前
【※妾すら知らぬ"妾の秘密"を先に知りたい人向けの話なのじゃ。まあ知らぬほうが一番良いのじゃがな。】
「はい、こんにちわー」
「・・・ん!? なんじゃお主、何者じゃ?」
――それにここはどこじゃ。周りが真っ白でなにも見えん。
「ふふ、死んだ後なのに随分粋が良いわね。ちゃんと自己紹介するわ。私の名前は女神さま、気軽に女神さまって呼んでくれて構わないわ」
「め、女神さまじゃと?」
「あと、ここは『世界の狭間』ってところよ」
「せかいのはざま・・・?」
――ともかくわしの理解の範疇を越えとることはよーわかった。
「それで、お主はわしに何の用じゃ?」
「え? んー、特に決めてないわ」
「なんじゃと?」
「そのままよ。たまたま『世界の狭間』では珍しい、消滅してない魂がふよふよ漂っていたから、どんなのか興味が湧いて拾っただけ」
「全く理解できんのじゃが・・・」
「別に理解しなくていいわ。あなたはすでに死んでいて、そして魂だけになったあなたを拾って会話してるだけ」
「死んだ・・・ああ、そうだったな。はあ、天下無双のわしも、老いには勝てんだな」
「ふーん、生きてたときは強かったのね」
「・・・わかった。わしが死んで、お主がわしの魂を拾ったこと、今は信じるとしよう」
「そう? ありがと。じゃあね、私にお話聞かせてくれない?」
「話とな、何を話せばいい?」
「あなたの人生すべてよ」
「人生?」
「そう。あなたは『世界の狭間』で消滅せずに漂っていた。それほどの輝きを持つ魂は一体どんな人生を送っていたのかを、私は知りたいわ」
「なるほど。吟遊詩人か語り部のように話せばよいのか」
「そうよ。時間なら永遠のようにたっぷりあるわ。あなたの武勇伝、聴かせてくれないかしら?」
「わかった、ここで会ったのも何かの縁じゃ、わしの生きざまを話そう。うめ、わしが生まれたのはおよそ110年前じゃったな。その日は――」
◆ ◆ ◆
「――そして今に至る訳じゃな。どうじゃ? 満足したか?」
「ええ、とっても楽しい時間だったわ」
「それは何より」
「それに、今いいこと思い付いたわ!」
「ん?」
「あなた、その魂で新しい人生を歩んでみないかしら?」
「ん? どういう意味じゃ?」
「簡単よ。私が新しい世界にあなたを生まれさせるの。いわゆる第二の人生って感じかしら」
「第二の人生・・・」
「どう? 興味湧いたんじゃないかしら?」
「まあ、それでわしには何の得があるか聞こうかの」
「え? 得? えーと、そうねぇ・・・」
「・・・ないのか?」
「だって、そんな返事が帰ってくるなんて思わなかったのよ! 普通は未知の世界に憧れて『はい、行きたいです!』って積極的に言ってくるもんでしょ!」
「普通って、ほかにもおったのか?」
「ええ、過去にも異世界に転生した子たちがいたわ。まあ、あなたみたいな方法じゃないけど」
「ふむ。じゃがわしはその異世界には興味ないの」
「えぇ〜?」
「なぜそこでがっかりするんじゃ」
「だって、あなたみたいな戦にしか興味ないような人だったら絶対賛成すると思ってたもの。異世界で強いヤツと戦いたい!って。意外だわ」
「誰が戦馬鹿じゃ。まあ、結果的にそう見えんくもないが、わしはあの人生で満足したのじゃ。文字通り大往生をしてな。じゃから今から新しい人生を歩もうなどと、これっぽっちも考え付かん。残念じゃがわしの事はほっといてくれ、ほっとけばいずれは消滅するんじゃろ?」
「するどいわね。その通り、この場所からもとに戻せば意識の無い魂になるわ。今あなたが会話できるのは、私がそうさせただけ」
「ふむ」
「でもあなたの願いは叶えられないわ」
「どういう事じゃ・・・?」
「ふふ、あなたの意見なんて最初から意味がなかったのよ。すべては私の気まぐれ、あなたを私の世界に移したらどんな人生を送るのか、そんな好奇心な理由よ。じゃあ早速準備しようかしら」
「そんな理由で――ッ!? 一体何をしたッ!?」
――な、体が動かないじゃと!? いや、わしの魂が固定されたとでも言うのか!?
「まさかお主!」
「お察しの通りよ、今からあなたを私の世界に生まれされてあげる」
「くっ、全く動けん!」
「まあまあ、あきらめて大人しくしてなさい。さて、あなたにふさわしい"器"はどれかな〜?」
――器? どういう意味じゃ。
「え、うわぁ、なにこれー。あなたの武勇伝を聞いてた辺りで薄々勘づいていたけど、ここまで魔力が高いと唖然とするわね〜」
――ふぬぬぬぬ!うごけ、動くのだ!ワシの体あああああ!
「うーん、これもダメかぁ。じゃあ、もう残ってるのここらへよをしかないじゃない。まあ、一人で世界を荒らされるほどの力はないし・・・よし。これにするわ!」
――な、なんじゃ、いきなり虚空に向かってひとりごとをしているのがこれほど恐怖とは。一体何が決まったんじゃ・・・。
「な、なあ、お主、器がどうとか言っとったな。それはどういう意味じゃ・・・?」
「快く受けてくれない人なんかに教えてあーげない。私が勝手にやるから、あなたは気にしないで待ってなさい」
――ぬう、足元見ておってからに・・・。しかしこのまま維持を張っていても現状を打破できる可能性が見えん・・・、と言うか本当にどうしようもないのか。天下無双のワシも、まだ上には上がいるんじゃな・・・。仕方ない、諦めるか・・・。
「・・・わかった、お主の言うとおりにする」
「あら、そうなの?」
「じゃから今お主のしようとしとることを教えてもらえんか」
「そーねー、まあいっか、いいわよ、説明してあげる」
【簡潔に言えば、天下無双を果たした武人が大往生しただけなのじゃ。】
――まあ、前の人生を多く語ることもなかろう。簡潔に言えば、天下無双を果たした武人が大往生しただけなのじゃ。
――いくら強者になったとは言え、老いる体には逆らえぬ。最後の妾は床に伏せて、ゆっくりと心臓が止まっていくのを、微かに感じとったのじゃ。
――まあ、その時は死ぬ瞬間とは、寝ることと変わり無いのじゃな。と、思っておったの。
――そう。眠るように死んだはずの妾は、"いつものように"目が覚めたのじゃ。
――見知らぬ土地でな。
◆ ◆ ◆
「ん・・・うう。なんじゃ。妙に肌寒いのう・・・」
肌に触る朝特有の冷たい空気に体を強ばらせる。
――風の吹く朝は厳しいのじゃ・・・。
「――って、んん?」
勢いよく体を起こす。今、この全てに違和感を感じた。
「ど、どう言うことじゃ!
妾は死んだはず・・・?」
――ん? いや、眠っておっただけなのか? いや、確かにあの時妾の寿命が尽きたと自覚したのじゃが・・・。
「ん? 妾?」
――なんじゃ『妾』って、妾は男なのじゃぞ。って思考すら妾と言っておるではないか。
「どう言うことじゃ。何もかも訳がわからないのじゃ!」
――と、とにかく現状を把握しておかんと・・・!
「・・・なぜに妾は裸なのじゃ?」
――それにその裸。なぜか妾の記憶より小さくなっておるのじや? 視界に違和感があるのじゃ。
「妾自身が言うのもなんじゃが、あの筋骨粒々な体はどこに行ったのじゃ?」
――妾の、天下無双と言われた鍛え上げた体が、すっかり赤子から毛が生えたようなちんまい姿に変わっておるの。
「・・・うむ。とりあえず寝そべっているだけでは分からんのじゃ。起き上がっていろいろ確かめるのじゃ。よいしょっと・・・」
――知らない体と言うのはいささか居心地が悪いの。わかる範囲でも早急に調べるとするか。まず体を触って・・・ん?
(ふにふに、もふもふ)
「な、なんじゃ? 頭に上に何か生えておる・・・これは、形的に獣の耳じゃな?」
――ふむふむ。この耳、頭から直に生えておるようなのじゃ。それでは人の耳は・・・な、無いのじゃ。髪の毛でおおわれているわけではなく、もともとここには耳がないと言わんばかりに毛が生えておるのじゃ。
「うーむ、鏡があればこれらの詳細を確認できるんじゃが・・・」
(ふわっ、もふっ)
「うお! なんじゃ!? こ、これは尾か?」
――見るに狐の尾のようじゃな。じゃが、妾の知る色とはまったく違うのじゃな、真っ白じゃ。
(ひょこひょこ、ぶんぶん、もふっ)
――おおう、意識して動かすことができる、すごいのじゃ。これが尾を持つ感覚なのか。新体験じゃ。
「それにしても大きいのう。体と同じくらいの大きさじゃな・・・」
(もふもふ、もふもふ)
「なるほど、このもふもふ感はクセになるのじゃ」
――はっ、いかんいかん。今は情報整理が先じゃ。
――つぎに気になるのはこの口調じゃな。なにゆえ女の喋りなのじゃ? まさか・・・!
(ちら・・・)
「・・・うむ、ちゃんとち◯こは付いとるな。見間違えではないのじゃ」
――男なのは確定なのじゃが、やはりやたら語尾に"のじゃ"を強要されとる気がするのじゃ。意識して話しても自然と口調が固定されとる。不思議じゃ・・・。
「・・・まあ、よいか。別段困るわけではないのじゃ」
「次に・・・ここはどこじゃ?」
――見渡してはみたが、わかるのは森の中、それにここは木漏れ日があるところに妾がいるようなの
じゃ。
「森の中、となると迂闊に歩き回ればいずれ餓死するのが落ちじゃ、裸のまま動くのはちと抵抗があるが仕方ない」
――ためしに此木のてっぺんまで登って、回りを見渡してみるのじゃ。
(うんしょ、うんしょ)
「ふう、小さい体じゃからか思っていた以上に時間がかかったのじゃ・・・」
――さて、願わくば樹海の中は勘弁してほしいのじゃが・・・。おお、よかった、近くに煙が見える。思っていたより大分近いのじゃ。およそ二刻ほどで着く距離じゃな。そしてあの煙の立ち方から見るに山火事ではない、少なくとも人が火を起こしている可能性がある、ならば行動あるのみじゃ。
(ずさささささ、たっ)
「よし、方角はその都度確認すれば問題ない、なるべく獣道を避けて向かうのじゃ」
◆ ◆ ◆
――しかし不思議じゃ。さっきから周りを傾聴しておるが、まったく動物の鳴き声が聴こえん。不穏なのじゃ。これだけ緑で生い茂っとるのになぜなのじゃ。
(カサカサ・・・)
――ん? この音・・・人の歩く音じゃな。それにしても獣の耳のせいか、思った以上に遠くの音までわかるのじゃ。まあ他の音がないから余計聞こえるのかもしれんのじゃが・・・。
「と、その前にじゃ」
――改めて体を見てみる・・・うむ、未だ裸なのじゃ。もしこのまま遭遇したら間違いなく変質者呼ばわりされるのじゃ。が、近くに纏えるようなものがないのじゃ・・・
「仕方ない、このでかい尾っぽで隠すのじゃ」
――う、これでも後ろが心許ないのじゃ・・・。
(サ、サ、カサ)
――ん、最小音で近づいておるの。これは間違いなく歩き慣れておる足じゃ。そして間違いなく妾に向かっておるの。ここで下手に動けば怪しまれる、待っておった方が印象的によいのじゃ。
(カサ・・・ピタッ)
――止まった。おそらく様子見じゃな。まあ仕方ないの。裸のこわっぱがこんなところにいたら怪しいに決まっているのじゃ。・・・ならばこちらから声を掛けるのじゃ。
「お主よ! 警戒せずともよい! 妾は今、真っ裸の丸腰。敵意はないのじゃ!!」
――相手に届くくらいの声をあげたのじゃが、果たして・・・。
(ガサガサ)
「・・・よく分かったです。気配を消したつもりでしたが」
――出てきたか。ふむ、見た目的にまだ若いのじゃ。じゃが纏う気配は素人ではないのがよくわかる、警戒しとるわけなのじゃな。
「ふふん、妾にかかればたやすいのじゃ」
――片手を後ろに隠しておる。おそらく投てきできる短刀あたりか・・・しまった、さっきの台詞で警戒しておるのか。うかつに誇るんじゃなかったのじゃ。
「・・・それであなた、こんなところで何をしていたです?」
――ここは正直に話したほうがよいな。
「見ての通りなのじゃ。妾は着るものを求め、今町に向かっておるのじゃ」
「なるほど、理解したです」
――お、どうやら話が通じたのじゃ。ふう、いきなり襲われたらどうしようかと思ってたのじゃ。今のところ安心じゃな。
「ですが、なぜあなたは裸で、しかもこんなところにいたんです?」
「のじゃ!?」
――う、まあ普通はそう思うじゃろうなぁ。じゃが妾自身もこの状況をわかっておらぬからなんと説明すれば。うーむ、素直に話して比護してもらうべきか、芝居を打ってこの場をやり過ごすか・・・。
「えーと、そのじゃな・・・」
「・・・まあいいです。話ができるなら、とりあえずあなたからでてるその――」
(グアアアアアアアアアア!!!!)
「な、なんです!?」
「なんじゃ!?」
――雄叫び!? なんとも形容しがたいドスの入った声じゃ。
――というか、聞こえた方角から急に気配が沸いたのじゃ。さっきまで獣と言う獣すらまったく見ず感知すらしなかったのに、どう言うことなのじゃ!?
(グオオオオアアアア!!)
「この声、もしかして・・・」
――娘がなにか言うてるな。うむ、今の二度目の咆哮で位置が確定したのじゃ。
「あっちか・・・」
――じゃがあっちはたしか妾が最初に目覚めた場所。もしや、妾が気づかんだとでも言うのか?
「あなた、あいつがどこにいるのかわかるのです?」
「・・・ん?」
――なんじゃ、お主にはわからんかったのか?
「森全体から聞こえるので正確な位置が分からないです。あなたはわかったです?」
――ああ、なるほど。小娘の耳じゃと特定できんかったのか。
「ふふん、妾の耳は聞こえがいいのじゃ」
――これ見よがしと耳を動かしてみる。少し自慢げに言ってみたのじゃ。
「なるほど、獣人族ならば正確に聞こえるですか」
――なんじゃ、反応が薄いのう。つまらんのじゃ。
「あやつ、妾が最初におった場所から来とるのじゃ」
「え、それって・・・」
(グアアア!!)
――何か言いかけておったが聞いとる余裕はなさそうなのじゃ。
(ドスドスドス!!)
――早い。そして確実にこっちに向かってきてるのじゃ。ものの数刻もせずにここに到達するのじゃ。
「オ、オーガ!? なぜここに・・・!?」
――ん? 知らない名前がでてきたのじゃ。うーむ、どれがそいつなのじゃ・・・?
(グアアア!アアアア!!)
「お、あれか? ・・・って、お、鬼!?」
――なんなのじゃ、視認できたと思っとったら緑色の肌をした鬼がおるのじゃ!
――てっきり人かと思っとったら全身が緑の保護色に覆われとるのじゃ。通りですぐに視認できんはずじゃ。
「ガアアア!」
――やつの声が直接聞こえるまで近づいてきたのじゃ。いやしかし、威嚇のように吼えるのじゃ。よく見ると目が正気を失ったように感じるのじゃ。これは危険な臭いがするのじゃ。
「やはりあなたが狙いのようですね」
「そのようじゃの」
――あやつの目線がずっと妾に向けたままなのじゃ。妾の裸に興味があるのじゃ? ・・・まあそんな雰囲気ではないようじゃな。
「じゃが、あいにく妾にはあやつに狙われる見当がつかんのじゃ」
「いや・・・」
――何か言いかけたが口をつぐんでわからんのじゃ。
――それにしても、いったい妾に何の用なのじゃあやつは。お主とは初対面なのじゃぞ。
「・・・あなた、戦えるですか?」
――ぬ、なんじゃ。そんな期待できないような目線は。失敬な。
「誰に言うておる。妾は天下無双の武人なのじゃ。たとえ丸腰でも相手の力量がわかればすぐに対応できるのじゃ」
「え、その体でです?」
――なんじゃその意外そうな顔は。いくら死んだと思っておった昨日まで床に伏せてたとはいえ、勘さえ戻せばすぐに戦線復帰できる自信はあるのじゃ!
「ん?」
「・・・いや、獣人族ならばあまり身長は参考になら無いですね」
――勝手に納得しとるのじゃ。
「どうするのじゃ? 逃げるか?」
――小娘に聞いてみるのじゃ。知らない土地で、知らない敵と戦う。それはある意味無謀に近い試みじゃ。こやつはあのあやつの事をして居るようじゃからここは指示を仰いだ方がよいのじゃ。
「逃げるのはダメです。私はこういう状況を対処するために依頼を受けたです。」
――依頼、なるほど。それなら逃げるのはいかんのじゃ。
「・・・私一人で仕留めてみるです。幸い相手はあなたしか眼中にないのです。木の陰から不意打ちで仕留めれるかもしれないです」
――不意討ち。うむ、見つかってない状態ならばそれが最善手じゃな。
「なら妾はギリギリまで引き寄せて避けに徹するのじゃ」
――只待つのも小娘には悪かろう。妾も助力するのじゃ。
「・・・どさくさに紛れて逃げないでくださいです。あなたにはいくつか聞きたいことがあるのです」
――ごもっともなのじゃ。まあ、それに、
「こちらも聞きたいことがあるのじゃ。あやつを仕留めてから改めて話し合うのじゃ」
「はいです」
――返事一つで早速小娘は動いた。向かうは大木の陰、あやつから死角になる場所じゃな。
「なら妾はここで待つのじゃ」
――対して妾は現状維持。あやつの眼に妾を入れさせ小娘への注意をそらす。まあ最初から妾にしか眼中に無さそうじゃが。
「グオアアアアアア!!!」
――うむ、まっすぐ妾に向かってくるのじゃ。
「よいぞ、そのまま来るのじゃ!」
「グウウアアア!」
――なんとも愚直な殴り方じゃ。・・・ほれ。
(スカッ)
「ガ!?」
「なんとも遅い攻撃なのじゃ。ほれ、もう終わりか?」
「ガアアアア!!」
「くふ、いいのじゃ。もっと妾を見るのじゃ!」
(ガサッ!!)
――む、小娘が動いたのじゃ。
「はあああああ!!!」
(ザ・・・ガキンッ!)
「何です!?」
「ん!?」
――なんじゃ、明らかに刺さったとは思えん音が鳴ったのじゃ。
「弾かれたです!?」
「ガアアアア!!!!」
(ブンブンッ!!)
――うお、先の攻撃で暴れ始めたのじゃ!
「くっ!」
(ガサッ!)
「茂みに隠れた・・・すると不意打ちは失敗のようじゃな」
――まあ妾でも見てわかるのじゃ。こやつ、攻撃されて余計気が立って居るようなのじゃ。
「グアアアアア!!!」
――小娘を探しておるのか? 妾を無視してあたりを探しておるのじゃ。
――じゃが、好機。
「よし、後は妾に任せるのじゃ!」
――大往生するまでは録に身体を動かせんだからの、肩慣らしに相手してやるのじゃ。
「グアアア!」
――
――巨腕を生かした振りかぶり。じゃが・・・
「見え見えなのじゃ」
(スッ)
「グアッ!?」
――おーおー、空振ってよろけておるのう。その足、隙だらけなのじゃ。足払いで体制を崩せばあとは楽に・・・
(スカッ!)
「なっ!?」
――し、しまった! 今の妾の体格じゃとまったく届かんのじゃ!
「ガアアア!」
――あやつの体制がもう戻っておる。いかん、これではまともに攻撃を受けてしまうのじゃ! せめて防御を・・・!
「ぬう!」
(ゴッ!!)
