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中年少女マルメン  作者: 立川好哉
9/21

8箱目・新生活!

 念願のマイホームを大都会に構えた結城とルーシアは狂喜して二人パーティーを開いていた。まずは家具の配置を考えて必要な物を買いに行き、次にルーシア最大の楽しみである結城クッキング、最後にこの家最初の入浴と続く。

 家具屋に来た二人はまずイチャイチャする用の二人掛けベッドを選び、イチャイチャする用のベッドを選び、それらの下に敷くカーペットを選んだ。二人にとって家具はこれだけで十分だ。荷車に載せて家まで運ぶと、ルーシアが手順を確認してそれに従う結城が組み立てた。あっという間に完成したので二人は早速イチャイチャしてみた。

「お前を選んでホントによかったと思うよ。優秀な子だなぁ」

「私が頑張れたのはユーゴ様が優しくしてくれたからだよぉ?こんなに優しくされると思ってなかったもん」

「だってこんな可愛い子なのに奴隷扱いってかわいそうじゃん?しかも魔法使いだよ?最高じゃん」

「うふふふ!」

「アハハハ!」

 気の狂ったやり取りがしばらく続くと、二人は何故か服を脱いでいた。正気に戻ると恥ずかしくなってすぐに服を着たのだが、状況を説明できる人は誰もいなかった。

「…昼飯は外食にしよう。今すぐ食いたい」

「そうだね…」

 東京に名店が集まるように、ポルト・レギアスにも名店が集まっている。結城は大好物のラーメンの文字を見つけて迷わず店に入った。そこは一見さんお断りの頑固親父の店ではなく、来る者拒まずの大衆向けの店だった。結城は固め濃いめ温玉ネギモヤシ増量の醤油を、ルーシアは普通薄めチャーシュー多めの塩を注文した。初めてラーメンを食べるルーシアはこの先深いラーメン道を極めることになるだろうか。結城のを少しだけ貰うと、同じラーメンでも全く異なる食感と味があることを学んだ。

「美味いだろ?ラーメンは奥が深いんだ。味と麺の硬さ、トッピングの組み合わせによって全く違う。これからいろんなものを試せばいいさ」

「じゃあここにはたまに来ようね」

「ああ!」

 腹を満たした二人は夕飯の買い物をする前に献立を考えた。結城のメシと言えば大抵は肉の炒め物と米で、決してバランスの取れているラインナップではない。最近は『できちゃってる飯』の充実で多忙な単身者でも手軽にバランスのよい食事が可能になっているが、手間が愛だという説もあるので結城は母親のように下ごしらえありの料理をすることにした。

「食器がねぇってことに気付かなかった。それは買うとして、白米だろ?肉と魚、野菜、あとなんだ?」

「それだけあれば十分では?むしろ多過ぎでは?」

 べちゃべちゃの米と萎びた野菜炒めばかり食べさせられていたルーシアにとって結城の知る食事のテンプレートは豪華だ。彼女は料理に詳しくないため、結城に学びながら手伝いをすると申し出た。

「飯ってのは大事なんだよ。金を使ってでもちゃんと食わんとダメだ。俺は痛感したんだけど乱れがちだったなぁ」

 勤務中に怠そうにしていると立谷から食事療法について教えられた。必須栄養素をしっかりと十分に摂ることで健康を維持できるのだそうだ。立谷は副業で少し稼いでいたため、食事に金を使えていたらしい。ルーシアは奴隷生活で食事が不十分だったため、ガリガリに痩せてしまっていた。今ではすっかり普通体型だ。

「私はユーゴ様のおかげで健康になったね」

「あんな痩せてるの見たら誰だって飯を与えたくなるだろ。マジでかわいそうだったもん」

「そっかー」

「ちょっとぽっちゃりくらいが子供は丁度いいんだよ。ってわけで今日は典型的なうちの飯を教えてやる。一通り親から習ったから知ってんだ」

 二人はまず食器を買いに行った。商店街の専門店に行くと陶器やガラスがたくさん並んでいて、高級感のある雰囲気に包まれた。

「どういうのがいい?」

「落として割れちゃうとアレだから茶碗は安物にしよう」

 プラスチック製の安い茶碗をお揃いで二つ選び、サラダとスープ用のボウルには木製のを選んだ。陶器、金属、ガラスのものは敢えて選ばず、軽いものばかりを選んでコンパクトにまとめた。調理器具も安物ばかりだが、下級家庭で育った結城にとっては当たり前のことで、ルーシアにもそれが常識だと覚えさせた。

