二人組
「ポルクスから距離をとったのは正解だな だがそれでも──"俺の射程距離のまま"だ」
(まずい……っ!)
ただの剣であれば、後退して相手との距離を離すのは正解だっただろう。
しかし"ガンブレード"であれば話は別である。銃剣は今銃として銃口がリンを捉え、銃声と共に弾丸は放たれた。
「……ほう? 咄嗟の回避が間に合うとは中々の反射神経だ 褒めてやろう」
「カストル兄様に褒めてもらったのです もうこの世に未練はありませんね?」
「いや未練しかないよ……」
躱したといっても頬を掠めたのには変わりはない。
痛みを感じさせ、頬を暖かな液体が伝うのは紛れもなくリンの血である。躱さなければ、銃弾に撃ち抜かれていただろう。
「次は僕が確かめてあげましょう」
「何というか話せば分かるかなって……」
「ならばこう返します "問答無用"」
一気に距離を詰められる。握られた銃剣は、今度は剣としてリンを襲った。
「くっ!」
素早い太刀筋に翻弄され、所持する剣を抜く暇させ与えてはくれない。
「反撃が無いと味気ないですね」
「だったら休憩にしない?」
「休憩とは"隙"の事ですか?」
剣撃ばかりに気を取られ、足元への蹴りに反応出来ず、体勢を崩されてしまう。
「しまっ!?」
「はっ!」
その一撃で思い知る。剣戟だけでなく、体術も一級品である事を。
拳はリンの腹部へと放たれ、そのまま大きく吹き飛ばされてしまう。
「流石だ弟よ 我が弟ポルクスは最高であると証明してしまったな」
「いいえ兄様 僕はただカストル兄様の弟として 我が兄は最高であると証明したいだけです」
「ハハッ! 愛い奴め」
子供とは思えない強さ。吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられたままリンは二人に問う。
「君達は……いったい?」
「ん? 先程も名乗った筈だが?」
「兄様兄様 どうやらもう一度名乗りを聴きたいようです」
「成る程……だが同じ名乗りでは芸が無い ならば少しアレンジしてみるか」
「流石は兄様です ファンサービスを欠かさない」
そう言って何やら打ち合わせを始めた双子。その間にリンは立ち上がり、暫く様子を見る事にした。
下手に動いて刺激するよりも、今はまだ大人しくしていた方が安全だと判断したからだ。
すると双子は息を合わせ、漸く決まった名乗りを高らかに宣言した。
「我が名は『カストル』 我が銃剣に撃ち抜けぬ者は無し!」
金髪赤眼の少年はそう名乗る。
「我が名は『ポルクス』 我が銃剣に斬り裂けぬ者は無し!」
銀髪碧眼の少年はそう名乗る。
「我ら二人! "ディオスクーロイの加護ぞ有り"っ!」
「我ら二人!"ジェミニの福音を奏でる者なり"っ!」
「「我ら二人! ──『双子座のデュオスクロイ』であるッ!」」
最初の口上とは変え、満足そうに決めていた。
「フッ……決まってしまったな弟よ」
「カッコイイです兄様 一生ついていきます」
年相応にはしゃぐ姿は、こんな状況でなければ微笑ましかったのだろうが、今のリンにそんな余裕は無い。
(絶対に侮っちゃ駄目だ……子供だからって油断すれば確実に殺される)
痛みを堪えながら、次はどうするべきかを思考する。
子供とはいえ一対二、それも相当な実力者となれば勝てる可能性を見出せない。
(だったら……ここは)
「何かを企んだという顔つきだな?」
「無駄だと思いますが試してみてはどうでしょう?」
「なら……お言葉に甘えて」
踵を返し、全速力で走り出す。
そのまま遠くへと走り去って行く姿を見て、カストルはポルクスに問う。
「……なあポルクスよ あれは助走をつけて俺達へ反撃する為だと思うか?」
「いいえカストル兄様 あれは"逃げた"のでしょう」
「成る程……賢いでは無いか」
勝てない相手に挑むのは自殺行為である。