――うっ! 受け止めれたのはいいんじゃが、
(ググッ・・・)
――ち、小さいから重心が・・・このままじゃと・・・吹き飛ぶ・・・のじゃ!!
(ブン!)
「のああああああああ!」
(メキメキメキッ!!)
「うっ! ぐ・・・」
――う、うまく茂みが妾を受け止めてくれてよかったのじゃ。
「・・・ん?」
――今の、妾から見てもかなりの衝撃じゃったのに、まったく痛くないのじゃ。この体、思った以上に頑丈なのじゃな。一体何者なのじゃ、妾は。
「・・・まあ、今はそれをありがたく思わせてもらうのじゃ!!」
(ビュン!)
――体を縮め、バネのように飛び出す。あまりの早さにあっけにとられておるようじゃな。しかも体が小さいお陰で捉えきれてないようなのじゃ。
「ならば今度こそ・・・!!」
――狙うはあやつの土手っ腹。あの娘の短刀で裂けれないとなると、強めで、穴を作るように、この拳で貫く、のじゃ!!
(ズボッッ!!)
「グギャアアアアア!!!」
「やったのじゃ! ・・・ぬ!?」
――血が出ない? どういう・・・。
「ガアアア!」
――ハッ!? しまった一瞬の動揺が!
(バキッ!!)
「ぐううううッ!!」
――流石におもいっきり脳天を殴られるとキツいのじゃああ・・・!!
――しかしなぜこやつは倒れんのじゃ? 確実に腸を・・・ん? そういえば、臓物を穿った感触が無かったのじゃ。代わりになにか別の・・・。
「何をしてるです!!」
「ッ!?」
――小娘か。妾を助けるためにわざわざ茂みから出てきたのか。
「そんなとこには器核はないのです!! オーガは首の裏の中にあるです!!」
――きかく? 一体なんのことじゃ?
「くっ!! 今度は私が注意を引くです!」
「アア!?」
――短刀を投げたのか? じゃが言葉通り注意を向かせる程度の威力なのじゃ。
「隙を見せたらその攻撃で器核を破壊するです!!」
「なんなのじゃ、その"きかく"とやらは!?」
――こやつ自身も初めてじゃのに、またわからん単語が出てきたのじゃ。
「くっ! 魔物の弱点です! 私が最初に攻撃した場所にあるです!!」
「首裏か、わかったのじゃ!」
――それにしても、魔物の攻撃を避けとるのにようしゃべるのじゃ。・・・いや、小娘もしや魔物の仕留められる攻撃範囲ギリギリを避けとるのか!?
「やりおるのじゃ」
「はやく!」
――じゃが時間もかけるわけにはいかないのじゃ。おそらく短時間じゃから可能の動き。うかうかしておられんのじゃ。
――魔物の首裏・・・あれじゃな。ちょうど傷がついとる。
(タッタッタ・・・!)
――早々に仕留めるのじゃ。今の妾は体が小さく、軽い。先程の木登りのように枝に乗り。
(タッタッ!)
――枝から枝へ飛び移る。そして狙いを定め・・・。
(バッ!!)
――降下しながら魔物の首裏に目掛けて。
(ズブゥ!!)
――拳で穿つのじゃ!!
「グギャアアアアア!!・・・・アッ!」
(ザッ、・・・バタン!)
「ふう・・・」
――なるほど、先程の腹への攻撃より確かに手応えがあったのじゃ。それが弱点なのじゃな
「ふう、終わりましたです」
「うむ」
――ん、少し息が荒いのう小娘。まああれだけ動けば・・・ぬ?
(シュウウウウウ・・・)
「死体が、消えゆくのじゃ・・・」
――あの巨体が、みるみるうちに光の粉になって消えていくのじゃ。
「初めて魔物が死ぬのを見たですか?」
「そうなのじゃ、跡形もなく消えるのじゃな」
「いえ、全部じゃないです。・・・最後これが残るです」
――なんじゃ? 小娘が地面からなんか拾ったのじゃ。
「これが器核です」
「さっき言っておったこやつの弱点じゃな、じゃがそれは妾が確かに壊したのじゃ」
――なぜ小娘のもっておるそいつはきれいな形をしておるのじゃ?
「あなたが破壊したのは器核によって作られた擬似魂です。器核を覆うように構成されてるですからまとめて器核と呼んでるです」
「それがどうやってあの魔物になるのじゃ?」
「それは色々あるです。まず今回のは・・・と話す前に」
「ん? 何をしておるのじゃ?」
「器核の活性化を殺したです。ここを破壊することでこの器核はただの魔石に変わるです」
――娘が指を指したのは器核の周りを回っておる小さい玉なのじゃ。どういう原理で浮いとるのか、わからんのじゃ・・・。
「活性化? もしや放置しておくと、よろしくないのじゃ?」
「です。器核は放っておくと、周りに滞留する魔力を糧に再構築するです。つまりこのままにしておけば、またあのオーガが復活するです」
「ほほう、して復活までどのくらいかかるのじゃ?」
「この個体だと、復活するまでかなり時間がかかるです。およそ一週間から三週間くらいです」
「ふーむ。魔物、なんとも不思議な生き物なのじゃ・・・」
「生き物・・・? あなた、本当に何も知らないです?」
【うむ。なにせ妾にとって、ここ自体知らん場所なのじゃ。】
「うむ。なにせ妾にとって、ここ自体知らん場所なのじゃ。妾はもとの国に帰るのが目的なのじゃ」
「ちなみに出身地はどこです?」
「妾はワノ国のキョウノ都に住んどったのじゃ」
「ワノクニ? ・・・ん? ・・・ごめん、聞いたことがないです。結構物知りだと自負してたですが、私でも知らない場所があるなんて・・・」
――なぬ?
「知らないじゃと? そんな馬鹿な話がないのじゃ。ワノ国は世界大戦を終わらし、天下統一を果たした大国中の大国なのじゃ。知らないはずがないのじゃ」
「天下統一を・・・果たした・・・?」
――なぜそこを疑問に思うのじゃ・・・? なにもおかしくなかろう、実際妾が先陣を斬り、敵将を討ち取り、殿から恩賞を授かったのじゃ。
「そうじゃ。お主も知っておろう、各国の大国が世界を纏めんとするために起こした、大戦のことじゃ」
――戦争後も、天下泰平を求め、各地の元国と連携し、民を導いていたのじゃ。
「その世界を統治したワノ国を、知らぬはずがないのじゃ・・・」
「・・・。」
――なんじゃその眼は。もしや妾を疑っておるのか・・・?
「ちなみに、その世界大戦はいつ終わったです?」
「・・・恐らく、10年前なのじゃ。妾が床に伏せてからはあまり時に関心が無かったから分からんのじゃが・・・」
「・・・。」
――また凝視しておる。まるで自分の答えと照らし合わせているような。妾のその先を見ているような目なのじゃ。
「妾は嘘はついてないのじゃ、本当なのじゃ」
「・・・ええ、あなたの仕草から嘘でないことは分かるです。獣人族は余程の訓練がない限り、尻尾の感情は隠すことはできないのです」
――なるほど、先程からの視線は尾の動きを注視しとったのじゃな。
「なので、ここからは私の推測です。ほぼ当たっていますが、あなたに聞くです・・・あなた、この世界の人ではないです?」
「・・・ん?」
――世界? 随分大事な話になったのじゃ。妾は国の話をしとったのじゃが・・・。
「よく分からんのじゃ。そもそも世界とはここの事なのじゃろ?」
「その反応、やはり・・・」
「なにがなのじゃ?」
「先に言っておくことがあるです」
「な、なんじゃ?」
「私の知る世界大戦とは、およそ一万年前に終わった歴史の中の話です」
「い、一万年前!?」
――ど、どういうことじゃ。妾の記憶だとまだ少し昔のように思い出せるのじゃ。それが大昔の話じゃと?
「世界大戦の言葉を聞いて、私はあなたが過去の人ではないかと推測したです。実際過去に時空を越え未来にやって来た人がいましたです」
「じ、じくう?」
――まったくこやつの言葉が理解できぬのじゃ。
「・・・まあこれは難しい話ですからですから無視して結構です。それよりその考えを無くす決定的な事実があなたの口からでてきたです」
「なんじゃ、それは・・・」
「それは・・・あなたの"ワノクニ"と言う国が、その大戦で勝ち残った国にはなったからです」
「・・・な!?」
――なんじゃと!?
「お、お主が知らぬだけではないのか?」
「いえ、国の歴史を知る上でこの世界大戦は欠かせない要素です。ですが私の記憶では、ワノクニは無い上、天下統一した話もないです」
「・・・え?」
――絶句なのじゃ。本当に妾の故郷がないのか・・・?
「確かに、あなたの言う"世界大戦"という単語は過去に存在するです。世界を崩壊に招くほどの戦争。でも、私の知っている世界大戦と、あなたの言っている世界大戦とは違うです」
「なんじゃ、どう違うのじゃ?」
「その戦争は神すら参戦し、弱肉強食の地獄絵図だったようです。そして戦は三つの種族の国を残してすべて亡国と化したです」
「神・・・なるほど。もうそこから既に妾の記憶と違うのじゃな」
――妾の記憶だと、世界大戦は起きたが国は三つ以上残っておったのじゃ。じゃがそれはあくまで国として。天下統一を果たしたワノ国を主導に各国が統治する機能を実践してなのじゃ。じゃが・・・。
「です。それで続きですが、終戦後に残った国の名は、妖精種の教国、人間種の帝国、そしてあなたのような亜人種が住む王国と言われてるです。現に今もその名で続いてるです」
「お主の話が本当ならば、妾は・・・」
――本当に知らない土地、いや、知らない世界に迷い混んでしまったのじゃな。
「・・・あなたは間違いなくこの世界ではない人です」
――口ではっきり言われると、それはそれでくるのじゃ・・・。
「そうか・・・」
――じゃが、まあ。前の世界で妾は大往生したのじゃ。何も悔いることはない。
「あ・・・ごめん、です。私、つい熱が入って配慮のない言葉を・・・気を落とさないでほしいです」
――心配しとるのか? たった今出会ったばかりじゃのに、優しいやつなのじゃ。
「いや、大丈夫なのじゃ。前の世界には未練はなかったからそれほど落ち込んでおらん。安心するがよいのじゃ」
「そうですか・・・」
「それにしても、見ず知らずの妾を心配するとは、お主は優しいのじゃな?」
「・・・い、いえ。普段はこんなこと無かったですが、あなたの事情を知ったらなぜか・・・」
――照れてるのか? なぜ妾に優しくしたのかわからんが、最初に出会ったのはお主でよかったのじゃ。
「コホン! えー、どの世界から来たのか、そしてどうやってこの世界に来れたのか、詳しい話を聞きたいですが、その前に」
「なんじゃ?」
「あなたから溢れ出るその魔力をどうにかしてくださいです」
「ん?」
◆ ◆ ◆
「おそらく、あなたが撒き散らした魔力が、あの魔物を産み出したと思うです」
「まりょく? 産み出した? どういう意味じゃ?」
「・・・あ、知らなくて当然です。ごめんです・・・」
「いや、謝ることはないのじゃ。つまりどういうことなのじゃ?」
「はいです。簡単に言えば、あなたから出ているその魔力が、悪影響を及ぼしているです」
「悪影響?」
「先ほどのオーガが、その原因です。魔力が一定量滞留していると器核へと変化し、魔物になるです。条件が整えば、オーガならおそらく一、二時間あれば生まれるです」
「一、二時間前・・・ちょうど妾が目覚めた時間なのじゃ」
「やはりです」
「じゃが妾がここに来るまで全く動物すらおらんかったのじゃ」
「です。それはこの森は魔力が少ないからです。いや、動物がいないからこそ魔力が少ない、というですか・・・」
「・・・ふむ、魔力が少ないこの森で、妾が魔力を出していたせいであのおーがが生まれたのじゃな?」
「です。最初は突発的な魔力溜まりかと思ってたです。まさか人から発した魔力とは・・・」
「ところでまりょくについて教えてほしいのじゃが――」
「詳しい話は後にするです。まずはあなたの魔力を解決しないといけないです。放っておくとまた魔物が生まれるです」
「う、うむ。そうじゃな、お主に任せるのじゃ。して、妾はどうすればいいのじゃ?」
「・・・おそらくあなたのそれは、普通の人の魔力の自然漏洩だと思うです。汗のようなものです」
「なるほど、妾のその、まりょくの漏れ方が異常と言うわけなのじゃな」
「・・・怖がらないです? 普通は人より異常だと不安になると思うです」
「何を怖がる必要があるのじゃ。妾は床に伏せる前は世界大戦で名を馳せた、天下無双の武人だったのじゃぞ? 普通ではないのは当たり前なのじゃ」
(えっへん)
「ず、随分豪胆な人です」
「そう褒めるでないのじゃ」
「えっと・・・話を戻すです。その魔力が異常なほど漏洩しているならば、いっそその魔力を体内で制御すればいいのでは、と私は考えたです」
「体内に?」
「そうです、意図的に体内に貯めて、漏洩する量を私たちと同じようにすれば、解決すると思うです。そうすれば町に行っても追い返されることはないです」
「・・・ん? もしや、このまま町に向かえば妾は除け者扱いになっとったというのか?」
「おそらくです。私ですら感じる異常な魔力をあなたは放出してるです。普通の人の量ならば、よほど敏感ではない限り感じることはできないです。そしてもしそのまま町に滞在すれば、魔物が生まれやすい場所に早変わりになってしまうです」
「そうなのか、それはこまるのじゃ・・・」
「なのでここで魔力制御を習得するです。手探りですが、およそ構想はできてるです」
「妾のために助けてくれるのか?」
「最初はそんな気はなかったです。けどあなたの事情を少しだけ知って、気が変わったです」
「そうか、それはありがたいのじゃ」
「さて、さっそくやるです。魔力を知らないならば、まず魔力の感覚を身に付けるです。・・・よし、私の手のひらにあなたの手を置くです」
「その手にか? ・・・おお、何かを感じるのじゃ!」
「これは私が出している魔力です。この魔力の感覚を掴めば、自分の魔力ならば自在に操ることができるです」
「ほほう、なるほど」
「あくまで自分自身だけなので、あなたにもこの魔力の感覚を早急に掴んでもらうです」
「うむ、わかったのじゃ」
「魔力は普段から身体中に滞留してるです。それを意識的に動かすようになれば大丈夫です」
「ふむ、意識する・・・む! お、これが魔力なのじゃな?」
――娘の真似をして手のひらに魔力を集めたのじゃ。
「え、もうです? ちょっと失礼・・・」
――お、娘が確認するために手を重ねてきたのじゃ。
「・・・できてるです。さすが天下無双の武人、要領が早いです」
「ふふん、そうじゃろ? それで、体内で制御とはどうすればいいのじゃ?」
「やってみた人はみたことないのでほぼ私の憶測です。まず、あなたの体を一つの器と見立ててみるです」
「器・・・?」
「器です、水を受け止めるような形を想像するです」
「なるほどなのじゃ。器、器・・・思い浮かべたのじゃ」
「では次に、その器へと延々注いでいるの水差しを思い浮かべるです」
「今度は水差し・・・うむ!」
「それが、あなたの魂です」
「魂?」
「魂と魔力は密接した関係だと、今はそう理解してもらえば十分です。そしてその魂から注がれる水が魔力だと、想像するです」
「器に注がれる水が魔力・・・うむ、把握したのじゃ。じゃがこのままだと」
「そうです。注き続ければいずれ魔力は満ち、最後は溢れるです。ですが、この溢れた魔力こそが、先程言った魔力の自然漏洩のことです」
「なるほどの、ようはこの溢れる量を常人並みに減らせばいいのじゃな」
「です。なのでその器をあなたの魔力で大きくし、溢れる量を制限する想像を浮かべるです」
「大きくなった器、魔力を押さえる器・・・うーむ、難しいのじゃ。そういえば想像するだけで魔力が扱えるのは本当なのか?」
「原理はまだ不明ですが、昔からこの方法が世界で伝わっている技術なので魔力と想像は決して無関係とは言えないです。そして魔力は突き詰めると、想像すればあらゆる事象を具現化できる力を持っていることになるです」
「魔力とはすごいのじゃな。何でもできるとはまさに万能な力なのじゃ」
「です。しかし欠点はあるです。簡単な話、その想像に見合った魔力がなければ使った本人に影響を及ぼすです。それは最悪しに繋がるです。なので魔力は誰もができる万能、と言うわけではないです」
「なるほどのう・・・よし、ようやく想像が固まったのじゃ」
「・・・それを確かめるために、早速今溢れている魔力を受け止める器に流し込んでみるです」
――器、つまり妾の体に流し込む、そんな想像でいいじゃろう。
「流してみる・・・のじゃ」
「・・・おぉ」
――うむ、妾の体の内側に魔力が溜まっていくのが分かるのじゃ。体に流れる魔力とは違う感覚なのじゃ。
「どうじゃ、上手くいったかの?」
「はいです。あなたから出てきた魔力が格段に減ってるです。・・・ですが」
「ん? なんなのじゃ?」
「あなたの毛を見てみるです」
「毛? ・・・おお、真っ黒なのじゃ!?」
「おそらくこれが魔力です。魔力は種族や個人で変わるです。ですが魔力を可視化できる人はごくわずか、あなたのような魔力が高く、扱いがうまい人しかできないからです」
「そうなのか。さすが妾なのじゃ。しかしもとは真っ白じゃったのに黒くなると随分印象が変わるのじゃ」
「黒くなったのが気になるです? たしかにあの白さは魅力的です」
「いや、まったく」
「そですか」
「そもそもこの体自体、今日はじめて見たのじゃ。あぁ、前の世界で鍛えた体が懐かしいのじゃ・・・」
「前の世界の体とどう違うです?」
「何もかもじゃ。図体はお主より更に大きく、筋骨隆々だったのじゃ。おかげで先の戦いで不甲斐ない姿を見せてしまったのじゃ」
「不甲斐ないって・・・ああ、足払いの時ですか」
「そうなのじゃ。つい前の体の感覚でやってしまったのじゃ」
「改めて思い出すと、滑稽です。ふふ」
「わらうで・・・まあ笑ってしまうか。妾でもあの失態を端から見れば笑いそうなのじゃ」
「・・・そういえば、あなたはこの後、町に向かうと言ってたです?」
「そうなのじゃ。当初はこの場所を把握し、妾の故郷に帰るつもりだったのじゃ」
「・・・」
「じゃが、計画は破綻。全く知らぬ世界に裸一貫の妾。聞くだけでは全くもって絶望的なのじゃ」
「・・・そうです、ね」
「じゃがな、妾はこう考えてみたのじゃ。『新しい人生を謳歌しよう』とな」
「新しい人生・・・」
「そうじゃ。妾はすでに前の人生には満足しておったのじゃ。じゃから未練たらしく過去にしがらみ憂いに浸るより、いまを楽しく生きるのじゃ!」
「・・・。」
「・・・うむ。独白が過ぎたのじゃ、忘れてくれ」
「いえ、気にしてないです。それで、よかったら私が町まで案内するです」
「おお、本当か?」
「さっそく向か・・・、その前に・・・っしょと」
――なんじゃ、いきなり脱ぎ始めたのじゃ。
「とりあえずこれを着るです。上着だけですが、あなたの背丈なら隠せるです」
「ありがとな・・・ん? そういえば妾の世界では見たことない服なのじゃが・・・こうかの?」
――先程のを見るに、ここに首から通せばよいのじゃな。・・・う、なんじゃ、頭が入らんのじゃ! それにうまく腕が通らないのじゃ! おまけに動けなくなったのじゃあ・・・!