「よーし揃った。これで食事関係は大丈夫だな!」

「いっぱい使うんだねぇ。使い分けられなさそう」

「使わんときもある。取りあえずこいつらを持ち帰ってから食材買いに行くベ」

 久々にのんびりした時間を過ごしていることに気付いた。新しい生活を始めるときのワクワク感は何歳になっても良いものだ。


 食材の買い物も終わると、お待ちかねの夕飯作りが始まった。暗くなりつつある外と明るくなってゆく中とをカーテンで隔てると、質素な空間の中で結城が腕を振るった。雑談をしながらでもブレのない包丁さばきで次々に具材を切り分けると、目分量の調味料とともに炒めて早くも一品完成させた。得意なだけあって非常に美味しそうだ。

「ユーゴ様はすごいなぁ。こんな簡単に美味しそうな料理を作っちゃうんだもん」

「それが日本に生きた独身男だよ」

「私ほどじゃないにしろ過酷なところにいたんだなぁ…」

 日本での暮らしのことをよく奴隷と喩える人がいるが、本物の奴隷を知った結城にとってそれは嘲るべきことである。日本はその気になれば奴隷生活から簡単に抜け出せるのに、それを利用することを禁じられているかのように錯覚している。制度の整っていないこの世界よりずっとマシだ。

「ふーん…生きづらかったのは雰囲気のせいなのかな」

「そういうことだ。ギリギリ健常者ってのが一番冷てぇ待遇を受けんだよ」

 暗い話はルーシアにはしたくない結城はこの話をすぐに切って明るい話を持ち込んだ。

「俺さぁ、お前でやりたいことがあるんだ」

「どういうこと?」

「真っ白なワンピースを着て麦わら帽子を被って田舎の農道を駆けるやつ、あれやりたい」

 実は結城は明るい話題に窮していた。そのとき天啓のように訪れるのが立谷である。彼はこの世界を知り尽くしているため、神と言っても過言ではないのかもしれない。


『幼女って言ったら白ワンピでさ、麦わら帽子を被って農道ダッシュですよ。異世界だったら叶うのかな~…ここじゃダメだわ。俺が女装してやるしかねぇもん』


 そんな神の願いを代わりに叶えたいのだ。あるいは、彼をこの世界で発見してからそれを見せよう。二人にとって人生の大きな勲章になるだろう。ちなみにこうして家を買って幼女と飯を食うのも勲章である。鱈のホイル包み、ピーマンと豚肉の炒め物、蕪と胡瓜の漬物、そして白米を腹いっぱい食べた二人は初めての家での風呂に入るべく支度をした。クリーニング後に誰も入らなかった浴室には少しだけ埃が積もっていて、それを洗い流してから湯張りをすると、浴槽はすぐにたっぷりの湯で満たされた。




 成長途中の少女を見ると少し興奮してしまうのは結城の女性経験のなさのせいだろう。先に浴槽に浸かって底上げとなった彼の上にルーシアが乗っかると、ちょうど肩のあたりに水面がくるようになった。

