表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

2(ベガスに行きたいという気持ち)

                     2(ベガスに行きたいという気持ち)


  わたしは警察のお世話になったことが三回ぐらいあって、これは二回目ぐらいにあたる。わたしは十九だった。一年の頃のイケイケ精神を失って、惰性で学校に行きつつ、なにか理由を見つけて長期の休みを取れないものかと考えていた。


 わたしは宝くじを買っていた。


 わたしは宝くじを買う方だ、というと知り合いの中には驚く人がいる。わたしは仲間内のあいだで不可知論者で通っていて、彼らにとって宝くじは神頼みや夢物語の類だからだ。でも我々不可知論者的にはそういう考えこそ神秘主義的で、宝くじとは確率で、宝くじを買うのはそれを収束させる行いに過ぎない。

 なので一時期わたしは、クロスワードパズルや、懸賞なんかにはまっていた。わたしは宝くじを買っていた。旅行誌という宝くじだ。ある種の旅行誌には、海外旅行が無料になるキャンペーンをやっている。実際のところ、当たると思っていたわけではないが、当たる可能性を買うことが、分不相応な欲求を鎮めるのに大いに役立つとわたしは知っていた。ようは当たらなくてよかったわけだ。


 けれどなんの巡りあわせか、わたしはその本をコンビニの雑誌コーナーで買ったのだけど、たまたま買ってみた知らない旅行誌の、キャンペーンに応募してみると、なんと当たってしまった。


 わたしはこの選択を二つの意味で後悔してる。つまり、あんまり吟味しないで、彼女に旅行券をあげてしまったこと。それから、起こったすべてのことについて。


 でもわたしは信じられなかったのだ。当たらないのが普通であるものが当たってしまったことに、喜ぶよりも当惑してしまったのである。


 わたしは友達の友達、ぐらいの関係性だった社会学科の女の子に旅行券をやってしまった。ラス・ベガス行きのチケットだった。そうなのだ。これが香港や同じアメリカでもニューヨークとかロサンゼルスとかだったなら、違う結果になったかもしれない。わたしはラス・ベガスに偏見を持っている。アルコール中毒の男がギャンブルに狂った挙句に死ぬような街なのだと、ニコラス・ケイジの映画で学んだせいだった。といっても、ベガスに悪感情を持っていたわけではない。寧ろわたしはこまっしゃくれた未熟な精神によって、ベガスのそういう部分に惹かれていたのである。


