7箱目・魔の強襲
この場所での稼ぎの方法を知った結城とルーシアは田舎町ほどハッキリと稼げないことを知って財布を確かめた。この資産でポルト・レギアスに入って良いだろうか。あるいは、金の問題ではなく具体的な計画を立てているか否かの問題なのか。現在の総資産は約117万ギリス。安全な場所に土地を買って奴隷を解放するためには足りない。
「レギアスの郊外に広い土地を買ったとしてそれだけで50万はかかる。それに追加で家を建てたとしたらさらに100万。この時点で足りない。農園を始めたいからそれの初期投資に100万。で、奴隷を買うのに50万。200万弱足りない」
「全然足んないじゃん!」
「300万なきゃレギアスに入れないってわけじゃない。レギアスにもっといい稼ぎ方があるかもしれないだろ?でも折角ルーシアが魔法を使えるんだから、モンスターを狩って街の安全を守るも良し、毛皮を剥いで売るもよしだ。どっちでも金になるんなら200万はあっという間に集まるぞ」
なにせたった数日で120万を稼いだ二人だ。ルーシュヴリッヒまで戻ることを考え出すと、東方の山でモンスターが大量発生しているという報せが来た。
「ガルディの傭兵がなんとか街への侵入を食い止めてるが、そいつらが倒れたら街は終わりだ。奴隷を餌にして帰ってもらうくらいしか助かる方法がない。こっちに逃げようもんならここまで終わっちまう!」
これは緊急事態だ。東方で一番の金持ちと言われるガルディですら解決できない問題ならば、ヴェルティアの現れを願うしかない―と思われているところに結城の言葉をぶつけた。
「俺らが行きましょう。魔法の力でどうにかできるかもしれません」
もし街に迫るモンスターを退け、ガルディの兵を救うことができたのならば、ブブルから多額の報酬を貰うことができるだろう。大金稼ぎの機会に心躍らせた二人は急いで支度をして東へ急いだ。
ルーシュヴリッヒに着くと野営のテントが大量に並んでいた。ここで気になるのがルルシュだ。病弱の妻とミヨンは無事だろうか。もし無事だとしても一夜の間に物資が尽きる可能性も考えられるので、結城は心を落ち着かせられなかった。一刻も早くモンスターを退けることが自分たちにできる最善だと思った結城はルルシュと会うことなく彼の家のあるバークの街へ急いだ。道は避難する人々で混雑していて、それを抜けて至った街で負傷した傭兵が治療を受けているのが見えた。
「数もさることながら個の能力が高い…!」
「俺らですらダメか?」
二人の兵が話をしているのを聞く限りでは強力な個体が群れをなしているようだ。鉱山のほうへ急ぐと、そこにも負傷兵の治療所があった。どうやら戦場はもっと上にあるようだ。
「上って山頂?そこまで行く必要はあるの?」
「傭兵は雇われてるんだ…ってことは主人を守ることが一番の優先事項だろ?」
「あっ、じゃあ雇い主が上にいるってことか!」
「ああ。ガルディがこの辺りを牛耳ってるってのにガルディ邸がどこにもないのはおかしいと思ったんだ。やっとわかった…山の向こうにあるんだ!」
「そっか!」
山を所有しているということは及ぶ者のない富豪の証明であり、金持ちはそこに家を建てることを好む。しっかりと拓かれた道に沿って登ってゆくと、平坦なところに大きな家があるのが見えた。それを囲うようにモンスターが兵と交戦している。
「おそらくブブルは籠城してる…あいつが死んだら報酬がチャラだと思え。今から俺があそこに飛び込んで注意を引く。そしたらルーシア、お前は俺を襲う奴を殺すんだ」
「わかった。私は隠れておくね」
ルーシアは倉庫の陰に潜みながら結城を見続ける。結城がモンスターの注意を引くために大声を出すと、意図にかかってくれた数体が襲いかかってきた。やはり彼らの攻撃手段は圧殺で、押し倒してその上に積み重なることで敵を殺すことしか考えていない。ルーシアは結城が囲まれる前に魔法を使って敵を殺した。数人の傭兵がやっとの思いで倒すモンスターを一挙に三体も倒して見せた。これに驚いて隙を見せた傭兵が倒されたが、その背に結城が剣を突き刺して救った。結城は囮になるだけではない。むしろ彼が積極的に動くことで恨みを買えばルーシアにとって楽になる。
「なんだぁ!?」