「だいぶ肌荒れ治ってきたな。石鹸がよかったのかな」

「かもしんない。でもたまにかゆくなっちゃう」

「かくなよ?痕になるとマジで悲惨だから」

「うん」

 ルーシアの身体は肉がついてきて柔らかくなったので上に乗せても結城が痛まない。もう少し太ったら理想的だ。

「髪の毛も綺麗になったね。長いのが好きなの?」

「いーや?放っとかれたから伸びてるだけだよ。ユーゴ様が好きならこのままにする」

 結城は清楚な少女はロングヘアーが似合うと思っていたが、長いと何かに引っかかって痛むかもしれないと考えてショートヘアー姿を想像した。

「ショートも可愛いかもなぁ」

「じゃあ切ってもらおうか」

「この先暑くなるからね…なるよね?」

 この世界の夏を知らない結城は夏に暑くなるのを常識としている。ルーシアは頷いてこの世界の夏も過酷であることを教えた。

「あまりに暑い日はエアコンつくよ。そうしないと死んじゃうからね」

「死なれたら困るもんね…暑さから逃れても飢えは続くんだよなぁ」

「うん。体力が削がれるからいっぱい食べなきゃいけないんだけど、肉の切れ端とか鶏肉の皮とかだけしか貰えなかった」

 過酷なのは食糧事情のせいだから今年の夏はさほど過酷にはならないだろうと言ってみた。この家にはエアコンがついているから、金があれば快適に過ごせる。

「一人だとキツいけどユーゴ様がいるなら大丈夫だと思う」

「俺は未経験だから日本とどう違うのか確かめて対策打たないとなぁ…」

「日本は暑かったの?」

「地獄ゾ」

「えー?」

 気温40度超え湿度70%超えの超過酷な場所がこの世界にもあるのなら、異界に来ることを躊躇う人が出るかもしれない。そこまで酷くはないと思いたいが、もしそうなら日本よりエアコンが先進的であることをただただ祈るばかりだ。


 風呂からあがった二人は歯を磨いて布団に入った。この家の中でなら宿と違って他の客や宿主の存在を気にしなくてよい。ルーシアは成人男性のご主人様にメロメロで、こうして密着できる時間をより濃厚なものにしたいと考えているようだ。大きな枕のように抱きついてきた彼女を軽く包み込んだ結城だが、今日はいろいろと買い物をして疲れたので早く寝たかった。ルーシアの好きにさせたまま仰向けになっていると、いつの間にか眠っていた。ルーシアにとってはつまらない夜だったかもしれない。




 翌朝早くに目覚めた結城は涎で布団を汚しているルーシアを見てニヤニヤしながら口を閉じた。ルーシアの涎というと極めて価値の高い物のように思えてくるが、掬って身体に塗りたくるようなことはしなかった。先に布団から出て料理を作っているうちに彼女が起きたのだが、問題を抱えているようだ。

「ユーゴ様ぁ…」

 ルーシアは布団から出ずに涙声で結城に訴えてくる。手を止めた結城が振り向くと、彼女は現状を伝えるために布団を捲った。

「あっ」

「ふぇぇ」

 大きな染みができていた。日本人がよく『日本地図』と言うやつだ。

「緊張が解けたせいでお股まで緩んじゃったのかなぁ…」

「ハハハ、ありえる」

 結城は怒らずに笑う。怒るほどのことではないからだ。むしろこれは子供あるあるだと思っている。

「買ったばかりの布団がぁ…」

「まあいいだろ。干せば気にならねぇさ。今日は晴れるっぽいし」

「ごめんなさぁい…」

「怒ってねぇよ。むしろ不思議な気分だ。子供っぽくて可愛いと思った」

 これが萌えというものだろうか。結城は立谷に尋ねた。


『性的嗜好まで語る気はないっすけど、俺おもらしフェチなんすよねー』


 これだけしか分からなかった。このことを立谷に伝えたら彼はルーシアに極めて好意的に接してくれるだろうから、憶えておくことにした。

「着替えなよ。洗濯は俺がやるから」

「うぅ」

 着替えを終えたルーシアは結城と朝食をとり、結城が洗濯をしている間は掃除をした。さほど大きな家ではないので、雑巾で濡れ拭きをするのに時間がかからなかった。

 結城は洗濯と物干しを済ませてソファにどっかりと身体を預けた。

「今日は何する?」

「必要だと思ったものを買い足すのと、農園の候補地を見に行く。山の近くってのは雨が降ったときに土砂崩れが起きて台無しになるかもしれないから、そのリスクがあるか確かめたい」

