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中年少女マルメン  作者: 立川好哉
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6箱目・強者の責任

 セールエでの調査にこれ以上を期待できなくなってきたので技術特区グイラドに移動した。流石は技術特区、入り口の門に歯車とフラスコのオブジェがある。阿吽像のように構えるそれの間を抜けて街に入ると、案内所で良さげな宿を調べて二番街へ向かった。平民の観光客が訪れる場所としては最適らしく、手頃な店が多いという。金持ちもよく来るため奴隷が入ることは慣れっこだという宿屋は結城の上着を被っているルーシアに笑顔で手を振り、彼女を安心させようとした。

「俺は全然気にしないね。金を払う奴は味方だ。それ以外は何でもない。二階の端だ。案内は部屋にある」

 鍵を受け取った結城は部屋のテーブルに置かれていた館内の見取り図を手に取って風呂とトイレの場所を確かめた。

「さて、今日は目的のことを一旦忘れて観光をしよう。お前をもうちょっとオシャレにしたい」

「オシャレ?」

 ルーシアは首を傾げた。オシャレと可愛いとの違いが分からないらしい。結城は彼女をブティックストリートへと連れ出し、子供服の店に入った。

「肩車するときにあの服しかズボンないって言ったじゃん?夏向きのズボン買おうや」

 結城は『ズボン』を『パンツ』と言うと『アンダーウェア』と勘違いしてしまう人なので『ズボン』は『ズボン』と言う。発音を変えることで区別できるのだが、それを受け入れる気にはならないらしい。

「ユーゴ様はどういうのが好き?」

「日本だと短いデニムのが流行ってたな。涼しげでいいと思った」

「短いの?確かに涼しそうだけど、脚がほとんど裸じゃん」

「日本は平和な国だから攻撃を警戒する必要がないんだよ。まあ、怪我はするだろうけど…それよりもオシャレを楽しんでる人が多かった」

 ルーシアは日焼けについても言及した。去年の夏は少しの間でも外にいれば日焼けして下手したら皮が剥けるという。

「日焼けか…肌が弱い人はそうなるか。日焼け止めってないの?」

「分かんない」

「あったら買おう。なかったら日差しの強い日に穿くのをやめよう。ってわけで一着どうよ」

「着るー」

 この店にも多くのショートパンツが売っていた。しかも大人向けと違ってダメージドではないし、その代わりに刺繍やラメが入っている。これが大人と子供との決定的な差だろう。結城はインディゴとライトブルーを手に取ってどちらがルーシアに似合うか見た。

「上とはっきり違うほうがいいかな…上が黒なら下はライトブルーだな。どっちも買うか。あとはデザインだな。おい、これよくねぇか」

 結城はすっかり子供服の世界の住人になっていて、ルーシアよりも興味深く服を見ている。後ろのポケットがハート型になっているものをルーシアに渡した結城はライトブルーに合う黒のタンクトップとパフスリーブのシャツを渡して試着室へ促した。ルーシアが結城セレクトの服に身を包むと、結城は柄にもなく手を胸の前で合わせて感動した。

「かわー!ぐうかわ!」

「そんなに?ってかオシャレはどうしたの?」

 オシャレとは別の軸に置かれていると感じたルーシアが疑問を呈すると、結城は腕を組んで断言した。

「子供の頃に限っては可愛いこそがオシャレだ」

「同じなのぉ!?」

 結局ルーシアはショートパンツとそれに合う上、靴下を得た。やはり女の子は服を得ると満足度が高くなるようで、上機嫌になったルーシアは結城と手を繋ぎながらスキップした。


 その後結城は雑貨屋に連れて行き、長い髪を束ねるヘアゴムを求めた。彼女に似合うのはアクセサリのついたもので、結城はサクランボの実を模したものを手に取った。

「これとか?ってかおさげにする?ポニテ?」

 女子の髪型に興味などなかった結城がその単語を知っているのは他でもない。アイツのせいだ。そのアイツによると、可愛い幼女に最適なのは二つおさげだという。


『二つおさげって俺メッチャ好きなんすよ。清楚な感じがしながらも髪留めとかヘアゴムで可愛さを出せるじゃないっすか。最高かよ』


 イケメンがそう言うのだからおそらく合っているのだろうと思った結城はルーシアの選んだヘアゴムを買ってすぐに二つおさげを作ってやった。これまでと印象が違うので新鮮な感じがある。

