わかったわ。――て、ちょっと待って。あんた、その言い方だとどっかで制限解いたってこと?」
「ん。わたしを、助ける、ために、使った」
「あんたを助ける?」
「うむ。こやつが平原で半壊しておっての。自己修復?と言うのに魔力が足りんから、妾のを渡したのじゃ」
「渡すって、あんたどれだけ魔力あるのよ・・・ふつう他人に魔力あげるなんてあり得ないわよ」
「そうだな。そんな事してりゃあ脱力感でまともに動けやしねぇからな」
――やはり魔力が無くなれと不味いのじゃな。
「ん。ライブラリに、よると、五億~十億マガロン、ある、らしい」
「じゅ――はあ!?」
「俺たち亜人種が一番低い種族で、約2000~5000くらいだな」
「一番魔力がある精霊種が、約10万。確か天才は50万くらいとか言われてたです」
「そう比較されると、妾の体は凄いのじゃな」
「あんたの種族どうなってんのよ・・・」
「ん。少なくとも、わたしの、基礎魔力の、設定で、神獣・白狐に、なってる、から、五億マガロン、ある」
「あー、だからそのでかさなんだな」
「なるほど、納得したです」
「えー、私からしたら気持ち悪いわよその大きさ」
「そうか? 妾は好きじゃぞ。思わず抱きつきたくなる大きさなのじゃ」
「・・・。」
無言で己の胸を見ているマオに、誰も気がつかなかった。
「ところでお前はなんで平原で死にかけてたんだ?」
「そうよ。ここ最近機人族が北の町に来た報告はなかったんだけど?」
「ん、わからない。修復した時、記憶デバイスが、初期化、されてた、から」
――ん? もしや妾のせいか? 口に出すと面倒じゃから黙っておこう・・・。
「どこからか墜落した音がしての、そこに向かったらリンネがおったのじゃ。まだその跡は残っておるかもしれんの」
「そうか。まあ、後日王国の整備屋に行けば何か分かるだろ」
「ん。そうする」
◆ ◆ ◆
「こんなもんか。流石にこれ以上は眠いわ」
「私も。とんだ面倒だったわ」
「うむ。ならば妾たちも行くとするかの。リンネ」
「ん。了解」
「え、ちょっと待つです。どこに行くですか?」
「ん? どこって、王国にじゃが?」
「今から行くです!?」
「うむ、ここでは冒険者になれんかったからの。稼ぎ場を求めてすぐにでも向かわねばならんのじゃ。お主の借りもあるしの」
「あ! し、支部長! 説明を!」
「えー、まじで? あいつらが出てくなら別によくね?」
「だめです! ここにいた方が良いです!」
「わーかった、わーかった! ・・・おいちっこいの!」
「なんじゃ? 妾の名はハルカ、覚えておくのじゃ」
「じゃあハルカ! お前、冒険者になりたいんだろ?」
「そうじゃな」
「夕方言ってた話は無しだ。事情はわかったしな。だから冒険者になるのを認めてやる!」
「ほう?」
「あんたのことムカつくけど、マオちゃんの頼み事は無下にできないからね。年齢の件も一応信じるわよ」
「お前から回収した器核も改めて明日換金して渡す。だからここで冒険者になってくれ、な?」
「ん。マスター、どうする?」
「・・・まあ、よかろう。いざこざも無くなったしの」
――これ以上の意地張りは無益じゃしな。肖れるなら従うまでなのじゃ。
「(――よしッ!)あ、ハルカ。泊まる場所は私の宿にすると良いです」
「そういえばお主の家は、宿屋をしておるんじゃったな」
「です。部屋は空いてるのですぐに用意できるです。さあ行くです」
「あ、おい肩車しとる妾の手を引くでない! お、落ちるのじゃあー!」
「ん。行こう」
◆ ◆ ◆
「ここです」
「何故裏口からなのじゃ?」
「今の時間は外出禁止です。お客様に危険がないよう配慮してるですから正面玄関は施錠してるです」
「なるほどの」
(ガチャ、キィ・・・)
薄暗く、廊下に点在する小さな灯りが道しるべになっていた。
「しかしいいのか? この様子じゃと、妾たちはまともな客ではなさそうなのじゃが・・・」
「心配無用です。町に戻ったときおとー・・・あ、ここの支配人です、そのおとーさんに一部屋開けておくように言っておいたです」
「お主、もしや本気で妾をここで働かせるつもりじゃったのか・・・?」
「半分正解です。ですが半分は客で来てほしかったです。こんなかわい――こほん! 一人で右も左もわからない人をほっとけなかったからです!」
「ほ〜かわいいとな?」
「うっ・・・。さ、着きました。この部屋です」
――くふ、これ以上突っ込むのも野暮かの。
(カチャ・・・)
「ほう。随分こじんまりとしとるの。気に入ったのじゃ」
「それはよかったです。寝具は整っているのでそのまま使って良いです」
「うむ」
「私はこの後親に報告するです。何か要望があれば廊下の突き当たりの部屋にいるです、そこまで来て下さいです」
「うむ、わかっ――」
(くうぅぅぅ・・・)
「・・・えと、夜食。持ってくるです」
「・・・うむ。頼む」
(キィー・・・パタン。タッタッタッ・・・)
「ふう、疲れたのじゃ」
一息吐いたハルカは床にそのまま座る。そして無意識にあぐらを組むが、股間が正面から丸見えと言う事実を知るよしもなかった。
リンネもハルカのとなりで床に座る。正座の形でこれも羽織っている掛け毛布の丈が足りず、下半身を隠すことはできなかった。代わりに大きな胸が太ももから下を全て覆っているので見られることはない。
「飯を食ったらそのまま寝るとするか」
「ん、わかった」
「そういえばお主は寝るのか?」
「ん、寝ない。でも、無駄な、魔力を、使わない、ために、睡眠に、近い、状況には、なる」
「なるほどの」
「一日中、動く、ことは、できる。けど、魔力の、消費効率が、段々、悪く、なるから、オススメ、されて、ない」
「ほう、そういう意味があるのじゃな」
「ん。なくなったら、また、補給、お願い。それが、わたしの、ご飯、だから」
「うむ。それならお安いご用なのじゃ」
『あのぉ、ハルカさん? ですよね。夜食、持ってきたんですけどぉ・・・』
扉の向こうから声が聞こえた。
――マオとは違う声じゃの。もしや他の者が運んできたのか。
「うむ。妾がハルカなのじゃ。遠慮せず入ってもよいのじゃ」
『はいぃ・・・』
(カチャ)
消え入りそうな声が返ってくる。
入り口の扉が開くのを見ていたハルカは次の瞬間驚愕する。
「夜食は簡単な――」
「ぬな!? ゆ、幽霊じゃと!?」
「ひえっ!?」
「お、お主、もしや魔物の類いか!? 妾を騙して襲うつもりなのじゃな!?」
不意打ちを避けるべく、ハルカは瞬間に立ち上がり構える。
――霊の類いなら、妾の刀が一番効果的。じゃが取り出すヒマがないのじゃ。
「ひ、ひえぇ〜!!」
ハルカの威圧に悲鳴を上げる霊。
「ん! マスター、その人、幽霊族。人間種の、種族、だよ!」
「・・・なんじゃと?」
リンネの声に動きを制止させ構えを解く。
「悪霊の類いではないのか?」
「ひいぃ! わ、私は無実ですぅ。そ、そんな悪いことしてません〜」
(トットットットッ――ガチャ!)
「な、何かあったです!? いまノノンの叫び声が・・・!」
「あ、マオさ〜ん! こ、この人がいきなり襲ってきてぇ〜」
「え? ハルカが!?」
「す、すまぬのじゃ!」
◆ ◆ ◆
「うぅ・・・」
「よしよしです。――なるほど。一つ聞きたいです。ハルカの前の世界に霊がいたです?」
「う、うむ。死者の体から抜け出た魂がまだ地上に残っていると悪霊に変化するのじゃ」
「それは全ての魂がです?」
「わからんが、その頃は戦時中だったゆえ、恨みの強い魂が多かったからかもしれぬの」
「ふむ、なるほど」
「ちなみにじゃが、幽霊族とはどんな種族なのじゃ?」
「ハルカの言う霊とは違うです。私たちは死んだら魂はそのまま消えるです。幽霊族は、器を持たない魂だけの種族です」
――そうか。見た目は似ているが成り立ちは違うのじゃな。
改めて認識し、その実物を眺める。
「うぅ〜・・・」
「報告の用事があったせいで、運ぶのが遅れるといけないと思って貴女に頼んだ私が悪かったです」
視線を感じた霊はマオの後ろに隠れ、肩越しにこちらを見ている。
「ん。でも、不思議。幽霊族は、器を、持つ、存在とは、接触、できない、はず。なぜ、ドアや、食器、あなたと、触れられる?」
「確かにそうです。が、これはノノンが特別だからできることです」
「うぅ〜・・・」
「ん。とりあえず、納得」
「さて、誤解が解けたので夜食はそこに――って見事に引っくり返ってるです、ね・・・」
「あうぅ〜、ごめんなさい・・・」
「すまぬ、妾が驚かして落としてたようなのじゃ・・・」
「大丈夫です。すぐ新しいのに変えてくるので少し待ってるです。ノノン、もう休んでていいですよ。用事が終わったから私が運ひ直すですから、貴女は見回りに戻ってくださいです」
「は、はぃ〜・・・」
◆ ◆ ◆
ひっくり返った食事を下げ、新しいのを持ってきたマオ。
「お待たせです。さっきと同じで、パンで具をはさんだ物です。水もここにあるです」
「うむ、ありがとなのじゃ。して、これはどう食べるのじゃ?」
「そのまま手で持って囓りつけばいいです」
「そのまま・・・これも食べられるのか?」
「・・・あー、オニギリと同じようなものです。食べられるです、よ」
「ほう、握り飯と同じとな! ではいただこう、あむ・・・むぐむぐ」
「ふむ。食感や味はどれも初めてじゃがとても美味いのじゃ!」
「それはよかったです」
「ん。マスター、口元、こぼしてる」
「ん? どこじゃ?」
「あ・・・」
「ん、取れた。でも、わたし、食べれない、から、マスター、食べて」
「うむ、良いぞ。指を出すのじゃ・・・(ぺろっ」
「あぁ・・・」
「んん・・・なんじゃさっきから」
「え? あ、な、何でもないです! ところで、気になったことがあるですが・・・」
「なんじゃ?」
「ハルカさんは私達と普通に会話してるです、ね」
「そうじゃの」
「前の世界と同じ言語なんです?」
――言われてみれば・・・。
「ふむ。お主と始めに会った時に、妾は母語を話しかけておったが、普通に会話できておったから、気にすることもなかったの」
「ほう、違和感はないです、か。・・・なら文字はどうです? えと・・・これ、私の名前です。読めますか?」
マオは自分の服の中から小さな薄い板を出して、そこに記載してあるものを見せた。
「文字か・・・残念じゃが妾に識字の教養はないのじゃ。戦時は言葉と地図で事足りたからの」
「・・・でも、地図には地名の文字とか書いてあるです、よね?」
「確かにあったが妾はそれを形として見分けておったからの。結局はわからんのじゃ・・・」
「・・・そうです、か」
「・・・何を悲観しておる? 言ったじゃろ、『妾は後悔しておらん』。文字を知らぬなら今から覚えれば良いだけなのじゃ」
「え? あ、はい。そですね!」
「ん。わたし、教えようか?」
「お、そうか? なら――」
「あ! もしよかったら私がその役買ってもいいです?」
「・・・ん?」
マオの提案にリンネが少し表情を変える。
「お主がか?」
「はいです。こう見えて子供に勉強を教えるの得意です。ハルカさんもきっとすぐに覚えられるです!」
「その言い分じゃと、妾が子供扱いされとるような気がするのじゃが・・・」
「あ! いいいいえ、他意はないです! ないです! 決して勉強の対価で頭を撫でさせてもらえたら嬉しいなあとか、そんな事一切思っていませんです!」
「やっぱり子供扱いしとるのじゃ」
「うぐっ!」
「・・・まあよい。未知の前では皆、赤子のようなものじゃしな。それに頭を撫でたければ好きなだけ撫でれば良い」
「い、いいんです!?」
「うむ。授業料の代わりとなるのであれば全然構わぬ」
「はあぁ! ありがとです! では早速明日からやるです!」
「いつぐらいにやるのじゃ?」
「えと、それぞれの用事あると思うです。なので夕飯が終わったあとにするです」
「リンネはそれで良いか?」
「・・・ん」
「なんじゃその顔は。なにか不服か?」
「え? ずっと同じ表情のような気が・・・」
「・・・ん。わたし、教え、られる。けど、盗られた」
――なんじゃい焼きもちか。自分の恋愛感情を理解できんと言っておったのに私情がただ漏れなのじゃ。
「まあそう言うな。妾はマオに助けられた恩があるのじゃ。この世界のことや、妾の誤解を解いてくれたこと。今は退いてくれなのじゃ」
「ん・・・わかった」
◆ ◆ ◆
「ふう、旨かったのじゃ」
「お粗末様です。じゃあ私は戻るです。おやすみです」
「うむ。今日は色々ありがとだったのじゃ」
「ん。おやすみ」
(キィ・・・パタン)
「よし、妾も寝るのじゃ」
「ん」
「この"机"に置いてある布が寝具なのじゃな。肌触りが良いのう」
「・・・ん?」
「なんじゃ?」
「ん。なんでもない」
(ゴソゴソ、ゴソゴソ)
「・・・これでよし。じゃ、おやすみなのじゃ」
「ん。おやすみ、マスター」
【トッ、トッ、トッ、トッ】
朝。
小鳥の囀りが、朝特有の透き通る空気の中で響き渡る。
(トッ、トッ、トッ、トッ)
誰かが廊下を歩き、足音をだす。その音は徐々に近づいて来るのが分かる。
――うぅ、なんじゃ。妾はもう死に体・・・。ここには来るなと言っておったのに・・・。
(カチャ、キィ・・・)
――ん? 聞きなれん音じゃな。いつから部屋の扉が引き戸じゃなくなったのじゃ・・・?
(え? なんで床で寝てるです・・・?)
