異世界の片隅で、貴方とsideレイ
最近、ウチの団長に遅い春が来たらしい。
ここタータニーチェ王国には、不思議な『迷い人』というシステムがある。
不定期に、どことも分からない、こことは違う世界からやってくる人族。
王国の何処かに不意に現れる迷い人には、いつ現れるのか決まった法則はない。
来るのは、男かもしれないし、女かもしれない。
今までの統計を見る限り、偏りはないように感じる。
ただ言えるのは、生殖可能ともいわれる年齢であること。
そして、番の近くに現れるということ。
そんなシステムで、我らがライル団長は番を手にいれた。
普段は熊族らしくガタイが良く、やや厳ついながらも顔は整い、種族が違う女達からも好意の視線を送られていた団長だが。
最近は、やっと来た春に雰囲気ゆるゆるで、ちょっと残念な感じとなっている。
まぁ、常に殺気を飛ばしていたあの頃に比べると、平和だから文句はありませんけどね。
「何だレイ。何か言いたいことでもあるのか?」
おっふ、思考読むのやめろ。
「いや、何でもねぇよ。
それより、そろそろ王国設立祭が近い。
祭りに乗じて、良からぬ輩が増えそうだ。
王都の巡回も、見直しが必要じゃないか?」
ついマジメに、最近の懸念事項を口にする。
ここで注意するべきは、迂闊に番の話題を出してはいけないってこと。
何せ獣人は独占欲が強く、嫉妬深い。
例え話のネタとしても、うっかり話題に出そうもんなら物理的に首が飛んでもおかしくない。
俺も、普段は楽しく可愛い女の子達と遊びはしているが、番に対してのアコガレがない訳じゃない。
いつか出会えるかもしれない番のために、首は大事にしとかないとね。
なんてコトを考えながら、今後の警備についての注意点、巡回内容の変更を提案し、この日の仕事を終えた。
「さて、今日は何処で呑むかね」
仕事終わりの一杯を求め、食堂が立ち並ぶ通りへ移動する。
最近、常に春ってな状態の団長を見てるせいか、胸焼け‥‥いや、砂糖吐きそう‥‥いやいや。
うん、女の子達と遊ぶ気にはなれなくて、旨いメシと酒を求め彷徨う。
ふと。
建物と建物の間、人ひとりやっと通れる程の幅しかない路地に目が向いた。
何だ?
何かがいる。
言いようもなく、ザワザワと波立つ気持ちに戸惑いつつ、路地に足を踏み入れた。
俺は狼族の獣人だ。狼は、カンが働きやすいって言われてる。
本能に従い、ゆっくり狭い路地を進む。
ライルとも話していたが、祭り間近の王都はいつもより治安が悪い。
何処に不成者が潜んでいるかも知れず、感覚を研ぎ澄まし歩みを進めた。
と、野太い男の怒鳴り声と共に、ガラスが割れる音が響いた。
「この役立たずがっ!!
マトモに見張りもできねぇのかよっ!!」
そして、何かが吹き飛んで‥‥。
って、人じゃねぇかっ!?
思わず狼族の瞬発力を発揮して、ソレを受け止めた。
ちらりと見ただけでも、痩せ細りアザだらけの痛々しい姿。
弱いモノに対してする所業じゃない!
ふつふつと湧き上がる怒りから、更なる怒鳴り声と共に扉から飛び出して来た男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
正直、狼族はそう短気な種族ではない。
徒党を組む事も多い性質から、先ずは話し合って物事を解決する事が殆どだ。
だが今、俺は怒りを抑える事ができない。
何だ?
何故お前の様な、薄汚い輩がアレを虐げる?
何の権利が有ると言うのだ‥‥っ!
ジタバタと持ち上げられた男が、顔を紫色に変え暴れている。
だがそれも、些細な抵抗だ。
アレと同じ様に、アザだらけにしてやろうか。
それとも、もう2度とアレを傷つけられぬ様に、その腕をへし折ってやろうか。
その目にアレが映る事が許せない。
その目をくり抜いてやろうか‥‥っ。
血が沸き、凶暴なナニかが体内で暴れる。
許すな!
許すな‥っ!!
すうっと瞳孔が開き、男を掴む腕に更に力を込めたその時。
「その辺で止めておけ、レイ」
いつの間にかライル団長が俺の腕を押さえ、静止を促した。
息がしづらい。
フーっフーっと、唸るように荒く息を吐く俺に、ライル団長はふっと口の端で笑った。
「流石に百戦錬磨の遊び人でも、番は別か。
気持ちは分かるがな。
先ずは落ち着け。コレは俺が片付ける。
お前は、お前の番の世話だけをしろ」
つがい?
俺は息を止め、ライル団長を見つめた。
「番‥‥だと?」
「ふん、身体は正直に反応していたようだが、気付いていなかったのか。
彼女はおそらく迷い人だ。
お前の、その反応から察するに番だろうな」
恐る恐る、意識のない彼女を振り返る。
今まで余程酷い扱いを受けてきたのか痩せ細り、薄汚れた格好をしている。
でも瞳を閉じていても分かる。
コレは番だ。
身の内から溢れてくる愛おしさに、苦しくなる。
何故だ?
迷い人は、その番となる者の近くに現れるはず。
なのに、何故俺は彼女の存在に気付かず、何故見つけ出す事ができなかった?
分からない。
だけど、今は何より手当をせねば。
「早く医師に診せたい。
悪いが、この場を任せていいか?」
「また暴れられても堪らん。さっさと行け」
その言葉を背に、俺は彼女を抱えて走り出した。
ここからだと、俺の家に運ぶより診療所に運ぶ方が早い。
幸い、まだ日暮れとはなっておらず、医師も在中しているだろう。
そうして運び込んだ診療所のベッドに彼女を横たえ、診察を願う。
複数の打撲、栄養失調。
そして、左腕の骨折。
くそっ、やっぱりあの場で殺しておけば良かった‥‥っ!
ギリギリと奥歯を噛み締め、ドス黒く湧き上がる感情を押し留める。
診療所に詰める女性達が、彼女の身体を清め清潔な服に着替えさせてくれた。
そうして改めて見る彼女は、瞳を閉じているせいかやや幼く、だからこそ余計に痛々しい。
だが、豊かな黒い髪、白い肌。
痩せていても、僅かにまろやかさを保つ頬。
血の気が引いていてもなお、薄らと色づく唇。
匂い立つ何とも言えない色香を感じ、思わず食い入るように見つめ、その髪に手を伸ばした。
迷い人のシステムでは、保護する権利は番となる者にある。
そしてその者が保護する旨を伝え、迷い人がそれを受け入れたら、その時点で何人にも覆す事のできない番となるのだ。
俺はまだ、彼女の名前も知らない。
そして、まだ正々堂々と番だと言える立場でも、ない。
身を焦すようなもどかしさを感じながら。
それでも、湧き上がる歓喜もあるのだ。
何故、最初に保護できなかったのか、それは彼女が目覚めて話を聞かねば分かるまい。
だが。
今、彼女はここに、いる。
早く目覚めてくれ。
そして、きっと美しいだろう、その瞳に俺を映して欲しい。
何を置いても、真っ先に保護を申し入れよう。
どうか。
どうか、受け入れて欲しい。名前も知らない、貴女。
読んで頂きありがとうございました。