「完璧だ。これで比類なき可愛さになった。ルーシア、お絵かきとかする?」

「お絵かき…」

「お絵かきじゃなくても大事なことを忘れないためにメモ帳くらいは必要だろうよ。文房具屋に行こう。俺もやることが多くなって手帳が欲しくなった」

 記憶に入りきらないものでも忘れてはならないため、すぐに見られるものに記録しておきたい。文房具屋に入った二人は色とりどりのペンやオシャレなデザインのノートに目移りした。

「うーん、どれにしようか迷うなぁ…」

「ピンクか水色がいいんじゃない?」

「ユーゴ様は黒?」

「うん。俺はシンプルなのでいい。お前はポップなのでもいいんじゃない?この鉛筆なんかよさげじゃん」

 結城がドット柄の鉛筆をルーシアに見せると彼女はそれを手に取って似合うノートを探した。今のところルーシアは結城の選択を支持しやすい。というのは彼女が『自分らしさ』というものを持っておらず、主人である結城にはっきりと定めてほしいと願っていることの顕れだろう。

「かわいー」

 ルーシアはサンプルで試し書きをしてからカラーペンもいくつか選び、結城の許可を得て小さなかごに入れた。

「ユーゴ様のこといっぱい書こーっと」

「俺のこと?」

「うん、好きな食べ物とか書く」

 今日のうちに新しい服とヘアゴムと文房具を得たルーシアは嬉しさのあまり結城の背中に貼り付いたまま街を観光して動物園や博物館を初体験した。貴重な経験をした彼女は興奮を抑えきれない様子で宿に戻った後も結城をめちゃめちゃに抱きしめて愛を伝えようとした。

「ハハハ、甘えん坊だなぁ」

「ユーゴ様のおかげですごく楽しいんだもん~」

「そうか。俺もけっこう楽しい」

 ルーシアがイチャイチャしたい欲求を表に出してベタベタくっついてくるので結城は上手い言葉で彼女を離して昼食に誘った。


 日本以外には存在しないと思われていたお子様ランチがこの新進気鋭のレストランにはあったので迷わず注文してルーシアに食べさせてみた。奴隷メシよりマズいメシを世に出すわけにはいかないためルーシアにとってどれも美味しいものなのだが、子供向けの味付けは彼女にも合うものだった。

「おいしいなぁ」

「やっぱり子供にはお子様ランチなんだな。研究し尽くされてる」

「この卵がいいんだな」

 ルーシアは小さな取り皿に少しだけチャーハンをとって結城に食べさせてみた。大人には甘すぎたのだが、結城は不思議と幸福度の高まりを感じていた。


『仲良くなった女の子とあ~んってするの夢っすよ。俺姉ちゃんとしかやったことないわ…姉ちゃんでも幸せかぁ!ナハハ!』


 立谷曰く姉はメチャメチャ美人らしいのでこの世界で是非会ってみたい。しかし立谷に会わない限りは姉のことを姉と気付かないため、まずは彼に会うほうがよいだろう。




 午後は金稼ぎをするためにグイラド近くのモンスタースポットを調べた。技術特区ではモンスターの生態を調べる施設が地下にあり、そこがモンスターの綺麗な死体を求めているとのことだ。綺麗に殺すことのできない結城だが、グイラドで金を得るためにはそうするしかないとのことだったので具体的な話を聞きに行くことにした。

「…罠にかけて生け捕りにしてから薬剤を打って安楽死させてから解剖するんです。ってわけで並みの戦士だと罠にかけるのにも一苦労ってわけです。下手したら死んじゃいますからね」

「えーっと、引きつけ要員ってことですか?」

「そうですね。モンスターは肉の臭いじゃなくて汗の匂いで索敵するんです。だから外にいる人間は狙われやすい」

「俺が汗をブワァかいて引きつけてモンスターを罠にかけると」

「いえ、餌役は誰でもいいんです。敵のかかった罠を運んでる間が一番危険なんで、その間の護衛を任せたいなというわけです。いざって時はもう殺しちゃっていいんで、我々の安全を確保してくれればオッケーです」