(ん。マスター、自分で、敷いて、寝てた)
――ほかにもいるのか? 珍しい。妾の様子を見に来るのはたいてい一人じゃったが・・・。
(ハルカ。起きてください)
――ぬう。死に体に無理を言うな。もう体も満足に動かせんのじゃぞ・・・。
(何言ってるです? 朝ですよ)
――朝ぁ? そんなもの関係ないのじゃ。妾をそっとしておいといてくれ。
(どうしてです? 今日ギルドに行くです、よ。起きてくださいです)
――・・・。(カッチーン)
「うがー! 人がいらんと言っておるのが分からんのかああああああ!!」
「うえぇ!?」
――ん? なんじゃここは? 見慣れる場所におるぞ。
「ん。マスター、おはよう。わたしじゃあ、起きない、から、マオに、お願い、したよ」
「・・・・・・ん?」
「えと、ハルカ。もしかして、"前の世界"と勘違いしてるです?」
「・・・・・・あ」
◆ ◆ ◆
「いやあ、すまんすまん。昨日の今日で頭がまだ状況を把握しておらんかったようなのじゃ」
寝室でマオに起こされ、己が新しい人生を送っているのを改めて自覚した後、食堂で席についている。
「仕方ないです。それまでの生活が一変したです、から」
「ん。マスター、水」
自分とマオは席について、リンネが透明な湯のみに水を入れて持ってくる。
奥の厨房からは食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「ありがとなのじゃ」
「ん」
ハルカの前に置くと、リンネも自分の席に座る。
「それにしてもここは飯も出るのか? 妾の中では飯つきの宿は結構珍しいと思っておるが」
「そうです? 私の家はリピーターを増やすためにアットホームな雰囲気を目指してるです。なのでご飯はその一環と言うことです、ね」
「りぴ? ・・・よくわからんのじゃ」
「・・・ハルカの世界にはどうやら横文字はないようです、ね」
「なんじゃその横文字とやらは――」
「あ、あのぉ・・・」
「おお、昨日の」
「料理、持ってきたんですけどぉ・・・」
「ありがとです。ノノン」
「その節は申し訳なかったのじゃ」
「あ、いえ・・・。えーと、マオさんからあなたの事、聞きました。昨日の事はしょうがないと思ってますし。リンネさん共々、これからもよろしくお願いします」
「うむ」
「ん」
ノノンは挨拶を早々に厨房に戻っていった。
◆ ◆ ◆
「そういえば、ギルドは何時から開いてるのじゃ?」
「? どゆことです?」
「どういう事とは、そのままの意味じゃが・・・」
「ん。マスター、ギルドはずっと開いてる」
「なぬ?」
「あ、そういう意味です、か。えと、ギルドは冒険者と即時対応できるように何時でも出入りできるようになってるです」
「それじゃと受付のあやつはいつ休んでおるのじゃ? 平気なのか?」
「アスカさんとは別に受付嬢がいて、交代で行っているです」
――そういうことか。三度会って全部あやつじゃったから勘違いしてしまったのじゃ。
「なるほどな。ではこの後すぐに向かっても良いのじゃな?」
「です。別の受付嬢がいると思うです。が、そのまま説明すれば大丈夫です。おそらく情報は行き届いていると思うです」
「うむ。よしリンネ、妾の食事が終わればすぐに向かうとするかの」
「ん、了解。・・・あ」
「どした?」
「マスター、お願い、ある」
「なんじゃ藪から棒に」
「ん。マスターを、肩車、させたい」
「ほう?」
「え?」
隣で聞いていたマオが声を漏らす。
「昨夜の約束じゃな?」
「ん。王国じゃ、ないけど、いい?」
「あの、約束ってなんです?」
「他愛もない。自力で動けない間はリンネに運んでもらっておったのじゃが、どうやら妾を肩車するのを気に入ってしまったようでの」
「ほぉ・・・肩車。その手があるです、か」
「自分の足で歩くと言った時にごねたから再び肩車すると言う約束をしたまでなのじゃ」
「ほうほう。納得したです」
「じゃが、妾としてはリンネに負担がかかると思うておるが・・・」
「ん! そんなこと、ない! マスターの、肩車、好き」
「わ、わかったのじゃ。約束通り肩車してもよい。それでよいか?」
「ん。やったー」
「・・・リンネ、さん?は随分感情が出やすいです、ね?」
「ん? わたしは、普通、だよ? あと、私の事は、マスターと、同じく、リンネ、で、いいよ」
「わかったです」
「それにしても、昨日の今日で味をしめるとは、なかなかの業じゃな? リンネ?」
「・・・え? どういう事です?」
「くふ、気にするでない。妾がリンネの恋路を応援しとるとこなのじゃ」
「ふぇ・・・???」
「さて、食ったことじゃし、そろそろ行くのじゃ」
「ん。じゃあ、行ってくる。バイバイ、マオ」
「あ、いってらっしゃいです!」
◆ ◆ ◆
(カラン、カラン)
「流石に朝は閑散としとるの」
「ん。昨日の、夜とは、大違い」
「じゃな」
――お、確かに違う奴がおるの。
「おはようなのじゃ」
「おはようございます」
「・・・初めて見る方、ですよね? 私はヤヨイと言います。よければお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「うむ。昨日から邪魔をしとるハルカじゃ。こっちはリンネ」
「ん。昨日の件で、来た」
「ハルカさん・・・昨日の・・・。ああ、アスカさんが言ってた方々ですね! お待ちしておりました。器核の件ですね?」
「うむ、話が通じて助かる。それを受け取りに来たのじゃ」
「はい。じゃあ少しお待ちください。今から取り出してきます」
◆ ◆ ◆
「はい、これで全部ですね」
「ほう。結構な量じゃな。あやつの器核でこんなにもらえるのか?」
「はい。・・・あ、説明したほうがいいでしょうか?」
「うむ、助かる」
「わかりました。では簡単にですが、器核の相場について説明しますね」
「器核は私たちの生活するうえで重要な資源です。これらの価値の指標は、魔物の危険度、その時の魔力保有量、損傷具合から判断されます。つまり危険度が高く、中に残っている魔力が多く、傷が全くない器核が一番価値がある。と言うわけですね」
「ん? 器核は傷つくものなのか? 妾たちが倒したグリフォンはそんなことはなかったのじゃが」
「はい。ハルカさんの倒したグリフォンですが、とても強い個体だったと言うことが分かりました」
「強い個体?」
「これは普通の器核と違いとても強固で、器核を守る擬似魂が並みの攻撃で破壊することができないんです。そう、ハルカさんは運良く疑似魂を破壊しても器核まで傷付けることなく倒せたということになりますね」
「運が良いか・・・そうなると普通じゃとどうなる?」
「報告書によるとほとんどが擬似魂の破壊でついでに傷つけてしまうようです。強い個体はそれだけ魔力が高く、普通の魔物と違い破壊する加減が難しいです」
――まあ最後の止めはリンネなのじゃがな・・・。
ふとリンネの顔を見る。視線を感じたのかリンネも視線を向ける。
「ん。運が、よかった」
――察してくれてるようじゃな。
「なので損傷の無い、かつ★4相当の魔物、それに強い個体の器核と判断し、鑑定した結果がこれです」
「うむ。理解したのじゃ」
「・・・本当に見た目で判断してはいけないのですね」
「・・・お主も言うのか?」
「いえ、失言でした。ただこういう事例は全くなかったので信じられなかったのは事実です」
「まあ初めてなら仕方ないの。今後も子ども扱いしなければ別に構わぬ」
「肝に銘じておきます。・・・あ、あと支部長から伝言があります」
「伝言とな?」
「はい。支部長は今出かけてますが、昼過ぎにまたここに来るように、と」
「何か用があるのか?」
「はい。冒険者になるにあたって、実力を測るための試験を受けてもらいます。軽い打ち合いみたいなものですね」
「なるほどの。昼過ぎにここに来れば良いのじゃな?」
「はい。あ、伝言はもう一つあります」
「まだあるのか?」
「はい。『その金で服を買え』と仰っていました。事情は聞いてるので私は気にしていませんが、その格好で町中を歩き回るのは色々まずいので服飾屋に行くことをお勧めします」
――昨日もこの格好で歩いておったのじゃが・・・まあ言う必要もないか。
「うむ、そうじゃの。そろそろ変え時と思っておったのじゃ。お主の言う通り、この後向かうとするかの。リンネもよいか?」
「ん。いいよ」
「では昼過ぎにまたお越しください」
「うむ。ではまたの」
◆ ◆ ◆
「ここがそうじゃな」
「ん」
――妾一人じゃとそこまでじゃったが、リンネがおると流石に目立つのう。
(チリン、チリン)
「はーい、いらっしゃいませー! 今行きまーす!」
奥の方から大声が聞こえる。足音は大きくなり、その持ち主が姿を現す。
その姿は女性で、黄色に近い髪色をしている。視線を下げれば豹のような黄色と黒の柄のついた尾がゆらゆら揺れていた。
「はいおはよー。あれぇ、見ない顔だねぇ。親はどうしたのかな?」
「おはようなのじゃ。残念じゃが親はおらぬ。妾とこやつ二人で来たのじゃ」
「えぇ? そうなんだ、聞いてごめんね。それで何が欲しいのかな?」
「うむ。見てわかる通り、普通の服がほしいのじゃ」
「うんうん。確かにその服はいただけないね。そっちの機人族に至っては服ですらないよね? それ一枚布だよね?」
「ん。そう」
「じゃから少し店内を見て廻っても良いか?」
「いいよ〜。あ、良かったら似合いそうな服まで案内しようか? 歩き回るより早くつくよ? それともこだわりがあったりする?」
「いや、ないのじゃ。それなら頼もうかの」
「オッケー。あ、お金はどのくらい持ってるかな?」
「うむ。◯銀貨幣が数枚あれば十分じゃろ?」
「うん大丈夫だね〜。は〜い、では二名様ごあんな〜い!」
◆ ◆ ◆
「なんじゃここは・・・」
「は〜い。ここは幼児服エリアになってま〜す」
「それはわかる。が、なぜ女物なのじゃ・・・?」
「なぜって、女の子が女の子の服着て何かおかしいかな?」
「何を言っておるのじゃ、妾は男なのじゃ!」
「え〜その身丈で〜? 知ってる? 男の獣人族はみ〜んなガタイがよくて背が高いんだよ?」
「じゃが本当なのじゃ! いま証拠を見せるのじゃ」
「あ、ちょっとお客さん! そんなハレンチなことしないで! ちゃんと節度を守ってよね!」
「ぐぬぬ・・・」
「ちなみにお嬢ちゃん歳いくつかな?」
「110歳なのじゃ」
「ひゃく? ・・・あ、な〜るほど。10歳ってことね。やっぱり女の子じゃん。嘘はいけないよ〜?」
「うぅ、リンネぇ。あやつ、妾の話を信じてくれぬのじゃ〜・・・」
「いじける、マスター、かわいい」
「ぐぬぬ。妾を見て悦に浸るな! お主もなんとか言うのじゃ!」
「ん。・・・店主」
「なにかな〜?」
「この際、着れる服、どれでも、いい。似合うなら、それで」
「は〜い、かしこまりました〜」
「リンネ!?」
「マスター、服は後で、いつでも、買える。今は、我慢」
「むぅ・・・そうじゃの。今は一旦女物で我慢す――」
――ハッ!? いや待て。いっそのこと性別を偽るのはどうじゃ?
――今までの反応から、妾の弁解では一発で納得してもらうのはもはや無理なのじゃ。ならば敢えて女装したほうが説明の手間が省けるのではないか?
――幼女扱いされるのは悔しいのじゃがそれで事が滑らかに進むのなら一考の価値有りなのじゃ。
「・・・よし」
「マスター?」
「うむ。リンネよ、今後も妾は女物の服を着るぞ」
「ん? なんで?」
「うむ。その理由は後で話す。――店主よ、気が変わったのじゃ。お主の主観で良いから服を見繕ってくれんか?」
「はーい。私のセンスで良いのね。じゃあちょっとまっててねー」
◆ ◆ ◆
「確かに妾はお主に任せたが・・・」
「うん。どう? もしかして気に入らなかった?」
「これはないじゃろう・・・」
白を基調とした上下が繋がっている。裾はわざと縫い合わせて並みのような形になっていた。
「そう? 私はすんごく似合ってると思ってるよ〜?」
「じゃが、こうもヒラヒラがあると気になるのじゃ・・・リンネも変と思わぬか?」
「ん! そんなことない! マスター、かわいい!」
かつてないほどの興奮にハルカと店主は困惑する。
「お、お主がそんなに喜ぶとはな・・・」
「機人族がこんなに感情だしてるの始めてみたよ・・・てか感情あったんだね」
「ん。店主、これ、ください。これ、買う!」
「あ、うん。まいどあり〜・・・」
リンネの独断で購入してしまう。
――値段はそこまで高くなかったようじゃし、まあよいか。
店内を移動する時に見ていた値札を思い出しつつリンネの希望を叶えることにする。
――そういえば、文字は読めんが数字は読めるんじゃったな。
「じゃあそれぞれ二着ずつで良いかな?」
「ん。それで」
「妾のが終わったら今度はお主なのじゃぞ。妾ので受かれて忘れておらぬか?」
「ん、大丈夫。覚えてる、よ」
「・・・よし、っと。じゃあ次は君の方だね。君は・・・ちょっと既存の服だと難しいかなー?」
「まあそうじゃろうなぁ。じゃがどうにかならんか?」
「あるにはあるよ」
「ほう?」
「オーダーメイドってやつだね。お客さんの要望を聞いて、それを一から作る。受注生産だから割高だけど、お客さんを満足させる服を作るから安心して」
「オーダーメイドか・・・それは幾らくらいかかるのじゃ?」
「場合によるけど普通の服より倍はかかるかなぁ」
――そんなにもか。
「じゃがそれをすれば、こやつの似合う服が作れるのじゃな?」
「そうだねぇ」
「そうか、ならオーダーメイドを頼むかの」
「あ、でもすぐにはできないよ。さっきも言ったけど、一から作るから結構時間がかかるね〜」
「なぬ? それでは意味が無いではないか!」
「う・・・ごもっともで」
「むう。話が一周してしまったのじゃ。どうにかならぬか?」
「うーん・・・あ! じゃあオーダーメイドで作るとして、今すぐ着れる服を君の胸の大きさに合わせて今から調整する。ってのはどうかな?」
「ほう、それならいけるのじゃな?」
「うん。一から作るより部分的な改造のほうがすぐできるよ〜。まあでも、急拵えだから店に出せるほどの出来じゃなくなるからそれは許して。その代わりオーダーメイドの繋ぎで買ってくれるなら安くしてあげるよ。どう?」
「お主なかなか商売上手じゃな」
「そりゃどうも」
「リンネはどうじゃ? お主の服なのじゃ。お主が決めよ」
「ん。それで、いい。それで、マスター、繋ぎの、服、どれが、良い?」
――どれと言われても。ここに来るまでに一通り見たのじゃが、いまいちピンと来なかったのう。まあただ単に妾の知識にないものばかりじゃからか。
「むう、妾の感性では判断しかねる。やはりお主に任せるのじゃ」
「はいはーい。じゃあねー・・・これ!」
「これはなんじゃ? 他と比べてずいぶん派手さはない、がどこか気品があるの」
「お、わかるかい? メイドって言う職があってね、主人に仕える従者なんだけど。その人たちの着る正装なんだ」
「ん。いわゆる、メイド服」
「そ。で、これはその模造品ってやつ。デザインが好評だからそれなりに売れてるんだよね。まあ本物とは雲泥の差だけど」
「ん。どうして、それ、選んだの?」
「単純に、君の『マスター』発言からかな〜。何で子供相手にそう呼んでるかはわからないけど、"機人族とメイドさん"は結構合いそうな気がしてね」
「マスターは、これ、どう思う?」
「・・・妾にはわからん。お主こそどう思う?」
「ん。マスターが、気になる、服なら、なんでも」
「あ、だったら試着してく? 一回着るだけでも随分印象変わるし。あ、胸のボタンは留めずにだったら大丈夫だよ」
「そうじゃな。一度着てみるのもよかろう」
「ん。わかった」
(バサァ!)
「え、ここで脱ぐの!?」
「ん? 何か、へん?」
「いや試着室が・・・て、ああそっか。機人族に羞恥心は無いんだっけ・・・まあ見た目人形みたいなもんだし、気にしなくていいのかな」
「・・・ん。着れた。どう?」
「ほほう。・・・胸しか見えんな。一回回ってくれぬか?」
「ん。・・・どう?」
「うむ。さっきの一枚布よりかはマシになったの」
「お客さん、それ誉め言葉じゃないよ・・・」
「ん。わかった。店主、これにする」
「え、良いの!? さっきのでオッケーしちゃうの?」
「まああまり時間がないのでな。それに服を弄るんじゃろ? さっさとした方がよい」
「あ〜。時間がないのなら仕方ないね。わかった、それで調節しようか。じゃあとりあえずそのままで寸法取らせてね〜」
◆ ◆ ◆
「バスト・・・200越え。改めて数値で見ると、すっご〜い・・・」
「ん。魔力タンクが、大きいだけ」
「そ、そうね。機人族にとってはそんな認識よね」
「じゃあ寸法終わったから急いでやるから、とりあえずその服一旦脱いでね〜」
「ん」
◆ ◆ ◆
「はい、できたっと」
「ん。ありがと」
「さっきも言ったけど、急拵えだから粗があっても許してね」
「ん。わかった」
「これでようやく人前で堂々歩けるの」
「・・・ちょっと気になったんだけど、君たちってこの町の住人じゃないよね?」
「うむ。昨日から宿屋に泊まっている者なのじゃ」
「ん」
「だよね〜。君たちみたいなスッゴく目立つ人が住んでたら、噂になってるだろうしね〜」
「今後も厄介になるゆえ、よろしく頼む」
「うん。ご贔屓に〜。あ、オーダーメイドの方はどうしよっか? 設計するのにいろいろ相談するから時間取らせちゃうんだよね〜」
「ふむ、それなりか・・・なら明日でもよいか?」
「うんうん。いいよ〜。明日のいつぐらいかな。ここは朝9時から開いてるよ〜」
「くじ・・・? リンネ、どう思う?」
「ん。なら、開店時に、来る」
「うん、わかった。じゃあ朝9時、ここに来た時にまた声かけてね〜」
【ギルドへは昼過ぎと言っておったの。】
「ギルドへは昼過ぎと言っておったの」
「ん。まだ真昼、じゃないから、余裕ある」
「うむ。ならこのまま昼飯を済ませようかのう」
「ん。了解」
◆ ◆ ◆
「おー良い匂いがするのじゃ。香ばしく焼けた肉の臭いじゃな。店の名はなんと書いておる?」
「ん。・・・ステーキ屋、『モーギュー』、だって」
「すてーきとはなんじゃ?」
「ん。鉄板で焼いた、肉料理」
「ほほう、これがその匂いじゃな。ならここにしよう!」
「ん。わかった」
(ガランガラン)
「うお! ・・・大きな鐘鈴の音じゃのう」
「へいらっしゃ――うおっでか!?」
出迎えたのは牛の角を持つ男の獣人族。
リンネに匹敵するほどの高さで、服の上からでもわかる筋肉の塊に思わす目がいった。
――これが本来の男の獣人族なのじゃな。妾もあの体のほうがよかったのう・・・。
対して男はリンネの胸を見て驚いていた。
「ん?」
「あっ! えと、すまねぇ! おほん! 見たところ二名様でいいのか?」
「うむ。こやつは機人族じゃが、同席してもよいかの?」
「おう! うちは構わねぇよ。――はい!二名様入りまーす!!」
「「「いらっしゃっせー!!」」」
◆ ◆ ◆
「随分賑やかな店じゃの。主に店員じゃが・・・」
「ん。すごく、騒がしい」
「うちはそれが売りだからねぇ!」
「うお!?」「ん!」
「あはは、驚かせちまったたかな? でもね、うちらから元気をもらったって言うお客さんがいっぱいいるから止められないのさ!!」
「う、うむ。その気持ちはわからんでもないのじゃ」
「それにしてもあんたたち、見かけない顔だね! 他所から来たのかい!?」
「うむ。これからここに滞在することになったハルカなのじゃ。こっちはリンネ」
「ん。よろしく」
「あたいはヒーダ! よろしくな! じゃあ注文とるからパパっと選んじゃって!」
「ふむ。じゃが妾はここに来るのが初めてなのじゃ。じゃからここのオススメの品を頼もうかの」
「あいよ。5番テーブル、イチオシステーキ一丁ー!」
「「「はーい!!」」」
◆ ◆ ◆
「はい、イチオシステーキ一丁! お待たせ!」
「おお、ようやく来た・・・・・・ん?」
「はいよっと。ん? なんだなんだ!? 気になることでもあるのかい!?」
「いや、妾は確かに一人前を頼んだのじゃな?」
「ああそうだね! ここのステーキは他とは別格だから、どんどん食べていってよ! それじゃあごゆっくりー!!」
皿の上に盛られている肉は、何重にも重なりあふれでる肉汁と熱気に思わず目を細める。
「・・・これが一人前なのか?」
「ん。すごい量」
「リンネ。お主、少しでも食べれぬか?」
「ん。ごめん。無理」
――うーむ。困ったのじゃ。まさかこんな量が一人前とは・・・。
「うだうだ言ってはおれんのじゃ。食いもんを粗末にする輩にはバチが当たる。食べきってみせるのじゃ!」
「ん。頑張って」
◆ ◆ ◆
「もうだべなのじゃあ〜・・・」
「ん。諦めるの、早いよ、マスター」
「そうは言うても、うっぷ。胃に入らんのじゃが・・・」
「でも、まだまだ、残ってる」
――迂闊なのじゃ。まさかこの体だとまったく腹に入らんとは・・・。いや、子供の体にこの量が入る自体、無理な話であったか?
「確かに旨かったのじゃ。じゃがそれも適量であればこそ。ここまで多いと・・・ぐぬぬ、どうすれば」
「あれ、二人とも。昼御飯です?」
「わぁ・・・二人ともその服似合ってるんですけど・・・」
マオとノノンがいた。
◆ ◆ ◆
「なるほど、確かにこれは一人で食べれる量ではないです、ね」
「で、でも。なんで頼んだんですか・・・?」
「そこは妾の軽率だったのじゃ。最初に子供の量といっておけばよかったのじゃ」
「ここの常連は皆大食いです。だから必然的にオススメメニューは量の多い品になるです」
「ん、マオ。そこで、ちょっと、お願い」
「え? リンネさんからお願いとは珍しいです。なんです?」
「マスターの、ご飯。一緒に、食べて」
「なんじゃと?」
「ああなるほど。一人で無理ならみんなで、と。いいですよ。私たちも加勢するです」
「えぇ!? 私もですかぁ〜!?」
ノノンが驚く。
「はいです。皆で食べればいけるです。ノノンも昼御飯まだです、よね?」
「うぅ・・・そうですけど・・・」
「ん。なら、お願い。マスター、ご飯残すと、バチが当たるって、言ってたから」
「お主・・・。そう言うことじゃったのか」
「ん。ダメだった?」
「・・・いや」
――ほんとはバチなんぞないのじゃが・・・。こやつの情を無下にするわけにはいかんの。
「妾からもお願いするのじゃ」
「わかったです。あ、マッツ君! 二人分のナイフとフォークを持ってきてです!」
(はいよー!)