ブブルが出窓から見下ろしているのが見えた。やはり彼は籠城していた。結城が敵を引きつけてルーシアが倒す作業を繰り返しているうちにモンスターは未曾有の脅威を感じ取って撤退を開始した。
こうしてガルディ邸での戦いを制した結城とルーシアは負傷した傭兵の治療を手伝うと、恐る恐る出てきたブブルに招かれて家の中に入った。
「魔法使いが来なかったら私まで死んでいるところだった。念のため大量の食料を保管した地下室に籠もることも考えていたが…もし生き延びたとして、地上が惨憺たる状況になっていたら私は気をおかしくしてしまうだろう。私が助かったのは奇跡だ」
「間に合って良かった。あなたがブブルだな」
「そうだ。ガルディ家の当主にしてこの鉱山の所有者でもある。街の混乱と兵の言葉を受けてこの場所を突き止めたのだな?」
「ああ。治療所が導となってくれた…魔法使いとはそんなに珍しいもんなのか?他の人は人生で一度でも会えたらラッキーだと言っていたが」
ブブルほどの人が正しいと言うのであればそれは常識となる。結城の問いに頷いたブブルは説明を追加して魔法使いの希少性について語った。
「どのような条件で魔法が発現するのかわかっていないからいくら金を積んでも得ることができないのだ。私は研究機関を設立して奴隷の中に魔法を使える者を探していたのだが、今のところまったく確認できなかった。貴様は私が初めて見た魔法使いだ」
「俺のだからやらんぞ…ヴェルティア様という奴のことは知ってるよな。あいつも魔法使いらしいぞ」
「ハーヴィ・ヴェルティアは魔法使いだが人ではないと思うほど行動を読めない。突然現れて突然消えることで知られている。誰も話を聞くことができないんだ」
神出鬼没というわけだ。彼と一度出会っていることを伝えると、ブブルは溜息をついて言った。
「稀代の能力を持ちながら全員を救わないのは彼が特別な存在を選んでいるからだろう。貴様は彼に選ばれたんだ…見たところ、特別には見えないがな」
「ああ。強いて言うなら異世界人ってことか?」
「異世界人?」
ここで結城が異世界から来たことをブブルに説明すると、彼は結城を使ってヴェルティアを誘い出せるのではないかと考えた。
「それより俺はお前と家と傭兵を救ってやったんだが、報酬はいくらになるんだ?」
「ハハハ、貧乏人らしいな。いや、開口一番に金を要求しなかっただけ余裕があるということだろうな。いいだろう、金はある…」
別室からアタッシェケースを持ってきたブブルは鍵を開けて札束を見せた。
「好きなだけ持って行け。私の命よりずっと軽いものだ」
「んじゃ遠慮なくケースごと持って行く」
ケースを閉じて膝の上に乗せた結城の態度を笑ったブブルは強欲な救助者に追加報酬を与えた。ルーシアの空いている手に桐の箱を持たせると、傭兵と奴隷の指揮を執るから帰れと言った。多額の報酬を得て計画を急進させられるようになった結城とルーシアは迷わずポルト・レギアスへと目的地を定めて馬車に乗り込んだ。しっかりした作りの中は快適で、二人は獲得した金額を数えるのに夢中だった。
「これ一個で50万あるよ」
「じゃあ束の数を数えればいいんだな…」
すべての束を数え終えると、1000万ギリスあることがわかった。歓喜した二人はこれまでの堅実な計画を変更して大胆なものを考え始めた。まず広い庭付きの家を買う。なければ大きな家を買ってから近くに農地を買う。それから人を増やす。1000万ギリスあれば十分に達成できる目標だ。タバコの情報も金を使えばすぐに知れるだろう。
「順風満帆だと次に大きな障害が来るんじゃないかと不安になるね」
「そう?この勢いを維持したいと思うもんじゃないの?」
「たまにいいことがあって調子に乗るとすぐに悪いことが起きていたもんでね…こういうとき立谷くんは何て言ってたかな…」
「りゅうこくくん?」
「俺と元の世界で一緒に働いてた人」
これまで彼の助言をもとに苦難を乗り越えてきたと言うと、彼女は新たな金の使い道を提案した。
「異世界マニアであるならばユーゴ様がここに来ていることを察して追ってきているのでは?」
「ありえなくはないかな…あいつも現実に満足してなかったし、俺が消えたとなれば間違いなく異世界に行ったと思ってる。ならば同じ方法でこっちに来てることは考えられる。金を使って奴の情報を集めるってことか」