「プ、クフ・・・ククク」
――わ、笑われとるのじゃ。はようせんと・・・しかし、力を入れればこの拘束から脱出できるが、それでは服が破けてしまうのじゃ。うむむ。
「すまぬ。た、助けてくれなのじゃ・・・」
「は、はいです。えーと、まずはこうして、つぎにここへ頭を通すです。それで手はここです」
「ん、しょっ・・・ふぅ、ありがとなのじゃ」
「丈は・・・うん、下まで隠れて大丈夫です。下着は・・・」
「いや、このままでも十分ありがたい、残りは町でどうにかするのじゃ」
「そうです、か・・・。では町に行くです」
「うむ」
◆ ◆ ◆
「ここからだと昼までに着くはずです。その時間なら店が開いてるです。ちなみに町でどうにかするといったですが、あてはあるです?」
「・・・まあ無いの。かといってお主から服を剥ぎ取る必要はないのじゃ。この先は自分で何とかするのじゃ」
「・・・ならば、せめてこれを使うです」
「なんじゃ?」
「これはこの世界の通貨です。通貨の意味、わかるです?」
「うむ、売買に使われる共通貨幣じゃな。妾の世界にもあったのじゃ。まさか妾に?」
「です。少ないですが、これで服を買うです」
「・・・お主本当にお人好しじゃな」
「あなただから、と、つけて下さいです。私も、普通見ず知らずの人に見返りの無い恵みは与えないです」
「ではなぜ妾に?」
「秘密です。・・・それとも無理矢理聞いて私を不機嫌にしたいです?」
「わかった、詮索はしないのじゃ」
「よろしいです。ちなみにこの硬貨ですが、この、銅で輝く丸いのが一番価値が低い硬貨です。そして銅硬貨が一番世間で流通してるです。次に銀、これは商人や富豪たちがよく使う貨幣です。これ1枚で銅100枚の価値があるです。最後に、今手持ちに無いですが、金と、その上に白金、の二つがあるです。それも銀100枚で金1枚、金100枚で白金1枚の価値があるです」
「随分価値に対する枚数が多いのじゃな」
「いえ、正確にはそれぞれの最低価値での比較です。これを見るです」
――ふむ、全部同じ銅硬貨・・・じゃが。
「形が違うのじゃな」
「です。同じ銅でも形の違いで価値が変わるです。○→◇→△の順に価値が高く、それぞれ10枚分の差があるです。つまり○銅硬貨100枚で、○銀硬貨1枚の価値になるです」
――なるほどの。
「よく見たら、中央の宝石の色が違うのじゃな」
「です。赤、青、緑と分けられてるです。これは偽造対策で、正確には宝石ではなく魔石です。魔石は、さっきの魔物から手にはいる器核を加工した工芸品です。これに識別の魔力を封入することで偽造を防ぐ役割が可能です」
「ほほう、すごい技術なのじゃ。それにしても随分念入りじゃのう」
「昔は無かったです。でも偽造による被害から、長年の技術で約100年前辺りから流通し始めたです。そして徐々に既存の貨幣を随時回収し、最近ようやくすべての貨幣をこの魔石入りに交換できたらしいです。なので魔石の入ってない硬貨は使えないです」
「なるほどなのじゃ。して、妾の借りたこれはどのくらいの価値があるのじゃ?」
――あらためて妾に渡された硬貨を見てみたのじゃが、◇銅硬貨が三枚、○銅硬貨が10枚なのじゃ。全部で◇銅硬貨4枚分、ということになるのじゃな。
「この硬貨でどのくらいの買い物ができるのか知っておかねばらなんからの」
「今から向かう、私の町で食べれる食事処では、◇銅硬貨1枚で軽い食事ができるです。服は、一式揃えれば◇銅硬貨三枚くらいがかかるです」
「すると、昼飯と服でギリギリなのじゃな」
「です。今の手持ちで出せる限界です・・・ごめんです」
「いやいやいや道案内してくれる上に金を貸してもらえるだけでも十分ありがたいのじゃ! そう悲観にならないでくれなのじゃ!」
――なんと優しい娘なのじゃ。ここまで来るとなにか裏があるのではないかと勘ぐってしまうのじゃ。じゃがまあ、今はその行為に甘えるとするのじゃ。
「して、金はありがたく借りるのじゃが、ついでに金を稼ぐにはどうすればいいのか聞いていいのじゃ?」
「はいです。今から教えようと思ったです」
「そうか、助かるのじゃ」
「もしよかったら私の家で働かないかです?」
「お主の家じゃと?」
「です。私の家は町の宿屋をしてるです。仕事の内容は空き部屋の掃除と食事の給仕、寝具などの洗濯があるです」
「う、それは俗に言う家事なのじゃな・・・?」
「そうです・・・何か?」
「うーむ、仕事を提供してくれるのはありがたい話なのじゃが、それは妾にはちと不向きな仕事なのじゃ・・・」
「そうですか。そういえば前の世界ではどんなことしてたです?」
「先程も言っておったが、妾はキョウノ都で戦のために戦っていた武人なのじゃ。生まれた頃から世界大戦が始まっておった時代に、妾が生きるために為してきた結果なのじゃ」
「あ・・・」
「察しのとおり。妾は戦うことしか知らぬ、戦い抜いて果てた生粋の武人なのじゃ。そんな妾が慣れない客商売すれば必ずボロが出る。妾自身も似合うとは思えんのじゃ。じゃからその誘いは難しいのじゃ・・・」
「大丈夫です。練習すれば上手くなるです。最初からうまい人など少ないほうです」
「う、うーむしかし・・・やはり無理なのじゃ」
「そうです、か・・・」
――思っている以上に落ち込んでおるのじゃ。いや、考えておるのか? まあ、せっかくご厚意を無下にさせてしまったのじゃから、そうなるか。じゃがしかし、無理なものは無理なのじゃ・・・すまぬ。
「うむ。じゃから妾に向いているのは先程のような魔物の討伐だと思っておるのじゃが、そういう類いの仕事はあるのかの?」
「魔物の討伐・・・あるです」
「おお、あるのじゃな。して、どのような仕事なのじゃ?」
「冒険者って言うです」
「冒険者? 名前からあまり関連がなさそうなのじゃが」
「です。元々、世界大戦よりずっと昔、未開拓時代からある仕事で、本来は現地調査及び驚異のある魔物の討伐を目的にしてたですが、世界を踏破したあとはその魔物討伐だけが残ったです」
「ならば狩人とかに変更しても良さそうじゃがの」
「その案もあったようです。でも既に動物を狩る仕事を狩人と呼んでいたから、そのままにしてるようです」
――なるほどの。得意分野が違うのに一緒にしたら混乱するからあえて分けてたわけなのじゃな。
「して、それはどこにいけばよいのじゃ?」
「ギルドって言う建物が町にあるです。町の真ん中に大きくて分かりやすい役場があり、その隣に建ってるです。装備している人が出入りしているですからすぐにわかるです」
「うむ、冒険者にギルドなのじゃな。ありがとなのじゃ」
◆ ◆ ◆
「ところでじゃ」
「なんです?」
「妾はいったい何者なのじゃ?」
「何者・・・異世界から生まれ変わった、武人?」
――まあそうなのじゃが。
「いや、妾が知りたいのはお主の言っておった種族のことじゃ。確か、妾は亜人種なのじゃろ?」
「です。でもあまり断言できないです」
「なぜなのじゃ?」
「確かに亜人種、その中の狐の特徴を持つ獣人族だと思ってるです。獣人族は獣の特徴を持つ種族です」
「確かに妾のこの耳と尾は狐のそれじゃの。なぜ断言できぬのじゃ?」
「まず、魔力制御する前の、輝く白い髪です。狐の獣人族は黄色と赤と黒っぽい灰色の三色の髪色と言われているです。でもあなたの髪は不自然なほど白く輝いていたです」
「確かに、妾もあれほどの白さは見たこと無いのじゃ」
――年老えば白髪になるが、あれとは違う感じじゃったの。
「あと、その魔力の量です」
「これか」
――よく見れば普通の黒髪とは違って艶が無いのじゃ。光を全く反射しないせいで指で梳かさないと黒い塊にしか見えんのじゃ・・・。
「先ほども言ったですが、あなたのその魔力は普通の獣人族よりも遥かに多いです。いえ、他のどの種族よりも抜き出てる可能性があるです」
「そんなにもか。じゃがたまたま魔力が多い、たまたま白い髪になった、と言うことは無いのかの?」
――いわゆる突然変異というやつなのじゃが。
「確かに亜種などいろいろいるです。ですが、そこまでの大きな突然変異は聞いたことないです」
「そうなのか?」
「です。それに、そもそもあなたがどうやってこの世界に来たのかがまだ不透明な時点で、普通の生まれ方ではないと思うです」
――確かに。目覚めたら妾一人で森の中におった。誰かの家のものではなく森の中で。もしや捨て子かと思ったが、妾の親はもうとっくに他界しとるしそれは前の世界でのことじゃ。どうしてこの姿になったのか、それすらもわからんのじゃな。
「つまり世間にはあまり見かけない種族というわけなのじゃな?」
「です。ですがその黒髪は白髪よりは多少目立つことはないです。そのまま町に行っても大丈夫と思うです」
「うむ。わかった」
◆ ◆ ◆
「さて、ようやく町が見えてきたです」
「お、あれがそうじゃな・・・ん? どうしたのじゃ?」
「――残念ながら、ここでお別れです」
「ん?」
「私はこの後森の調査に戻るです」
「ん? 何故じゃ? 原因である妾はもう解決したのじゃぞ?」
「です。ですが、あなたの漏洩した魔力で他にも魔物が出現している可能性があるです。それを調べに行くです。ここで別れるのは本当に残念ですが」
「・・・そうか。それは迷惑かけるのじゃ」
――ん? 心なしか、妾が思っておる以上に悲しい顔をしておるの。そんなに妾が心配なのか?
「もともと依頼なので気にすること無いです。報告するためにも、ちゃんと見て回る必要があるですから」
「わかったのじゃ。では金を返すときにまた会うのじゃ」
「・・・あ、もしよかったら名前聞いていいです?」
「おお、そうなのじゃ。ずっと話し込んで自己紹介もしておらんかったのじゃ。改めて、妾はハルカなのじゃ。気軽にハルカと呼ぶがいいのじゃ」
「私はマオ・アーカード。マオでいいです」
「わかったのじゃ。また会おう、マオよ」
「ではまた会うです。ハルカ」
【それよりも先にギルドへ向かうとするかの。】
――マオから服を買うため用に硬貨をもらったが、まあ服はしばらくこれで十分じゃろ。
硬貨の入った巾着を手に持ち、歩みを進める。
「それよりも先にギルドへ向かうとするかの」
――働き口は早めに確保せんとな。
◆ ◆ ◆
森。人の通り道であろう、草木が生えていない土道を歩く。
衣服は貰った上着のみ。目覚めた時からずっと裸足で歩いているが、小石の尖った先を踏んでも痛さは感じない。
頭上から差し込む光が徐々に明るくなる。
――木漏れ日が多くなってきたということは、もう少しで出口じゃな。
「・・・むう。ずっと森の中じゃったから日差しが眩しいのじゃ」
細目になりつつ歩くと、遂に森を出る。土道は続き、その道は遠くに見える町へと通じていた。
「確かにあれから一度も魔物を見なかったの」
マオ曰く、あの森には魔物は滅多に出ない。
――やはり妾の魔力が原因じゃったか。ならばいっそう"魔力制御"は怠らぬようにしなければいかんの。
己の有り余る魔力に今一度注意する。元の白い髪の名残はなく、あるのは魔力に染まった光すら反射しないどす黒い髪。
別段気にしてはない。が、おそらくいつかは白い髪を見たくなる日が来るかもしれない。
◆ ◆ ◆
土道を歩き、いよいよ町に到着する。
端から見たその景色は、村と言えるほど閑静ではなく、だが街ほど大きくもない。大人ほどの高さの石壁、そこから突出する木製の見張りやぐら。
――外見は違うが、基本的な造りは同じなのじゃな。
「前の世界も、こんなのどかな暮らしじゃったな・・・」
町に入る手前、その入り口に人影を目にする。
――お? あれは門番・・・って昼間っから爆睡するとは、まあそれほど平和なのじゃな。
歩みを止めず、その門番をよく観察する。
――しかしマオの言っていた通り、本当に獣のような人間じゃのう。
イビキをあげ、熟睡している者は頭に獣の耳をつけている。体は人間と変わらない。ただ一部が獣になっていた。
――妾のは触感でしかわからなかったのじゃが、これが亜人種の獣人族なのじゃな。
「寝ている今ならこっそりは入れるやもしれん。が・・・」
――後々のことを考えれば、一度顔を覚えてもらった方がよいか。なら起こした方がよいのじゃ。
「おいお主、起きるのじゃ!」
「うおっ! な、何だいきなり!?」
「驚かしてすまんのじゃ」
「ってガキか。いったい何の用だ? こっから先は森だからあぶねーぞ?」
「今しがた妾はその森から来たのじゃ」
「んん? 何だ、迷子か?」
――迷子、と言えばあながち間違いではないのじゃ。せっかくじゃからその呈で話を進めるかの。
「うむ。気がついたらこの森に迷い込んでたのじゃ」
「そりゃあ難儀なこって」
「じゃからこの町に入っても良いかの?」
「おおいいぞ。俺はガキ相手に追い返すほど非情なヤツじゃないからな。・・・おっと。助けが欲しけりゃ、この道をまっすぐ進めば役場があるからそこで相談しな」
「うむ、助かる」
――ふう、成功なのじゃ。さっそくギルドに向かうとするかの。昼飯は冒険者になった後からでも遅くなかろう。
◆ ◆ ◆
――それにしても、門番の男といい、みな妾と同じような獣のような人ばかりじゃのう。
町。賑わうには少々閑散としているが、のどかな風景が広がる。
――お、あったあった。これが役場で、そのとなりがギルドなのじゃな。
(カラン、カラン)
「ほう、まばらじゃが、それなりに武人がおるようなのじゃ」
――して、まずは受付に挨拶するかの。
「のう、お主。妾は冒険者になりたいのじゃが、登録はここでよいか?」
「ん? ・・・なによあなた子供じゃない。子供はここに入ってきちゃダメなところよ」
「妾は子供ではない。こう見えてもう110歳は生きておる」
「・・・はあ? 冗談言うならもっとましなの言ってよね」
「本当なのじゃ、嘘はついとらんのじゃ」
「喋り方で誤魔化してもあんたの見た目でバレバレなの分かる? どっからどーみたって10歳以下の子供でしょ」
「それについては理由があるのじゃ、妾は今日・・・」
「別に聞く気ないから。さっさと帰って」
「ぐぬぬ、なら妾の力量を見せれば良いのじゃな?」
「力量? あーダメダメ。例え子供でも、町の中で暴力振るえば即厳罰だから、力を見せつけるのは特例でもない限りご法度なの。やったら色々面倒になるからやめて」
「うぅ・・・ならどうすれば認めてくれるのじゃ!」
「はあ、だから無理だっ・・・あ〜そうね〜、器核、持ってきなさいよ」
「器核・・・魔物を倒したときにでるヤツじゃな?」
「そうよ。あんたなんかすぐに食べちゃうこわーい魔物から取れるヤツよ。どう? 無理でしょ? だからさっさと・・・」
「うむ、それなら簡単じゃ。それでいくつ持ってこれば良いのじゃ?」
「・・・なによあんた本気? 魔物って聞いて怖がらないの? 食われたら死んじゃうのよ?」
「怖がるもなにも、さっき倒したのじゃ。器核はもって帰っておらんがの」
――マオが持っておるから手元にないのじゃ。
「はあ? 口だけならいくらでも言えるわよ」
「わかっておる。じゃから今から取ってくると言っておろうに!」
「・・・じゃあ1個でいいわよ。とれるもんならとってきなさい」
「うむ。首を洗って待っておるのじゃ!」
「はいよー、二度と来ないでねー」
◆ ◆ ◆
「くぬぅ、なんなのじゃあの娘は! 妾を見た目だけで判断しおってからに!」
――しかしこのままじゃと金策がないままなのじゃ。そうなると、妾の働き口がマオの宿屋になってしまうのじゃ。
「じゃがそれは避けねばいかんのじゃ・・・」
――実を言うと、服を着せてもらったときにマオには言えなかったのじゃが、妾はこと"戦以外"に関しては点で不器用なのじゃ。マオの言っておった、仕事内容(家事洗濯掃除)を言われたとき、「これは無理じゃ」と思っておったのじゃ。
「じゃから、なんとしてでも冒険者にならねばならぬのじゃ!」
(グウウウウウウ・・・)
「・・・まずは腹ごしらえに行くかの」
◆ ◆ ◆
「うむ、美味であった! 初めて見る食べ物だったが、妾の口に合う味でよかったのじゃ!」
――近くに食事処があったのは行幸じゃったな。飢えたままさ迷うのは勘弁願いたいからの。
「これで予定通り残り◇銅硬貨三枚。後のは服に使うが、まあ買うのは後でよかろう。まだ冒険者になったわけではないからの」
ふと空を見上げる。天から差す光は、今が昼だと示さんばかりに照り続ける。
「昼、か。このまま出発すれば日が沈む前に帰れるかの」
――さて、となると魔物のいそうな場所じゃが・・・。マオと会ったあの森は無し、じゃな。滅多におらんと言うておったし。
「ならば別の方に向かうとするか――」
(ドゴオオオオオオオオオオオオオオ!!!!)
「ん? 今何か・・・」
――なにか、落ちたような感じじゃったな。それにしては音の大きさがずいぶん小さいが。
音は小さい。だが、その音は明らかに異常さを感じる。まるで噴石が地表に堕ちたときのような雰囲気。
「遠くで何か落ちたのか?」
――じゃがおかしい。なぜ周りの皆は無関心なのじゃ?
周りにいる住民を、目立たないよう見渡す。しかし映るのは変わらぬ日常。それはまるで最初から聞こえていないかのような雰囲気。
――まさか、本当に聞こえなかったのか? ・・・とりあえず近くの人に聞いてみるか。
「そこの者、すまぬ」
「お、なんだい嬢ちゃん?」
「聞きたいことがあるのじゃが。先程遠くで何かが落ちたような音がしたんじゃがお主も聞こえたかの?」
「音? うーん、聞こえなかったなぁ。何かの聞き間違いじゃないかな?」
「そうか、ありがとなのじゃ」
――となるとマオの時と同じように、妾の耳が良いから聞こえて他の者には遠すぎて聞こえておらんと言うわけじゃな。
「それにしても君、随分年寄りっぽいしゃべり方だね」
「気にするでない、これは妾の口癖なのじゃ」
「そうかい、聞いて悪かったね」
「構わぬ、では」
◆ ◆ ◆
――音の方向からに、こっちの出口からが近いそうじゃの。
「こんにちはなのじゃ」
「ん? どした?」
「今から外に出たいのじゃが、良いかの?」
「ああ、構わねぇぜ。だが行くのはお前一人だけなのか? 親はどした?」
「うむ、親に頼み事をされておっての、妾一人でこなせる内容なのじゃ。しばらくしたら戻ってくる」
「・・・そっか。まあこっちの平原は滅多に魔物はでないからな、早めに済ませて戻ってこいよ」
「のじゃ。では行ってくる」
◆ ◆ ◆
町を出てしばらく街道を歩く。人の行き来を表すように平らな土が道なりに続く。
――確か、この辺りじゃな。
街道沿いに歩いていた足を止める。横を見れば背の低い草が絨毯のように生えている。そこは草原。
――先程の音、もしかしたら魔物やもしれん。不意打ちを気をつけて気配を探りつつ、慎重にいこうかの。
不意打ちを食らうほど感が鈍っていないと自負する。が、用心はするべき、と目的地に向かうまで感覚を鋭くし、大きな狐の耳を立てて音を拾う。
――うむ、あそこじゃな。
少し煙が上がっている。何か燻ったような臭いもするが、これは草の方と考える。
「・・・ん?」
――なんじゃこの惨状は? 何か戦闘があったのか?
あまりの光景に少し驚く。
目の前には鉄でできた部品がいくつも散らばっている。その大きさは大小様々。一部は赤く熱を持って、周辺の草が焦げていた。
「――――。」
「ん? 今なにか聞こえたような」
微かに声が聞こえる。目の前の光景に気が回っていて気がつかなかった。
「――――。確認」
――間違いない、声が聞こえるのじゃ。誰か生きておるのか?