しばらくして先程注文を受けてくれた店員がくる。
「はいよ! 二人分で良いんだよな?」
「ありがとです。さあノノン。かわいい――もといピンチのハルカを助けるために頑張るです!」
「多分無理だとおもんですけどぉ〜・・・」
◆ ◆ ◆
「うっぷ、まさかここまでとは・・・恐るべし、イチオシステーキ・・・」
――お主も少食なのかあああ!
幾重にも重なった肉の山から一枚とりだし、それを食べ終えたあとの台詞がこれだった。
「だから言ったじゃないですかぁ〜・・・これ、一人前の数倍あるんですけどぉ〜・・・」
「うぅ、ハルカの困り事を解決してご褒美のもふもふを堪能する、私の壮大な計画が〜・・・」
「何を企てておるのじゃ・・・」
「おーい、マオー!」
「あ・・・ヒーダさん」
「やっと時間空いたからさ。打ち合わせしよーか!」
「・・・あ、すっかり忘れてたです。今から行くです!」
「ん?」
「すいません、ハルカ。ちょっと席を外すです。ノノンはそのまま食べてていいです」
「なっ!」
――ここで戦力外通知じゃとおおお!?
「ふぇ、わかりましたけど・・・」
「お主、りょ、料理はどうするのじゃ!?」
「私が帰ってきた後でも残ってたら参戦するです。それまでの小休憩ということで。それでは!」
「あ、おい!」
マオはヒーダと共に厨房のなかに入っていった。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・食うか」
「・・・はい」
「みんな、がんばって」
◆ ◆ ◆
「ところでどうしてここに入ったんですか・・・?」
「いやなに、外から良い匂いがしたからの。惹かれて入ったまでなのじゃ」
「あぁ・・・。確かに、ここのお肉は美味しいですからね」
ここで、ノノンがなにかに気づく。
「あれ・・・? 似合ってたので気にしなかったんですけど。マオさんの話だと、ハルカさんは男の方、ですよね? その服、女の子用の服にしか見えないんですけど・・・?」
「うむ、今までの反応から妾は悟ったのじゃ。必死に見繕っても女に見えてしまうのなら、いっそのこと女装したら良いのでは。とな」
「ほれ、どうじゃ? なかなか似合うておるじゃろ?」
「すごく、かわいいんですけどぉ〜・・・」
――微妙に頬を赤らめて褒めるな。男なのに似合ってしまう妾の気持ちが複雑になるのじゃ・・・。それにリンネ、お主も首を激しく動かして同意するでない。
「それに子供なら多少男っぽい振る舞いをしても違和感はないじゃろ?」
「確かに。でも、その老人の喋り方だとどうしても違和感があるんですけど・・・」
「そこはどうしようもない。そもそも無理やり『妾』と言わされとる時点で改善はできそうもないのじゃ」
「へ?」
「妾にもわからんから気にするでない。時期になれるじゃろ」
「そ、そうですか・・・」
◆ ◆ ◆
「あやつ〜、いつまで話し込んどるのじゃあ〜・・・」
「ひ、ひいぃ・・・」
「マスター。まだ数分しか、たってないよ」
「これ以上は腹が受け付けんのじゃあ・・・」
「なら他の人、探す」
「・・・なにやってんのよ、あんたたち」
席の隣に立っていた女から声がかかる。その女はハルカたちを怪訝そうな顔で見ていた。
「あ・・・こんにちは、アスカさん」
「こんちわ、ノノンちゃん。あなたがこいつらと一緒にいるの珍しいね。マオちゃんは?」
「え、は、はい。今席をはずしているだけで一緒にいます」
「そ。まあノノンちゃんが一人で外食とか想像できなかったから、大方予想できてたわ」
「あうぅ~・・・」
「ん。ちょうど、よかった」
「は? 何が?」
「アスカ。あなたも、この料理、一緒に、食べて」
「・・・は?」
「あなたも、ご飯食べに、ここに来た。違う?」
「いや、そうなんだけどさ・・・なんであんたらの残り物食わなきゃいけないのよ」
「お願い。マスター、残すの、嫌がってる」
「じゃあなんで食べきれないもん頼んでんのよ。自業自得じゃない」
「ん。別に、お金、取ったり、しない。タダで、お願い、してる」
「・・・・・・・・・その残り全部食べてもいいのね?」
「ん。みんな、もう食べれない。できれば、全部、食べてほしい」
「・・・・・・しょうがないわね。タダで食べれるなら気が進まないけどあんたのお願い聞いてあげるわ!」
「お主、本当か? 感謝するのじゃ・・・」
「それ以上感謝するようなら追加注文でおごってもらうわよ」
◆ ◆ ◆
「こやつ、全部食いおった・・・あの量を・・・」
「す、すごいぃ~・・・」
「ん。ありがと、アスカ」
「ふっ。あの量なんて微々たるものよ。・・・やっぱり今からでも追加注文しようか・・・ちょっとー! 注文おねがーい!」
「なぬ?」
(はーい!)
遠くの方でマッツの声が聞こえる。ヒーダの姿がまだなので実質一人で接客していた。
――普段どれだけ食っとるのじゃ、こやつは・・・。
「もしやお主、その品も妾が払うのか!?」
「ええ、そうよ? 対価交換と思えばいいわ」
「ん。わかった」
「リンネ!?」
「今後の事、考えて、今は無難に、済ませた方が、いい」
「そうよ、もし拒否したらギルドの方で対価を貰うから」
「・・・ぐぬぅ。まあ注文だけですむなら安いものか」
「ふふ。これでもサービスしてるんだから感謝しなさい」
「はいはーい! あ。アスカさん、こんちわッス!」
「はいこんちわ。えーっと、これと、これ。あとこれね」
「了解ッス! 5番テーブル注文入りまーす!!」
先ほど聞き取った品の名前を告げ、他のテーブルに移動していった。
◆ ◆ ◆
「あれ? 今さらだけど、あんたたち服買ったんだ?」
「うむ、つい今朝にの」
「ほーん・・・ってよく見たらそれ女物じゃん。なに? 嘘ついてたの?」
「逆じゃ。お主らの反応から説明するのが難しくだんだん億劫になったから、女装することにしたのじゃ。」
「ふーん。それなら丁度良かったわ」
「何がじゃ?」
「あなたのギルドカードのことでちょっと相談があったのよ」
「ギルドカード? なんじゃそれは?」
「冒険者としての身分証みたいなものよ。それを持っていれば王国や、他の国での検問でいろいろな手続きを省略することができるってわけ」
「ほう、そうなのか」
「でね。あんたのその見た目で男って書いて毎回誤解されてたら、ギルドとして不信感が出てくるわけ」
「まあわからんでもないのじゃ」
「私たちはもう知ってるけど、今後他の冒険者とパーティー組むかもしれないじゃない? その面倒さを解消させるってわけ」
「具体的にどうするのじゃ?」
「あんたの性別を女にする。いわゆる詐称ね」
「ん。いいの? それ」
「良い訳ないわよ。これもマオちゃんのお願いを叶えるために考えた結果なんだから」
「ん。そう」
「ずいぶんとマオを大切にしとるのじゃな」
「いろいろあんのよ。あ、年齢も一緒に変えるわ。正直に110歳~なんて言われても誰も信じちゃいないだろうし、冒険者になれるギリギリの二十歳で通すわ。それでいいわね?」
「むう、そうか・・・それもそうじゃの。その呈でいくとするか」
「はい、じゃあこれ」
「これはなんじゃ?」
「これはギルドカードを表示する魔道具よ。あんたの指だとズボズボだからこのネックレスを首からかけといて」
「うむ、わかった。・・・ところで表示?とはなんなのじゃ?」
「そのまんまの意味よ。その指輪からギルドカードが投影されるの。やり方は簡単よ。その指輪を持って『自分のギルドカードよ、出ろ!』って念じれば表示するわ。ノノンちゃん。手本見せてあげて」
「はいぃ・・・。こうやって、こうするんですけど・・・」
「おお、宙に透けたものが出てきたのじゃ・・・!」
――前にリンネを助けたときに見たものと似とるの。
「これがギルドカード。じゃあ今度はあんたがやってみて」
「うむ。・・・お、できたのじゃ!」
――おお、自分でやると何か感動するのう。
「ん? 何も書いておらんように見えるが・・・?」
「当たり前よ、まだ登録すらしてないからね。登録を済ませたら、そこに色々情報が表示されるわ。ランクとか、討伐数とか、称号とか、色々よ。今回は女装の件でついでに渡しただけで、ホントは試験が終わったあとに渡さなきゃいけないんだけど」
「なぜ先に、渡したの?」
「すでにマオからの証言で実績出があるし、試験なんてただの通過儀礼よ。まあ、あまりにダメだったら返して貰うだけだから」
「因みにこの魔道具は端末モドキで、あんたの念じた魔力に反応してギルドのデータベースにアクセスされて表示してるの。だから他の人があんたのその魔道具を盗ったとしても、あんたの個人情報がバレる訳じゃないから安心して」
「・・・でーた? あくせす?」
「・・・はぁ。あんたのいた世界にそんな単語無かったの?」
「うむ。まったく聞き覚えがないのじゃ」
「ようはその指輪を無くしても、あんたの個人情報がバレないから安心してってことよ」
「バレると大変なのか?」
「えぇ・・・。ノノンちゃん、説明よろしく」
「えぇ!? 私がですかぁ!?」
「そうよ。むしろあんたの方が詳しいよね?」
「そうですけどぉ・・・。あうぅ、簡単に言えば、その情報で悪用する人がいるです・・・」
「悪用? 何に使うのじゃ?」
「色々あるんです・・・。昨今ではその個人情報を活用したシステムがあって・・・そのために個人情報は一つの財産として扱っているんですけど・・・」
「うむむ。よくわからんのじゃ・・・」
「あうぅ、まったく知識無い人への説明が難しいんですけどぉ~・・・」
「まあ、生活に慣れてきたらそのうち分かるわよ。要はその個人情報はむやみに他人に見せない。わかった?」
「うむ。それだけ理解したのじゃ」
「うぅ・・・私の説明全部無駄だったんですけどぉ~・・・」
「んで。もし指輪を無くしたら素直にギルドに報告しなさい。いいわね?」
「うむ」
「へい、おまちどー! 注文はこれで全部だな! ごゆっくりー!!」
「どれもすごいのじゃ・・・」
「これでも少ない方よ。じゃあいっただっきまーす!」
◆ ◆ ◆
「ふう、食った食ったー」
「あれから更に食うとは・・・」
「見ているだけで胃もたれしそうですけど・・・」
「んじゃ、私の用は終わったから帰るわね。この後ギルドに来なさいよ」
「うむ。金を払ったら向かうのじゃ」
アスカは手でヒラヒラと返し、店を出ていった。
「ふう、以外と長引いたです。今戻りましたです」
うってかわって厨房からマオが戻ってくる。
「あ、お帰りですけど・・・」
「随分遅かったのう」
「ん。おかえり」
「あ、もしかして完食した――あれ、皿が増えてるような気がするです?」
「あの、マオさんが抜けた後、アスカさんがここに来て・・・」
「ふむふむ。それは有りがたいです。後で私からも感謝を伝えておくです」
「うむ。そろそろ行くのじゃ。そこのお主、勘定願えるか」
「おっけー! 5番テーブルおあいそー!」
「「「はーい!!」」」
◆ ◆ ◆
「さて、妾はすぐにギルドに向かうが良いかの?」
「はい。あ、ご飯ご馳走になったです。ありがとです」
「あ、ありがとう・・・」
「いや、妾の誤算が生んだ結果ゆえ、気にするでない」
「ん。こちらこそ、ありがと」
「あ、そうです。よかったら試験の方、見学してもいいです?」
「ん? 試験じゃろ? 部外者は見学してもよいのか?」
「はいです。気になる冒険者の実力を知るのに好都合とか。冒険者になる試験の他にも、昇格試験もあるのでいろいろ他の冒険者の姿が見れるです」
「なるほどの。まあ妾は別に良いのじゃ、好きなだけ見ていくがよい」
「やったです!」
「あ。わ、私は宿に戻りますけど・・・」
「わかりましたです。じゃあノノンはこれを持って返ってほしいです」
「これは・・・?」
「例のヤツです。やることはそこに書いてあるです」
「なるほど、わかりました・・・。では皆さんまた・・・」
「うむ」
「ん。また」
ノノンはそのまま別方向に向かっていく。その先はおそらくマオの宿屋だろう。
「では行くか」
「はいです」「ん」
【支部長はおるか? 約束通り来たのじゃ。】
「支部長はおるか? 約束通り来たのじゃ」
「お、来たか」
「うむ。妾の貴重な収入源じゃ。適当なことはせぬ」
「なら結構。じゃあさっそくギルドについて説明するぜ。ナーラ、説明よろしく」
「はいはーい! 初めまして! あなたがハルカちゃんね!?」
「うむ。そう言うお主は受付嬢なのか? 妾とそう大差ないように見えるが・・・?」
「あーあなたも疑うのね! ナーラもあなたと同じ、見た目が小っちゃいけどちゃんと大人なんだよ!?」
「まあ、ナーラはその言動で勘違いされてますから・・・」
「直すつもりないらしいから、慣れなさい」
受付嬢の二人が助言する。
「うむ。失礼したのじゃ」
――よく見るとこやつら似ているのう。もしや姉妹か・・・?
「じゃあまずね、冒険者になるための試験について! 説明するねー!」
「うむ。よろしく頼む」
「やり方は簡単! 支部長と模擬戦をして、認められたらオッケー! 終わり!!」
「おっけーとはなんじゃ?」
「ん。了解、大丈夫、など、肯定するときに使う言葉」
「ほう」
「でねでね。支部長にオッケーしてもらったらー、次は冒険者の戦闘能力を聞くよ! 種族とかー、得意武器とかー、魔法とかー、色々ね!」
「そして最後はギルドカードに記載して、冒険者管理名簿に登録したら終わり! あとはクエスト受けたりー、依頼を出したりー、観測者になったりー、色々やってみてね!」
「うむ。ずいぶんわかりやすかった、ありがとなのじゃ」
「本当はもっと詳しいことがあるんですが・・・」
「私たちも暇じゃないからね、こういうぱっぱと説明できるのはナーラが一番なのよ」
「でへー、もっと褒めてもいいよ!」
「よし! じゃあさっそく移動すっぞ。町から少し離れた場所で試験をするからな」
「ここじゃ、いかんのか?」
「当り前だろ。町ん中じゃ武器出しはご法度だ。昨日聞いただろ?」
「あーそうじゃったな。すまぬ」
◆ ◆ ◆
「で」
「ん? なんだ?」
「なぜにこんなにも野次馬がおるのじゃ・・・?」
「そりゃあお前、昨日の酒場の騒ぎを聞いてたら『見たい』って思うやつはいるだろうよ」
――ああ、なるほど。どおりで見たことのある輩が多いわけだ。
「まあ構わぬ。マオにも言った手前、咎むつもりはない」
「じゃ、改めてルールを言うぜ」
――るーる?
「お互いの得意の模擬専用武器を用いて打ち合いをする。それを俺が満足するまで続ける、だ」
――ああ、試合内容か。
「うむ。手加減はした方がよいのか?」
「ああ、常識のある立ち回りを希望するぜ。あくまで打ち合いだからな。俺の主観で評価されるのも留意しろよ」
「うむ。わかったのじゃ」
「とはいってもそこまで差別はしねぇ。これでも何十人もの試験相手をしてきたんだ。見る目は有るぜ」
――見た目から勘違いしとったお主にそんなことを言われてものう・・・。
「で、お前はその武器でいいのか?」
「うむ。妾は基本的に対人には拳で挑む。妾が振るえばその腕で数人は吹き飛んだことがあるのじゃ」
「その腕って、今のお前・・・」
「何か問題があるのか?」
「・・・いや、お前が良いってんなら別に気にしねぇ。アスカ!」
「はいはい。じゃあ冒険者加入試験、――開始!」
◆ ◆ ◆
開始の合図が平原に響く。
先に動きがあったのはハルカ。背を低くし、両の足で大地を抉るように駆ける。
――流石に見えておるの。
支部長の視線はまったく揺らがず、こちらの動きを見ている。
――なら小細工は無用じゃ。妾の拳を味わうといい。
駆ける速度を落とさず、真正面から支部長に突進する。
――まずは初撃!
「はああ!!」
「――ふんっ!」
左から放たれた拳がある程度まで近づいたとき、支部長に動きが出た。
左手の盾を正面から少し角度をつけ、外側に向けた。
(バチィ!)
拳は盾の面に沿うように、外側へと浮く流される。
――やはり、そのまま受けるつもりはないか。
「まじか・・・!」
(バリバリっ!!)
何かの亀裂が走る音が聞こえる。
受け流されたハルカはすぐさま体勢を立て直し、距離をとる。
「掠りだけでこの威力かよ。腕で薙ぎ払うってのは嘘っぱちじゃねぇな」
支部長の小声が聞こえる。
――くふ。あやつの声が聞こえる。耳が良いと、こう言う利益もあるのじゃな。
この体で得た聴力に感謝しつつ、次の行動に移る。
支部長の視線が盾に移ったのを確認し、前方に大きく跳躍する。その高さは人の二、三倍もあり、相手の視角外に移ったことを意味する。
――前の世界では出来んかったが、今の妾なら可能!
「あっ! どこ行きやがった!?」
突然の消失に焦りを見せる。盾を一瞬横目で見ていたら正面にいたはずのハルカがいなくなっていた。
そのハルカは今、支部長の頭上を跳んでいた。そしてそこから自重を利用した急襲を試みる。
両手を合わせ、ひとつの拳として振りかぶった。
「――ッは!?」
真上から現れた影に気づいた支部長は、こちらを視認する。
――もう遅いのじゃ!