 ベガス行きは七泊八日だった。出発日は広めにとられていたので、試験が終わってからベガスに行った。ところが七日経っても彼女は帰ってこなかった。彼女の周りにいる誰もなぜ帰ってきていないのか、親さえも知らなかったが、実のところ、わたしは知っていた。電話がかかってきたからだ。彼らは日本の警察を経由して、わたしに電話をかけていた。そう。ベガス警察だ。向こうで彼女は次のことをやった。まず、ツアーガイドを撒いた。ガイドは逆三角形の看板の前で三十分も解説をしたし、英語で受付体験を無理やりやらせた。彼女の英語は助詞を三回、関係代名詞を二回トチった以外は完璧だったし、それぐらいなら問題なく通じていたのだが、ガイドはそのたびに訂正した。でもメインの理由は、彼がアンソニー・キーディスのような長髪、馬面だったからだ。彼女からしてみれば長髪、馬面というのは、彼ほどの音楽センスを持ってしても消しきれない汚点の一つだった。そこで彼女は、自由時間中に持ち金をすべてドルに換え、泊まるはずだったホテルとは真逆の地区に建つ別のホテルにチェックインした。彼女はそこでアンドリュー・カスタビーに出会い、彼に魔法をかけられた。つまり、約1.3gのレイプ・ドラッグと少量の酒だ。もし彼女が14の頃にモルヒネによる投与治療をされたことがなければ、アンドリュー・カスタビーの邪悪な魔法にからめとられてしまっただろう。つまりこう書くということはそうはならなかったということだが、別の誰かにとっては、そうなってくれたほうがよかったのかもしれない。あ、もちろんわたしは彼女の友人としてそんなことにならなかったことに心から安堵しているし、この冗談はそんなことが起きなかったからこそ冗談になるものだ。とにかくアンドリュー・カスタビーが望んだほど混濁しなかった彼女はアンドリューの喉をぶん殴り高笑いして外に繰り出した。そのあと、ラリ足りなかった彼女は持ち金全部使ってマリファナを買い込み、フリーモント・ストリートで大勢の顰蹙とクラクションを鳴らされながらそれを吸った。これに目を付けたのがラスベガス・デッドエンド・ストリート・ギャングスっていうまあ社会のはみ出し者で、フリーモント・ストリートに群がってネバダ州における医療用マリファナの合法化を訴えた。二年前にも同じことをしたことを彼らは忘れていた。そのとき駆け付けた警察官からネバダ州ではマリファナが一〇年も合法だと教えられたこともだ。彼女はパトカーを奪ってフリーモント・ストリートからウェスト・ワシントン・アベニューへ出て、カントリークラブの軒先に突っ込んだ。死傷者はいなかった。彼女以外。眉の端をガラス片で切ったのだ。暴れた彼女は捕まって、頭も呂律も周らないまま事情を話し、いろいろと文法やスペルを間違え、それが奇跡的に麻薬売買のために尖兵を送り出したわたしというストーリーを生み出した。ラスベガス警察は全部を信じたわけじゃないが、わたしが彼女の身元を明らかにできると考え、さんざんてこずって結局ウィジャボードを使って彼女の携帯のパスワードを開いた後、わたしに電話をかけてきた。


 ほんとかよ。


 いやまあ、不可知論者的に、そこは決めつけず、不明としておくことにして、わたしはベガス警察に日本警察を通して事情を説明して、それはある程度つたわったようだった。この話は大学にも伝わり、彼女は拘留中、拘置所の中で自分が停学処分になったことを知った。


 彼女は半年後に帰ってきた。わたしはその間に二〇になった。起訴されたようだが、けっきょく微罪で済んだらしく、社会奉仕活動が終わって帰国すると、残りの停学の期間を実家で過ごしたらしかった。


 マリファナを持っていたりするかと訊くと、彼女はもっていると頷いた。彼女は唐辛子の袋にマリファナを隠して持って帰ってきたと言っていた。数日して彼女が小さな段ボールを持ってうちに来た。もじゃもじゃの草の塊とガムについている紙に似たものが入っていた。わたしは彼女の指示にしたがって紙に草をまき、彼女に火を点けてもらった。なんだか腐った果物のような匂いが香って、彼女はうっとりした表情を見せていた。わたしは、最初はなんだか気持ち悪くて、吐きそうだったのだけど、そう思っているうちに、ぱっと頭の中に文字が散って、次には頭を軸にして、体が回転しているような気がしてきた。「ウーン」とうなり声をあげ、力の抜けるままに任せると、彼女がわたしの体を引っ張って倒した。彼女はラス・ベガスでの出来事を歌うように話した。その話は曖昧なままわたしの体に定着し、目を閉じると、冷たくて乾いていて、けれどどこかウェットな感情を含んだラスベガスの空気が、すぐそばまで迫ってきていた。


 あ、そうそう。わたしに警察から電話がかかってきたから、わたし以外に彼女の居場所を知っている人がいないと書いたけど、あれは嘘だ。SNSには今でもパトカーで爆走する彼女の映像が上がっている。

 ハッシュダグ#japanese motherfuckerでどうぞ。

 

追記

 

 わたしも書くときに確認したはずなのだが、どうやら消されたらしく、動画は見つからなかった。ただ、事態を事細かに記した記事があるので、気が向いたら彼女のブログを確認してほしい。

 http//fuckyouringostar.lbで出てくるはずだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