周辺を見渡しながら声のする方に足を進める。そして声の付近まで近づいたとき、
「む・・・」
思わず声を漏らす。戦争終結してからしばらく見てなかった光景を目にし、少し動揺する。
――これは無惨なのじゃ。体の大半が・・・。
死体をまじまじと見る。見えたのは死体の上半身のみ、下半身が全く見当たらない。
だがまじまじと見ることで再び驚くことになる。
――って、なんじゃこれは!?
「人、形・・・?」
――これは、人に似たモノ・・・なのか?
「人形がこんなところで壊れておる・・・」
――見渡してもあるのは広い草原、とても一致する組み合わせじゃないのじゃ。
「さっきから聞こえる声を探すか・・・ん?」
≪機体に深刻な損傷を確認≫
「もしや、さっきから喋っておったのはお主か?」
――いやおかしいのじゃ。体がこんなにバラバラじゃのに、なぜそんなに淡々と言えるのじゃ!?
≪記憶デバイスに損傷を確認≫
≪人格プログラムに損傷を確認≫
≪危険レベル最大。外部からの早急な対処を推奨≫
「危険? 外部? なんのことなのじゃ?」
≪修復プログラムを再施行≫
――もっと近づくか・・・。にしてもこの惨状、見る感じじゃと空から落ちてきたのじゃ? こやつを中心に鉄の塊が落ちておるようなのじゃ。
≪周囲に生体反応を確認≫
(ビイイイイイイイ!!!)
「のじゃ!?」
――今度はなんじゃ! と言うか、こやつは生きておるのか!?
≪魂機関に異常を確認。再生機能に必要魔力が基準値を満たしてません≫
≪魔力供給を最重要項目に設定≫
≪外部からの魔力供給を要請≫
≪外部からの魔力供給を要請≫
≪外部からの魔力供給を要請≫
「な、なんじゃ、何をいっておる!? 妾に分かる言葉を話すのじゃ! 魔力がなんじゃと!?」
ピー
≪音声を確認。外部からの干渉可能性、大≫
「こやつ、もしかして妾に話しかけておるのか?」
≪音声を確認 機体胸部にある魂機関へ魔力の供給を要請≫
――胸の辺り、これか? とにかくこれに魔力を出せば良いのじゃな?
「ど、どのくらい渡せば良いのじゃ!?」
≪自己修復可能な魔力総量は、およそ90万~100万マガロン≫
「まがろん? 数値が聞けても単位がどれくらいか分からんのじゃ」
≪1マガロンで100マリットル≫
「じゃから! その魔力の最小量がどのくらいなのかが! そもそも分からんのじゃー!」
≪警告。魂機関の衰弱を確認。早急に魔力供給を要請≫
「ぐぬぬ。わかった、わかったのじゃ!」
――そこまで言うなら妾の魔力をやろうではないか! いくぞ、"魔力解放"!!
≪超高濃度の魔力を感知≫
――お、魔力の制御を解いたら髪が真っ白に戻ったのじゃ。それに、なぜか体がとてもスッキリな気分なのじゃ。こう、我慢していた小便をやっと出せたときのような・・・まあよい、今の妾は気分がよいのじゃ。
≪当魔力を胸部の魂機関に付与、要請≫
「ここじゃな? よかろう。妾の魔力、お主にありったけやる! 受けとるのじゃ!」
≪膨大な魔力質量を確認。魂機関への供給を開始≫
――おお! 胸に手をかざして魔力を出したらどんどん吸い込んでいくのじゃ。面白い、こやつには悪いが、妾の魔力がどれ程あるか試させてもらうのじゃ。
≪魂機関の再始動を確認。優先順位に従い、AIの補修を開始≫
――同じことを連呼しとったのが変わってきたのじゃ。補修、つまり直しておるわけじゃな。
「鉄でできた人形じゃのに、自分で直すのか。すごいのじゃ」
――ならば妾はそれに助力するまでじゃ。ほらほらどんどん魔力を送るのじゃー。
≪システムの破損状況を確認≫
≪記憶デバイスの破損が深刻≫
≪対応につき、AIのフォーマットを推奨。有無を外部に譲渡≫
「な、なんじゃ?」
突如目の前、正確には横たわる人形の上空に半透明の薄い板が現れる。
――これは、文字か? ぬう、妾の識字能力は皆無に等しいから読めんのじゃ。
「お主、妾は文字が読めんのじゃ。何と書いてあるのか言ってくれんか?」
≪音声を確認。記載してある内容、破損したAIのフォーマットの有無を要請≫
「フォーマット、と言うのがわからんが、有無と言うならこれのどちらかを選択せねばいかんようなのじゃな」
文章が書かれているしたに二つの文字と思われるもの書かれている。
――どちらがどんな意味を持つかわからん。じゃが時間がない、この『Y』を選ぼうかの。
≪選択を確認。AIのフォーマットを開始≫
≪フォーマットの完了を確認。初期設定開始≫
≪・・・・・・≫
≪・・・・≫
≪・・≫
≪通告。最大保有魔力の設定を自己判断不可。外部に譲渡≫
「また妾に聞くのか? そんなもん、大いに越したことがない。妾と同じくらいじゃ」
≪外部からの音声を認識≫
≪対象の種族を検索・・・確認、神獣"白狐"≫
≪よって神獣クラスの魔力総数に設定≫
≪設定により引き続き魔力供給が必要、要請≫
「うむ、どんどんあげるのじゃ。妾はまだまだいけるぞ」
≪設定された魔力総量まであと70%≫
≪AIの初期設定に異常。外部からの魔力供給によりAIロジックが固定。変更不可。続行の有無を要請≫
「よくわからんがそのままでよいのじゃ。早く助けるに越したことないからの」
≪外部からの音声を認識。AIロジックは維持≫
≪設定された魔力総量はまであと90%≫
「ぱーせんとがよく分からんのじゃ。あと何分で終わるのじゃ?」
≪現状の供給速度ならば、あと11分≫
「ほう、もうすぐか。さすがに疲れが出てきたのじゃ・・・」
――体の脱力感がすごいのじゃ・・・。これは、あまり魔力を使ったら駄目というわけじゃな。
≪魔力供給が基準値を突破≫
≪魂機関の再稼働を確認≫
≪修復プログラム、正常に稼働確認。修復開始≫
「ふう、よくよく考えたら、妾は人?助けをしたのじゃな」
――あまり得にならんことはやらん主義なのじゃが、まあ見殺しにするよかマシじゃろ。
◆ ◆ ◆
魔力を与えてから暫く経つ。
人形の体はほぼ修復が完璧になりつつある時、一つの違和感に思わず声をあげる。
「なんじゃその胸大きさは・・・」
――いや、大きすぎるじゃろ。妾の知る女性の中でも段違いの大きいのじゃ。
徐々に修復されていく体に、大きな二つの乳房が現れる。
大きさは今までの記憶では見たことがないほど大きく、人の頭より遥かに巨大だった。
――じゃが今妙に興奮しておるのはなぜなのじゃ・・・。
その光景に少しばかり劣情を抱く自分に違和感を覚えた。
――老人になった辺りから、性欲とは無縁になっておったと思っておったが。これは妾の体が関係しておるのかの。
「おお、下乳でへそが見えぬとは」
――けしからんのう。これは魅力というより、視覚からくる魅惑の暴力じゃな。
「あ、じゃが性器は無いのじゃな」
――きれいに修復しているが股間と胸の性器が無いのじゃ。まあ人形じゃからそうじゃと思っとったがの。ふう、少し落ち着いたのじゃ。
≪AIシステムの設定を再構築≫
≪機体の修復完了まであと30%≫
――雰囲気から察するに、もうそろそろ終わりそうじゃの。
≪機体の修復に異常。頭部センサーが既存の形態に修復不可。原因、外部からの魔力供給による影響≫
「なんじゃ、またか」
≪頭部のセンサーの外見変更、承認、要請≫
「承認承認、なのじゃ。・・・まったく、早くこやつを助けてやってくれなのじゃ」
≪外部からの音声を認識、承認を確認。頭部センサーの修復開始≫
――ん? 心なしか妾の耳に似ているような・・・まあ、まだ手の感触でしか知らんのじゃが。
≪機体修復、100%。AIの覚醒を確認≫
≪完全な覚醒まで数分の安静を推奨≫
「わかったのじゃ」
「・・・ん」
「お? 今・・・」
「・・・んん」
――朧ながらも視線が動き始めたのじゃ。とりあえず意識?が戻ったようなのじゃな。
――それに今のでわかったのじゃが、あの声は別なのじゃな。明らかにこやつと違う声だったのじゃ。道理で死に体なのによくしゃべってたのじゃ。
「じゃが、それだと誰がしゃべっておったのじゃ?」
――周りを見渡してみたが気配がない。誰かがそばで語りかけていた、一瞬考えたのじゃが無理があるの。
「・・・まあよいか、ひとまずこやつを町に連れてくのじゃ」
――こんなところで放置など、妾はそこまで鬼畜じゃないのじゃ。
「う、うぅ・・・」
「聞こえるかお主?」
「・・・うあ?」
――返答できるようじゃな、良かったのじゃ。しかし、あんな状態から助かるもんなのじゃな。不思議なヤツなのじゃ。
「まだ安静にしておるのじゃ。先程お主に安静にしておれと頼まれたのじゃ」
「・・・あなた、だれ?」
「妾はハルカ。お主のじこしゅーふく、の手助けをした者なのじゃ」
「・・・じゃあ、この、魔力、あなた、の」
「そうなのじゃ。ところで、お主がここで瀕死状態だったのじゃが、いったい何があったのじゃ?」
「・・・わからない、記憶、無い。全部、消えてる」
「記憶がないとな。それは難儀じゃ」
――となるとこれ以上ここにいても意味がないのじゃ。
「お主が立てるまでしばらくいるとするのじゃ」
「ん・・・」
◆ ◆ ◆
「そうじゃ、これはなにか分かるか?」
――周囲に落ちておった鉄の残骸に指を指してみたのじゃ。
「ん、分析・・・ライブラリ、反応。それ、機人族、破損、装備」
「きじんぞく?」
「ん。機人族、私。機械の、体。人、造った」
「人に造られた鉄の人形、と言うことじゃな?」
「ん。・・・それ、おそらく、私の、装備」
「まあそうじゃろうな。しかし、お主は妾の世界にはない不思議な人形なのじゃ。もしやお主は自分で考えて動くのか? 操り人形とかではないのじゃ?」
「ん。私、意思、ある」
「そうか。ならお主が目覚めるまでに発しておった声はいったいなんだったのじゃ・・・? 今のお主の声と随分違ってたのじゃが・・・」
「ん。たぶん、システム、音声」
「しすてむ、音声?」
「ん。私の、意識、無いとき、出てくる、声」
「つまり、お主がさっきの死にかけになると出てくる声なのじゃな」
「ん、たぶん」
――二重人格なのか。ある意味便利じゃの。ああやって倒れても周りに知らせれるのじゃから。
「わかったのじゃ。してお主、一人で帰れるのじゃ?」
「ん、帰る、場所、分から、ない」
「ああ、記憶が無いのじゃったな。すまぬ」
「ん」
「なら後で町に案内するのじゃ。しばらくそこで待っておるのじゃ」
「あなた、は?」
「妾は今から魔物を狩って――」
(ギャオオオオオオン!)
【ギャオオオオオオン!】
大空を轟かす咆哮。それと同時に揺らめく平原の草。遅れてくるのは魔力を感じる風。
「ん?」
――なんじゃ今の鳴き声は?
「んー? 聞こえたのは向こうの方じゃな」
機械の人形から視線を外し、音の方に目を向ける。快晴に近い空。その青に染まらない白い雲が、ゆっくりと流れゆく。
そしてその空に動く影が一つ。
「もしや・・・」
(ギャオオオオオオン!)
咆哮。獣のようなその声は、先のより大きく聞こえる。その影は次第に大きくなり、姿を現す。
「やっぱりか。魔物なのじゃ!」
魔物。今朝初めて戦ったオーガと同じ、滞留する魔力で生まれた異形。
その異形の大きさがみるみる大きくなっていく。
「・・・ん!? よく見たら、こっちに近づいとるのか!?」
魔物がこちらに近づいていること。そしてその事実は、二つの答えを示した。
「不味いのじゃ。妾一人なら喜んで器核を手に入れるために挑めるのじゃが・・・」
「・・・器核?」
一つは器核。ギルドで交わした約束が、もうすぐこちらに来るということ。己の実力をもってすれば、手に入るもの。
しかし、
――今はこやつがおる。例えこやつを抱えて逃げたとしても、ここは隠れる草木もない平原。あやつには妾の位置など手に取るようにわかってしまうじゃろうな。
もう一つの答えがそれを難儀とさせる。それは機械の人形の存在。しばらく安静にと促され、動くことができない人形。放っておけば、いずれ魔物に襲われる。
「仕方ない。ここで迎撃するしかないのじゃ」
「迎撃?」
考えた末の答え、それは迎撃。相手を迎え撃つ戦法。
それを聞いた機械の人形が、その答えに疑問を投げかけた。
「そう心配するでない。妾にかかれば直ぐじゃ」
――となれば、まず相手をよく見るのじゃ。幸い相手も妾からすれば見え見えじゃからの。
魔物はなおも飛翔し近づく。その姿に目を凝らし、情報を獲得しようと模索する。
しかし得るのは自身の知識と一致しないものばかり。
「見た目は・・・鳥か? じゃが足が四つ・・・? うむぅ・・・魔物に関しては妾の知識ではどうにもなら無いのじゃ!」
「ん・・・観測。あれ、グリフォン」
――ぐりふぉん?
機械の人形が答える。
ぐりふぉん。記憶に無い名。初めて聞くその名を、機械の人形に問いかけた。
「お主、あの魔物のこと知っておるのか?」
「ん。大型魔物。近接と、魔法を、駆使、強敵。冒険者、いっぱい、ようやく、勝てる」
――まほう?がよくわからんが、冒険者が複数人でようやく倒せる強敵なのじゃな。うむむ、そうなると実際戦うまでは妾一人で行けるかわからんくなってきたのじゃ。
顎に手をやり思案する。複数人による討伐を推奨。そこから連想する一人での不安。そして浮かぶ既存の疑問。
「それにしても・・・なぜあやつは真っ直ぐ妾に向かってきておるんじゃ?」
――あんな遠くから妾を狙う理由が・・・ん?
「いやこの状況、どこかで・・・」
「ん。おそらく、あなたの、魔力に、惹かれた。私と、あなたの、魔力、目当て」
――ってそれはつまり朝のオーガと同じ状況ではないか!?
「な、なぜなのじゃ! 妾はちゃんと魔力制御をーーあっ!」
自身の言葉によって理解した。ふと視線を動かす。その先には風でなびく自身の髪。そしてその色は混じりけの無い、白。
「しまったあああ! こやつのために魔力解放したまま、制御しなおすのを忘れてたのじゃああ! 魔力駄々漏れ状態なのじゃあああああ!」
頭を抱えた。感情に左右されやすい尾は、その怒りと共に激しく揺れる。機械の人形はその尾が気になり、視線で追う。
「あんな、遠く、惹かれる、魔力。さすが、神獣」
「そこ! 誉めるとこじゃないのじゃ!」
今朝のことを思い出す。
マオ曰く、魔物とは魔力を糧に生きている魂の無い異形。故に魔力を持つ生き物は、魔物にとって極上の餌にしか見えない、と。
――ぐぬぬ、まだ慣れてないゆえ、"魔力の制御"をすっかり頭から抜けてたのじぁ~!
自身の行動に後悔を抱く。否、助けたことに対してではない。再び魔力を制御しなければいけなかった自分の落ち度に、呆れた。
「とにかく魔力を抑えなければ!」
後悔の念はすぐさま放棄する。過ぎた過去を悔やむ時間はない。次の行動に移る。
――これ以上危険を増やすわけにはいかんのじゃ!
目を閉じ、想像を膨らます。今朝のように。魔力を操り、体の内側に溜まるよう調整する。
「"魔力制御"! ――よしッ!」
――二回目じゃがうまくいったのじゃ、さすが妾。
自分を誉め、以後気を付けると誓う。これが町中だった場合、町から追放される可能性があると思うと、迂闊に解放はできぬと、心にとどめておく。
「ん? 魔力、放出、減った・・・?」
機械の人形が興味を抱く。目の前で溢れ出ていた魔力の奔流が急激に治まる様に、驚き、疑問を訴えた。
「妾が意図的に抑えたのじゃ。こうすれば魔物が生まれることも、ああやって来ることもないらしいからの」
「ん、すごい」
機械の人形は称賛する。
その理由は、人形にインプットされているライブラリに無かったから。未知の現象に直面し、ただただ称賛する。だが称賛と同時に辛辣な言葉を告げた。
「でも、もう、おそい。グリフォン、来る」
「わかっておる」
この会話をしている間にも、魔物は近づいている。
そして、微かな望みを機械の人形に問いかけた。
「お主、立てるか?」
「ん、やってみる」
促された機械の人形は体を起こそうと努力する。臥せた状態から片ひじをつき、上半身を起こそうとするが、
(ばたっ・・・)
――むう、体を動かそうとしとるが震えておるだけなのじゃ。・・・腕すら満足に動かせんのか。
結果はむなしく。力尽きた体は再び大地に身を預けることになる。機械の人形はその結果を答える。
「・・・ん、難しい。今、魔力と、体、馴染ます、時間、予想より、かかってる」
――馴染ます? よくわからんが今は動けんと言うのじゃな。
動けないことを改めて留意する。
不意にある部分に視線を動かす。
――というか、時間がかかっている理由は、その巨大な胸のせいじゃなかろうな。
明らかに不自然に大きい乳房。修復前より大きくなったそれは、おそらく修復完了の弊害になっていると思われる。
――まあ直感じゃが、あの中に妾の魔力が詰まっておるんじゃろうな。
先の魔力供給の光景を思いだす。が、早急に払拭する。今はそれどころではない。目の前に驚異が迫ってきている。と自身に言い聞かせた。
「ぬう。立てるならば、町へ逃げてくれれば良かったのじゃが・・・仕方ない。お主を守りながら戦う羽目になりそうじゃの!」
妥協案。当初の予定通り迎撃を迎える算段をたてる。
そこに、機械の人形が声を上げた。
「ん! まって、私、囮、なる」
――何を言い出すのじゃこいつは。
機械の人形の提案に疑問を抱く。
「私、襲われる、隙に、あなた、倒す。一番、早い」
「なーにを馬鹿なことを言っておるのじゃお主は・・・」
――たしかに一理あるのじゃ。動けないあやつに気が向いて、その間に妾が止めを差す。とても合理的なのじゃ。
だが、そもそもあの魔物の弱点を知らない。囮を使った行動をしても弱点に至らなければ、ただの犬死に成り下がる。だからこそ、その意見を受け入れることはできない。
「妾が救ったお主を、なぜ妾自ら放棄させねばならん!?」
「ん、でも・・・」
「でもでもないのじゃ! お主はそこで大人しくしておれ!」
――例えさっきあったばかりだろうと、目の前で犠牲になれば救った妾の立つ瀬がないのじゃ。
「・・・ん」
機械の人形は静かに返事をする。何もできない無力さを悔やむように。
◆ ◆ ◆
――さて、あやつがここに来るのに少しだけ余裕があるのじゃ。その間に少しでも立ち回りを予測しておくかの。
「お主、あやつの攻撃はどんなのかわかるか?」
「ん。・・・確認。蹴り、攻撃。くちばし、攻撃。それと、風魔法。の、三つ」
「前者はわかるが、風まほうとはなんなのじゃ?」
「風、自在、使える。突風、つむじ風、暴風、鎌鼬。空気の、刃、攻撃」
――風を自由自在に扱えれるのか、それはすごいのじゃ。
「って今は感心しとる場合ではないのじゃ。今の妾は素手。今朝のオーガならば余裕なのじゃが・・・」
――遠目から見てもわかるのじゃ。あやつはオーガよりも何倍も大きいのじゃ。
「それに風を扱うことができる・・・近接しかない妾にはちとキツイ状況なのじゃ」
――ぐぬう。せめて前の世界で使っていた"あの武装"があれば・・・!