「はあああああ!!」
振るう拳。その先は支部長の脳天。
「くッ!」
だが支部長は盾を掲げた。おそらく無意識に行ったのだろう。
――反応が早いの。じゃが・・・。
構わず殴り付けた。
(バッカアアアアアン!!)
およそ拳と板がぶつかり合った音ではないような爆音が響く。
それもそのはず、それは防いだ盾の砕かれた音だった。
――ふむ。骨までいけると思うておったが。
そして拳は盾に隠れていた腕によって防がれていた。
「その腕は飾りではないのじゃな」
「――ってええ!! どこにそんな力あんだ、よっ!!」
支部長は受け止めていた拳を腕で振り払う。その衝撃を利用し後方にまた下がる。
「まずは盾じゃな・・・」
「んじゃあ今度は俺の方からだ!」
一転して支部長が攻勢に出る。右手で掴んでいた木刀を両手で持ち直し、全速力でハルカに接近する。
――あの巨体で速いのじゃ!
「避けなきゃ痛い目見るぜ! ――『ブースト』ッ!!」
「――!?」
(シュン、シュシュン!!)
――なんじゃ!? 振りの早さが予想より速いのじゃ!!
「おらおらどしたぁ!!」
「でたー、受験者殺しの乱れ斬りだー!!」
「いいぞー、みせてやれー!」
「これをどう捌くかが腕の見せ所だな」
支部長の猛攻が襲いかかってくる。それと同時に野次馬たちの野次が聞こえた。
「くッ!」
(ヒュンヒュンヒュン!)
支部長の巨躯から繰り出される乱舞。しかしただ乱舞をしているだけではない。軌道を変えながらも確実にハルカを狙っていた。
それを小柄な体でなんとか躱し続けているハルカ。
――こうも剣捌きをが密じゃと、迂闊に反撃し辛いのう。
「なら!!」
(ガシッ!!)
――その刀を砕くまでじゃ。
支部長の斬撃を見極めつつ切り返しの瞬間を狙った。その時だけは斬る力は限りなく無に近い。
だからこそその木刀を掴むことができる。
「なっ!?」
「籠手を武器にしとる妾にとって刃物を掴み殺すのは常套手段なのじゃ。悪く思わんでくれ」
(ミシミシ・・・バキッ!)
掴んだ木刀をそのまま握りつぶす。
驚いた支部長は後方に跳び、距離を空ける。
「随分荒い戦い方だなあ!」
支部長は折れた木刀も投げ捨てる。これで丸腰になった。
「何を言う。相手の戦力を削るのも、戦場では大事な戦術なのじゃ。文句はないじゃろ?」
「ああそうだな! だが剣が無けりゃあ何もできねえなんて思ってないよなあ!?」
支部長は吠えながら両手の拳を握り直し、構えをとる。
「うむ。わかっておる」
相手の構えをよく見る。両手を握りしめ、拳を放つ雰囲気を出しているが、
――前足が僅かじゃが浮いておる。重心が片足に寄っておる時点で蹴り主体と分かるものじゃ。
――おそらく妾の体格ゆえに蹴りを選んだのじゃな。
「じゃがその考え。――甘いのじゃ!」
大地を蹴り、前進するハルカ。
真っ向から向かい、支部長もその動きに反応する。
支部長の蹴りが放たれる。同じ体格なら相手の下腹部を狙う下段蹴り。しかし相手はハルカ。その蹴りは頭へと向かう。
――素直に突進すると思っておるのか!
ハルカはさらに体を低くする。獣の様に四つん這いになり、支部長の蹴りを避ける。
「ッく!」
あまりの素早い回避にを見て、驚きと次への対処へと移る支部長。しかし、
――初撃を外した時点でお主の負けなのじゃ!
ハルカは足を伸ばし、支部長の脛を狙う。狙うは転倒、相手の体勢を崩す威力の少ない小手先の技。
――そのまま前のめりに転けるが・・・な!?
(スカッ・・・!)
放たれた蹴り。しかし聞こえるのは空を斬る軽い音。
――この光景、どこかで・・・。
ふと記憶の片隅に移る光景を思い出す。そして頭上から迫りくる悪寒。
(ゴインッ!)
「のじゃあああああああ!!!」
鈍い音と共に、ハルカの悶絶した絶叫が響く。
「ほい、勝負あり。試験はここまでな」
「「「わあああああ!!!」」」
野次馬の歓声。所々に支部長を褒める言葉も聞こえた。
頭を抱えながらなんとか立ち上がる。未だにズキズキと痛みが走る。
――くうぅ。まさか、昨日のオーガと同じ過ちを犯すとは・・・。
「ハルカ! 大丈夫です!?」
「ん。マスター、平気?」
試験終了によりマオとリンネが駆けつける。
「うぐぅ。自分の体格を見誤ったのじゃあ・・・」
「ああ、昨日のオーガでも――」
「それ以上言うでない! ぐぬぬ。あまりの失態に恥ずかしいのじゃあ・・・」
「恥ずかしがるマスター、良い」
「あ、私も同感です。普段とのギャップが特に――」
「ええい黙るのじゃ! それでお主、試験の結果はどうなるのじゃ!?」
支部長は顎に手を当て、擦りつつ呟く。
「出直してこい! と、言いたいとこだが。まあ合格だな。ギリギリ」
「ギリギリか・・・悔しいのう。妾としてはお主から待ったの声が聞きたかったのじゃが」
「はっ! 言ってくれるぜ。確かに技術や威力はいいが、自分の体を活かしきれてねぇ時点でまだ俺には勝てねぇし、魔物でも命取りになる。だからギリギリだ」
「うむむ・・・。避けるときは小柄は便利じゃな、とは思っておったが、攻撃面ではまだ掴めておらぬようなのじゃ・・・」
「ああ、それであんなへんな格好を」
「ん。端から見たら、しゃがんで、足だしてた、だけだった」
「も、もう言うでない!」
「ああ、恥ずかしさに目一杯振ってるモフモフ尻尾が可愛いです・・・」
「ん。かわいい」
――ぐぬぬ・・・。
「だがまあ最初に言った通り、一応合格だ。後は鍛練でもしてその体に馴れるんだな」
「うむ。そうするのじゃ」
「よし、町に戻るぞ。そこでギルドカードの手続きをするからな」
「うむ」
「あ、マスター」
「なんじゃ?」
「わたし、少しここに、残る」
「ほう・・・? まあわからんが、早めに宿屋に戻るのじゃぞ?」
「ん。わかった」
◆ ◆ ◆
「あらためて、試験合格おめでとうございます」
「うむ」
「ここだけの話、支部長はギリギリと仰ってましたが、実を言うと、冒険者は人手不足なので意欲のある方はだいたい合格されてます」
「おい言うなよ!」
「なんじゃ、妾は茶番につき合わされただけなのか?」
「いえ、もちろん実力は測ります。ただし」
「では冒険者登録の前に、ハルカさんは個人登録を済ませましょう」
「それはなんじゃ?」
「個人を識別し、管理するための登録です。そこの端末に手を触れてください」
「うむ・・・触れたのじゃ」
(ビー、エラー、エラー)
「あー、やっぱりダメですね」
「何かいかんのか?」
「種族と魔力の所持量に異常が検知されました」
「片方は既に絶滅、もう片方は桁が許容範囲外、と言うわけだ。端末が、というか設計上想定外だから無理もないか」
「そうか。ならどうすればよいのじゃ?」
「当初の予定通り、あんたの情報を一部詐称するわ」
「他の冒険者との交流に差し支えない程度に、で偽の情報を情報を手動で入力します」
「一応確認するが、お前の偽る部分は『性別』『年齢』『種族』『魔力保持量』。この四つだ」
「性別と年齢は昼食の時に先に聞いたから女と二十歳で入力するわよ。今後不用意にほんとの事を言わないでよね。例え事情を知ってる相手でも、よ。いいわね」
「うむ。留意したのじゃ」
「次に種族ですが、これは亜人種獣人族の銀狐、でよろしいかと」
「まあそれが妥当だな」
「銀? 妾のはむしろ黒いのじゃが・・・」
「銀狐は動物のギンギツネからとった識別名です。ギンギツネも、見た目が黒に近い灰色なのでその種族で大丈夫と思うです」
「ふむ。なるほどの」
「最後に魔力なんですが、ハルカさんは今、"魔力制御"と言う魔法で魔力を押さえているんですよね?」
「うむ」
「それの魔法でかなり勘違いしたからな」
「わたしもよ」
「すいませんです。"魔力制御"を私が教えたせいで・・・」
「謝るこったねーよ。そのおかげで被害が出てねーんだから」
「そう聞くと妾は災害か何かに聞こえるのじゃ・・・」
「だ、大丈夫です! 理性があるだけ災害とは呼ばないです!」
――それは慰めなのか・・・?
「じゃあ今私たちが感知できる魔力量でいいでしょうか?」
「ああ、それでいい。変に違うと怪しまれるからな」
「これに関しても気を付けなさい。変に大量の魔力を使ったら怪しまれるわ」
「うむ。しかしこの尾にかかっとる魔法はどうすればよいのじゃ?」
「そこには武器が入ってるです、よね?」
「うむ」
「なら他は鞄などで対処し、武器に関しては周りが居ないところで取り出す、と言うのはどうでしょう」
「そうじゃな。あまり尾のなかに入れん方が良い、というわけじゃな?」
「です」
「魔力保持量の入力も終わりました。これで晴れてこの国の住民になりました」
「ありがとなのじゃ」
「では次に、ギルドの話に移ります。まずギルドカードに記載する情報を聞きますのでお答えください」
「? 先のとはどう違うのじゃ?」
「さっきのはハルカさんの個人情報で、こっちはギルドに必要な情報ですね。今後ギルドでの活動するときは、この情報を参照します」
「なるほどの」
「ではまずハルカさんの武器を見せてください。あと、武器の装備はせずにお願います」
「うむ」
(ゴソゴソ、ズブ、ズブブ・・・)
「へぇー! ほんとに尻尾から取り出すんだー!」
「すごいですね。これが時空魔法の1つですか・・・」
「ほい、出したのじゃ」
「それは・・・籠手、ですか?」
「そうじゃ。が、これにもう一個武器がくっついておる。この部分じゃ」
「細長い棒に見えますが・・・何ですか?」
「これは刀じゃ。この鞘のなかに納刀されておるのじゃ」
「かたな・・・? はじめて聞きますね」
「刀!? 本物の日本刀です!?」
「わわ! なんじゃいきなり!?」
「あ、し、失礼したです。つい興奮して・・・」
「おほん。刀とは剣のことじゃ。お主らの形状とは異なるが、こやつも斬撃をするための武器なのじゃ」
「わかりました。しかしそのカタナは自分の身長より長くないですか? 上手く使えるんですか?」
「今のところは不備はない。この長さを活かし、斬り込むのじゃ。妾の前の背なら、もっと活かすことができたんじゃがのう・・・」
「ふむふむ・・・。籠手による格闘と、その剣での近接戦。でいいでしょうか?」
「まあ大方その認識で間違いないの」
「そう言えば、あんたそんだけ魔力あるのに魔法は使わないの?」
「うむ、妾の前の世界には無い技法での。使えたとしても・・・、おっとあったのじゃ」
「何かありますか?」
「リンネが言っておったのじゃ。妾の種族しか使えない、"守護結界"という魔法じゃ」
「はじめて聞きますね。・・・まあ絶滅した種族の魔法はそうそう知るわけもありませんか。因みにどんな魔法なんですか?」
「詳しい話はまだ聞いてはおらんが、魔力で出来た壁を展開して防御する類いのようじゃ」
「魔力の壁って・・・いったいどれくらいの魔力使えばできるんだよ」
「わからんのじゃ・・・」
「わかりました。・・・次に、ハルカさんの戦闘スタイルを軽く教えて下さい」
「戦闘すたいる? 戦い方かの?」
「はい。具体的な立ち回りが分かれば、推奨するクエストが特定しやすいので。もちろん自分で選べれますが、こちら側からの召集の際の参考にと」
「ふむ・・・難しいのう。妾は戦況によって多様に戦法を変えるゆえ、これと言った常套手段がないのじゃ」
「・・・では仮定として、支部長と同じくらいの大きさの魔物と退治したときに、ハルカさんはどう戦いますか?」
「それはこちらを認知しておるのか?」
「はい。もう既に臨戦態勢に入っていると仮定します」
「ふむ・・・。距離があるなら、刀による斬撃の牽制、及び回避行動への準備。近距離ならば、籠手による迎撃、もしくは回避行動じゃな」
「相手の出方を伺う、のが最初の行動になりますか?」
「うむ。迂闊に出て不意をつかれるわけにはいかんからの」
「わかりました・・・。では最後ですが、ギルドから観測者の依頼を許可しますか?」
「観測者・・・。昨日ちらっと言っておったが、何をするのじゃ?」
「簡単に言うと斥候と、冒険者の監視の二つです」
「斥候は魔物の現状把握。どれくらい出現しているのか、分布はどうか。などの調査です」
「冒険者の監視は、その名の通り冒険者がクエストをきちんと遂行しているかどうかの監視です。討伐を偽ったり、他の冒険者とのいざこざを発生させないための第三者の目として機能してます」
「観測者の報酬は斥候が高く、監視が少ないです。ただし、監視に関しては異例があり、冒険者のクエストが達成できなかった場合、観測者は冒険者の救助する必要があります。これにより帰還後、冒険者の生存が確認された場合報酬が増えます」
「あと大前提ですが、この観測者は信頼できる冒険者のみギルドから依頼が来ます」
「長くなりましたが、その観測者の依頼の是非を事前に聞いておこうと言うのが、今の質問になります。事前に断れば以降観測者の依頼は来ません」
「昨今の冒険者は安全に討伐できるクエストを受注する傾向があるため、危険と隣り合わせの斥候と、時間と報酬が割りに合わない監視をする観測者の数が年々減少しています」
「もしよろしければ、依頼申請の許可を受けていただければ幸いです」
「ふむ・・・。まあ別段時間に追われとる訳でもないし、稼ぎが増えるなら妾は構わぬ」
「ありがとうございます!」
「そんなに喜ぶとは、観測者とは随分不人気なのじゃな」
「はい。ここのギルドでも数人しかいません。なので1日で発行できるクエストの数が少ないんです」
「難儀なものじゃのう。その仕組みどうにかならんのか?」
「どうにかっつーか、色々あってこうなったから変えられないんだよな」
「ふむ。なら口出しはせん」
「あ、ギルドカードの方はこれで終わりです。お疲れ様でした」
「おめでとです。ちなみにハルカでこの町の18人目の冒険者です」
「そ、そうか。それは多いのか、少ないのか?」
「残念ながら少ないですね。冒険者は報酬は美味しいですが、常に死と隣り合わせなので。昔ならいざ知らず、昨今の平和な社会にはもっと別の食が職ありますし」
「今の冒険者はどちらかと言うとこつこつ稼ぐのが苦手な一攫千金狙いのギャンブラーです」
「それでも冒険者になってくれるのは嬉しいがな。平和になったのはあくまで国家間での話で、魔物はそんなの関係ないからな」
「ほーん。そうか」
「はい、じゃあ終わり、解散! あ、こいつが気になるやつがいるなら今のうちにコンタクトしとけよ!」
支部長が手を叩く。周りにいた野次馬冒険者たちがこぞってハルカに近づいてきた。
「なあなあ、嬢ちゃん! その年で100歳越えてるってマジか!?」
「それよりあんたの使ってる武器が気になるね。昨日門番から聞いたよ!」
「可愛い見た目なのに支部長の剣捌きを避けきるとか、すごいなお前!」
やんややんやと野次馬が吠える。矢継ぎ早に繰り出される質問に、ハルカはタジタジとなった。
「お、落ち着くのじゃ! そんなにいっぺんに聞かれても困るのじゃ!」
野次馬の押し寄せる圧迫に焦りが出る。
――せ、せめて高さでも確保せんと。押し潰されてしまうのじゃ!