無策に挑みかかれば返り討ちに合うのが目に見えているのなら、逃げの一手を選ぶのは当然であった。
「だがあの者は本当に知らぬようだな」
「そうですね兄様 我々が──」
嵐が巻き起こる。
それは決して偶然では無い。この嵐は、彼ら二人が起こしたものだ。
「往くぞポルクス 勝利の風は我らにある」
「ええカストル兄様 "風を操る"と知らぬと言うのなら 存分に見せつけましょう」
「さあ! どこまで耐えるか見定めよう!」
風を纏い、先駆けてポルクスが後を追う。
せっかく離した距離も、一瞬の内に縮められる。
「ウッソ……ッ!?」
「随分呆気ない鬼ごっこでしたね」
振り下ろされた銃剣を、リンは今度こそ剣ではじく。
「──生意気です」
抵抗されたのが気に食わなかったのか、剣戟が更に激しさを増し、じわじわとリンを追い込む。
(一撃は軽いとはいえ……この速さだと脅威だなぁ)
体重を乗せた一撃は、子供の体ではどうしても軽くなってしまうが、そこに"速度"を加えれば別である。
多少の軽さなど、振り下ろす速度が速ければ充分に補う事が出来るからだ。
(おまけに……)
なんとか隙を突いて反撃しようとするも、剣はカストルの放つ弾丸によって阻まれてしまう。
(ボルトアクション方式のライフル型ガンブレード……良い趣味してるよ)
一発を狙い通り確実に当ててくる狙撃に妨害されてしまっては、リンが敵う筈がない。
(全く別の間合いを意識しながらなんてとてもじゃ無いけど勝ち目がないよ)
ならば方法はただ一つ。二人を分断するしか無い。
そう思い至り、リンは家と家の間へと逃げ込む。
「今度は隠れん坊ですかぁ?」
「楽しそうでしょ?」
路地裏へと逃げ込んだのには二つの理由があった。
一つは"一対一"の状況を作り出す事。
細い路地裏であれば、二人同時に入り込まれる事は無い。それを期待して入り込んだのは良かったが、計算外が一つ出た。
(これコッチも戦いづらいな)
一方のポルクスは子供であった為、多少の狭さは物ともしていない。
強いていえば、銃剣の長さが邪魔をしているのは幸いであった。
(カストルが来る様子は無い……か)
もう一つの理由は"カストルの射撃を抑える"事。
薄暗い路地裏で、尚且つリンの間に弟のポルクスがいるこの状況での狙撃は、カストルからすれば非常に狙いづらい筈である。
(良くも悪くも背後に回り込むのは不可能……せいぜい利用させてもらおう)
この先は壁。つまり袋小路だった。
背水の陣ともいえるこの作戦。残念ながら悪手であったと、すぐに思い知らされてしまうのだが。
「──多少は頭は回るようだが 俺を甘く見過ぎだぞ リン・ド・ヴルム二等兵」
上空から声がする。先程から姿を見せ無いカストルの声が。
「"袋の鼠"──というやつですね 兄様?」
「流石は俺の弟だ 頭の回転の速さも完璧ではないか」
回り込む必要など無かった。何故なら"上が空いている"からだ。
「"我ら二人に隙など無い" 俺には弟がいるからな」
「"我ら二人に負けは無い" 僕には兄様がいるから」
絶対の信頼から成り立つコンビネーションの前に、最早勝ち目など無い。
「これで終わりだ 残念だったな」
「覚悟してくださいね 一瞬で終わりますから」
上空からの狙撃、前方からは剣撃が振り下ろされ、ここまでかとリンは諦め、受けるしか無かった。
「……あれ?」
「間に合った……で良いのかな?」
聞き慣れた声がポルクスの背後から聞こえる。その人影も、リンが誰よりも見知った男だった。
「心配して来てみればなんだこりゃ?」
得意の付与魔法で、リンの身体を硬化させたのはリンの『相棒』である。
「……お前は?」
「確か……"情報のもう一人"」
「"バトラー"!」
「こういう時の決め台詞は──"オレも混ぜろ"か?」
一方的な一対二から、二対二の勝負へと変わった。