瞬間。尾の中に違和感を感じる。
「・・・む?」
――なんじゃ? まるで何かが尾の中にあるような・・・手を入れてみるか。
(もふ、ごそごそ)
「・・・ここら辺か?」
――ん? この感触、どこかで・・・。
「おおお、お!?」
「?」
(ごそごそ、ポンッ!)
――こ、これは!?
「妾の武器ではないか!!」
「籠手・・・?」
「おーおー懐かしいのじゃ。床に臥せてからずいぶん見てなかったがあの時のまんまなのじゃ~!」
――懐かしいのじゃ。触るのは久方ぶりなのにまだ体が覚えておるのじゃ。ただ体が小さくなったせいで多少ぎこちなかったがの。
(ガチン、ガシャン!)
左右の大きさが違う籠手を腕にはめ込む。右は一回り大きくなった拡張した籠手。これは刀を振るうために使うため。
そして左はさらに大きく、関節ギリギリまで覆う巨大な籠手。こっちは殴打と盾に使うため。
「うむ、はめ具合はちょうどいいのじゃ。ん? ちょうどいい? まあよいか。次は・・・」
その左の籠手にはめ込んである、細長い棒の先を右で掴む。
右手の拡張された籠手のおかげで楽々と掴めれるその棒は、徐々に抜かれ、その刀身を露わにさせた。刀身の長さは約2メートル。
――前世の妾でようやく並ぶほどの長さじゃから、この体じゃとほぼ2倍の差があるの。
(カチ、シャキン!)
鞘から抜かれ、刀身が妖しく現れる。その色は黒。光の反射すらしない真の黒。
「刀の"乗り"も好調じゃ。色が黒いのは・・・もしや魔力とは妖力と同じものなのか?」
――思ってもみなかったが、そうか。なら"まほう"とは妖術と同じような類じゃな?
――そう言えばマオが魔力は想像力でなんにでもなれると言っておったの。風を操るか・・・妖術とは違い、本当に万能のようじゃのう、まほうとやらは。
「この刀身も、妾が力を注ぐことで真の形を成す。それは妖力から魔力に変わっただけなのじゃな」
――ならば心配はいらぬか。いつも通り戦うだけなのじゃ。
「それ、なに? はじめて、見る。不思議、形」
「これか? これはな、妾が生涯ずっと戦いを共にしておった武器、妖刀"黄泉渡し"じゃ」
「よみわたし・・・?」
「まあ、教えてやりたいとこじゃが、時間が惜しい」
――と言うかじゃ。
――見知った武器で浮かれとったが、そもそもなぜ妾の尾の中に入っておったのじゃ? 全然重さを感じれなかった上に、明らかに尾の中にしまい込めれる大きさじゃないのじゃ。
(さわさわ、ぎゅ)
今一度尾を触る。
――普通の尾じゃな。さっきの時は中で手探りできる感覚じゃったが、あれは一体何だったんじゃろうな。
「つくづく妾の事が分からんのじゃ・・・」
――まあよい、それも後回しじゃ。今は目の前のことに集中するのじゃ
「素手では無理と思っとったが、こいつさえあれば怖いものなしじゃ! こい、グリフォン!!」
「ギャオオオオオオオオオン!!」
――妾に咆哮をあげたらさらに速度を上げたのじゃ。いよいよもって妾に攻撃する気じゃな。
◆ ◆ ◆
魔物の翼が小さく折り畳まれる。猛禽類に見られる急降下への準備。
そして上空から、ついに落ちてくる。
――相手は魔物じゃが、鳥と思えば容易い。打ち落とせば良いのじゃ。
手にした馴染みのある武器に自信を取り戻す。
魔物を落とすにはどうするか。答えは明白。
「少々不格好じゃが、気にすることもない。いくぞ・・・」
一息吐き、体を構えへと動かし始める。それは攻撃するための準備。
次。左手の巨大な籠手、その端に装着している刀に変化を与える。
(ガッ・・・チャン!)
刀の納まる鞘が籠手に固定された部分を中心に半回転し、左手で握れるように動く。
左手によって固定された刀。その刀の柄を右手でつかむ。
「――ふうぅぅぅ・・・」
呼吸を落ち着かせる。攻撃するためにさらに心を静める。これにより、体に滞留する魔力の流れを刀身に向かわせる。
この攻撃は、不意討ちだからこそ成せる技。相手がこの行動を察してないため、悠長に攻撃の準備が可能になる。
「――――。」
息を止める。魔力の塊が、一気に刀身に行き渡る。出来上がったのは、魔力を纏う刀。
――これならば、近づく前に牽制できるのじゃ。
いよいよ、攻撃寸前まで来た。体を更に低くしバネのように縮ませる。
「ギャオオオオオンン!」
魔物が咆哮する。その声は、獲物が攻撃してこないことに対しての、喜びなのか、あるいは威嚇か。
――どちらにせよ構わぬ。ゆくぞッ!!!
(カチ)
鍔の縁から刀が抜かれる音。その隙間から、纏いきれなかった魔力が漏れる。
(チャキイイィィィィィィン!)
甲高い金属音が響く。その音と共に、柄を握る右手によって、鞘から刀身が露出する。
しかしその速度は、刹那のごとく。
(ズバァァァァァッ!!)
「ギュガアアア、ガアア、アアアアアアアア!!!」
今度は魔物の悲鳴のような声が響く。露出した刀身を振るい、纏っていた魔力の塊が、斬撃の余波として投射された。
放たれた魔力の塊は、真っ直ぐ対象に飛んでいく。魔物の四つ足へ。
――うむ。狙い通りなのじゃ。
「ギュアアア、ギャガアアアア!」
空中で不安定ながらも体制を立て直す魔物。滑空による強襲攻撃を諦め翼で上空に上昇する。
「グウウウウ、ギュイイウウウウ・・・」
何が起きたのか。確認するかのように切られた足を見る魔物。当然ながらそこには"何もない"。
――くふっ、その様子じゃと妾の斬撃は見えんかったようじゃの。
一瞬だったが、切られた足の最期を見た。虚空に放り投げられた四肢は形を失い、大気に混ざるように消えた。
――魔物から離れれば、ただの魔力に戻るのじゃな。
「ならばあやつの翼も捥げば、後は楽勝なのじゃ」
「ギュギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
己の四肢損失に怒りを露にする魔物。体の至るところに紋様が現れると、一段と大きい咆哮を上げた。
――様子が変わった。見るからに怒っておるようじゃの。
すぐさま両手で刀を掴み構えをとる。籠手の大きさが違うため、不格好になるが惜しいがこの構えが力を入れやすい。
――流石に二度目はなさそうじゃの。
魔物は滞空したままこちらを見下す。その眼光は、四肢を切られた怨念すら感じる、激しい怒り。浮き出た紋様は激しく明滅する。
(ビュオオオオオオオ・・・)
突然、魔物の周りに変化が訪れる。空気が動き、やがてそれは渦となる。風によって産み出されたそれは、魔物によって制御されているのは一目瞭然。
――あれが魔法か。風を自在に操るとは、凄いものなのじゃ。
だからと言って易々と攻撃を受けるつもりはない。風魔法。空気の流れを操り、風の刃で相手を切り裂く魔法。
それはつまり、空気の押し付けに至る。
――ならば、その空気を相殺すれば良いだけなのじゃ。
簡単な話。こちらの斬撃も剣圧と言う空気の刃が存在する。その剣圧で魔物の風を受け止める、至極簡単な方法。
「キュギャガアアアアアアアア!!!」
(ビュウウウウウウ!!!)
咆哮と共に放たれた風の渦。見るからに触れたものを粉微塵するほどの空気の圧。
――妾の経験ではこの程度の風など、風神の吐息すら満たさぬそよ風のようなものじゃ。
迫り来る魔法。その風に、抜き身の刃を振るう。それだけ。
「ぬうううううう!!」
両手で振るう刀。その剣圧は滞留する空気を押し、魔物の魔法とぶつかる。
(バッ・・・ボボボボボボボ!!!)
空気の塊がぶつかり音が炸裂する。そして空気のぶつかり合いで、相殺される。そう思っていた。
(ビュウウウウウウ!!!)
――なんじゃと!?
放った剣圧による風が魔物の風に打ち負けた。そう理解せざるを得ない状況が、今目の前に迫ってきている。
――いかん!! 想定外なのじゃ。まさか打ち消せんとは!
予定外の事態に焦りが出る。先の攻撃の二発目を放つべきかと思考したが、あの結果を見れば無意味だと理解する。
「お主、ここから逃げるのじゃ!!」
「・・・ん!」
叫びに似た警告を機械の人形に告げる。が、見れば分かる。震える腕はまだ無理だと教えていた。
――ぐぬう、仕方ないのじゃあ!
すぐさま体を動かし、左の籠手を人形に近づける。
「ちいとばかし我慢するのじゃ!!」
「ん!? ・・・わぁ!」
そして人形の胴体を掴み、真上に掲げる。そうしなければ体格差で人形は地面にこすられるからだ。
「せめて直撃だけは・・・!」
脚力の限り、平原を駈ける。少しでも着弾点から逃げるために。そして走り始めた次の瞬間、風魔法が地面に直撃する。
(ビュオオオオオ!!)
着弾と共に空気の爆ぜる音。そして同時に空気の圧が、背中から押し寄せてきた。
「ぐう・・・ああああ!!」
全力で走行していた。それ故に重心は浮ついている。その結果、体は後ろからやってきた風に押され、前方に投げ飛ばされる。
――なんという・・・。見た目から想像できぬ威力なのじゃ。これがまほう。直撃していたらタダでは済まんのじゃ・・・!!
(ズサアアアアア!!)
――ぐううううッ!!
魔物の魔法に対し思考を巡らせた次の瞬間、平原の草を顔面に擦り付けられる。痛みはないが、口の中に土の食感を感じる。
「――ペッ!!」
吹き飛ばされた体が静止し、感覚が戻った。そして左手の軽さに気づく。
――ハッ!? あやつは!?
早急に体を起こし、辺りを見渡す。左手で掴んでいた機械の人形がいなくなっていたからだ。吹き飛ばされたときに思わず放してしまったと推測。
「――おったのじゃ!!」
自身よりさらに遠くへと飛ばされていた。体を跳ねるように起こし、急いで向かう。
「ギュウウウウウウガアアアアア!!」
――ぐう、もう妾に気づいたのか!?
背中から聞こえる魔物の咆哮。その位置は上空ではなく、地上から。相殺で爆発した時に、すでに急降下を開始していたのか。
(ビュオオオオオ!!)
――それは・・・まずいのじゃああああああああああ!!!
風が、空気が、魔物を囲うように渦巻き始める。それは先の風魔法の前兆だと。
――その攻撃方向は、妾とあやつをまとめて一掃できる直線なのじゃ!!
冷や汗が出てくる。完全に侮っていた。冒険者が徒党を組んで討伐しなければいけないほどの危険。その名に恥じぬ力を持っていた。
「はあ、はあ!!」
全力疾走でようやく機械の人形のもとにたどり着く。しかし魔物の射程圏内だということに変わりはない。すぐさま機械の人形に安否を問う。
「おいお主、大丈夫なのじゃ!?」
「ん・・・」
人形は微かに反応を示す。気絶しているのか、こちらの声に反応したというより、呻いたと言うのが正しい表現かもしれない。
――どうする、どうするのじゃ、妾!!
焦る思考を何とか落ち着かせようと、打開策を模索する。しかし時間はなかった。
「キョワアアアアアアア!!!」
甲高い魔物の咆哮。ついに魔法が放たれ風の暴力がこちらに迫ってきた。
――くうッ!!
もう避けられない、そう悟った。体は自然と機械の人形にかぶさるように動いていた。自分より大きい体を防げるわけもなく、ただ、"本能のように"人形を"護ろう"した。
(キイイイイイイイインンンン!!)
直撃すると思ったその時、"何か"にあったような聞きなれない音が、自身の周りで響いていた。
――な、なんじゃ。何が起きたのじゃ!?
◆ ◆ ◆
「"守護結界"、一瞬、で。・・・あなた、すごい」
下で横たわっていた機械の人形が呟く。気絶から回復したのか、はっきりと話している。
「なんじゃその――ってそんな場合ではないのじゃ!」
急いで顔を上げ、状況を確認する。予想では魔物の攻撃が直撃した。そう思っていたが、
――なんじゃこの有り様は・・・?
目の前に広がる光景。その状況に理解が追い付かない。
魔物の魔法は確かにここまで届いた。その証に、大地に無数の風の爪痕が残っている。
「なぜ妾の周りは無事なのじゃ・・・?」
しかし二人のいる地面は何事もなく、無傷。草が刈られ、大地を抉られた様子も、無い。
「まるで何かに守られたような・・・」
「あなた、魔法、使った」
「なんじゃと?」
――妾がまほうを? そんな無意識に出来るものなのか?
「ギュ! ギャアウウウウ!!」
会話を遮るように遠くで魔物が声を上げる。獲物を仕留めていないことに対する憤りなのか。
――なんだかわからぬが、助かったのじゃ。ただ、ここからどうすべきが思い付いておらぬのじゃ・・・。
その声に反応し、思考を変える。まだ魔物が直ぐそばにいるのだ。早く次の手を考えなければいけない。
「――ッが!?」
瞬間。体に急激な倦怠感を感じる。
――な、なんじゃ、急に体に力が、入らんくなったのじゃ・・・。
力を入れようとも体は反応せず、ただだた機械の人形に倒れ込む形になる。
「たぶん、魔力、無くなった」
「な、んじゃ、と・・・?」
人形から告げられた言葉に聞き返す。しかしそれは、容易に理解できた。
「私の、修復。」
「ああ、なるほど、な・・・」
「それ、に、さっき、の、魔法も、かなり、魔力、使った」
「じゃからそれは・・・うぅ」
倦怠感で喋るのも億劫になりつつある。しかし魔物は未だこちらを睨んでいる。
――今の妾たちは危険なのじゃ。なんとかせんと・・・!
「ふッ! ・・・ぐ、うううぅぅ、ぅ」
しかし、体は固定されたと思うほど重く、まったく動かせない。
「ん、大丈夫。この、"守護結界"、かなり、硬い。しばらく、グリフォン、から、守れる」
自身の下にいる機械の人形は言う。
「ほ、とか・・・?」
僅かに口を動かし確認をとる。すると、体が勝手に持ち上がる。
「ん。それに、わたし、もう、動ける」
下から体を持ち上げられ、となりの土に下ろされる。
顔を僅かに動かし人形を見る。
「おぬ、し、が、か?」
「ん。魔力、同調、終わり。動ける、私、なら、グリフォン、倒せる」
両手を下ろし、仁王立ちする機械の人形。視線は魔物に向けられた。
「ここで、見てて。あなたに、恩、返す」
「ギャオオオオオンン!」
咆哮を上げ、睨み返す人形に威嚇する。
◆ ◆ ◆
――どうするつもりなのじゃ。
「その刀、使って、いい?」
――妾のを使うか。じゃがこの刀は妾専用。妾だからこそ扱うことができる代物なのじゃ。
妖刀"黄泉渡し"。己の武器は、己で作らなければ気がすまなかった。そのこだわりで生まれた武器。戦争中は己に最適な結果をも止めるよう常に調節、整備されていた。
――故に、文字通り妾以外には扱うことができぬ。
しかし今は断れる状況ではない。
魔物が動き始める。およそ、想像できないような少ない羽ばたきで、抑揚もなく近づいてくる。おそらく風魔法で体を持ち上げ動かしているのだろう。
接近する魔物。人形はこちらを見て未だ返事を待つ。
決断は妥協の末。
「う、む。つか、て、よい、の、じゃ・・・」
「ん。ありがと」
人形は礼を言い、左手の鞘から刀を抜く。
「じゃ、が、それ、は、あつ、かい、が・・・」
人形に注意を声かけようとするが、思うように言葉が出ず。人形は理解できぬのか、そのまま魔物に振り返った。
――ぬう、せめて妾の妖力、この場合は魔力か、その力を刀身に送らないと意味がないのを知らせなければならぬのじゃ・・・。
「・・・ん? この刀、刃、無い?」
――そう、普通の刀では切れ味に限界があるのじゃ。ならばと、妾が試行錯誤し鍛えた結果が・・・。
「ん、わかった。さっき、あなた、刀に、魔力、纏わせた。これ、ただの、刀、として、使わ、ない。あって、る?」
――ほう、妾が一度だけ見せた居合でもう理解したのか。あるいは既に・・・。
「う、む。その、とおり、な、のじゃ・・・」
「刃、無い、"属性付与"型。とても、珍しい」
呟く機械の人形は、刃の無い刃に手を乗せる。
――えんちゃんと、と言うのか。なるほどの。この世界には既に妾の技法があるのじゃな。
「むやみに、傷つけない、意思、感じる。ん、良い」
呟きながら手を這わせ、刀身を撫でる。
――そんなつもりで編み出した訳ではないのじゃが・・・まあよいか。
「グュ、ギュガアアアアア!!」
「のじゃ!?」
突如滞空していた魔物が襲いかかる。
(ガイン!)
「ギュッ!!」
が、見えない壁に阻まれ変な声を上げた。
「ん、大丈夫。あなたの、これ、早々、破れ、無い。神獣、白狐の、専用、魔法、だから」
「お、し、わら、わ、の・・・」
――お主、妾の事を知っておるのか?
訪ねようとするが口が動かず言葉を紡げない。
「グギュガアアア!!」
魔物は攻撃はが届かないことに憤り、嘴で見えない壁を攻撃する。そして周りの空気が激しく蠢く。この場から一歩でも出れば、粉微塵になるのが容易に想像できる。
「これで、よし。初めて、だけど、真似、できた」
「あ・・・」
目に写るは魔力で染まった刀の刃。己と同じ、真に黒い魔力の塊。
――こやつ、妾のやり方まで真似るのか!?
長年の修行で会得した技を、目の前の人形は容易く真似た。その事実に、驚嘆する。
「そろそろ、おとなしく、して」
人形の呟きと同時に刀を振るう。その速度、己の時より遅いが仕留めるには十分の早さ。
(ザァシュウウゥゥゥ!!)