慌てて周りを見渡す。そして視界に入ったのはマオの姿。
「マ、マオ! 妾を肩に担いでくれぬか!?」
「え、ええ!?」
囲む人垣をすり抜け、マオの背中に回る。
「たのむ!」
「は、はい! どどどうぞです!」
急かされたマオはすぐさましゃがみ、ハルカを肩に担いだ。
「ふう、ありがとなのじゃ。・・・で、主ら。妾に聞きたいのであれば順に述べるのじゃ」
「はぁ〜・・・これがハルカの生足・・・スベスベェ・・・」
こうして半ばハルカの知名を広める質問会は、夕方まで及んだ。
武器については今後の課題点として晒すつもりがなく、もっぱらハルカの前世や種族の話ばかりだった。
◆ ◆ ◆
「ふぃ〜疲れたのじゃぁ〜・・・」
「ん、おつかれ」
夕方。野次馬たちから開放された二人そのまま町に戻り、マオの宿屋にいる。
マオはノノンを連れてまた出掛けて行った。
「おお、リンネ。先に戻っておったか」
「ん」
部屋を開けるとリンネが部屋の中で立っていた。
「なんじゃ、もしやずっと立っておったのか? 人形みたいに」
「ん。食堂のは、大丈夫だけど、この部屋のは、木製だから、潰れちゃう、かも」
――ふむ、バラバラになっておった時に見とったが、確かに全身金属で出来ておったのう。それだけで出来ておったら流石に重いのか。
「そう言えばお主。何をしにあそこで留まっておったのじゃ?」
「ん・・・それ、は・・・」
珍しく口ごもるリンネ。
「? まあよい。マオたちは晩飯には戻ってくると言っておった。それまでの間をどうするかのう。このまま部屋で過ごしても良いが・・・」
「ん。・・・なら、お願いが、あるけど、いい?」
「なんじゃ? 別に遠慮せずとも良い。言うてみよ」
「ん。・・・私の、武器が、欲しい」
「・・・ああ! そうじゃったな。お主今まで自分の武器で戦っておらんかったのう!」
「ん。マスターと、一緒に、強く、なりたいから。・・・ダメ?」
「駄目とは言っておらん。よし、さっそく今から行くぞ」
「ん。ありがと」
「礼はいらぬ、お主のますたーじゃからの」
「・・・ん」
◆ ◆ ◆
「ここが武器屋じゃな。下ろしてくれ」
「ん」
(ガチャ、ギイィ・・・)
「おや、お客さんかい?」
奥から現れたのは白髪が似合う老婆。両手を後ろの腰に当て、ゆっくり歩いてくる。
「うむ。当たり前の事を聞くが、ここは武器屋で間違いないかの?」
「ええ。だけど私はただの店番でねぇ。今旦那を呼んでくるから待っとくれ」
「うむ。よろしく頼む」
◆ ◆ ◆
「ほいほい、儂がここの店主じゃ。今日は何用かな?」
「うむ。こやつの使う武器を探しておる」
「ほうほう。こんな町に機人族が来るとは、珍しいものじゃ。しかし機人族には支給された専用武器があると聞いとるが・・・?」
「そうなのか?」
「ん、そう。でも、見つからなかった」
――なるほどの。昼の用事はそれじゃったか。
――しかしこやつも妾と似て、他人に迷惑かけたくない性分でもあるんじゃろうか。妙なところで気を使いおる。
「ふむふむ、戦闘中に紛失されたのかの。それは難儀じゃ」
「ん。それで、欲しいのは、槍と、大剣」
「ほいほい。なら儂に付いてきてくだされ」
店内を少し歩く。
「ここがそうじゃ。武器といってもそれぞれ幾つか種類があるでの。色々見て回ってくりゃれ」
「ん」
しばらく物色したのち、リンネは二本の武器にそれぞれ指を指した。
「これと、これ」
「ほほう・・・、どちらも見慣れぬ形をしておるのう」
――一つは刃の幅が広い剣、もう片方は槍の先に斧のような刃が付いておるの。
「ほいほい、クレイモアとハルバードじゃな。試しに持ってみるかい? ここでは武器の装備は許可されておるからの」
「ん。やる」
リンネは少し空いた場所に移動し、まずはクレイモアを右手で持っま。軽く上下に振り、重さを確認する。
「おや、片手で持つのかい?」
店主からの素朴な疑問が発せられる。
「ん。わたしの、胸だと、両手で、持てない」
「おーおーすまんかったのー。その乳じゃと両手で振るうのは難しいか」
「なるほど、だから二本選んだのじゃな?」
「ん。そゆこと」
クレイモアを下ろし、今度は左手でハルバードを掴む。
「こっちの武器はなんじゃ? 始めて見るのじゃ」
「この武器は先端の槍で突いたり、斧で斬ったりと色々便利な武器なんじゃよ」
「ほうほう。そんな武器があるとはのう」
話していたら、リンネがクレイモアと両方持って店主に近づく。
「ん。ちょうどいい。これ、買う」
「ほいほい。まいどあり」
「値段はいかほどなのじゃ?」
「全部で、えーっと、これくらいじゃな」
そう言って店主は"そろばん"を出して数字を弾き出した。
――この世界にもそろばんがあるのじゃな。まあ妾は全くわからんのじゃが。
「すまぬリンネ、この金額は妾の持っておるカネで買えるか?」
「ん。買える」
「うむ。それなら購入するのじゃ。リンネ、お主が払ってくれ」
「ん。・・・はい、これ」
「ほいほい。ひーふーみー・・・丁度じゃの、まいどあり」
「うむ」
「あ、お客さん。これ、二つ買ってくれたおまけ」
店を出る前に店主から納刀用の革具を貰う。
「ん。ありがと」
「武器の整備とかもやってるから用があればまた来てくれ」
店主に見送られる。リンネが二つの武器をそれぞれ納め、肩にハルカを乗せて帰路に発つ。
――すっかり夜じゃのう。待たせていなければ良いのじゃが・・・。
この世界で二回目の夜が訪れた。
今朝の約束を念頭に、歩く速度を早める。
程なくして宿屋に着く。玄関口の両端の燭台には既に灯りが灯っている。
(チリンチリン)
扉を開けると軽い鐘の音が響いた。
扉を開けば、客人を知らせる鈴の音が響く。
部屋の先、奥にある受け付けにはマオによく似た女性が立っている。
【あら、お早いお帰りで。】
「あら、お早いお帰りで」
女性から声がかかる。彼女とは今朝知り合ったばかりだった。
ここから出る時に会い、用事を伝えた際に会話したくらいだがなんとなく誰なのかが察しがつく。
――十中八九、マオの母親じゃろうな。家族でやっていると言っておったし。
「うむ、すぐに決まったからの」
「ん」
「それはよかったです」
「ちと遅くなったが、夕食はまだあるかの?」
「ええ。マオが食堂で待っているので是非行ってあげて下さい」
「うむ。リンネはどうする?」
「ん。この武器を、部屋に、置いてから、向かう」
「わかったのじゃ」
◆ ◆ ◆
「あ、ハルカ」
「すまんすまん。いつの間にか妾たちが待たせる形になってしまったのじゃ」
食堂に入るとマオとノノンの二人がいた。一つの机の席に座り、こちらを見ている。
「いえ大丈夫です。あ、今から料理持ってくるです」
「うむ、かたじけない」
マオが一人席を立ち、厨房に向かっていった。
残ったノノンが口を開ける。
「あのぉ〜、リンネさんは・・・?」
「今部屋にいっておるが、直にここに来る」
「そう言えば、ハルカたちはどこ行ってたです?」
マオが戻ってくる。
手には大きめの持ち手のある盆があり、その上には二人分の盛り付けられた料理の皿があった。
マオが配膳しているのを見つつ、答えを返す。
「リンネの武器を買いにの」
「あーリンネさんの。来たときから武装すらしてなかったですね」
配膳を終わらせ盆を端に置き、マオは席につく。
「そう言えば・・・。武器屋の店主から聞いたのじゃが、機人族は専用の武器があるらしいのう」
「です。機人族はヒト族の住む帝国で生産され、そこで装備を支給されて各地に出稼ぎして行くらしいです」
「でもぉ・・・。リンネさん、私たちの知ってる機人族とは見た目もかなり違う気がするんですけど〜・・・」
「それは気になったです。特に頭のセンサーがまるで狐の耳みたいになってたです」
「・・・それは妾のせいかもしれんのう」
「やっぱりです?」
「うむ、はっきりとはわからぬ。が、あやつに魔力を渡した時のことじゃ。修復し始めたら元の形から変化して今の耳のような物に変わったのじゃ」
「不思議なんですけど・・・。そもそも一個人が機人族を助けるほどの魔力がある事態、異例なんですけどぉ〜・・・」
「です。おそらくハルカの魔力で何らかの影響がリンネさんにあると思うです・・・」
マオの表情があからさまに変わる。
――知的探究心が旺盛じゃのう。
「・・・かといって、無理に調べようとするのは止めるのじゃ。お主の顔に出ておるぞ」
「え!? は、はい。分かったです」
「マオさん本気で分解しようと・・・?」
◆ ◆ ◆
「ん。来た」
「おお、リンネ。そこが空いておるのじゃ。座るが良い」
短くうなずき空いてる席に座る。機人族でも耐える椅子は、微かに軋みを鳴らし、リンネを受け止めた。
「随分時間がかかっておったの。置きに行っただけではなかったのか?」
「ん。色々調整、してた」
「そうか。まあよい、丁度食い終わった後じゃしな」
「では授業の方を始めても宜しいです?」
「うむ。無知な妾に教えてやってくれなのじゃ」
「まずは文字からいくです――」
◆ ◆ ◆
「・・・くぅ・・・くぅ」
「まさか開始一時間で熟睡とは・・・」
「あのぉ・・・、三十分前からもう船をこぎ始めてたんですけど・・・」
「ん。マスターは、座学が、苦手?」
「どうです、かね。勉強に慣れてない人からすれば確かに催眠作用があるとかないとか・・・」
「でも・・・これ明らかに不向きな気がするんですけど・・・」
「ま、まあ継続は力なりって言うです。今日はここまでにして、明日も同じ時間でやるです」
「ん。ありがと」
「あ、でも。・・・寝てしまった悪い子には、お仕置きが必要です、ね?」
「マ、マオさん・・・? 何を・・・」
「こ、ここの、もっふもふな! 尻尾を! 堪能させられる刑です!」
(ばふっ、もふもふもふもふ!!)
「う〜んんんん!! 気持ちいいですぅ!!」
「ひいいいいぃぃぃ!! マ、マオさんが、見たこと無いほどの恍惚な笑みを・・・!!」
「ん。すごく、怖い」
「ちっちゃくて、かわいくって、もっふもふうううう!!」
◆ ◆ ◆
「ふう・・・。堪能し――あ、いえ、お仕置き終了です」
「すごく顔が艶々(つやつや)してるんですけどぉ〜・・・」
「ん、終わった?」
額に汗を流しご満悦な顔でマオは言う。
「はいです。ではリンネさん、ハルカをお願いです」
「ん。おやすみ」
「おやすみです。また明日の夜に会うです」
「ん」
短い返事をし、リンネはハルカを抱き抱え、自室へと戻る。
自室に着いたリンネは部屋にある"ベッド"へと運ぶ。
床に敷かれたシーツや枕を拾い、ベッドに横たわるハルカに被せる。
(ふり、ふりふり)
ふと視界に大きな尾が入っていきた。ハルカの体ほどの大きさのある尾は、小さく揺れている。
「・・・もふもふ」
先程のマオの行動を思い出す。幸せそうな表情で堪能していた。
(・・・さわ)
リンネは無意識にその尾を触っていた。そして気づかずそのまま毛に沿って撫でる。
「・・・ん。わたし、今・・・」
気がついたリンネはその手を離す。ハルカは依然と寝息をたてていた。
「・・・?」
己の行動に疑問を抱く。が、答えは見つからず。
これ以上は無駄だと決め、部屋の隅に移動し直立で立つ。
「おやすみ、マスター」
そう言うとリンネは目を瞑り、静かになった。
◆ ◆ ◆
翌日。
窓から差し掛かる朝日に起こされた。
「ん、んん〜・・・。ふぁ〜・・・よく寝たのじゃ」
軽いあくびをし、目を擦りつつ頭を覚醒させる。
――ん? 妾、いつの間に寝てたのじゃ?
辺りを見渡し昨日から泊まっている自室にいることに気がつく。
「確か・・・夕食を済ました後、マオに勉学を・・・」
――ん? そこから記憶がないのじゃ。
「ん。マスター、おはよう」
「おお、おはようなのじゃリンネ」
「ところで聞くが、妾は昨日食堂でマオから勉学を教えてもらっておったよな?」
「ん。でも、マスター、すぐに寝て、お開きになった」
――寝た・・・それはつまり。
「妾はまともな勉学もせずに終わってしまったのか?」
「ん」
「それはマオに悪いことをしてしまったのじゃ」
「ん。でも、お仕置き、したから、今日も、してくれる、って、言ってた」
――お仕置き・・・?
「因みにお仕置きとはなんなのじゃ」
「このもっふもふな、尻尾を、堪能させられる、刑。だって」
――それは刑なのか・・・?
「そ、そうか。それで許してもらえたのならありがたい。次は寝んように努力するのじゃ」
「ん。ところで、今日は、何する?」
「今日はお主のオーダーメイドを頼みに服屋へ行くのじゃ。その後は・・・鍛練じゃな。早くこの体に馴れんとな」
「ん。・・・あ、今の時間、服屋は、まだ開いて、ないよ。どうする?」
「そうじゃな。まずは朝飯を食いに食堂に向かうとするか」
「ん。わかった」
◆ ◆ ◆
「あ、ハルカちゃんじゃない。お久しぶりーっといっても一昨日ぶりか。ははは」
「おお、ウヅキか。そういえば昨日は見かけておらんかったの」
「うん。昨日はずっとクエストをこなしてたからね」
「いまから朝食をしに行くのじゃが、一緒にどうかの?」
「いいよー・・・ん? ハルカちゃん、もしかしてしばらくお風呂入ってない?」
「まあそうじゃな。基本水浴びは体の汚れが酷くなった時にしかせんかったゆえ。・・・もしや妾、臭うのか?」
「うん。はっきり言うけど、結構汗くさいよ」
――自分の臭いはあんまりわからんものじゃな。
「リンネは知っておったのか?」
「ん。臭いはした。けど、気にしなかった。わたしは、臭いで、不快には、ならないから」
「そうか」
「じゃあ今から温泉に行こ! 朝から入れば気分さっぱりだよ!」
「温泉、ここにあるのか?」
「うん。といっても天然じゃないけどね。でも暖かい水だから安心して!」
「ふむ。ならば行こうかの」
「うんうん。体の手入れはちゃんとしないとね」
「ん。なら先に、食堂で、待ってる」
「何をいってるの、リンネさんも一緒に行くよ!」
「ん? なんで?」
「あなたも若干臭うんだよね。・・・でも機人族特有の鉄っぽさじゃないのが不思議だなぁ」
「まあ気になるなら洗った方が良い」
「ん。わかった」
「ふう、いい水浴びだったのじゃ」
「水浴びじゃなくて湯浴び。それか温泉って言ってね」
「おっとすまぬ。今までがそうじゃったからいい間違えたのじゃ」
「ん。わたしも、これからも、入ろう、かな?」
暫く廊下を歩くと前からマオがやって来た。
「あれ? うーちゃんに、ハルカとリンネさん。一緒にいるなんて珍しいです。何かあったです?」
「あ、マオちゃん。さっき二人とお風呂入ってきたんだー」
「お、お風呂・・・です?」
「ん? どしたのじゃ?」
「――――その手がッ!!」
マオは急に背を向け頭を抱えて悶え始めた。声にならない小さな呻き声が聞こえ、三人は困惑する。
「あ、あのマオちゃん? どどうしたの!?」
「ん。この光景、どこかで」
「何か、いかんことでもしたのか・・・?」
「――っふう!! いえ、ご心配ないです。すこし取り乱しただけです」
「そ、そうか・・・」
振り返ったマオはいつも通りの顔で先ほどの恥態を思わせないほどの澄ました顔を見せていた。
「それで、三人はこれからどこへ?」
「今から朝食に行くところだよ」
「うむ」「ん」
「ならちょうどよかったです。私も朝ご飯はまだだったので、一緒に食べるです」
◆ ◆ ◆
朝食を食べ終え小休止していた時、ハルカが話題を出す。
「む、そうじゃった。マオに聞こうと思っておったことがあったのじゃ」
「なんです?」
「さっき温泉で話しておったことなのじゃがな。リンネの事じゃ」
「リンネさんの? ・・・機人族についてです?」
「察しが良くて助かる。その機人族なのじゃが、過去に体が変化して人になったという事例はあったかの?」
「・・・? よくわからないです。どういう意味です?」
「実際触ったほうが分かるか。リンネ」
「ん。わたしの腕、触ってみて」
「リンネさんの? ・・・え?」
「わかったかの?」
「・・・これ、半分"皮膚"です、よね?」
「うーちゃんがリンネさんの体を洗った時に気づいたんだ。機人族の身体なんてそうそう触ったとこなんてないけど、明らかに違うってのはわかったよ」
「・・・あの、顔も触ってもいいです?」
「ん、いいよ」
「わぁ、ほっぺたぷにぷに・・・」
「どうじゃ? 過去にこのようなことがあったか知っておるか?」
「・・・残念ながら、私にはわからないです。これは最初からそうだったです?」
「いや、妾が最初に会った時はもっと冷たい感触じゃった。それはもう鉄のようじゃったな」
「それが正しいです。機人族はヒト族を模した機械。見た目がヒト族であっても、外装は鉄、中身もほぼ鉄鋼でできてるです」
「まあそうじゃろうな。妾も一回中身を見たしの」
「でもなぜ変化したのか・・・うーん・・・」
「ん。多分、マスターの、魔力の影響、が、原因だと、思う」
「ハルカの・・・魔力?」
「うむ。それの見解を、リンネが説明してくれたのじゃが・・・」
「どんなに聞いてもうーちゃん達じゃあ、さっぱりわからなかったの。マオちゃんお願い! うーちゃん達の代わりに聞いて」
「わかったです。リンネさん、続きを」
「ん。わたしのAIを、自己調査、した結果。わたしの、体を維持する、フレーム全てに、マスターの、魔力が、混ざっている」
「ふむ。たしかに機人族は自己修復する際、魂機関によって魔力で足りないパーツを作成すると聞いたことがあるです」
「ん。そして本来、機人族の、使う魔力は、人工魔力。何も"遺伝子"が無い」
「あぁ・・・。つまり、今リンネさんにはハルカの"遺伝子"がある。と言うことです?」
「ん、だと思う。ライブラリと、比較して、私がこんなに、饒舌なのも、体に変化があるのも、マスターの"遺伝子"が――」
「人に近づけさせている、と・・・。改めて聞くと、とんでもない事です、ね」
「ん。でも、これが一番、近い。いろいろ、不可解な点、あるけど、わたし的には、マスターの、魔力が、わたしの中を、巡っていると、思うと、嬉しいから、この考えで、いく」
「「「・・・。」」」
「ん? 何か、変?」
「確かに、この感情は他の機人族ではあり得ないです、ね」
「うわー、うーちゃん初めてのろけ話聞いちゃったよ」
「お主、本当に好きの感情が分からんのか・・・?」
「ん。わからない」
そう言ったリンネの顔は、少しだけ朗らかだった。
――よくわからんが、リンネがそう言うならそうしておこうかの。
理由はわからない。だが確実にリンネはハルカに好意を寄せている。それを明確にしない彼女を、ただ見守るだけだった。
◆ ◆ ◆
リンネの話が終わった。
今は厨房からやって来たノノンが机の食器を片付けている。
「この後予定あるです?」
「うむ。昨日行った服屋にもう一度行って、リンネのオーダーメイドを頼む予定なのじゃ」
「オーダーメイド? その服じゃあダメなんです?」
「ん。これは、オーダーメイドが、できるまでの、仮の服」
「うむ。これは即席で作られた服ゆえ、無理をすれば解れる可能性があるのじゃ」
「ああ、なるほど。それでちゃんとした服を・・・あ、それならハルカも頼んだらどうです?」
「ん? 妾のか?」
「はいです。もしかして、その服のままで冒険者の仕事をするつもり、だったです?」
「う、うむ。そうじゃが」
「・・・えと、私からの助言です。普段着と、仕事用の服を別々に持っていた方がいいと思うです」
「別々にか・・・たしかにお主らも、初めて会ったときと違う服を着とるの」
「あれ、もしかしてハルカちゃん、前の世界じゃあ一張羅だったの・・・?」
「うむ。別段気にしておらんかったしの。着れんくなったら新しいのを買っておったのじゃ」
「あー、あまりに見た目を気にしていないなと思えばそういうわけです、か」
「うーちゃん、そんな人始めて見たよ」
「な、なんじゃ。妾が悪いような雰囲気を感じるのじゃ」
「ハルカ。悪いことは言わないです。それとは他に何着か服を買うのです」
「うんうん。それとオーダーメイドで冒険者用の服もね」
「う、うむ。善処するのじゃ」
「もし躊躇ったらリンネさん。貴方がハルカの分を買ってくださいです」
「ん。わかった。すごくかわいいの、選ぶ」
「リンネ!?」
――お主そんな趣味があったのか!?