「難しいね」

 ルーシアは腕を組んで唸った。それに対し結城は彼女を使った最も安全な行動計画を立てて自信を窺わせた。

「この子が役に立つかもしれない…この子は魔法使いなんです」

「魔法使いって…この世界でも数人しかいなくて会えたらそれだけで超ラッキーだっていう魔法使い?この子が?」

 その単語を聞いた研究員がぞろぞろと集まってきた。結城は一人の研究員に近くに置いてあったペンを投げるように命令した。ある程度距離をとってから研究員が全力でペンを結城の顔面めがけて投げつけると、それを見たルーシアが魔法を発現させた。突然現れた半透明の盾がペンを阻み、結城を守った。

「設置中に現れたら俺が的になる動きをします。ルーシアが守れるのは俺だけなんで、俺に向かわないとダメです」

「それだと不完全だな…安全を担保するほどじゃない」

 そんな意見に研究員は同調して結城の採用に後ろ向きになった。普段はどうしているのかと尋ねると、大勢の戦士を雇って研究員が攻撃を受けないようにしているという。なかなか大がかりな作戦の支援を一人で受け持つことが無謀だと知った結城だが、ふと新しい発想に出会った。

「俺に関する願いが叶うんだろ?だったら俺がアホみたいに強くなることを願ったらそういう魔法が起こるんじゃない?」

「どうだろう…確かにユーゴ様には強くなってほしいけど、いきなり強くなるよりじっくり強くなってくれるほうが過程を見られる分いいと思うんだよね。心の底から願えるかどうか…」

 人とは急に強くなるのではなく、継続する過程を経て完成されてゆくものだとルーシアは学んだ。彼女はその過程こそ大切にしたいのだと言うから魔法を起こす願いにはならなさそうだ。

「じゃあしょうがない。俺ができることで協力するしかない。ルーシアに守られてる分、他の戦士より圧倒的に強いはずです」

「的になってくれたらラッキーですね。ダラッダラに汗をかいてもらいましょうか。現地まで無駄に走ってください」

 接敵しても戦うのは結城ではないため彼は疲れていてもよいのだ。この作戦に効果があるのかを確かめることが結城の目的で、珍しい魔法を見るのが研究者の目的だ。互いに利益があるということで結城とルーシアはモンスターの捕獲計画に参加することになった。




 罠の四隅を台車に載せて先頭を引っ張りつつ後尾を押すことで輸送する。それを郊外の森林の入り口に設置する。この入り口は人間が意図的に作った空間で、ここを通らなければ街へは行けないようになっている。結城は誰よりも運動したので汗をかいていて、モンスターにとって餌の次に美味しそうな標的となっている。常に視界の中に結城を捉えるルーシアは自分が狙われないように身を潜め、敵の訪れを待つ。第一段階が完了した。

「よし、これであとは結城くんと餌がモンスターを引きつけるだけだ」

 餌のある部屋にモンスターが到達することはできるが、そのすぐ後ろの結城の部屋は封鎖されている。臭いに誘引されたモンスターが草を分けて現れると、周囲を警戒しながら餌へとゆっくり近づいた。

「こい…!」

 頻りに鼻をひくつかせたモンスターが餌の部屋に入った瞬間、仕掛けが作動して檻が閉じた。これで第二段階も完了だ。しかしここで懸念事項が発生した。結城は檻を上に持ち上げて外し、周囲の状況を確認した。モンスターの仲間が複数の方向から接近している。攻撃をすべて自分へと向けるために彼は罠に剣を当てて大きな音をたてた。罠の上で踊っている結城を囲んだモンスターが彼を押し潰そうと襲いかかった。

「ルー!」

「はぃ!」

 ルーシアの魔法が炸裂して光の柱が寸分違わずモンスターを貫いた。研究者は極めて強力な魔法をその目に捉えて硬直した。作戦は大成功…ではなかった。

「あぁぁ!」

「罠にかかった奴まで死んでるー!」

「あわわ、ごめんなさいぃ!」

「ハハハ…」

「ユーゴ様なに笑ってんのぉ!」

 頭を抱えて蹲ったルーシアを抱き上げた結城は研究主任に頭を下げて詫びた。作戦は狙い通りには成功しなかったので、もう一度やらねば生体を得ることはできない。しかしモンスターの危機管理能力によってこの場所が危険だと認定されたため、それが解かれるまでは近寄ってこない。研究が長引く理由となってしまったのでルーシアがひたすら謝っていると、研究主任は怒らずに拍手をした。