魔物を切りつける音が響く。
「ギュガッ、ギャッ・・・!」
魔物の体が突如停止した。その首が、胴体から離れたからだ。
切られた切断面の中央。そこに輝くは魔物の心臓部である"器核"。
「ん。終わり」
(・・・ピシ、パキ)
機械の人形が刀を持つ腕を下ろす。同時になにかが割れていくような音が聞こえる。
――おそらく器核の外側・・・たしか疑似魂じゃったかの。
器核を覆う疑似魂を破壊された魔物は、すぐさま塵と化した。
◆ ◆ ◆
「ふう、ようやく喋れるようになったのじゃ」
魔物、グリフォンが塵と化してから少し時が経つ。
――じゃが、まだ体の自由が効かんの・・・。
喋れるようにはなったが、体の不自由は今だ治らず。大地に横たわったまま呟く。
「最後は助かったのじゃ。改めて礼を言う」
「ん、お互い、様。わたしは、あなたに、助けて、もらった」
「それもそうじゃの・・・ところでじゃ」
「ん?」
「そこに落ちておる器核。それを持ってきてもらえんじゃろうか?」
「ん。・・・はい、持ってきた。どうする、の?」
――ん? おお、遠目で勘違いしておったが結構な大きさなのじゃ。これは妾の頭より少し小さいくらいか。それでも大きいのう。
「うむ。その器核が妾にとって必要なのじゃ。体が動けるようになったらそれを持って、町に戻るつもりなのじゃ」
「動ける、まで、待つ? ・・・危ない、かも」
「もう魔物もおらんし大丈夫じゃろ。それにこれ以上お主に迷惑かけれんしの。動けるまでゆっくりしてるのじゃ」
「・・・・・・。」
「・・・あの」
少し黙っていた人形が口を開く。
「なんじゃ?」
「わたし、持つ」
「ん? どういう意味なのじゃ?」
「マスター、器核、両方、持って、町、行く」
――ん? "ますたー"? ・・・ああ、"あなた"と言い間違いしとるのか。
「いいのか?」
「マスター、困ってる。わたし、助けたい」
「そうか、それはありがたい。してどうやって運ぶのじゃ?」
「・・・こう、する」
(ゴソゴソ)
「おお、俵持ちか」
両手で持ち上げられる体。人形の肩に担げられるように持たれる。足は前、頭が後ろの方向に向いている。
――妾の装備しておる籠手が邪魔そうじゃが・・・。
両腕は力なく垂れ下がってギリギリ地面に触れない程度に籠手が人形の動きに合わせて揺れている。
「大丈夫か? 籠手が邪魔そうに見えるが」
「ん。大丈夫。重くない」
「そういう意味で言ったわけではないのじゃが・・・まあ良いか」
「器核、は、手、持つ」
片手で体を支え、もう片方で器核を抱える。
「じゃあ、行く」
「うめ、よろしく頼むのじゃ――っと。そういえばまだ名を名乗っておらんかったの。妾の名はハルカじゃ。よろしくなのじゃ」
「ん。わたし・・・ん? わたし、の、名・・・わから、ない」
「そう言えば記憶が無いんじゃったな」
「ん。マスター、名前、付けて」
「お主のか? 何故なのじゃ?」
「いいから、いいから」
「そうかの? なら、むぅ・・・お、"リンネ"。"リンネ"はどうじゃ?」
「リンネ?」
「うむ、遠くへの事を"遥か彼方"と表現するのじゃが、妾の名はその"遥か"から由来しておる」
「ん」
「お主の名は生命の繰り返しの意味を持つ"輪廻転生"の輪廻から来ておるのじゃ。死にかけのお主がこうして生き返っているのを見て、ふと浮かんだのじゃ」
「ん、リンネ・・・覚えた。ありがとう、マスター」
「よろしくなのじゃ、リンネ。――では行くかの」
「ん」
◆ ◆ ◆
草原を歩く影ひとつ。真上に昇る太陽が徐々に赤みを帯び、地平線に沈もうとしている。
「少し気になっておったのじゃが、その"ますたー"とはなんなのじゃ? てっきり"あなた"を言い間違いしとるかと思っとったのじゃが、どうやら違うらしいの」
「ん? マスター、は、主。仕える、人、への、呼び名」
――呼び名か。"マスター"、初めて聞く言葉なのじゃ。
「じゃが、妾はお主からそう呼ばれる心当たりがない。なぜそう呼ぶのじゃ?」
「ん。わたしが、決めた」
「決めた? どういう意味でじゃ・・・?」
「マスター、すごい。わたしの、憧れ」
「なんじゃお主、妾に一目惚れか?」
「ん。好きか、嫌いか、だと、・・・好き」
「くふ、そうかそうか。歳をとっても、他人に好かれるというのは良いものじゃのう」
「ん? まだ、子供。違う?」
「こう見えて妾は齢110歳なのじゃ」
「ん? ・・・?」
「まあその反応はわからんでもない。妾にも色々事情があるのじゃ」
「ん、わかった」
「じゃが、妾に仕えると言うのはなんでなのじゃ?」
「ん。弟子入り、したい」
「弟子・・・強くなりたいのか?」
「ん。機人族、元々、戦争、の、道具。今、傭兵、として、生きて、いる、らしい。わたし、の、ライブラリ、に、書いて、ある」
――らいぶらりの意味はわからんが、おそらく記憶か何かかの。
「書かれているから強くなりたいとな? そうは言うが、それはお主の本心なのか?」
――書いてあるからそれに従う。なんとも退屈な考えなのじゃ。そういう意味で言っておるのか・・・?
「ん。強さ、求める。それが、機人族、の、本能、かも。わたし、自身、マスター、の、よう、に、強く、なりたい。そう、思って、いる」
――どうやら妾の勘違いなのじゃ。自分の意思で決めたと言うなら何も言うまい。
「なるほどの。それで妾に付いて行きたいと言うわけなのじゃな?」
「ん。・・・駄目?」
「別に構わぬのじゃ。じゃが先に言っておくが、妾は無一文の無職じゃ。お主を養う金は無いぞ」
「ん、大丈夫。機人族、魔力、補給、で、生きてる」
「魔力で? 食いもんはいらんのか?」
「ん、いらない。それ、に、特定、の、魔力、じゃ、ない、と、駄目」
――補給、と言うと先の方法でやれば良いのかの。
「特定の魔力? それはなんじゃ?」
「ん。マスター、の、魔力」
「妾のか? ずいぶん偏食なのじゃな」
「ん。かわり、に、マスター、さえ、いれば、他、いらない」
「まあ、そう考えれば不便ではないか。何故妾なのじゃ?」
「マスター、の、魔力、で、修復、した、から。ライブラリ
、よる、と、供給、する、専用魔力、が、ある。それ、は、特定、場所、で、補給、できる。でも、わたし、動かして、いる、魔力、マスター、の。他、だと、拒絶反応、示す、可能性、ある」
「言うなれば、妾はお主専用の魔力補給と言うわけになるのか」
「ん。どのみち、わたし、は、マスター、いないと、生きて、いけ、ない」
――そう言い方をされると、まるで子供を孕んだから責任をとれと求められているような気がして罪悪感があるのじゃ・・・。
「偶然助けたとはいえ、まさか責任を問われるとは・・・」
「ん。でも、マスター、が、本当、に、嫌、なら、わたし、諦めて、去る」
――まったく。誰がそんなことを考えておるのじゃ。
「馬鹿なことを抜かすな。今のところ、お主を迷惑とは思うておらん」
「ん」
「それに、お主に今まさに助けてもろうとるではないか」
「・・・あ」
「助けた恩に、お主の願いを叶える。それで納得せい」
「ん。ありがと」
――しばらくは一人で生きていくと思うておったが、まさかこんなに早く仲間が増えるとは、なかなか人生は思うようにいかんのう。くふふ。
心の中で笑みをこぼし、遠くの景色に写る町を見据える。話ながら歩いていくうちにここまで着いた。
空は群青に染まり、夕暮れの赤さを失いつつある。町には微かに明かりが灯され、それを目印に機械の人形、リンネは歩く。
――これでようやく、妾も稼ぎが出来るようなのじゃ。
「まだ疲れが取れん。じゃから今暫く寝る。町に着いたら起こしてくれなのじゃ」
「ん。了解」
話すこともなく、リンネの頭を枕にまぶたを閉じ、暫くして意識を手放した。
◆ ◆ ◆
「ハルカ・・・」
頭の上で寝息をたてるハルカの名を呟く。誰にも聞こえず、誰に言うつもりのない、小さな呟き。
「軽い・・・」
見た目はとても小さく、そして軽い。誰かに獣人族の子供と言われても納得するくらい幼い。しかしハルカは110の老人と答えた。
「・・・好き」
無意識にこぼしたその言葉に、熱を感じた。ハルカの質問を思い出し、とっさに漏れた言葉。
「・・・?」
その言葉の意味を、真意を、今だ理解出来ていない。
「・・・。」
今でもわからない。なぜハルカを運ぼうと思ったのか。
『妾が救ったお主を、なぜ妾自ら放棄させねばならん!?』
『ん、でも・・・』
『でもでもないのじゃ! お主はそこで大人しくしておれ!』
なぜ、その言葉に暖かさを感じたのか。
「ん」
今考えてもわからない。
ならば、ついていこう。
そうすれば自ずとわかる。さっき呟いた言葉の意味も。
星が瞬き始める。歩みは依然、町に向いている。
――人形が恋、のう・・・。
ハルカの耳が微かに動いたのを、リンネは知らない。
【お、昼間の嬢ちゃんじゃねえか。】
町の入り口付近。門番の男はこちらを見つけ、気さくに声を掛ける。
「お、機人族か、珍しいもんが来たな・・・って、え?」
「ん?」
驚いた男はリンネの姿をまじまじと見る。が、すぐに視線を戻し、取り繕うように会話をしだす。
「あー、えっとすまねえ。それで? 町に入りたいのか?」
「ん。マスター、この、町、戻る。言って、た」
「ずいぶん喋るんだな・・・っと、因みにマスターってのは誰だ?」
「ん。この、人」
リンネは男に背を向けるように回転し、俵持ちで担がれているハルカを見せる。
「お、昼間の嬢ちゃんじゃねえか。ずいぶん遅かったな」
「・・・。」
男の声に反応せず。静かに寝息を立てていた。
「ああ? なんだ、寝てんのか?」
「ん。今、起こす。マスター、町、着いた、起きて」
「むぅ・・なんじゃ、もう着いたのか?」
体を揺らし声をかける。次第に反応し、小さな頭が持ち上がる。
――お、体に力が入る。まだけだるさが残るようじゃが前よりマシになってきたの。
「おう、おはようさん。用事は終わったのか?」
「ん? ・・・おお、門番の者か。うむ、用事は終わったのじゃ」
「あんまり他人のを詮索したくないが・・・あんた、出るとき一人だったよな。そいつは誰なんだ? てかなんで裸なんだ?」
「うむ。簡単に言うと、平原で倒れていたから助けた、と言ったところかの。その時にはもうボロボロで服も着ておらんかったゆえ、気にせんでもらえると嬉しいのじゃ」
「そうか。まあ人助けは良いことだな、うん。服、か・・・おし、ちょっと待ってろ!」
「うむ?」
男が近くの小さな小屋に入って行く。暫くして、男は手に大きな布を携えていた。
「休憩用に使っていたシーツだ。ねーちゃんの体ならギリギリ収まるんじゃねえかな」
――まあたしかに、リンネの胸を見てその言葉はもっともじゃの。
男から受けとると、体に乗せるように雑に纏う。
――みすぼらしい格好だが、まあ裸よりマシじゃな。
「ん。ありがと。後、で、返す」
「いやもってけもってけ。どうせ新しいのに変えようと思ってたとこだ」
「良いのか? 無一文の妾らに、随分手厚いのじゃな」
「いや、だからだよ。最初に見てから『どーせ親とか嘘なんだろうなー』って思ってたからな」
「なんじゃ、バレバレじゃったのか」
「まあな。雰囲気的にその日暮らしの生活してんだろ?」
――この世界では今日からなんじゃが、まあ良いか。
「うむ、そうじゃ。ならばこの施しはありがたく貰うのじゃ」
「ん。ありがと」
「それで話は戻るが、その姉ちゃんを助けるのが嬢ちゃんの用事だったのか?」
「いや、違うのじゃ。こやつはその時に偶然会っただけでの」
「ん。死に掛け、寸前、助けて、もらった」
「用があったのは、こやつの持っておる器核じゃ」
「あーそれ器核なのか。ずいぶんおっきいから宝石かと思ったぜ。どこで手に入れたんだ? あ、いや、言いたくないならいいが、安全のために一応な」
「別に構わぬ。何もやましいことなど無いからの」
「これは平原で出会ったグリフォンの器核なのじゃ。これをギルドに持っていくつもりなのじゃ」
「へーグリフォン・・・どっかで聞いたことあるヤツだなぁ」
「グリフォン、は、冒険者、ランク、4、高山、いる、魔物」
「あーそうそう、たしか鳥みたいな魔物だった・・・って、え? それ、倒したの? 嬢ちゃんが?」
「うむ、結構危うかったがの。妾と、こやつで倒せれたのじゃ」
「ん。わたし、たち、魔物、に、見つけ、られた。だから、それ、倒した」
「へ~、偶然出会ったのに討伐出来たのか。そいつはスゲェな。どうやって倒したんだ?」
「この武器であやつの四肢を切り落としたのじゃ」
「武器ってその籠手か? 出てくときには持ってなかったがどっかで手に入れたのか?」
「この武器は、まあ、確かに平原で見つけたようなものかの。それと、籠手ではなく、それについておるこの刀で仕留めたのじゃ。」
「かたな? ・・・あー、要は剣か」
「うむ。その刀で、次に翼を折ろうとしたのじゃが予想よりも手強くての。何やかんやあってこやつが止めを刺して倒せたのじゃ」
「ん。マスター、の、"守護結界"、なかった、ら、二人、死んでた、かも」
「なんかよくわからんが、嬢ちゃんは見かけによらず凄いのな」
「うむ、これでようやく事が進みそうなのじゃ。さっそくギルドに向かうのじゃ」
「ん」
リンネが歩み始めたその時、門番の男が慌てて制止した。
「おーっと、ちょちょっと待ってくれ!」
「な、なんじゃ!?」
「すまねぇがその武器は外してくれねぇか。町中で武器の装着はご法度なんだよ」
「そ、そうなのか?」
――そういえばあのギルドの受付嬢が言っておったの。
「ああ、行きは持ってなかったから何も言わなかったが、武器を持ってるなら話は別だ。てか武器の所持方法について知らねぇのか?」
「うむ。何せ妾は今日が初めてじゃからの」
「ん? 魔物討伐がか?」
「ん~まあいろいろじゃ。教えてくれて助かったのじゃ」
「おう。まあとりあえず籠手は外しとけ。剣は・・・鞘に入ってるから大丈夫か」
「うーむ。妾の背格好じゃと、ちと持ちづらいのじゃ」
「ん。わたし、持つ?」
「いや、そこまで頼るわけにはいかん。・・・というかそもそもお主、妾を肩車して、片手で器核を持っておるのにどう持つつもりなのじゃ」
「ん。・・・気合い?」
「ブハッ! 機人族にしちゃあ、ずいぶんユーモアあふれる台詞だな! つい吹いちまったぜ」
「そうなのか?」
「ああ、俺が会ったことのあるヤツは皆、寡黙で依頼に忠実な冷たいやつばっかだったよ。そいつらもあんたみたいに少しとぼけるような愛嬌があればいいんだけどな」
「ん。マスター、の、影響、強い、かも」
「どういう意味じゃ?」
「後、で。今、武器、の、話」
「おっとそうじゃの。して、どうするか・・・」
――ん? そう言えば、武器はどこでみつけたのじゃ?
答えはわかっている。が、問題はその出所。つまり、
――この尾に、手を突っ込み、そしたら中に空間があるような空間を感じで、そこに武器があるような感触があって、それを掴んだら出てきた・・・。
まだ回復していない、少し震える手を伸ばし尾の中腹を触る。返ってくるのはいたって普通の尾。何も違和感も感じない。
「お? 尻尾がどうかしたのか?」
「ん。マスター、どうした、の?」
「少し、な・・・」
――そもそもあの感触はなんなのじゃ。まるで束ねた藁の中を探るような、そんな感覚だったのじゃ。
思案しながら尾を触る。が、少しづつ結論に近づいている。
――そう、尾の中に空間があって、とても尾の中とは思えんかったのじゃ・・・。
今朝の言葉を思い出す。彼女の言葉を。
「魔法は、想像と魔力があれば、どんなものでも可能・・・」
「マスター?」
――想像。あの時、妾は『あの武器さえあれば』と"想像"したのじゃ。そして尾に感触があり、『もしや』と想像したまま尾の中に手を突っ込んで・・・。
今一度、尾の中に手を差し込む。
(ズブ、ズブブブ)
「お、おあ!?」
「ど、どうした嬢ちゃん!?」
――そうか、これが・・・これが魔法なのじゃなッ!?
「お主、妾の尾の中に手を突っ込んでみてくれぬか?」
「お、俺? ・・・うお!? なんだこれ!? ・・・え? これ尻尾、だよな?」
――妾の予想ならば・・・。
「あ、あれ? さっきまでの感触が・・・普通の尻尾に」
――ふむ。やはり、ただの尾に戻っておるようじゃの。
「なるほどの。妾の尾、荷物入れのように扱える魔法を使っておるのじゃ」
「魔法? 嬢ちゃん、魔法使えるのか?」
「うむ、使えるのじゃ」
「獣人族なのに魔法が使えるたぁ、嬢ちゃんも十分珍しいな」
「そうかの? まあよい。やり方さえわかれば・・・リンネ、すまぬが妾を下してこの武器を尾の中に突っ込んでみてくれんか?」
「ん。・・・しょ、と」
(ガチャガチャ)
「入れる、だけ、いい?」
「うむ、入れ物の中に入れ込むような感覚でやってくれ」
「ん。・・・あ」
「おお、すげぇ。スッと入っていきやがった」
リンネが尾の中に押し込む。尾の毛に阻まれることなく、すんなりと入った。
「ふむ。これで問題解決じゃの」
「ん。マスター、すごい。その、魔法、使う、時、すごい、魔力、感じる」
――うむ。自分でもわかる、この魔法。かなりの魔力を使うようじゃの。
――じゃが妾にとっては些細の量にしか感じぬ。それほどまで魔力を持っておる妾は一体何者なんじゃろうな・・・。
――あとでリンネに聞いてみるかの。
「それほどまで回復しておるということじゃな。なら明日に差し支えないのならよいのじゃ」
「魔力かぁ。俺、魔力全然ないから全くわからんかったな」
――人によって魔力の量が違うのか。・・・っとそうか、マオが妾の魔力の量が異常と言っておったな。そうか、魔力が少ないと感知すらできぬのか。
「妾は異常と呼ばれておるからの、普通ではないのは重々承知なのじゃ」
「おっと、特別呼ばわりは不服だったか?」
「別に構わぬ。昔からそう見られとったから慣れておる」
「そうか、それならよかったぜ・・・あ! 武器を仕舞っているんだったらもう通っていいぜ! 時間割いちまってすまねえな!」
「うむ、確かに時間がかかったが、有益な情報は得られたのじゃ。リンネ、すまぬがまた妾を担いでもらえぬか? まだ自力で歩くのは無理そうなのじゃ」
「ん。・・・あ。さっき、より、軽い。武器、重さ、無い?」
――尾の中にしまうと重さがなくなるのか。それはすごいのじゃ。別の物でもしまえるか、後で試すかの。
「どうやらそのようじゃの。仕組みはわからんが、今はありがたく使いこなすだけなのじゃ」
「ん。わかった、じゃあ、行く、よ」
門番の男に別れを告げ、町の中心地に向かう。
ふと、尾の事で疑問が生じる。
――そもそも、なぜ妾の武器が、"妾の知らぬ"魔法で仕舞ってあったのじゃ・・・?