◆ ◆ ◆
宿屋でマオ達と別れ、今は昨日訪れた服屋にいた。
(チリンチリン)
「おーい、店主はおるかー? 昨日訪ねた者なのじゃがー」
「はいはいここにいますよー」
陳列している服の群れから店主の顔が出てきた。
「おお、そこにおったか」
「あ、その前に降りてもらっていいかな? その足が商品に当たると嫌だからね」
「おっとすまんすまん。リンネ」
「ん」
肩から降りると目の前に移動してきた店主が現れる。
「それで今日のご予定は・・・昨日のオーダーメイドの件かな?」
「うむ。約束通り開店時間に来たのじゃ」
「じゃあ奥の部屋で話そうか。おーい、私はお客の相手してるから店番頼んだよー」
(はーい!)
遠いところから声が返ってくる。
「じゃあこっちねー」
店主に誘導され、店内を歩く。
◆ ◆ ◆
「そう言えばお客さん、冒険者だったんだね」
「よくわかったの」
「首から下げてるそれ、ギルカ表示させるヤツでしょ」
「うむ。昨日冒険者になったばかりなのじゃ」
「ははーん。つまり新米冒険者って訳だね」
「まあそうなるの」
「じゃあオーダーメイドついでに、お客さんの防具も買っていくかい?」
「ん? あるのか?」
「あるよー。ここは一般服しか置いてないけど、地下に冒険者用の防具も売ってるのさ」
「・・・ふむ、そうじゃの。後で聞くか」
――ん?
会話しながら商品を流し見して進んでいると、気になるモノを見つける。
「のう、店主」
「はいはい、なにかな?」
「これはなんじゃ? 紐がぶら下がっておるぞ。これも服なのか?」
「ん? ああうん服だね。それは大人向けの水着で、夏に向けてもう売ってるのさ」
「みずぎ? とはなんなのじゃ?」
「ん。川辺や海で、遊泳するための、娯楽用衣類」
「ほう。して、これは服として機能しておるのか?」
「そだよ。その露出の高さを活かして意中の相手を振り向かすって寸法さ」
「ほーん、なるほどのー・・・」
◆ ◆ ◆
案内された部屋はこじんまりとしているが、客室なのかキレイな印象を持つ。
「はい、ここに座って」
店主に促され、空いた席に座る。リンネもとなりに座り、店主は一枚の紙を持って机を挟んだ反対側の椅子に座る。
「さてと、じゃあ早速だけど、何か希望はあるかな?」
「うむ。リンネの希望があればよいのじゃが」
「ん。マスターの、好きな見た目で」
――まあ言うと思っとったわ。
「じゃろうな。なら店主の意見も聞かせてもらえぬか? いかんせん妾はここの感性と違うようなのじゃ」
「ええ、私? うーんそうだなぁ・・・」
「ところで君はこの子の事、"マスター"って呼ぶよね。理由を聞いてもいいかな?」
「ん。マスターは、わたしの命の、恩人。仕えるべき、主。ただ、それだけ」
「妾がこやつを救ったのじゃ。そこから懐かれての」
「なるほどねぇ・・・あ、じゃあアレなんかどうかな! ちょっと待っててー!」
◆ ◆ ◆
「ハイこれ。メイド服っていう服ね」
「店で見てきた服と比べてずいぶん地味な色合いじゃのう」
「うん、そうだね。でもメイドっていう職は、主に使えるためになるべく目立たないように、でも気品さは保つようにデザインされてるんだ」
「ほう。お主にピッタリじゃの、リンネ」
「ん。わたしも、そう思う」
「じゃあこれで話を進めようか。これを元にお客さんのデザインを考えていくんだけど・・・」
(ごそごそ)
「はいこれ」
「紙と、筆記用具か?」
「うん。ここに人の形をした絵があるんだけど、お客さんの思い描いた服を描い込んでくれないかな?」
「・・・ん。わたし、描けない」
「妾が描こう。こう見えて、余裕があったときは地面に落書きをしとったものじゃ。それでどうする? どんな風にするのじゃ?」
「ん。まず、スカートが長い。動くとき、邪魔になる」
「ふむ、短くするとしてどのくらいなのじゃ?」
リンネはスッと立ち上がると両手で太ももの辺りに線を引くように動かす。
「ん。この位置」
「うむ。このくらいか」
「ええっと、それ、かなり短くないかな? あーでも機人族にはそんな事気にしないんだっけ・・・」
「あと、袖もいらない。廃魔効率を上げるためにできるだけ肌を出す」
「ふむ。ならこの胸も布地を少なくするか? ・・・こうして、こうなら・・・どうじゃ?」
「ん。いいかも」
「えぇ・・・これ、えぇ・・・」
「最後に背中。今はないけど、外部ユニット用に空けておきたい」
「外部ゆにっと?」
「ああ、外部ジェネレーターと腰部ブースターの事かな? 確かにあれは直接体に接続するから空けなきゃいけないね」
「それはどこら辺なのじゃ?」
「ん。ちょっと、待ってて」
「あ、ちょ! いきなり脱がれるとビックリするよ」
上の服を脱ぎ、背中を見せつけるリンネ。
「外部ユニットの、接続場所は、ここと、ここ」
「首裏の下と、尾てい骨のあるところか。確かにうっすらと穴がいくつかあるの」
「ん。接続するときは、そこが大きくなって繋がる」
「うむ。なら背中のここは広く空けた方が良いの。・・・いや、いっそのこと背中は取り除くか。首の裏で引っ掻けるように・・・と、これならどうじゃ?」
「うわぁ・・・あ、でもこれはこれでありなの、かな?」
「ん。良い」
「腰の方は・・・」
◆ ◆ ◆
「ところでじゃ。妾も防具を買おうと思っておるんじゃがの」
「ほいほい。じゃあ――」
「それもオーダーメイドはできんかの?」
「え? 防具のオーダーメイド? 一応できる・・・けど、普通の服と違ってかなりお金がかかるよ。普通がこれだと・・・防具はこれくらい」
「どうじゃリンネ?」
「ん。これは難しい。買えないことも、ないけど、買ったら、すっからかん」
「そうか・・・なら、普通の服でも良い。冒険者用の服のオーダーメイドを頼むのじゃ」
「ええ? それなら普通に防具を買えばいいんじゃないの?」
――それじゃと年相応に見た目になるのが目に見えているのじゃ。
「妾に思うところがあるのじゃ。その紙、まだあるかの?」
「あ、うん。・・・はいこれ。まあお客さんがそれでいいならこっちは儲かるだけだからいいけど」
「かまわぬ。妾の印象のため、ここは妥協できぬのじゃ」
「印象・・・?」
「まあ見ておれ」
◆ ◆ ◆
「えぇ・・・このデザインでいいの・・・?」
「うむ、肌の露出は大人の魅力なのじゃろ? ならこれで良いのじゃ」
「いやー、ただ露出すればいいってもんじゃ・・・」
「ん! わたし、それ、いい、と、思う!」
「リンネも言っておるなら間違いないじゃろ」
「えぇ〜・・・。まあ、お客の要望を聞く手前、口出ししないけどさー。一応忠告するけどこれ、防具として機能してないけどいいの?」
「うむ、別段気にすることもない。当たらなければ良いのじゃ」
「いや、防具って万が一のためだからこそなんだけど・・・」
「ん。マスター、丈夫だから、心配ない」
――まあ、もしものための秘策もあるしの。
「そ、そう。そこまで言うならこのデザインで作るよ」
「うむ。頼むのじゃ」
「えっと、デザインは決まったけど、材料に関しては・・・ホントに普通の服でいいんだね?」
「うむ」
「オッケー。えーと、じゃあ受け取りは・・・一週間後くらい、かな」
「こやつの分も同じくらいかの?」
「うん、同時に仕上げるよ。でもそれまでにちょくちょく寸法確認で呼ぶから。連絡はアーカードさんとこの宿屋経由でいいかな?」
「うむ。呼ばれたらここに来れば良いのじゃな?」
「そうだね。今日みたいに来てくれたらありがたいね」
「わかったのじゃ」
「じゃあ、一週間後をお楽しみにー」
「うむ」「ん」
◆ ◆ ◆
「さて、大分時間が経ったの」
「次は、鍛練?」
「その前に飯じゃな。ギルドの酒場に向かうぞ」
「ん。どうして? クエスト、受けるの?」
「いや、冒険者について詳しく話を聞こうかとおもっての」
「ん。それだと、冷やかしに、なりそう」
「まあ仕方あるまい。支部長も言っておったではないか。まだ己の体に馴れてないまま討伐にいけば、危ないと。冒険者にはなったが今暫くは鍛練に専念させてもらうのじゃ」
「ん。わかった」
【お? お前らか。クエスト受けに来たのか?】
「お? お前らか。クエスト受けに来たのか?」
「いや、すまぬがそれは妾の鍛練が終わってからじゃの」
「ああん? じゃあ何しに来た? ただの冷やかしか?」
「誤解じゃ。昨日の時点で聞いておくべきじゃったが、なかなか機会がなくての。それを聞きに来たのじゃ」
「なんの話をだ?」
「うむ。冒険者の仕組みをもう少し聞こうと思っての。クエスト受けて達成するのはわかるが、それだけじゃとよくわからんのじゃ」
「あ、そっかそっか。あん時場の流れですっぽかしちまってたな!」
「じゃから飯がてら聞こうと思っての。よかれ、誰か手の空いている者はおらぬか?」
「それなら・・・今休憩入ったアスカ呼ぶか。アスカー! ちょっとこっちこーい!!」
「はいはい、大声で呼ばなくてもわかるわよ! ・・・って、あんたいたんだ」
「うむ。こんにちはなのじゃ」
「お前これから飯休憩だろ?」
「そうだけど・・・?」
「うむ。お主から冒険者についていろいろ聞こうと思っての」
「そう言うわけだ。飯食いながらこいつに色々教えてやってくれ」
「ええ、マジで!?」
「そんな露骨にいやがるなよ。別に悪くはねーだろ」
「そりゃそうだけどさー。多分こいつとあたし、相性悪いよ?」
「だがこいつもこれからここでやっかいになるんだ。今のうちに慣れとけ」
「・・・はーい」
「じゃあ俺は行くから。今度会うときはクエスト受注してるくらいになっとけよ!」
◆ ◆ ◆
厨房から料理を持ってきたアスカは、そのままハルカの座っているテーブルについた。
「・・・ん、しょっと。で、何が聞きたいわけ?」
「冒険者についてもろもろの」
「アバウトすぎんのよそれ・・・。じゃあ面倒だけど一から説明するわね」
「よろしくなのじゃ」
「冒険者の目的は魔物の討伐。だけね。クエストの手続きは一般からの依頼から観測者の報告まで色々あるわ。因みに観測者のやることは冒険者では出来ないから。昨日言ってたけど」
「討伐だけなのか?」
「そ。昔は町外れの薬草とか鉱石とりに山行ったりとか、いわゆる素材採取もあったらしいけど、今は専門職がいるから廃れて無くなったわ」
「魔物はどのくらいの頻度で現れるのじゃ?」
「ピンきりよ。微量の魔力で毎日出てくる魔物もいれば、何年も蓄積した魔力が突如魔物になったとか。すべては魔力のみぞ知るって感じね」
「つまり予測は難しいのじゃな?」
「そんな事無いわよ。魔物と言っても有象無象にいるわけじゃなくて、地域によって出てくる魔物も決まってるから予測は出来るわ」
「なら冒険者ではなく討伐隊、とか組織を作った方が効率が良いかと思うが」
「それも昔はあったらしいわ。国が管理してね。でも維持費がバカにならないらしくて。ほらあんた達の報酬ってその場で払うじゃない? 組織になれば月の中での活躍が疎らでも一定の報酬を払わなきゃいけないから、結果廃れたらしいわ」
「そうか。一定の魔物を狩ってるのはいいが、度々現れる魔物を討伐しても報酬が変動しないのなら割に合わんのか」
「まあ特別報酬もあったかもしれないけど、結果的にそう言うクエストは全部ギルドに流れてきて今に至るわ」
「ふむ」
「じゃあ次にランクについて言っておくわ」
「らんく?」
「そ。あんたは今最初の最初、★1よ」
「それはどういう意味なのじゃ?」
――そう言えばグリフォンの時にも聞いたのう。
「簡単に言えば、あんたが受けられる程度ってとこかしら。討伐する魔物はあたしたちギルドが危険度、つまりランク別に振り分けるの」
「つまり妾はその★1の魔物しか討伐できぬのじゃな?」
「そ。でもずっと同じランクだと物足りないでしょ? だからある程度実力が認められたら、昇級クエストってのをギルドから推奨するわ。受ける受けないは自由。でも昇級クエストの推奨はこっちの判断だから、あんた達が自己申告しても無駄よ」
「それはどんな内容なのじゃ?」
「そのとき次第ね。冒険者ごとに決めるから」
「ふむ」
「あと補足にランクの幅教えてあげる」
「ランクは全部で6段階。★1から★6まであるわ。因みにギルドに所属している冒険者の半分以上が★2ね。ついで★3。★4以上は数えるほどしかいなくて、最高の★6はうちでも一人しかいないわ」
「ほう、そんなやつがここにいるのか。一度見ておきたいものじゃな」
「ぷふっ!」
「・・・なんじゃ、笑いをこらえて」
「あーいやいや、なんでもない。その内会えるわよ」
「・・・?」
「じゃあ最後に。★1のクエストは一人で行動してもいいけど、★2からはパーティーを組まないと受けられないから注意しなさい」
「ぱーてぃーとはなんじゃ?」
「・・・そこの機人族説明してやって」
「ん。マスター、パーティーは、複数人の集まり。班、組、みたいなもの」
「おお、なるほどの」
「あんた賢いのかバカなのかハッキリしないわね・・・」
「知らん単語を聞いておるだけなのじゃ。馬鹿ではない」
「まあ、あんた達はすでに組んでいるようなものだし、気にすることはないわね」
「リンネは妾と組んで良いのか?」
「ん。全然。むしろ嬉しい」
「・・・。ま、とりあえずこんなものでいいよね」
「うむ。助かったのじゃ」
「あとは自分で数こなして冒険者に慣れなさい。じゃ、さよならー」
アスカは言い放つと、食べきった皿を重ねて厨房に運んでいく。
「ふむ。妾たちも出るとするか。昼からは予定通り鍛練するのじゃ」
「ん」
◆ ◆ ◆
「おー、服着てる」
昼食を済ませたハルカとリンネは、町を出るために門番に声をかけた。そして返事がこれだった。
「数日ぶりの挨拶がそれか・・・」
「いやー悪かった悪かった。服着れば印象変わるもんだな。似合ってるぜ」
「その言葉はあまり誉められたものじゃないのう・・・」
「あれ、褒め方しくったか?」
「いや、気にせんでよいのじゃ」
「そ、そうか。あんたらがここに来たってことは、外に用があるのか?」
「うむ。鍛練しにの」
「ほー、この前グリフォン倒したってのにまだ鍛えたりないのか」
「あれは半ば運が良かったのじゃ。実力ではない」
「ん。でも、マスター、強いよ」
「お世辞入らんリンネ」
「そうか、まあ別に咎めるつもりはねえから。暗くなる前に戻ってこいよ」
「うむ」
「ん」
◆ ◆ ◆
「ん。それで、どこに行く?」
「ウヅキと会った、魔物がいる森じゃ」
「ん。でもそれ、鍛練?」
「妾にとって実践こそ鍛練の一つと思うておる」
「ん。なるほど」
「それに、今後相手にするのは魔物ばかり。人型ばかり殺してきた妾としては早く慣れんとな」
「では森に向かうのじゃ」
「・・・ん」
◆ ◆ ◆
森の入り口についた二人。
「前と違って明るいからか、印象が変わるのう」
「ん」
二人は森の中に続く道を辿り、進む。道幅は狭く、人一人分しかない。それはここが滅多に踏み込まない場所と言うことを示している。
「うむ。前とは違ってちらほら魔物の気配がするの」
「ん。わたしの、センサーも、反応してる」
「さて、この先に少し開けた場所がある。そこで鍛練をするかの」
「ん、わかるの?」
「風の流れる音で何となくわかるのじゃ」
「ん。すごい」
――前の妾には出来んかったがな。
「・・・マスター、色々ついてきてる」
「まあ仕方あるまい。いくら"魔力制御"をしても、奴等には魔力のか溜まりにし見えんらしいからの」
「どうする?」
「どうやら奴等は様子見のようじゃの。このまま進むのじゃ」
しばらくして、木漏れ日が差す広い場所に出る。
「よし、妾を下ろすのじゃ」
「ん」
ハルカは尾の中に手を入れ、それぞれの武器を出す。
武器を装備している間、魔物は一度も姿を現さない。
「・・・魔物、襲ってこない。なんで?」
「簡単じゃ。妾が奴等に殺気を放っておるからな」
「殺気? 全然気がつかなかった」
「同然じゃ。特定の者にしか反応せんように放っておらぬからの」
「そんな事、できるの?」
「戦乱を生き抜いた妾にとって容易いことなのじゃ」
――因みにウヅキを助けた時も、余計な邪魔が来ぬよう周りの魔物に殺気を放っておったんじゃがの。言うほどでもないか。
「マスター、すごいね」
「誉めるのは嬉しいがそろそろ始めるぞ」
「ん」
「数は七。お主が左三つ、妾が右の四つをやる。殺気を解くぞ」
殺気を解くと、反抗する意思がないと勘違いしたのか草陰から魔物が現れる。
――そのまま陰から襲えばよいものを。まあ丸分かりじゃから意味無いがの。
――狼のような魔物じゃの。それにしては随分歪な形なのじゃが。
獣のような風貌だが体からつき出す牙がその異質さを醸し出す。瞳とおぼしきものは白く光り、体は黒く濡れているかのように光を照り返す。
「ん。これはタスクドッグ。相手を噛みちぎるほどの力を出す魔法の牙を持ってる」
「うむ。見るからにあれが武器じゃろうな」
魔物はこちらに睨みを効かせながら包囲する。
「妾の合図で同時に出る。よいな」
「ん」
「――今じゃ!!」
「――ッ!」
二手に別れるように飛び出す。ハルカは左手に固定してある刀に手をつける。
――まずは様子見。
「ふっ!」
抜刀横一閃。それなりの速度で抜かれた刃は直接相手に触れなくとも、その魔力を纏った剣圧が相手を襲う。
「ギャウウ!」
四匹中、一番前に出てきていた魔物が悲鳴と共に体が上下に別れる。
――柔いの。全身刃で纏ってはおるが、所詮なまくらか。
続けて片手で刀を振るう。返しの動きで飛び込んできた次の魔物に刀身を当てる。
魔力で纏った刀身は魔物の胴体を輪切りにし、すかさず左手の籠手で頭の方を掴み、握りつぶす。
――飛び散るのが血ではないおかげで、返り血に心配せんくても良いのが助かるの。
潰した魔物の体は、中にあった器核の粉砕によりすぐさま塵と化す。
霧散した魔力のところから新たな魔物が飛び出してくる。
――三匹目・・・さて、一方的に狩っても意味がない。少し魔法を使ってみるか。
眼前に大きく口を開けた魔物が迫る。
――ここじゃ!