「素晴らしい!」

「え?」

「なんて魔法だ!生きているうちにこんな恐ろしい現象を見ることができるとは!僕はモンスターよりそっちに興味が湧いてきたよ!」

 ルーシアの涙に濡れた手をとった主任はぱっと明るい表情でこう続けた。

「モンスターの生体なんかよりずっと価値のあるものを見たんだ。今回のことは一切不問としよう。報酬は出ない…研究所からはね。戻ろう」

 ガラガラと空の罠を曳いて街に戻った主任は結城とまだ落ち込んでいるルーシアに机の引き出しにあった札を渡した。

「僕からの報酬。いやぁ、マジでいいもんを見たわ。お母さんに報告しよ」

 主任は1万ギリスを報酬とした。目を丸くした結城の肩を軽く叩いた主任はその後ルーシアの頭を軽く撫でてこう言った。

「金稼ぎに来たんだから金を得ずにここを去りたくないでしょ?そうなるのは僕らに何も利益を生んでくれなかったときだけ。いいから持って行きなよ。ここに長くいるならまたチャンスがあるはずだし、一回のミスで諦める必要なんてないだろう?結城くんは見た感じいっぱい経験してそうだよね」

「そうですね…毎日失敗ばっかりでしたよ。まあだからいちいち気にせずにいられたんでしょうけど…」

「ハハハ、失敗続きだと流石に萎えるし泣きたくもなるわな。でも大丈夫でしょ。いいコンビだと思うもん」

 主任の精一杯の励ましを得て機嫌を戻したルーシアは結城の背中に貼り付きながら研究所を後にして宿に戻ってきた。


 夕方になって腹が減ったので食事処に行くのだが、今日は少し雰囲気の違うところに行こうということになった。というのは、主任からもらった1万ギリスを最も良い使い道で使いたいからだ。

「一番いい金の使い方っていうのは自分を満足させることだ。旅行に行くもよし、家具家電を買うもよし、こうして豪華なメシを食うのもよし。満足ってのは人それぞれだが、間違いねぇのはメシだ」

「そうなの?じゃあユーゴ様はあんまり満足してないね?」

「お前に金を使うことで俺が満足することはないけど、楽しんでるお前を見ることで満足できる。働いてるときもそうだったけど、小さい子がはしゃいでるのを見るのって荒んだ心にとって最高の癒やしだと思うんだ」

 就職をして金を得た大人が結婚するのは生殖のためだけではなく、子供を作ることで精神的な安定を得るためだとも考えられる。それに失敗した結城の精神は荒んでいたが、子供と接する可能性のある仕事をしていたおかげで極稀に修復されていた。極稀だったからこそそのことに気付けた。

「ってわけでお前の満足は俺の満足でもある。メシなんてどっちも満たせる最高の方法だろ?まさか現実で高級料亭に行くことのなかったこの俺が異世界で行くとは思わなかった」

「ユーゴ様は現実ではボロボロだったんだね…」

 ここで結城は自分が主人公だと確信した。同じく結婚の気配を見せず女の影もないことを低身長のせいにする卑屈さを持っている立谷の言葉がそうさせた。


『主人公がどうして元の世界に帰りたがらないのかって?決まってるじゃないっすか、元の世界でクソ不遇だったからっすよ。たいていブサイクでつまらない人生してて不幸な目に遭いまくってる。そんな世界を愛するはずないでしょ?主人公ってのはもれなく新しい世界を望んでる人がなるんです。なんで俺がなんねぇのか疑問っすわ!』


 現実世界に対する負のエネルギーが許容量を超えたときに異界転移が起きるのだろうと思い込むと納得がゆく。結城はその仕組みによって転移を果たし、新しい世界で生きることになったのだ。これまで立谷の言葉に救われて生きてきた彼の行動は主人公のそれであり、この先もおそらく『異世界モノの知識』に救われるだろう。するべきことを把握して目の前にいるルーシアという『ヒロイン』と助け合うことが主人公の責務であるため、結城は時に自分の満足を犠牲にしてでも彼女のためになる行動をしなければならない。それに対する不安はなかった。何故ならこれまでに結城は自分で考えたことでルーシアを満足させられたからだ。


 彼は主人公でありながら異世界モノのテンプレから剥がれ、独自性を得たということだ。立谷の言葉を受けられないところでどれだけの違いを作れるかが、結城の異世界生活の鮮やかさを決めるだろう。

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