「土砂崩れ…」

「家が潰れるところか下手したら全員死ぬ。だから山の近くは危ない。あと地盤がしっかりしてるかどうかも聞かないとね」

 山の多い日本で得た情報が役に立つ。その日暮らしで目先のことしか考えられなかった結城はいま、長期的な計画を立てねばならない。

「ってわけで午前は雑貨を買いに行く。昼飯食ったらちょっと休んで貰った資料を便りにその場所に行く」

「よーし」

 機嫌の良いルーシアを連れた結城はトイレットペーパーなどを追加で買ってから昼食の材料を買って来た。

「…アレだなぁ、プラントのほうは庭が広いからバーベキューやりてぇな」

「バーベキュー?」

「グリルで肉とか野菜を焼くんだよ。野外だから開放的で楽しいよ」

「やりたーい!」

「じゃあさっさと土地買って奴隷買おうな」

 結城はこの世界で自主性を思い出していた。これまで誰かの指示に従って動くだけの暮らしだったが、制約の少ないこの世界では自主性が最も重要となる。もともとアクティブな人だったので、本領が発揮されればかなり楽しくなるだろう。

「小学生の頃はいろいろ自分で考えてやってたんだよ?遊びとか勉強会とかやったんだ」

「なんでやらなくなっちゃったの?」

「俺より優秀な奴ばっかりになったからだよ。まあこの話はいいや。将来のことばっかり考えてりゃ幸せになれるんだ。これからどんどん仲間が増えて楽しくなるに違いない」

 やりたいことが明確に存在していることが彼の士気を維持している。叶うのが遠い未来だとしても、過程すら楽しめる土壌がこの世界にはある。


 昼食を終えた二人は三本柱の一つで最も大きな事業となるであろうプラントの候補地を見に行った。扇状地の麓から離れた場所に広大な平地が広がっている。周辺は畑ばかりで、農業のためにあるような地域という印象だ。その証拠にあちこちに農具が転がっていても誰も文句を言わない。

「これだけ広けりゃいけるな。日当たりも良いし、山を見上げるのも悪くない…ただあの向こうのことが気になってくるねぇ」

「レギアス経済圏の外にも行くの?」

「目的を果たしたらね。離れすぎるとプラントで何かあったときに戻ってこられなくなるけど、隣の経済圏くらいならいいんじゃない?」

 たとえ狭い世界の中ですべてを完結させられるとしても、興味が身体を動かす限りはどこへでも行ける。結城のタバコ事業は究極のタバコ、あるいはマルメンに限りなく近いタバコを作ることを含んでいるため、その過程で極北へと発つかもしれない。

「向こう側は大きな湖があって、その周辺に人が住んでる感じですねー。山で隔てられているせいか、レギアスとは違う色を見せますね…建物の中も見ます?」

「はい。土地は良さげなので、建物もよければ決めちゃいます」

 この建物はかつて宿屋として使われていたので部屋数が多い。その一つ一つを見た結城はほかにも風呂とトイレと台所にも問題がないことを確かめた。

「…どう?ここにするの?」

「うん。決断の早さが吉な気がする」

 論理思考の苦手な結城は直感を信じてこれまで生きてきた。生きているいうことは事が吉と出たということで、直感は正しいと信じるに値する。しかもこれには正当性がある。

「まず数人をここに入れる。ここでの事業の指揮を任せるためだ」

「仲間が増えるの?」

「うん。もう始めるよ」

 ルーシアとしては二人だけの濃密な時間をもう少し長く楽しんでいたいようだ。その気持ちに気付かないではない結城は彼女にも明確な役割を与えると約束した。

「現場指揮は新しい仲間に任せるけど、統括役は俺だけじゃ足りない。歳のわりに頭のいいお前なら俺のサポートができる」

「じゃあユーゴ様と一緒にいられるんだね!?」

「お前を単独行動させることはねぇよ」

「ほっ」

 結城はまた業者に金を払って鍵を受け取った。新しい仲間が寝るための布団を買いに行きたいが今日は店が閉まっているので明日の朝に買いに行く。

「何人買うの?」

「目標は四人くらいかな。プラントはシンプルな仕組みにするつもりだけど、毎日同じ人に任せられないでしょ?」

「ふーん…」

 結城は新しい仲間に指導しながらルーシアの独占欲をコントロールしなければならない。明日から戦いとは違った忙しさを体験することになるだろう。しかし覚悟はできていた。


『主人公が暇になるのは大きな目的を達成してからっすよ。スローライフものもありますけど、準備段階があるわけで…』


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