(キイイイイン!)
「ギャヒン!」
突然何かに弾かれた魔物はそのまま地面に転がる。しかしすぐさま体制を立て直し、こちらにうなり声をあげる。
ハルカと魔物の間には見えない壁が出来上がっていた。
――うむ、今のでだいたい要領はつかんだのじゃ。
「次はこう、なのじゃ」
ハルカは続けて魔法を使う。
現れたのはこれも見えない壁。しかし形状が違う。
「うむ。あの男どものときみたいに出来たの」
「ガウ! ガウ! ウウウウウ!」
お椀型に作られた見えない壁は、魔物の懸命な攻撃を容易く受け止めていた。
(コンコン)
近づいて透明な壁を叩く。
――妾の予想が正しいのなら。
「では〆じゃ」
(ザシュ!)
見えないかべの外から振られた斬撃は、壁などないように思えるほどあっさりと通過し、魔物の首を撥ね飛ばし、器核ごと破壊した。
「グッ! ウゥ・・・」
ぐぐもった声を最後に魔物は霧散する。
――やはりの。妾の認識で壁を触れることも、透過することもできるのか。やはり魔法とは万能なのじゃな。
「ん。マスター、終わった?」
少し離れたところからリンネの声が聞こえた。
「もうそっちは終わったのか」
「ん。まとめて、飛びかかって、きたから、そのまま、薙ぎ払った」
「その武器じゃと容易いじゃろうな」
「ん」
リンネが持つ二つの武器。その両方とも両手で持つであろう大型の武器を片手で振るっていた。
「うむ。試したいことも終わったゆえ、次は妾の体に馴れる鍛練をしようかの」
「ん。どうするの?」
「リンネ、今から妾の放つ斬撃を避けるかお主の武器で弾いてみぬか?」
「ん? わかった」
「うむ。ゆくぞ・・・」
(カチン・・・シュッ!ザッ!)
抜刀から放たれる斬撃。あえて急所を外すように振る。
「ん!」
(キン、キンキンキンギャンギャン!! ガキィィィン!!)
斬撃と言っても放たれたのは魔力の塊。当たれば先日のグリフォンの様に切断する威力を持っている。
だがリンネはそれを弾く。両手に持つ二つの武器を豪快に、しかし的確に放たれた斬撃を弾き飛ばしていた。
――おお、全部さばきおったか。最後のは通ると思ったのじゃが・・・存外妾の実力はここでは凡庸かもしれんの。
最後に放った斬撃はリンネに向かった一撃。それまでの斬撃より格段に速く放たれた攻撃を、大剣の腹で受け止めていた。
「ん。マスター、すごいね。攻撃が、どれも重い」
「うむ、これなら期待できそうじゃの」
「なにを、するの?」
「今から妾とお主で打ち合うのじゃ」
「魔物の方が、いいんじゃ?」
「それでも良いが、奴らはこちらの言うことを聞かんしの」
「ん。そうだね」
「打ち合うと言っても加減はいらぬ。お主の実力も知りたいからの。勝敗は相手に"待った"と言わせる。これでどうじゃ?」
「ん。わかった」
【では始めるぞ。】
「では始めるぞ。準備は良いか?」
「ん。ちょっと待ってて」
――「待て」? 武器はもう持っておるのに一体何をするのじゃ?
「ん。」
《戦闘モード 起動》
《討伐対象 設定 マスター 一体》
《対象危険度 ★5~★6と暫定》
《戦闘レベルの上限 解除》
《魔力タンク 制限解除》
《システム オールグリーン》
「――ん。お待たせ」
「う、うむ・・・」
――なにやら物騒な単語が聞こえていたが・・・。
「では――いくのじゃ!!」
◆ ◆ ◆
先に動いたのはハルカ。左手に固定されている刀の柄を右手でつかみ、間髪いれず居合いを放つ。
――この速度はどうなのじゃ?
先程試した速度は本気ではない。それを見せるように敢えてリンネの眼前に向けて剣圧を飛ばす。
「――ん」
――まあ避けるか。
リンネはいつもの表情で体を動かし攻撃を避ける。それは必要最低限の動き。
しかしそれも予測できていた。
ハルカは居合いを放った後、既に行動を起こしていた。
左手の刀の位置はもとに戻り、自由になった両手で地面を掴む。体を低くし、足に力を込めて大地を蹴る。
生まれるのは小さな弾丸。体という弾丸は刹那に距離を縮め、リンネに迫る。
「――ん!」
「懐に入ったのじゃ」
両に持つ武器はハルカの刀と同じように巨大。故に立ち振舞いは大振りになる。故に近づいた。
――耐久はどのくらいかのう。
(ガキイイイイイイイイン!!)
振り下ろされた大剣は見えない壁にぶつかり、振動音を響かせる。
「ん。"守護結界" やっと 使った」
「待った! わ、妾の負けじゃ!」
ハルカの宣言により勝敗は決した。
◆ ◆ ◆
「ん なんで 魔力解放 しなかったの?」
「ならば聞くが、お主は毎回魔物を討伐する度に魔力解放をするのか? 妾はその度に余波で強くなる魔物とは戦いたくないのう」
「ん 確かに。けど あのままだと 死んじゃうよ?」
「うむ。その点は心得ておる。そもそもこの勝敗は相手の『待った』の宣言で終わる。お主の慈悲を見込んでやっておったゆえ、そこらへんは目をつむってくれ」
「ん。それで 今回は 私の勝ち?」
「うむ。しかし、お主のマスターなのに弟子に勝てんとは、不甲斐ないのう」
「ん そんなことは ない。あれだけ 魔力を 押さえて 私と 戦ってた。正直 すごい」
「だと良いがの。まあこの結果でお主と、妾自身の実力も見えたから由とするか」
「マスターの 実力?」
「以前ならば自分の実力などとうに熟知しておったが、この体では未知数だったのでの。じゃからお主と戦うときに色々と試しておったのじゃ」
「ん。じゃあ本気 出されたら 負けてた?」
「そんな事はない、あれが妾の実力じゃ。じゃがこれから鍛練を重ね、魔力制御した状態でもまともに戦えられるようにせんとな」
「ん。私も 強くなる」
「それでは帰るか。丁度日が沈む、明日からは鍛練と仕事をするのじゃ」
「ん わかった。あ でも」
「なんじゃ?」
「夜は マオと 勉強あるよ?」
「・・・寝んように頑張るのじゃ」
◆ ◆ ◆
【それで夕方まで見かけなかったわけですか。】
「へぇー、それで夕方まで見かけなかったわけですか」
「うむ。まあ聞いての通り負けてしまったがの」
「戦闘特化の種族ならば仕方ないと思うです」
「天下無双の名を持っていた妾としては悔しいがの」
「ハルカさんとリンネさんの勝負、少し興味があるんですけど・・・」
「ノノンがそんなこと言うのは珍しいです。なにか気になることがあるです?」
「いえ、お二人ともおっきい武器を持っているから・・・」
「あー、確かに私たちはそんなに豪快な戦いはしないです、からね」
「それに、神獣並の魔力を使う機人族ってどんなものか気になるんですけど・・・」
「それも気になるです。一体どれ程の戦闘が――」
「お待たせー!」
「ん? もしや助っ人というのは・・・」
「はいです。ウヅキならば教え方に問題ないかと思ったです」
「うーちゃんこれでも癒術の先生でもあるんだよ!」
「ゆじゅつ?」
「癒術とは魔法のひとつで、傷を癒すことができる魔法です」
「そーそー。ところで魔法って言っても自由度が高いじゃない?」
「うむ。魔力があればなんでもできる。文字通り万能じゃな」
「でもね、あんまり自由度が高いと魔法を覚えるとき大変なんだ」
「大変?」
「自分の魔力と、イメージする魔法が合わないと大変なことになるでしょ?」
「うむ。マオからはそう聞いておるの」
「だからそれを安全に使えるようにっていうわけで私たち先生がいるわけ。目の前で実演したり、仕組みを勉強したりしてね」
「ふむ。なるほどな」
「でも今回は関係ないです」
「えっと、ハルカちゃんは文字がダメなんだっけ?」
「うむ。書けんし読めんのじゃ」
「うちの生徒でもそういう子がいるから安心して。うーちゃんがバッチリ教えてあげる!」
「では私は横で補佐するです。ノノンは飲み物をお願いするです。リンネさんは、ハルカが寝ないようにお願いするです」
「わかりましたぁ・・・」「ん」
◆ ◆ ◆
「・・・うん、あってるよ! やったねハルカちゃん!」
「つ、ついに終わったのじゃ・・・」
――いくら覚えやすい教え方じゃっても・・・。
「あれから三時間もぶっ通しでやると、さすがに疲れるです」
「ん。私は 平気」
「私もですけど・・・」
「お主たちは便利な種族じゃのう・・・」
「んー。じゃあ今日はここまでにしようか」
「ん? 『今日は』? もしや明日も?」
「そですよ。今日は文字を覚えたので明日からは本格的に勉強するです。いつまでも他人に聞いてたら時間が勿体ないです」
「な、なんじゃとぉ・・・」
「マスター がんばって」
◆ ◆ ◆
「も、もういっぱいなの――ふがっ!」
――ああ、朝か。なんじゃ変な夢を見とったような気が。
「ん おはよう マスター」
「おおリンネ。起きておったか」
「ん。今日は どうする?」
「まずは朝の鍛練じゃな。昨日までで一日の流れに目処が立ったゆえ、今日から妾の日課の鍛練をしようと思ってな」
「ん」
「お主はどうする?」
「ん。マスターに 付いていく」
「うむ。ならば早速町の外に出るかの」
◆ ◆ ◆
「朝っぱらから外に行くのか?」
「うむ。鍛練をするために外に行こうかと思ってな」
「昨日は昼に行ってたのに今日は早いんだな」
「むしろ今日からかの。一刻ほどで戻るつもりなのじゃ。では」
「・・・一刻ってなんだ?」
◆ ◆ ◆
「鍛練の内容は至極簡単。昨日は実践がてらの鍛練じゃったが、朝の鍛練は体の解しを兼ねた準備運動のようなものじゃ」
「ん」
「ゆえにやることは武器を空振りする事。それを己が納得するまで振り続けること。十分に体が動きやすくなったら終わりなのじゃ」
「ん」
「では妾は始める。お主も好きに始めてよいのじゃぞ」
「ん。わかった」
――昨日の鍛練で分かったことがいくつかある。
――ひとつは、妾の実力が想像よりも遥かに下ということ。
――二つ目は、攻撃方法が狭まったこと。
――最後に、妾がもう人でなくなったこと。
――今までの戦い方では実力を十二分に発揮できんくなった、という訳じゃな・・・。
――ならばどうするか。まずは妾の体術から見直すか。
――前の妾はその巨体と俊敏な動きによる圧倒。いわば体格を利用した戦術。
――じゃが今の妾にはそれができぬ。巨体と刀の距離を活かした範囲攻撃は、まず無理じゃろうな。
――抜刀による妖術、いや魔力か。その塊を投射する技は前のグリフォンで証明できた。
――抜刀・・・。そう言えば前より振るう力が幾分か必要なかったの。つまり以前よりも筋力が上がっておるということか。
――この体で豪腕とは、種族の違いあれど些か信じかたいのう。
――ならばこの筋力を活かした戦いを模索してみるか。例えば、更に俊敏になった高速による一撃離脱。
――以前の妾では不要な戦法故に、念頭に置いてはおらんかったが、試す克ちはあるのう。
「・・・ふぅ」
「ん おわった?」
「なんじゃお主。ずっと立っておったのか?」
「ん 違う。武器の メンテナンス 終わったから 待ってた」
「先に終わっておったのか。それはすまんのじゃ」
「ん 大丈夫」
「では町に戻るとするか」
「ん。戻って 何する?」
「うむ。ギルドに行って、魔物討伐をするかの。今は金があるがいずれ底に着く。報酬が高くなるのはもっと上のランクと言っておったし、早く昇格クエストを出してもらうためにも頑張れねばならぬのじゃ」
「ん わかった」
◆ ◆ ◆
「あ、ハルカさん、リンネさん。こんにちは」
「こんにちはなのじゃ。今はヤヨイが受付をやっておるのか?」
「はい。二人は今休憩中です。ところで・・・」
「うむ。昨日は出来んくてすまんかったの。今日から本格的に働くつもりなのじゃ」
「わかりました。ではクエストを提示しますね。――っと、よいしょっと」
「随分分厚い本じゃのう」
「ええ。とりあえず、こちらを」
「この紙は?」
「ハルカさんが今受けられるクエストです。昨日には用意できていたんですが、来なかったもので」
「そ、そうか。それは申し訳ないのじゃ」
「いえ、幸い他の手がありましたのでそちらに回しました。そしてその残りがこちらになります」
「・・・すまぬが名前が連なってもどんなものかわからぬ以上安易に選べられぬ」
「はい。そのためのこの本です」
「・・・なんの本なのじゃ?」
「魔物が詳細に載っている資料です。今までの冒険者や観測者の情報をもとに作製されているので参考にと」
(パラパラパラ)
「それで・・・あっと、ありました。まず初心者が始めて戦う魔物はこの血角兎ですね」
「名前が随分物騒じゃのう」
「クスッ、それは名付けた人に言ってください。名前は怖そうですが要するに頭から生えている角で攻撃する兎です。突き刺さった角に返り血が滴っていたことからそう呼ばれているそうですよ
」
「なるほどの」
「攻撃方法が突くだけですのでちゃんと見極めて横から攻撃すれば問題ありません」
「のう、お主」
「はい、何ですか?」
「妾としては報酬の多くなる上のランクにいち早く上りたいのだが、どうすればよいと思う?」
「一概には言えませんが、やはり実力を他人に評価してもらう。でしょうか?」
「それはどうやって実現できるのじゃ? 他人に見てもらう、とか」
「早い話が観測者に見てもらう、でしょうか。ですがそれはほとんど昇格クエストでのケースなので、昇格クエストをしてもらうためにやってくれる方は先ずいないでしょう」
「まあ、そうなるじゃろうな」
「私自身で完結させて申し訳ありません」
「いや、気にするでない。つまりは地道に評価を積み重ねればよいということじゃな?」
「はい。その気持ちでクエストを受けていただければ」
「ならその兎を狩りに行くとするか」
「わかりました。では血角兎の器核を10個ほどお願いします。場所は魔物の住む森ですね」
「うむあそこか。では早速行ってくるのじゃ。リンネ!」
「ん」
「あ、リンネさんはここにいてくれませんか?」
「ん? なぜなのじゃ?」
「えっと、昨日マオさんが気になっていることがあるので、ここに来てたら留めて欲しい、とのことです」
「妾は関係無い話なのか?」
「はい、そうだと思います。よろしいですか?」
「まあ妾一人でも片付くじゃろう。それにリンネを強制した覚えはないからの。お主の用事ならばお主の自由にするがよいのじゃ」
「ん わかった」
▼ ▼ ▼
「おまたせです」
「ん」
「それで 話って?」
「はいです。まずはこっちに来てくださいです」
「これは?」
「・・・。これは帝国から支給された機人族用の傭兵管理端末です」
「ん? わたしの ライブラリに 記録がない」
「やはり・・・」
「どういう こと?」
「リンネさんと初めて会った日に、あなたは記憶が初期化されて、と言ってたです」
「ん。確かに マスターが 私を 修復 させた 時 ほとんどが 初期化 された」
「です。なので、確認のために聞いてみたです。因みにこれが導入されたのは10年ほど前です」
「ん。つまり わたしの ライブラリは 古い?」
「まあそうです。しかし重要なのは"あなたが一体何者なのか"、です」
「わたし?」
「です。少なくとも、あなたは10年以上前に造られた機人族と言うことが分かったです。記録は更新されるですが、初期化された場合は、その当時の最新版しかないですから」
「話の 意図が わからない」
「ああ、言葉足らずでごめんです。私が気にしているのは"古い型番は直ぐに回収され、新しい型番に交換する"はずの帝国が、なぜ"10年以上も前の型番"を使っているのか。確か最新の型番は去年だったはず。そう考えると私からしたらすごく不自然な事です」
「ん。確かに ライブラリに そう書いて ある。新しい 型番が 出れば 通信が 入り それに 従って 帰国せよ って」
「もうあなたに以前の記憶が無いので聞くことができませんが、ハルカの話と、昨日あなたが倒れていた現場を見て、ひとつ思い付いたです」
「何?」
「もしかしたらあなたは、どこかで誰か、もしくは何かと戦闘していて、挙げ句にここまで吹き飛んできたのでは、と」
「ん。吹き飛んで?」
「です。あなたが倒れていたところは、明らかに上空から飛来したものが地表に穿つ穴です。そこで戦いに敗れたわけではなく、どこか遠くから飛んで堕ちてきた、と言った方が納得できる。と言うことです」
「ん。それで 何が言いたい の?」
「あなたは何らかの理由で新しい型番と交換されていない。さらに体が大破するほどの損傷を受ける戦闘が数日前までにあった。これらから、あなたは今、絶対に安全ではない、と忠告するです」
「ん。つまり その戦闘した 相手が わたしを 追っている かもしれない ということ?」
「です。理由も分からないため確定ではないです。が、用心した方がいいと思うです。これは私の経験による勘です、が、あなたは何らかの特別があり、それを奪うか、破壊しなければいけないような事があったと思うです」
「ん。わかった 忠告 ありがとう」
「今後、クエストでいろんなところ行くと思うので、先に言っておいてよかったです」
「でも 今の 私に 価値 あるの? 記憶 初期化 したよ?」
「いえ、相手はそれを知らないと思うです。だからこそ気を付けるです。ハルカに救われたその体を、大事にするためにも」
「マスターが 救った。ん そうだね。わかった 気を付ける」
「じゃあ話変わるです。この端末に触れてみてです」
「ん。ここ?」
「はいです。・・・ああ、やっぱり」
「ん? なんか エラーって 言ってる」
「リンネさんの構成する大部分はハルカの魔力です。さらに傭兵IDすらも初期化したらしく、管理へのアクセスが不可能と言うことですね」
「ん。なにか 困る?」
「機人族の活動は、全てこの端末から送信するそうです。冒険者としての活動も、私たちの所属するギルドとは別の管理、というわけです。なのであなたが今後冒険者として活動するにあたり、この端末で報告することで得られる報酬が出来なくなるわけです」
「管理が 違うから マスターと 同じように 報酬が もらえない と?」
「です。初期化と聞いて予想してましたが見事に的中です、ね」
「報酬が 貰えないと どうなるの?」
「え、えっと。簡単に言うとタダ働きになるです。ハルカと一緒に冒険者をやっていても、ギルドから出せる報酬は無い、と言うことです。そこは帝国との契約になっているので無視はできないです」
「ん。納得 した」
「納得って・・・あなたはいいんです? タダ働きで」
「マスターに 聞いて みないと わからない。でも わたしは マスターと 一緒に いたい。だから 報酬が 貰えなくても いい」
「なるほど・・・わかったです。ちょっと待っててです」
「ん?」
「はい、お話とはなんでしょう?」
「えっと、リンネさんに"冒険者同行証明"を作ってもらいたいです」
「え、でもあれは」
「はいです。でもリンネさんは機人族としては異例の存在です。特例、という事でお願いするです」
「それは なに?」
「はい。"冒険者同行証明"は、その名の通り冒険者ではないですが、冒険者と同等の実力がある方が、冒険者と一緒にクエストをこなす為の証明書となります」
「これを私たち受付に提示すれば、冒険者でなくてもパーティとして扱うことができます」
「今は一人でもクエスト行けるけど、★4以上は絶対に一人以上のパーティを組まないと駄目です、から」
「ん。わかった それで マスターと 一緒に 行けるなら」
「じゃあ直ぐに手続きを済ませますね。あ、でも記入欄の一部が空白になりそうですけど、どうしましょう?」
「"緊急連絡先"は私の宿でいいです。"現在の職業"は・・・」
「ん?」
「給仕、メイドとかどうです? 今もハルカとはそういう関係に近いです、し」
「ん。いいよ」
「ではそのようにしますね」
「できました。これを指に嵌めてください」
「ん。ギルドカードと 同じ」
「同じですが色が違いますので分かるかと思います」
「ん。ありがと」
(ガチャ、チリンチリン)
▲ ▲ ▲
「あ、ハルカさん。お早いお帰りですね」
「うむ」
「こんにちわです、ハルカ」
「おかえり マスター」
「うむ。そっちの用事は終わったかの?」
「はい。ハルカさんはどうでしたか?」
「どうもこうも、討伐する時間より往路の歩いてきた時間の方が長いとかどういうことなのじゃ」
「ははは。ハルカさんには簡単すぎましたか。ですがこういった討伐が町への驚異が減る、という意味では無駄ではありませんので」
「まあそうじゃのう」
「では依頼の器核を見せてもらえますか?」
「うむ。――これじゃな」
「・・・はい。確かに十個ありました。依頼達成なので今から報酬を持ってきますね。失礼します」
「どうです? 初めてのクエスト達成は」
「実感が湧かんの。あれならそこらの動物の狩りと変わらんのじゃ」
「そうです、ね。ですが最初とはそんなものです。おそらく次からはもっと難易度が高い魔物の討伐依頼が来ると思うです。それまで楽しみにしてるといいです」
「そうしておこうかの」
「ところでリンネ。妾抜きの用事とは何だったのじゃ?」
「ん。・・・ん」
――なんじゃ、歯切れが悪いのう?