意識すれば、想像すれば、魔法は可能になる。だが知らない魔法を、なぜ己が最初から使っていたのか。その矛盾に気づくと、すこし体を強張ってしまう。
――なにか、何かわからぬが、この状態に大きな意思を感じるのじゃ・・・。
しかし答えは見つからず、不安になった気持ちを振り捨て、前を見据える。
その答えは後でも十分だろう。今は、自分の生活のために、やらなければいけないことをしなければいけないのだと。そう言い聞かせた。
◆ ◆ ◆
夕暮れも終わり、明かりで灯された街道を歩く。
しばらくすると、昼間に見たギルドが目に入る。その入り口には、今も冒険者たちが出入りしていた。
「ここなのじゃ、さっさと渡して冒険者になるのじゃ」
「ん」
(キイィ・・・バタン)
扉を動かすと蝶番の悲鳴が聞こえる。何回も開け閉めを行った結果なのだろう。
リンネはそのまま建物の中に入る。その時、
「・・・おっと!」
「ん?」
――危ない危ない、肩車で危うく頭をぶつけそうになったのじゃ。
「いや、何でもないのじゃ。・・・お。ほら、あそこじゃ。あそこに向かってくれ」
「ん。わかった」
入り口の上部を横目で見つつ、リンネの身長を実感した。
――あまり気にしとらんだがリンネはそれなりの高さがあるのじゃな。
リンネは指定された場所に足を進める。
ギルドの中はなかなかに騒がしい。ある者は何かを豪語し、ある者は、顔を寄せ合い密談を交わしている。
よく見れば冒険者の座る机に、何本もの空の容器がある。おそらく酒のような類い。それを飲んでいる者を見ればおおよそ分かる。それらから察するに、
「ここは酒場でもあるのか。やたら飲兵衛が多いのう」
「ん」
――しかし、リンネの姿に誰も目もくれんとは
「はい、お疲れさん。今日はもう遅いからさっさと家に帰ったらいいわ」
「おう、じゃあ明日も来るぜ! じゃあな」
受付の近くまで歩く。目の前で聞こえた会話は、冒険者と、受付の娘。おそらく報告が終わり、帰宅するところだろう。
「はい次―」
「帰ってきたのじゃ」
「・・・あんたまた来たの?」
「またとはなんじゃ」
――相変わらず口が悪いのじゃ。
「それに知らないヒトが増えてるし。誰その人?」
「今日であったばかりなのじゃ」
「ん。わたし、リンネ、よろしく」
「はあ、そう・・・。で、なにか用なの? ここは子供が来るところじゃないって昼言ったよね? わすれた?」
「ああ、覚えておるとも。じゃから持ってきたぞ、お主が言っておったお望みの品をな」
「はあ? なんか言った?」
「とぼけおって。言ったではないか、器核を持って帰って来たら冒険者として認めてくれる、とな」
「あーそんなこと言ったわねぇ。あれ、ホントに信じてたの?」
「信じておるぞ。ほれ、リンネ」
「ん」
(ゴロッ)
片手で抱えていた器核をカウンターの上に乗せる。
「え?」
「お主ご所望の器核なのじゃ。疑うなら調べてみるのじゃ」
受付嬢が訝しげにこちらを一目見て、器核の方に視線を動かす。
――くふ、やはりあの大きさはそれなりに大物だったようじゃな。これなら、
「妾も冒険者になってもよかろう?」
「・・・これ、かなり高いランクの器核じゃない!!」
「うあ? なんだー?」
「お、アスカ。もめごとか?」
「なんだなんだー?」
ガヤガヤと周りが声をあげ、受付嬢に注目する。
「ん。グリフォン、の、器核」
「確かにグリフォンの器核だわ・・・」
「「えええええええ!?」」
受付嬢の言葉に周囲の冒険者にどよめきが立つ。まるで信じられないような、驚きの声。
「グリフォンて、確かランク4の魔物だよな」
「ああ、俺たちがパーティ組んでようやくな強敵だぜ」
「それをあの二人が倒したのか!?」
「信じらんねーぜ、どうやってやったんだよ!」
周りの喧騒に我関せず、ハルカは会話を続ける。
「約束通り、妾を冒険者にさせてもらおうかの」
「・・・。」
「どしたどしたー?」
カウンターの裏、部屋の奥にある扉から、野太い声が響く。現れたのは大柄な男。無精髭に整えられていない短髪の中年。
「俺ぁ今仕事中だぞー、もちっと静かにしろよなー」
その声は若干不機嫌さを感じた。
◆ ◆ ◆
「あ、支部長」
「肩書きはショボいからやめろって言ってんだろ。俺の名前で呼べ」
「ごめんバーグ。それで何か用?」
「用もなにも、テメーらの声で作業出来ねーから注意しに来たんだろーが! ・・・ったく、集中力無くなったら腹減ってきたじゃねーか。おいシェフ! なんか軽いもんくれ!」
(はーい、ただいまー!)
遠くで返事が聞こえる。暫くしてシェフと呼ばれた男が現れ、料理を運んできた。
――あれは昼間食べたやつに似とるの。手で持ち運べて楽なのが良いな。
「むぐ・・・ん。――で? 何で騒いでたんだ?」
「この人達のことよ」
男はハルカの姿を見つけると拍子抜けのような顔を見せる。
「あー? なんだ、ガキじゃねーか。テメーらよってたかってガキいじめてたのか?」
「違うわよ、ちょっと信じられないことに驚いてるだけ」
「なんだそれ?」
「簡単に言うと、この二人がグリフォンを倒して器核を持って帰って来たこと」
「ほう、二人で・・・ってデカッ!? なんだその乳!? 一瞬胸か分かんなかったぞ!?」
男が視線を下げる。目に映る巨大な乳房に驚く。
――みんな同じ反応するのう、リンネは別に気にしておらんようじゃが。
「ん。魔力、タンク」
「いや、知ってっけど。それはそれでデカすぎだろ・・・」
「ん、問題ない。これは、マスター、の、おかげ」
「マスター? 誰だそいつ」
「妾のことじゃ」
「お前、機人族にそんなこと言わせてんのか。最近の子供はませてんなー」
――子供ではないのじゃが、指摘してまで話をそらす必要ないの。
「つまりじゃ。こやつが冒険者になる条件で器核を持ってこいと言っておったもんでな、平原におったグリフォンを妾とリンネの二人で倒して、その器核を持ち帰ったのじゃ」
「あ? 平原? おま、グリフォンつったら高山限定の魔物だろ。なんで平原まででしゃばってんだ?」
「それは妾にもわからん。じゃが器核さえ手に入ればよかろう?」
「てかアスカ。テメー冒険者でもねーやつに討伐クエ紛いなことさせてたのかよ」
「さあ? 私はこの子を追い出すために適当にはぐらかしただけだから知らないわ」
――なっ!?
「お主、話が違うではないか!?」
「あなたが勝手に納得して出ていっただけでしょ? 私は持ってこいといったけど、別に魔物討伐を指定したわけでも、ましてや冒険者にさせてあげる、なんて一言も言ってないわ」
「ぬう・・・」
――確かにそうじゃったが・・・。
「なんだー? お前冒険者になりてーのか?」
「そうなのじゃ。稼ぐためには魔物討伐が一番妾の性に合っておると思ってな」
「はーん。まあやる気は分かるがな。残念な話がある」
「どう言うことなのじゃ?」
「そもそもガキがやれる仕事じゃねーんだわ、冒険者って」
「のじゃ?」
「冒険者は15歳からやれる仕事でな、おめーみてーな子供にさせれるヤツじゃねーんだわ」
「な!? じゃが妾には魔物を倒した実績があるのじゃ。それに妾は110歳じゃぞ。もう子供ではないのじゃ!」
「ひゃく? あー10歳ね、おけおけ。無理して嘘言わなくてもいいから」
――こやつも妾を見た目で判断するのか・・・。
「ま、今すぐ冒険者になるのは諦めろってことだ。まだまだ先は長ーんだし、金稼ぎたいなら他にもいろいろあるだろ? わざわざ命かけるような仕事に手を出す必要なんかねーよ」
「ぐぬぅ、ここに器核があってもか駄目なのか!?」
「どうせ輸送してた荷台から落ちてたのをたまたまお前らが拾ったんだろ? 機人族が一人いても、さすがにグリフォンは討伐出来ねーよ」
「ん、違う。ちゃんと、二人、で、倒した」
「ほう? なら目撃者はいるか? ギルド発行のクエ、特に魔物討伐には監視員がクエを達成してるか見届けるんだが。もしいたら連れてきてくれよ」
「残念じゃが、そう言う者はおらんかったのじゃ」
「なら便宜上、お前の要求には応えられねーな」
(ゴソゴソ)
「おいお主、その器核をどうするつもりじゃ!?」
「ああ? とりあえずこいつはギルドが回収しとく。お前がこのカウンターに乗せた時点で、所有権は一応ギルドだからな。拾いもんなら預かっておかねーといけねーし、とりあえずな」
――うむむ、今までの話をまとめると、15歳以上で実力を第三者から確認してもらう必要があるのじゃな。それならば・・・
「話はわかった。ならせめてその器核の売却をお願いしたい」
「いや、さっき言ったこと覚えてる? 出所が確定してない時点で売却もくそもないの」
――なんじゃと!? それすら無理じゃと妾たちは完全に無一文になってしまうのじゃ!
「それはいかん! なんとか金は出んのか?」
「ん。わたしたち、金、持って、ない」
「あ? 親はどした?」
「親はおらん、既に他界しておる」
「わたし、も、いない」
「あー、それが嘘かも考えるのめんどーだなー」
「でしょ? だからさっさと追い払ったの。私は悪くないわ!」
――なんじゃ、まるで妾らが厄介者みたいな扱いではないか。
「わーかったわーかった、お前の言うとおりだ。じゃー・・・これ」
「これは?」
「器核の売却じゃねーが、拾ってここに持ってきたのならそれくらいの報酬は必要かと思ってな。駄賃がわりに受けとれ」
――まあ、ここで難癖つけるよかマシじゃの。
「うむ、ありがたいのじゃ」
「じゃあ話は済んだらさっさと帰りな。んで、働きたいならもっと別なのにしな」
「うぅ・・・まあ良い。リンネ、行くのじゃ」
「ん、わかった」
◆ ◆ ◆
ギルドの扉を通り、すぐそばで立ち止まる。街灯で照らされた地面は明るく、二人の影が色濃く現る。
「ん、出た。この後、どうする?」
「そうじゃな。とりあえずとなり町に行くとするかの」
「となり、街? そう、言え、ば、ここ、どこ?」
「ここは王国の領内にある町のようじゃの。名前までは聞いておらんゆえ詳しくはわからんのじゃ」
「ん。・・・ライブラリ、参照、確認。ここ、"北の町"、だって」
「"北の町"? 随分格式ばったなのじゃな。固有の名とかないのか?」
「ある、けど、廃れてる、らしい。昔、町、たくさん、あった、けど、今、数える、ほど、しか、なくて、そういう、名前、で、呼ばれる、のが、当たり前、に、なった、って」
「なるほどのう。して、この街に一番近いのはどこなのじゃ?」
「ん、王国」
「なんじゃと?」
「ん、ほんと。南下、すれば、王国、着く」
――本当に辺境の町が少ないのじゃな。
「ならそこに向かうのじゃ。次はちゃんと監視してもらう人を呼んで冒険者になるのじゃ!」
「ん、了解」
肩車をしたまま、二人は町の出口に向かう。その足取りは迷い無く、夜道を平気と言わんばかり。
▼ ▼ ▼
ギルドの外から聞こえる子供と機人族の声が移動し遠くなる。
中にいる冒険者の喧騒が認識できる頃、アスカは怒りを露にする。
「なんなのあれ! ガキのくせに上から目線すぎてイライラするんだけど! あーもー!」
「久しぶりの常識はずれにカッカすんなよ。、素直に帰っただけでもマシだろ?」
(カラン、カラン)
「ただいま戻りましたです」
「お、帰ってきたか」
「マオちゃんお疲れ様ー。ねーちょっと聞いてー、さっきねー」
「えと、すいません。先にクエストの報告をするです」
「あ、ごめんごめん。森の異変調査だよね、どうだった?」
「結論から言うと、魔力の異常発生があったですが、解決したです」
「ん? 解決できた? 魔物だったのか?」
「えと、それも含めてですが、ここに真っ暗な毛並みの、狐の獣人族が来たです?」
「真っ黒な狐の獣人族っていやー・・・夕方のアイツか」
「来てたですか!?」
「え、ええ、来たわよ。どしたの急に・・・?」
「それで、今どこにいるです?」
「やけに食いつくな。そいつが森の異変に関係あるのか?」
「えっと、彼女が件の森の異変の原因だったので、改めて話を聞こうと思ったのです」
「えっと、ん? ちょっとよくわからないわ。ちゃんと説明してくれる?」
「はい、まず――」
◆ ◆ ◆
「それで、別れたあとも森を探索してましたが魔物はいなかったです。いつも通りの森です」
「・・・それ、本当なの? マオちゃん、嘘ついてない?」
「にわかには信じれねー話だな。ヒト一人の、しかも自然漏洩した魔力だけで魔物が生まれるなんざ、聞いたことねーぞ」
マオから渡されたオーガの器核を見つつ呟く。
「それもそうだけど、他の世界の記憶があるとか作り話過ぎない? それ本気で信じてるの?」
「いえ、私もまだ確証できないです。なのであらためて確認するために"彼女"の居場所を知りたいです。ご存じです?」
「えっと、その」
「あー、そのだな」
「?」
「えっとね、彼女たち、この町から出ていくって。さっき入り口で話してたの聞いたのよ」
「な!?」
「わりいな、知ってたら止めてたんだが、ただの常識知らずのガキかと思っちまって追い返しちまったよ」
「何てことを・・・(これでは私の計画が・・・)」
「計画?」
「なんでもないです。今から探しに行くです! もし見つけたら私に会うよう言ってくださいです!」
「あ、ちょっとマオちゃん!?」
「おいマオ! ・・・あーいっちまったか」
「どうする? マオちゃん追いかける?」
「アイツルがまだ町中にいるならそれでいいが、もう外に出てるならマオを引き留めねーとな。単独で町の外を活動するのは危険だ」
「うん、わかった。・・・アンタたち! さっきから聞き耳立ててるのバレてるよ!」
「うお!?」「げっ」「ひっ!」
「さあ、事情を聴いてたんならマオちゃんを探して! 外に出るようだったら引き留めてきて!」
「う、ういっす!」「りょーかい!」「あいよ」
「それにしてもあの子供、ただ者じゃなかったんだな」
「ガキの戯れ言にしちゃあ風格があったもんな」
「そう言うお前、真っ先に出てけコールしてたじゃねーか」
三人は言葉を飛ばしながらギルドを後にする。
「はあ、なんだか今日どっと疲れた・・・」
「んじゃ、俺は戻るわ。なんかあったらよろしく」
「・・・はーい」
▲ ▲ ▲
「リンネ、王国へ行くための道はわかるか?」
「ん。でも、ここ、の、詳細、地図、ない。出口、わから、ない」
「ふむ、ならばその見えてる出口に向かおうかの。そこで門番に聞けば良いのじゃ」
「ん、わかった」
「そうじゃ、お主、夜目は利くかの?」
「よめ?」
「暗闇でもよく見えることなのじゃ」
「ん。できる」
「なら明かりは必要ないのじゃ。妾もよく見えるからの」
――夜行性の獣なら夜目は利く、じゃから妾も同じなのかの。
◆ ◆ ◆
「こんばんはなのじゃ」
「ん? なんだい君たち、もう夜だよ」
「聞きたいことがあるのじゃが、良いかの?」
「え? 聞きたいこと? あ、うん。何かな?」
「王国に向かいたいのじゃが、出口はどこかの?」
「ああ、王国へかい? ならここがそうだよ」
「助かるのじゃ。行くぞリンネ」
「ん」
「ちょちょっとまって!」
「なんじゃ?」
「えと、今から行くのかな? もう夜だよ? おうちの人心配してるよ?」
「家族はおらんゆえ、心配することはないのじゃ」
「え、もしかして・・・」
――むう、ここで下手に無一文や宿無しなどを話せばややこしくなりかねんのじゃ。はぐらかしつつ急ぎを呈するか。
「うむ、急ぎ王国へ向かわねばならんのじゃ。すまんの」
「ごめん、なさい」
リンネが察し、直ぐに出口の外へ向かう。
「あ、じゃあ――」
門番が声をあげる。
「途中森を迂回するが絶対に森に入らないでよ。あそこは魔力溜まりが多いから魔物がいっぱいいるから!」
後ろから聞こえる助言に振り向く。
「うむ、心得たのじゃ!」
【ここが門番の言っておった森か。】
「ここが門番の言っておった森か」
雑草が無く、馬車の轍が微かに残る土道を歩き続けて幾ばく。
その果てに分かれ道に突き当たる。左は今までと同じ景色の見える土道。右手は、
――夜目が利くとはいえ、流石に中は覗けぬの。
件の森へと続いていた。そこは魔物がいる森。
「冒険者になったら、ここに来るやもしれぬな」
「ん」
短く返事をするリンネ。止まっていた足を動かし左の道を進む。
◆ ◆ ◆
暫く歩く。
暗い夜道は人気がなく、微かに見える土道を頼りに進む。
――ん? 体が軽くなってきた気が・・・もしや魔力が回復したのかもしれんの。
いつの間にか、体の脱力感が無くなっていた。
リンネに声をかける。
「リンネ、そろそろ自力で歩けるような気がするのじゃ。一度下ろしてくれぬか?」
「・・・ん。わかった」
――なんじゃその間は。そしてなんじゃそのあからさまに惜しそうな顔は。
「いつまでもお主に頼るのもいかん。ここからは妾も歩く」
「・・・ん」
リンネはしゃがみ、ハルカを方から下ろす。
――うむ、だいぶ回復しておるようじゃの。今後は魔力の使いすぎに注意せんとな。
「ん、でも、マスターの、歩幅、合わない、から、やっぱり・・・」
「気にせんで良い。妾がお主の調子に合わせる」
「・・・ん、わかった」
「むう、その惜しそうな顔をやめんか。・・・仕方ない、王国に着いたらまた肩車をしても良いのじゃ」
「ん、やった」
――表情はほぼ変わらんのによく分かる変わったヤツなのじゃ・・・。
◆ ◆ ◆
さらに暫く歩く。世界は暗く、しかし星々が大地を微かに照らす。
「マスター」
「なんじゃ?」
「そういえば、わたしに、聞きたいこと、あるんじゃ、なかった?」
「おおそうじゃ、ギルドの事ですっかり忘れておったのじゃ」
(クウゥゥ・・・)
――こんな時に腹の虫が鳴くとは・・・いや、鳴いて当たり前か。
「マスター、お腹すいた?」
「うむ。昼からなにも食べておらんから腹が鳴っても仕方ないのじゃ。まあ喋っておれば気が紛れるじゃろ」
「まず、妾の種族についてじゃ。お主の口から"神獣・白狐"と言っておったが、それはどんな種族なのじゃ?」
「ん。全部、ライブラリ情報、だけど、いい?」
――らいぶらり、と言うのがよく分からんが、まあよいか。
「構わぬ。少しでも妾のことを知りたい」
「ん」
「"神獣"は、神に、仕える、獣人族」
「神に仕える?」
「ん。神を守り、神のために、その身を尽くす、神官の、ような、存在、だった」
「"だった"?」
「ん、そう。神獣・白狐は、絶滅、してる。一万年前、世界大戦で、神を、守り抜く、ために、全員、身を、捧げた」
「主君のために身を呈して守り抜く、か・・・妾にはわからぬ意思じゃの」
過去の記憶に思いを馳せる。その記憶には先のような献身的な活躍は、無かった。
「ん。でも、その、生き残りが、いた。それが、マスター」
「生き残り、か。残念なのじゃが、その言葉には語弊があるのじゃ」
「ん?」
「実はな、妾はこの世界の者では無いのじゃ」
――最初は少なからず期待しておったが、今までの出来事を見ればもう信じるしかないの。
「ん? どういう、意味?」
「ある者の話じゃとな、どうやら妾はこの世界で生まれ変わったようなのじゃ。前の世界の記憶を持ってな」
「・・・ん? つまり、あの、110歳、ホント?」
「なんじゃ、お主も疑っておったのか」
「ん。だって、体が、とても、100年以上、生きてる、ように、見えない。ホントに、生まれた、ばかり、きれいな、体」
「まあ確かに。謂わば記憶だけ残って、残りは新しいのに変わったようなものじゃからな。――つまり、証明できるのは妾のみ、と言うことになるの」
「ん。ということは、110年生きてた、記憶が、ある、子供?」
「そのような感じじゃの。・・・まあ、なぜこのような事になったのかは妾自身わかっておらぬゆえ、何とも言えんがの」
「前の、世界、どんな、感じ?」
「前の世界か・・・。あまり歴史は知らぬが、その頃は各地の国が天下統一するために戦を起こしておっての。それが後に大戦なっていったのじゃ」
「ん、こっちの、一万年前の、世界大戦に、似てる」
「あやつもそんなこと言っておったな。まあそんな乱世の中、妾は孤児として生まれたのじゃ。親の顔は見たこと無いままどこかの武家に育てられての」
「ん」
「子供の妾が駆り出されるほど、世も末じゃった。どこもかしこも戦場でな、妾は生きるために必死に戦い、生き残るために国に忠誠心を見せ、大戦を生き抜いたのじゃ」
「ん」
「その結果、天下統一した時には妾は天下無双の武人になっていた、と言うわけなのじゃ」
「ん。・・・大変、だった?」
「うむ、まさに地獄よ。常に死が背後におったようなものじゃからの。生きた心地がせんかったのじゃ」
「ん、そう・・・」
「じゃが、終わった後は天国じゃったの。退役した後は食べ物も満足に食え、安心して眠れる日々。おかげで無事に大往生できたの」
「ん。マスター、お疲れ様、だったね」
「まあ、あまり誉められた生き方では無かったが、後悔はせんだの」
「そうなると、どうやって、ここで、生まれたか、わからない、と言うこと?」
「うむ。大往生して、死んだと思っておったら近くの森で目が覚めたのじゃ。この姿でな。それが今日の朝の出来事なのじゃ」
「ん、今日? もしかして、いろいろ、あった?」
「もちろんなのじゃ。朝から見知らぬ土地で慌て、次にある娘と出会い、そこへオーガと言う魔物が現れそれを退治し、その後町へ行き、ギルドで冒険者の約束を取り付け、昼にお主と出会い、夕方にギルドで一悶着・・・。随分と濃厚な一日じゃったよ」
「ん。端から、聞けば、すごく、面白い、話」
「くふ、妾もそう思う。続きが気になるような内容じゃな」
◆ ◆ ◆
「して、神獣・白狐の情報はまだ他にあるかの?」
「ん、あるよ」
「うむ、ではこの魔力の――ん? リンネ、待て!」
「・・・ん? どしたの?」
――人、が向こうから来とるの。
「あそこ、遠くの方に人がおるのがわかるか?」
「・・・ん。男三人、女一人」
「うむ。見た感じ、男どもは妾と同じ獣人族ではないのじゃ。むしろ"前世の妾"にとって親しみのある姿じゃの」
「ん。あれは、ヒト族。ここら、辺では、珍しい、種族」
「そうなのか? ・・・ああ、ここは亜人種が統治しておる場所だからか」
――それで女の方は・・・特徴的な獣の耳がついておるから獣人族か。
「ふむ、それにしても何故奴らは妾らと同じく灯りを持たんのじゃ?」
「ん。・・・わたしも、わからない」
(おい見ろよ! あっちから人が来てんぞ!)