「うん。この世界にいるとして、仲間にできたらこの上なく強力じゃない?」
「そうだな。あいつは何でも知識をもって乗り越えられる能力者みたいなもんだ。今頃俺より上手く生きてるに違いない。あるいは俺を探してる…」
「…りゅうこくくんとはどのような人なの?」
ルーシアが自分以外の人に興味を持つのは歓迎すべきことであるように思えて嫌うべきことなのかもしれない。人はこれを独占欲と呼ぶ。
「剽軽な奴だよ。まだ若いけど身体がボロボロで、俺と同じ現実嫌い。で、異世界モノの小説にドハマりしてそのことばっかり俺に話してきた。俺の話より面白かったからずっと聞き手に回ってたんだ。それが役に立った」
「なるほど…だからこれまでと全く違う世界でここまでやれたんだね」
「そうだな。あいつはかなり異世界モノに精通していた。あいつはこの世界に来ても大丈夫だろうな」
立谷との再会は結城にとってこの世界での目標となっていた。そのためにも人の多いポルト・レギアスへと行くのだ。
「あれほど詳しいならヴェルティア様とやらはあいつなんじゃねぇかな」
「そんなに?すごい人じゃん」
「あいつマジで詳しいし、一つ一つの作品をよく憶えてるんだよ。400話くらいあるんだぜ?その全部を憶えてる。ってことはもはや誰よりもこの世界の仕組みを分析しやすいんじゃねぇの」
「でもヴェルティア様がもしりゅうこくくんだとしたら嬉しいね」
「あいつそういう役割好きそうだしな…」
結城はワハハと笑ってケースを閉じた。これさえあればヴェルティア捕獲計画も可能だろう。保有資産が1120万ギリスとなった結城とルーシアはウハウハ状態で家のデザインの好みを言い合った。
「俺は二階建てでクソ広い部屋に敢えて本棚とかで仕切りを作ってその中で黙々とタバコ巻きてぇな」
「私は広い部屋でみんなと一緒に遊んだり寝たりしたいなぁ」
「どっちも叶うぜ?ヘヘッ」
「ウハハッ」
楽しくなってきた二人は馬車の中で抱き合って互いの顔をペロペロ舐め合ったり結城の上にルーシアが乗ってはしゃいだりした。そうして気を狂わせているうちに辺りが暗くなったので結城はポルト・レギアスに馬車を停めた。
「ついに辿り着いたぞ…ここがレギアス経済圏の中心地だ!」
「すごーい!建物が高いし明るいよ!?」
「県庁所在地みたいなもんか。華やかだな」
「宿とろー」
元気なルーシアと手を繋いだ結城はこの街でも奴隷が労働を強いられている様子を目の当たりにして解放への意欲を強め、ルーシアをぎゅっと傍に寄せて宿に入った。
「俺は奴隷より底辺層の汚ぇ奴のが嫌いだ。奴隷は主人にもよるが綺麗なのが多い。お前らなんかは理想的だ。こんだけ奴隷の装いに金使ってるのも珍しい」
「そりゃ奴隷だと思ってねぇもん。綺麗に使わせてもらうよ」
「頼むぜ。だが他の客の目が気になるなら風呂だけは時間遅めにしておけ」
それはどこに行っても付きまとう問題なので適応するしかない。結城は鍵を受け取って部屋に入ると、綺麗なソファの上に荷物を置いた。
「さーて、良さげな土地を探る活動に数日使うわけだ。家が手に入ったらこうして宿を点々とすることも風呂の時間を考えることもない」
「いいなぁ」
奴隷を救って仲間にすればより楽しくなるし情報収集が捗る。その拠点は厳選するべきだ。すぐに不動産取り扱い業者のところに行って郊外の土地について教えてもらった。
「…この辺は狭い土地が密集してるんですよ。単身者用の集合住宅もありますし…広い土地がほしいならかなりの金を払う必要がありますし、郊外も郊外、ほぼ隣ってくらいに離れますよ」
「1ヘクタールを家に、最低でも2ヘクタールを農地にほしいです。そんな土地があればいいなぁ」
「広いですねぇ!ありますけど更地ですよ?もともと家が建ってるのがいいなら富豪が売りに出したのが隣のヴィアスにあります。しかも目的が同じなのか農地付きで引水の仕組みも完成してますよ」
「ヴィアス?」
ここで二人はポルト・レギアスの東にあるヴィアスという土地について情報を得た。扇状地で土地の栄養が豊かであるためほとんどが農地として使われているらしい。富豪はそこで奴隷を使ったプランテーションを運営していたが、別の事業を始める資金とするために奴隷ごと売却したらしい。それを聞いた結城は売られた奴隷のことを尋ねた。