「ん? 言えんのか? 言えんのなら無理にとは言わんが」
「これです、よ。これ」
「ん? ・・・ほお、妾の指輪に似ておるの。色違いじゃが」
「これをつけていればハルカと一緒にクエストに行けるようになるです」
「普通に冒険者登録すればよいではないか?」
「まあ色々事情があったんです」
「遅くなって申し訳ありません。ただいま戻りました。これが今回の報酬になります」
「グリフォンの時と比べると、まあこんなもんじゃろうなぁ」
「では続けて他のクエストを受けますか?」
「そうじゃの。数をこなせなければ上に上がれんしの」
「ん。マスター 今度は わたしも いく」
「お、そうなのか? なら二人でいくクエストを見せれもらえんか?」
「そうですねぇ・・・」
◆ ◆ ◆
「あれから二、三個受けたが、結果がこれか」
「ん。思ったより 少ない」
「これは貯金の金が尽きる前に早く上のランクに行かねばならんの」
「じゃあ明日も?」
「うむ。出来れば今日の倍以上はこなしたいが・・・」
「魔物の 出現は 限度が ある。だから 今以上は 無料」
「と受付嬢に言われてしまっては諦める他ないの。仕方あるまい」
◆ ◆ ◆
「それなら、私のところで働いてみるです?」
「・・・その話は最初に会ったときに断ったじゃろ。妾は家事の方は点で駄目じゃと」
「いえ、リンネさんにどうかな、っと」
「ん わたし?」
「はい。しばらくはハルカが一人でこなせるクエストばかりですし、リンネさんはその間、私の宿で働くというのは、どうです?」
「・・・たしかに、その方が効率が良いか。いやしかしそこまで金が必要かと思うと。うーん」
「マスター お願いが ある」
「いきなりどうしたのじゃ?」
「ん。マスター わたしは 機人族。でも その象徴の 装備が 無い」
「そ、そうじゃのう・・・」
「今後の事 考えて わたしには 装備が 必要」
「・・・つまり?」
「装備は 王国の 整備場で 売っている。それを 買うために お金 稼ぎたい」
「マオよ。因みにその装備は幾らくらいかかるのじゃ?」
「記憶の限りだと、安くても私の宿屋で一日三食、毎日清掃込みで四、五年以上泊まれるくらいです」
「そ、そんなにもか・・・?」
「です、ね。でもリンネさんのことを考えれば後々必要な出費だと思うです。リンネさん自身のメンテナンスにも、お金がかかるです、し」
「・・・そうじゃな。事情があるなら咎む事はない。お主がよいならここで働いてみるのじゃ」
「ん。ありがと」
◆ ◆ ◆
【ねえ、あんた。】
「ねえ、あんた」
「・・・そろそろ名前で呼んでくれんか?」
「いやよ、あんたと仲良くするつもりないし」
「それでも、そのままじゃととっさに呼ばれて直ぐに気づけぬぞ」
「いいわよそれで」
「・・・それで、何の用なのじゃ?」
「昇格クエストよ」
「ほう、ようやく妾の力が認められたのか」
「そ。んで受けるクエストがこれ」
「どれどれ・・・のうお主」
「何よ」
「どう見てもこれ、★4と書いてあるんじゃが」
「そうよ」
「そうよって・・・説明してくれんか?」
「簡単よ。あんたの実力から判断して飛び級してもらうってわけ」
「飛び級、つまり段階を踏まずに上にいくのじゃな?」
「そ。あんたの力を低難易度で燻らしておくのが勿体ないからってことよ」
「それは褒められておるのじゃな?」
「そうよ。それでこのクエストは明日やってもらうから」
「明日? 随分急なのじゃな」
「魔物がこっちの都合なんて考えてるわけないでしょ。★4以上の魔物なんてそんなものよ」
「まあそう言われたら納得するしかないかの」
「それで、あんたのお供と一緒に明日ここに来て。わかった?」
「わかったのじゃ」
「じゃあ話終わり。バイバイ」
「・・・それじゃあの」
◆ ◆ ◆
「いやー最初はおっかなびっくりだったが、馴れればそーでもねーな!」
「まったくだ、機人族っつーと、もっと地味で暗くて怖いヤツかと思ってたんだがな!」
「「ガハハハハ!!」」
「働き始めたときはドジばっかだったが覚えたらチョー上手いのな」
「そーそー。王国で見かけたホンモノ並だぜ」
「今じゃあすっかりここの看板娘だな!」
「おうよ! リンネちゃんに会いに毎日通っちまうくらい好きになったぜ!」
「おいおいお前相手は機械だぞ、無理だっつーの」
「いやいや、もしかしたら機械に愛が芽生えるかもしんねーぜ?」
「「ワハハハハ!!」」
「お主ら本人がおる前でよく言えるのう」
「あ、ハルカさん! お疲れさんです!」
「お疲れーッス!」
「うむ。席は空いてるか? 他が埋まってて、ここしか空いておらんくての」
「どーぞどーぞ!」
「ハルカさんの頼みならどーぞどーぞ!」
「すまんの。さて・・・」
「ん。何にする?」
「うお!?」「ビックリした!」
「そうじゃのう。何も浮かばんから"いつもの"にしようかの」
「ん。ちがう」
「・・・ちがう? 何がじゃ?」
「ん。言い方」
「・・・。」
「ん。メニューの 名前 言って」
「・・・この、"お子さまランチ"をひとつ」
「ん! かしこまりました 少々 お待ち 下さい」
「・・・お主らなにか吹き込んではなかろうな?」
「いいいえべべべつに?」
「おおおれたちなななにも言ってませんぜ?」
「・・・まあよい。あやつが喜んでおるなら妾はかまわんのじゃ」
「流石ッスねハルカさん。懐が大きい!」
「見た目はこんなにちっこいのにな!」
「「ドハハハハ!」」
「無理にでも別のところにすればよかったのじゃ・・・」
◆ ◆ ◆
「お、ようやく終わりか?」
「ん。今 戻った」
「今日も盛況じゃったの」
「ん。でも ほとんどが 食べに 来るだけ」
「それで宿屋が儲かれば別に構いやせんじゃろ」
「ん。そうだね」
「して、リンネに伝えておきたいことがあるのじゃ」
「ん なに?」
「明日、妾は昇格するためのクエストを受けにいくのじゃ」
「ん。ようやく 声が かかった。長かったね」
「じゃがな。その昇格、実は★2ではなく★4へのクエストなのじゃよ」
「・・・ん?」
「ようは飛び級じゃと。ギルド側ははよう妾をもっと上の魔物の討伐に当てさせたいとのことなのじゃ」
「ん なるほど」
「それでの。明日、お主を連れてクエストに行きたいのじゃが・・・」
「ん わかった。マオに 明日 休む 言ってくる」
「うむ。急で申し訳ないのじゃが、もし無理そうなら言ってくれ」
「ん」
◆ ◆ ◆
「ん 大丈夫 だって」
「そうか。それはよかったのじゃ」
「それで 討伐する 魔物は どんなの?」
「いや全然。未知の敵との迅速な対応も、この昇格に関わっておるらしい」
「ん。わかった」
「お、そうじゃ。お主、オーダーメイドの話、覚えておるか?」
「ん。覚えてる」
「今日服屋から連絡があっての。ついに完成したから空いた時間に受け取りに来て欲しいとのことなのじゃ」
「ん できたんだ。そう言えば この服 どうする? 捨てる?」
「いやいや、捨てるのは勿体ない。その服は予備として妾が預かっておこう」
「ん」
「じゃから明日クエストを始める前に服屋に寄ろうと思うておる。よいか?」
「ん。いいよ」
「うむ、妾からの話はここまでなのじゃ」
「ん おやすみ」
「うむ」
◆ ◆ ◆
(チリンチリン)
「はい、いらっしゃいませー」
「店主はおるか? 頼んだ服を受け取りに来たのじゃ」
「はい。わかりました。少々お待ちください」
「お待たせしたねー」
「いや、気にせんでよいのじゃ」
「じゃあ奥の試着室に来てもらっていいかな? 一応最後の調整したいから」
「あれから何回も合わせたのにまだやるのか?」
「まあね。お金はもらった以上半端な出来は許さない主義だから。あ、でもリンネさんの仮メイド服は別ね」
「まあ着ている最中で簡単に解れぬのなら構わぬ」
「じゃあさっそく着てもらおうかな? リンネさんも一緒にね」
「ん わかった」
◆ ◆ ◆
「ふむ・・・」
鏡によって写された己の姿を観察する。
――随分と様変わりしたもんじゃのう。
体格が半分以下になった今、相手と会話をする度に顔を見上げる必要がある。
――だから、リンネの肩車はありがたいの。
事あるごとに肩車を求められ、リンネの頭の上からの視線が日常になりつつある。
「着心地はよいの」
「ありがとー。一括払いしてくれたお礼に生地の方はいいので揃えたよ」
「一括?」
「普通は大金を一回で払えるお客さんはいないからね。まあ最もその客自体少ないけど」
「ん。こっちも おわった」
「な、なかなか迫力があって手間取りました、店長」
「おー」
「マスター どう?」
「楽しみにと調整から見まいとしておったが、うむ。似合っておるのじゃ」
「んふー」
(店長、言わなくていいんですか? どう見ても痴女にしか見えないって)
(そんなこと言われても、ちゃんと客の要望に応えないといけないじゃない?)
こそこそと後ろの方でないしょ話が聞こえてくる。
――"ちじょ"とはよくわからんがまあ気にすることもないか。
「マスターの 服も かわいいね」
「かわいいより大人に見えると言って欲しいのじゃが。ほら、この"びきに"、露出が高くて大人じゃろ?」
「ん マスター 大人 すごく セクシー だよ」
「声に抑揚がないのは何故なのじゃ・・・?」
「それで改めて聞くけどどう? 気になるところある?」
「うむ。ないのじゃ」「ん ない」
「じゃあそのまま着て帰る? 脱いだ服はこの布袋に入れてあるから」
「おお、ありがたい。これなら持ち帰りやすいのじゃ」
「まあ服のおまけと思っていいよ」
「うむ。では行くかリンネ」
「ん」
「お買い上げありがとうございましたー」「ましたー!」
「このまま持つのも面倒じゃし、尾の中に仕舞っておくか」
「袋の 意味 無いね」
――それは言わぬ約束なのじゃよ。リンネ。
◆ ◆ ◆
「あ、やっと来た! いつまで待たせ――」
「時間指定をしておらんお主らの不備なのじゃ。ん? 妾に何かついておるのか?」
「いや・・・」
「おーおーおー、期待の新人だからって昼近く出勤とは随分――」
「なんじゃ、お主も変な顔して」
「えー・・・と」
「あ、ハルカ。ちょうど間に合ったみたいです」
「あの、支部長とヤヨイさんの顔がスゴいことになってるんですけどぉ・・・」
「あの、二人とも何かあったんです?」
「いや、こいつらの格好」「あー後ろからじゃ分からんか」
「ん?」
「お、マオとノノンか。今日はお主らも――」
「「えっ!? 」」
――顔会わせた瞬間に変な顔をするのは何かの流行りなのじゃろうか?
◆ ◆ ◆
「えと、それがオーダーメイドで作ってもらった服です?」
「うむ」
「こ、コンセプトとか、聞いてもいいですか・・・?」
「コンセプト?」
「どんな風に作ったのか、概念とか、目的みたいなものです」
「どんな・・・ふむ。一言で言うなら"大人な妾"じゃな」
「大人・・・」「大人?」
――なんじゃその反応は?
「リンネ、妾の格好がおかしいのか?」
「ん。全然 そんなことない。マスター かわいい」
「いや、大人に見えてほしいのじゃが」
(おい、誰が言ってやれよ)
(いやよ私は。めんどくさい)
(でもこのままだとハルカの評判がまた変になるですよ?)
(で、でも。あれだけ気にしてないと言うことはハルカさんの世界では普通だったかもしれないんですけど・・・)
「妾の耳は良い。お主らの密談は筒抜けなのじゃぞ?」
『げっ!』
「リンネは似合っているといっておるが、お主らの感想はどうなのじゃ?」
「えーと・・・」
「ごほんっ! あー、俺から見ればお前の格好はちと派手だな」
「派手どころじゃないわよ。なにその水着、ほぼヒモじゃん」
「えと、私は今すぐにでも抱きつき――いえ! まあ子供の背伸びと思えばかわいいと思うです」
「私は見てるだけで恥ずかしいんですけどぉ〜・・・」
「・・・それは褒めておるのか?」
「ん。多分 褒めて ない」
◆ ◆ ◆
「まあ別に他人の評価は気にせん。妾を子供扱いされぬのならそれでいいのじゃ」
「まあある意味子供扱いはされないだろうな」
「痴女扱いはされるだろうね」
「ちじょ?とはなんなのじゃ?」
「ハルカは知らなくていいです」
「はあ、どっと疲れたわ。そろそろクエストの話しない?」
「元はといえばお主が発端だろう」
「うっさいわね。はいこれ」
「ふむ…」
「普通のクエストは観測者の素性は明かさないんだけど、昇格クエストに関しては別件ね」
「私たちが観測者として同行するです」「ですけどぉ…」
「お主たちは観測者なのか」
「ですです。これでも強いので」「わ、私は別に…」
「じゃあさっさとそこに書いてある場所に行って狩ってきなさい」
「うむ。では行くか、リンネ」
「ん」
◆ ◆ ◆
「ここがそうじゃな」
「です。この先に魔力溜まりがあって、一定周期で出現するです」
(ゴオオオオオオオオオ!!)
「…今の鳴き声がそうか?」
「…です。思っていたのよりドスが入ってましたが」
「あ、あの。多分。多分なんですけど! これ、まずいと思うですけどぉ!!」
「…ノノン。これも含めて試験です」
「え、マオさん!? でもこの感覚、★5以上の…!!」
「ん、ノノン。問題ない」
「リンネさん…!?」
「リンネの言う通りなのじゃ。どちらにせよ妾たちの目的は資金稼ぎ。強い魔物ならばそれ相応の報酬は期待できるのじゃろ?」
「です。普通ならば私たちはすぐに撤退してギルドに報告するべきですが…ハルカ、行けるですね?」
「え、え…。ふ、二人とも本気なんですけど…!?」
「うむ。大丈夫、たとえ妾が強者だとしても油断はせん。昨日までの妾と同じと思うな」
「ではハルカの昇格試験。――開始です!!」
◆ ◆ ◆