――ん? こっちに気づいたか。ふむ、ちと聞き耳立ててみるかの。
(マジかよ! なんで灯りもってねーんだよ!)
――ほうほう。やはり普通は灯りを持ち歩いておるのじゃな。
(やべーな。見つかる前に森に逃げるぞ!)
((おう!))
――見つかると良くない、か。
「やつら、妾たちを見て色々言っておるの」
「ん? そなの?」
(んん~!!)
――おまけに女のぐぐもった声が聞こえる。何やら怪しいにおいがプンプンするのじゃ。
◆ ◆ ◆
「マスター、わたし、聞こえない。なんて、言ってた?」
「ん?」
――そうか、妾の耳が良いのか。そろそろこの性能差にもなれんとな。
「ああ、あやつらは森に逃げると言っておる。それと女は悲鳴を上げたそうにしておったの。口は閉じられておったが」
「ん、なるほど。それにしても、マスターの耳、すごくいいね」
「妾の耳はよいらしいからの。因みにお主の発見も、妾の耳のおかげなのじゃ」
「ん。その節は、ありがと」
二人の会話のする間、男たちは早々に森の中に入っていく。
「ふむ、女を連れて森の中とな。まあ十中八九いかがわしいことじゃろうなぁ」
「ん。マスター、助け、よう」
「今は腹が減って無駄な労力は使いたくないのじゃが・・・確かに、ここで見逃しても後味が悪いの」
「ん!」
――それにあやつを助けその実力を見てもらえれば、冒険者になるための良い証人になるのじゃ。
「ん。じゃあ今すぐ――」
「まあ待て。あやつらは妾たちを見て逃げたのじゃ。そのままあやつらに声を掛けて追いかければもっと逃げる」
「ん」
「あやつらの目的はおそらく連れてる女じゃろ。注意がそっちに向くまで、できるだけ隠密に追いかけるのじゃ」
「ん。わかった」
◆ ◆ ◆
「結構奥までいくのじゃな。よほど見られたくないのか」
「ん。今の、ところ、気づいて、ない」
森の中を突き進む二人。しかし足音は最小限に抑えている。そのため男たちはひたすら後ろを警戒せず前に進む。
――妾は音を立てず歩くことができるが、リンネも同じようにできるのじゃな。
リンネの動きを見る。足取りも軽やかで着地の音を消すように走っている。
(ばるん、ばるん!)
――それにしても、俊敏な動きに釣られて暴れまくる胸がこうも迫力があるとは、いやはや凄いのう。
「ん?」
「いやなに、お主の胸に見惚れておっただけじゃ」
「ん。なんか、くすぐったい」
「人形にそんな感覚があるのか?」
「ん。感覚器官、無いけど、そう思った」
「くふ。好きな者からの視線に意識しとる、と言うことじゃな」
「ん。わかんない」
「そうか。まあいつか理解できる日が来るやもしれんな」
◆ ◆ ◆
「ん、止まった」
「うむ」
「まずは草むらに隠れるのじゃ。頃合いをみて一気に行くぞ」
「ん」
男たちの声が静かな森の中に響く。
「ふう、ここまで入り込めば見つからないだろ」
「それにしても俺たち運が良いな。一度も魔物に出会わなかったぜ?」
「もしかしたら昼間にここの冒険者が狩り尽くしたのかもな」
「だが用心しとくに越したことないからな。お前ら見張っとけよ」
「へいへい」「さっさとヤれよな」
――妾たちの気配が読めんか。まあ仕方あるまい。あの様子じゃと、まともな戦闘すらしたことないじゃろうしな。
「へへ、これで20歳越えてるとか獣人族はスケベな体してんなぁ」
「しかも俺たちにまったく用心しねーとか、どんだけ頭お花畑だって話だ」
「おいおい。その不用心さにありつけるわけだから、感謝しとけよ」
「なんだ、大人しいと思ってたら気絶してたのか」
「なら好都合だ。暴れて抵抗する前に手、縛っとけ」
「ういっす」
――ん? 気絶しておるのか。まずいのう、助けたときに妾たちを視認してくれなければ計画が・・・。
「ん、急がないと」
「待て、まだなのじゃ」
「ん、なんで?」
「この場であやつらを仕留めても、あの女は妾を見て誤解するかもしれん。あやつが目覚めるまで待つのじゃ」
「ん? でも、わたしと、マスター、見た目、そんなに、怪しく、無いよ?」
「ほぼ裸の妾たちを見れば、追い剥ぎに間違われると思わんか?」
「ん・・・でも・・・」
――なんじゃ? いままで従順に聞いておったのにこの指示は受け入れられんのか?
「はやる気持ちは分かるが、辛抱じゃ」
「むぅ・・・」
――あからさまに不機嫌じゃの。あまり事を荒立てたくないのじゃが、ここで折れるわけにもいかんのじゃ・・・。
男たちは次々に下の衣服を脱ぎ始める。およそ、洗ってないだろう汚ならしい逸物をぶら下げ、男たちは自らいじり始める。
「ふへへ、久しぶりの女だ。裸を見ただけでイっちまいそうだぜ」
「ぷっ、そーろー過ぎんだろそれ!」
「ま、俺にしちゃ早く番が回ってくるから構わんがな」
(ズキッ)
――ん? なんじゃ今の痛みは・・・。
突然の痛み。その痛みは心から来た。
――まるで、妾があの女を悲観しとるかのような気分ではないか。
これから起きる女の悲劇を思い、心が痛む。その心情に動揺する。
――生き残るために今まで何人もの他者を犠牲にして来た妾に、まだ他人を気にかける気持ちがあるのか? ・・・あ。
だがその疑問は、ひとつの結果で理解する。
隣にいるリンネ。そこには紛れもなく"己の感情"で助けた者がいる。
――むう、妾の荒んだ性格が少し変わってきたと言うことなのじゃろうか・・・?
答えが出ないまま、男たちの様子を見る。
既に女の服は取り除かれ、あられもない姿になっていた。
「うひょー、じゃあ、いただきまーす!」
女の服を剥がしていた男は軽く舌舐めずりをし、顔を女の股間に近づける。
「――んッ!! 我慢、できない!」
「お、おい、リンネ!?」
先の光景に、怒りを露にしたリンネ。出会ってから一度も見たことの無い明らかな表情。そして体は怒りに震え、草影から堂々と姿を表し、男たちに向かって走る。
――な、我慢せいと言っておるのに!
しかし、ハルカは己の心情に驚く。己もまた、我慢できなかったであろうという気持ち。ほんの僅か、リンネが留まっていたら、自分が飛び出していただろう、という思いに。
――不思議な感覚なのじゃ。まるで妾ではない何かが妾を動かしているような。
前世とは明らかに違う感情に戸惑いを抱く。
「な、なんだテメー!? どっから出てきた!?」
リンネの急襲に見張っていた男が驚く。無理もない、いままで気づいてない状況から、いきなり伏兵のように現れたのだから。
――バレては仕方ない! 妾も行くのじゃ!
さっきまで疑問を払拭し、リンネの後に続いて飛び出す。しかし見張りの二人はリンネに釘付けなのか、こちらに気づいていない。
「はあ!? 機人族がなんでここにいんだよ!」
「こ、の、や、ろッ!!」
驚き動きが鈍った男にリンネは迫る。が、もう一人の見張りがそれを阻止しようと動く。手に持つ武器を振りかぶり、リンネを襲った。
(シュッ! ――パシッ!)
「んッ!」
「なッ!?」
振りかぶった腕をリンネが素早くつかむ。
腕を固定された男は動揺し、動くことができなかった。
「っにしてんだテメ――ぐはッ!!」
――よそ見しとるお主が悪いのじゃ。
驚きから復帰した男が戦線に立つが、ハルカの飛び蹴りが男の脇腹に突き刺さる。
その衝撃は倒れるどころか真横に吹き飛ばされ、近くの幹に衝突した。
「ぐぇ・・・」
汚い呻き声と共に男の意識が無くなる。
「くッ! ――のやろッ!!」
リンネに腕を封じられていた男は自由の利くもう片方の手で、腰に帯刀していたナイフを取りだしそのまま切りかかる。
「ん!」
抜刀する時には既に行動は起こしている。掴んだ腕を放し、後ろに飛び下がる。
「うらあ!!」
「ぐっ・・・」
しかしそのナイフはリンネの胸に垂れ下がっている大きな胸に当たった。ハルカの視界からは男の背中しか見えず、リンネの被害がどれほどが把握できていない。
「リンネッ!!」
飛び蹴りから起き上がり、すぐさまリンネを襲う男の背中に向かって走る。
リンネも切られたことに動じず腕を上げる。
「ん、邪魔ッ!」
「リンネ! 無駄な殺生は止めるのじゃ!」
リンネの動きは見覚えがあった。右手を尖らすように構え、男の胸に向かって突き動かしている。それは、ハルカがオーガに喰らわした貫手と同じ動き。
――殺したら女への印象が悪くなるのじゃ。
こんな時でも打算を弾き出す。己たちはあくまで救出。無駄な血を流す必要はない。
「・・・ん、了解ッ!」
構えていた手を瞬時に握り拳に変え、振り下ろす。その先は男の頬。避ければ良いものを、男は何故か一転を見つめて防御すらしなかった。
(バキッ!)
「ぶへぇ!!」
叩きつけるように殴られた男は、真下の地面にぶつかるとその衝撃で大きく跳ね、再び近くの地面にぶつかる。
「・・・ぅ」
「――あ! お、お前らなんなんだよ!?」
小さな呻きと共に地面に伏した男。
それを見た三人目、つまり最後の男は声を張り上げる。その腕には女が、そして首筋にはナイフがあたっていた。
そして女は未だ意識がなく、男の腕に抱かれていた。
――人質か、下郎な真似をする。さっさと女を放して逃げれば良いものを。・・・まあそれでも逃がさんがの。
「長くは語らん。さっさとその女を解放するのじゃ」
「ん。もし、傷つけたら、許さない」
二人は臆さず男に勧告する。視線をそらさず、男を威嚇する。
「て、テメーらに関係ねーだろ! 俺たちはパーティー組んでるんだ! 仲間内で何しようが外野から文句言われる筋合いはねーんだよ!」
「そうなのか? じゃがその女に突きつけるナイフを見ると、お主の言う"仲間内"とはとても縁が遠い言い分じゃのう」
「ぐっ・・・うるさい! こいつが死なれたくなかったら地面に這いつくばれ!」
呆気なく看破された男は大声でわめき散らし、脅す。
――這いつくばる・・・なるほど、仲間が気絶から回復するのを待つための時間稼ぎか。
「ま、そうはさせんがの――ほいっと」
(バチンッ!)
空気の破裂する音と共に男と女の間に空間が生まれる。
生まれた空間は視認できず、男と女は離れるように弾かれた。
「ぐあっ! なっ、なんだこれは!?」
――ふむ、思い付きじゃが上手くいったの。さすが魔法じゃ。
男はあらゆる方向に手を伸ばし、見えない壁を叩く。
「全部塞がってやがる! おいテメーら早く起きろ!」
見えない壁が己を閉じ込めていることに焦り、失神している男どもに罵声を飛ばす。
「起きられると面倒じゃ、さっさと済ませるかの。リンネ、そこに転がってる輩を連れてくるのじゃ」
「ん。わかった」
リンネが男たちを無造作につかみ引きずって来る間、ハルカは弾き飛ばされた女のもとに向かい、手足を縛る縄をほどく。
「お、おいテメー、何するつもりだ!」
「気にするな、今からお主らを捕縛するだけじゃ」
「ん、持ってきた」
「ご苦労。ではこの縄を使ってそやつらの手足をまとめて縛り上げるのじゃ、方法は任せる」
「ん。了解」
リンネに縄を渡す。
「う、うーん・・・」
「お、目が覚めたようじゃな」
「・・・あ、う」
「お主、意識はあるか? あるなら自分の名を言ってみるのじゃ」
「・・・え? う、うーちゃんは、ウヅキっていいます」
「ウヅキか、今お主がどういう状況か分かるか?」
「・・・あッ!! うーちゃん今男たちに襲われて大ピン・・・ってあれ?」
「安心するのじゃ。お主を襲った輩は今しがた取り押さえたのじゃ」
「え・・・あ、あなた、道の向こうにいた人!」
「うむ、お主が森の中に連れ去られておるのを見かけての、追いかけてきたまでなのじゃ」
「あ、ありがとう!」
「うむ。じゃがまずはそこに放られている服を着ると良いのじゃ。お主が気絶しとる間に脱がされておったのじゃ」
「え? あ!」
己の姿に気がついた女は急いで服を取りに動く。
「おいテメーら俺を無視するんじゃねーッ!! ここから出しやがれ!!」
「――ひッ!?」
先程から沈黙していた男が突然叫ぶ。その声に女は悲鳴を上げる。
――出せと言われて素直に従うと思うておるのか?
「なんじゃやかましい。お主はもう少しそこで大人しくしているのじゃ」
(ゴンッ!)
騒がしい男に嫌気が指したハルカは、抵抗させる猶予も与えず男を殴り付け気絶させる。
「ぐっ、あ・・・」
「え、あ・・・。こ、子供が大人を・・・!」
――むう、こやつも同じような反応をするのか。うーむ、誤解されぬためにも一度、本格的に見た目を大人っぽくする必要があるの。
隣で驚く女、もといウヅキの反応に、ハルカはまた同じような説明をするか悩んだ。
◆ ◆ ◆
「ん。マスター、終わった」
男を黙らせた後、リンネから声がかかる。
「うむ、ご苦ろ――くふっ、くふふ! なんじゃその縛り方は。まるで狩った獣の様じゃな。滑稽なのじゃ」
「ん。ロープの、長さ、足りなかった」
男二人は両手両足を一纏めにし、それをまとめて縛ってあった。さながら狩り終えた獲物を持ち帰るような格好。
「ロープ? ああ、縄のことか。気にするでない。そやつらは町の屯所に突き出すゆえ、それくらいで十分なのじゃ」
「あの・・・」
助けた女が声を出す。
「なんじゃ?」
「あの、助けてもらったうーちゃんが言うのもなんだけど、どうして助けたの?」
「ん? なんじゃ、余計なお世話じゃったのか?」
「いえいえいえ! そんなつもりで言った訳じゃないよ! でも・・・」
「でも?」
「あなたまだ子供じゃない。こんな暗いところで・・・。いくら機人族が一緒でも危ないよ!」
――うーむ、妾のことを説明するべきか。
「ん、心配無用。マスターは、この年で、魔物討伐、してる。見た目で、判断、しないで」
「え、魔物を!? すごい!」
――あっさり信じおった。まさかとは思うが。
「うむ。既に色々討伐しておる。じゃから魔物を狩る妾がヒト族に遅れをとらぬ訳ないのじゃ」
「そうなんだー」
「・・・ん。少しは、疑ったら?」
「え・・・? え、あ、もしかして、今の嘘!?」
「ん。それは本当。・・・でも、他の人は、みんな、信じなかった」
「そ、そう。・・・うん。うーちゃん自身も相手を信じすぎるって自覚はあるんだ」
――そのせいで男どもに騙されたんじゃな。難儀なものよ。
「妾はお主が森に連れ去られたのを見てな、それで助けたまでじゃ」
「ん。とりあえず、町まで、行こう」
「はい、ありがとうございます」
「自己紹介がまだじゃったの。妾はハルカ」
「ん。わたしは、リンネ」
「あ、はい、うーちゃんはウヅキっていいます」
「先に聞いた、よろしくの」
「ん。よろしく」
◆ ◆ ◆
「さて、では王国に向かうとするかの」
「え・・・?」
「ん。マスター、違う」
「ん? なにがじゃ?」
「えと、よかったら北の町へ付いてきて欲しいんだけど」
「なんじゃお主、こやつらに釣られてここに来たのではないのか?」
「えと、この人たちは私が北の町に行くのを護衛してくれると言う依頼で来てもらったの」
「ん。だと思った」
「ほう。てっきり魔物討伐の類いと思っておったのじゃが」
「ううん。うーちゃん一人だと魔物から身を守れないから、仕方なく・・・」
――なるほどの。しかし、それじゃと・・・。
「またあの町に戻らんといかんのか」
「ん。そうなる、ね」
「・・・何かあったの?」
「まあちといざこざが、の」
「ん。でも、町の門、までなら、大丈夫」
――そうじゃの、わざわざ町の中まで・・・って。
「いや、それじゃと妾の計画がおじゃんになるのじゃ!」
「え、計画ってなに?」
「ん。それは、マスターの――」
「そ、それ以上言うでない!」
「ん。・・・でも、ウヅキ、わたしたちの、戦い、直接、見てない。結局、証人、なれない、よ?」
「しょうにん?」
――あ。そうか、そうじゃったの。結局は見ておらんかったから意味無いのじゃな。
「・・・わかった。このまま北の町に戻るのじゃ」
「ん。了解」
「え? あ、お、おねがい、します」
◆ ◆ ◆
「ん、マスター。これ、どうする?」
「ん〜? あー・・・」
――すっかり忘れておったのじゃ。
「うむ、もちろん持ち帰るのじゃ。こいつらの捕縛で多少稼ぎにはなるじゃろ」
「え、で、でもどうやって運ぶの? みんな気を失ってるよ?」
――うむ、それなんじゃが・・・。
「妾に考えがあっての。この尾を使うのじゃ」
「え、どういう意味・・・?」
「ん。でも、入るの?」
「物は試しなのじゃ。――よっと、まずは一人」
(ズズ、ズズズ・・・)
「え、え? 何が起きてるの!?」
「ん、はいった、ね。まだ、余裕?」
「うむ、まだ余裕じゃの。このまま他の奴らも入れるぞ」
(ズブ、ズブブブ・・・)
「ひ、人が、消えちゃった・・・」
「消えてはおらん。妾の尾の中に仕舞っただけなのじゃ」
「し、仕舞うって、どういう意味なの?」
「言葉通りなのじゃ。袋に積めるように、尾の中に仕舞いこんだだけなのじゃ」
「・・・? へ??」
「ん。多分、理解、難しい」
――じゃろうな、妾もよくわかっておらんからの。
「まあ気にするでない。では往くぞ」
「ん」
「え? あ、待って! 置いてかないで!」