「それは奴隷商のすることです」
「そうですよねぇ…プラントは他の場所にするかぁ。まず家買うのはどうよ?」
ルーシアに意見を求めると、プラントで何を育てたいのか尋ねられた。結城がタバコと答えても不動産屋の顔色が変わらなかったため、この人もタバコを知らないということが確定した。
「ならば秘境のような場所のほうがいいんじゃない?奴隷を働かせるにしても人々の目から離れたところにいるほうがやりやすいでしょ」
「移動が面倒じゃん」
「それはしょうがないよ。私たちだってこれまで移動してきてそんなに辛くなかったんだからだいじょーぶ」
「そうか…ルーはお家住みたい?」
「うん!」
これほどに無垢で元気の良い答えを貰ったのだから結城はそれに応えない手がなくなった。ポルト・レギアスに二人用の家を買い、別の場所にプラントと新しい仲間の宿舎を建てる。分割の発想は賢明だろうか。
「簡単に場所が見つかるとは限らないでしょ?なら宿代を払い続けるよりも家を買って楽に過ごそうよ」
「それもそうか。俺ずっと賃貸だったから持ち家って初めてで…」
結城は18で実家を出てからずっと一人暮らしだった。賃貸の知識はあるが持ち家の知識はない。それをカバーするのが業者の役目だ。
「ご安心ください。あらゆる煩雑な書類はできる限り我々が簡潔にしますし、土地の所有者は我々なので仲介はありません。私とお客さんの二者で契約を締結するだけ。あとは水道や電気などを業者と契約すれば使えるようになります」
「いいですね。じゃあ二人用の家をこの辺に探しましょうかね。築浅で設備が整ってて周りによさげな店があることが条件ですかね」
この不動産業者は優良で、その証明に額の中に認定証が入って飾られている。多くの物件情報を抱えているので複数の候補を提案してきた。
「レストランに行ってもいいけど自炊することを考えると近くにスーパーがあるほうがいいかな」
「ユーゴ様料理できるの?」
「そりゃ16年一人暮らしだったからねぇ。しかもワープアだから外食なんてクソ安いところしか行けないし、牛丼屋くらいしか一人で行くとこねぇし」
「でしたらここでしょう。中流向けの質の高いものが多いっていう評判のスーパーから120mですよ」
レギアス五番地の住宅街の中にあるピンク色の中古一軒家。一階建てで小さな庭付き、延べ床面積およそ60平米。間取りは1LDKだ。画像を見る限りでは風呂もトイレも清潔だ。
「いいんじゃない?俺の一人暮らしの頃20平米だったからその倍以上なら足りるっしょ」
「周りに変な人住んでないですか?」
「ここは子育て世帯が多いので、変質者は出にくいですよ。単身者向けの物件はちょっと離れたところにありますからね。安全見守り隊もよく活動してます。最も安全な場所と言えるでしょう」
「ここしかねぇじゃん。他に似たようなところは?」
「あとは海沿いにある学区にも似たようなところがありますね。海好きならこっちでしょう」
「海かぁ…俺は内陸の人だからわからんなぁ」
塩害のことを頻繁に聞いていたのであまり良い印象がない。結城は最終決定は自分としながらもルーシアの意思を最大に含む選択をするとして彼女に選ばせた。
「うーん、もし外れにプラントを買うとして、そっちに近いほうがいいかな。もし何かあったときにすぐ行けるから…」
「そうだね。風呂も広そうだし、ここでいっか」
物件選びにおける最大の都合とは金であるため、家賃や初期費用を無視できるなら長く迷うことはない。まさにそんな状態である結城は560万ギリスのこの契約を締結することを前提に状態確認を行う。業者が間取りを案内しつつ数枚の写真を撮った。これは汚損が誰の責めかを貸借の二者間で明確にするためだ。
「大丈夫そうならクリーニングに入りますので、一週間後にお支払いをしていただいて鍵を渡す形になります」
「わかりました。じゃあまた来ます」
結城とルーシアは不動産屋と約束をして一週間のポルト・レギアス滞在を決めた。二人が拠点を得れば、生活は大きく変わる。二人の第二章が始まろうとしているのだ。