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中年少女マルメン  作者: 立川好哉
21/21

20箱目・マルメンよさらば

 この世界ではあらゆることに意欲的な結城と立谷の日本人コンビが勢いのままに作業を続けた結果、たった一日で新しい荷車が完成した。念願のトイレは二つになってしまったのが最大の特徴で、誰かが用を足しているときでも一人までなら悲劇を免れることができる。一両目のほうにも布団が敷かれて三人の子供が同時に眠れるようになったことで東のアルザンへと行く準備が完了したため、結城はルーシアだけをお供にしてプレシアたちを立谷に任せた。

「ユーゴ様がすぐ帰ってくるって信じて待ってます」

「頼むよ、困ったことがあったらこいつに訊けばたいてい解決するから大丈夫だと思う」

 コンビニ時代はなんだかんだで有能だったと言えるエピソードがすぐに思い浮かぶくらいの信頼はある。悪いことをすることは決してない。

「お兄さんに任せな。でも農場の場所だけは教えてもらっていい?」

「立谷さんの部屋もあるからね!」

「子供ができても安心だな!」

「お前…よからぬことしようとしてない?」

 立谷の企みに気付いた結城が咎めようとしたが、立谷は巧みに躱す術を持っていた。

「ここは日本じゃないんスよ。大丈夫、通りがけに産婦人科見つけたから」

 自分のはとっくに過ぎたと思っている適齢期真っ只中にある立谷の行動によって将来が豊かなものになるという解釈にしておけば明るい気分になれるのでそういうことにしておいた。


 結城は荷物を一両目のルーシアに任せて馬に跨がった。彼はこの世界で周りのあらゆるものに優しくすることを覚えたようで、馬の身体を元気づけるように軽く叩いて出発させた。盗賊が出ても妖精族から魔法を引き出す方法を知ったので大丈夫だ。何よりもルーシアがより自在に魔法を使いこなすようになったのが安心を生んだ。

「男の子もいるかなぁ?」

「いたほうがいい?」

「いたら楽しいと思う。いっぱい遊べるし、農業では頼りになるでしょ?」

「そうだといいな」

 同年代の異性というのが少女にどのような影響を及ぼすのか、結城はまだ知らない。しかし自分のことを思い返せば小学生の頃は女子と仲良く遊んでいたのだから、同じように楽しく過ごせる気がしている。

「ユーゴ様いまどのへん?」

「まだまだ遠い。昼過ぎには着くんじゃないかな?」

「じゃあサンドイッチ食べていいー?」

「ああ、俺の分残しておけよ?」

 アルザンに着いたらまず広めの宿を借りて奴隷を買う。そうしたらすぐに荷車の中で着替えさせて宿に入れるようにする。一泊したら朝食をとって農場へ向かうという計画だ。サンドイッチは予想外に時間がかかったときのために用意していたもので、予定通り着くのならいつ食べても構わない。ルーシアは成長期でよく食べる。最近は少し太めになってきた。




 ポルト・レギアス市は商会の活動によって盗賊が勢いを失ったいまこそ悪を排除するチャンスだとして交易路の取り締まりや強奪された金品の取引現場を徹底的に調べ、複数の違法商人を摘発した。その流れは主な交易先のクリアス市でも見られていて、盗賊はレギアス経済圏を完全に諦めたようだ。では東へと流れているかというと、そうではなかった。盗賊たちが塞いでいたために交易がしにくかったアルザンにも商会や市の手が伸びていて、押し出された先でも押し出されるようにして遠くへ逃げることになった。そのため結城は極めて安全な移動をしている。

「立谷くん曰く俺も主人公らしいから謎の力でどうにかなるよ」

「それならいいけど、また私がユーゴ様を傷つけるようなことがあったら嫌だ」

「俺の傷を治したのはお前だろ?すぐ治るならいくら傷ついても大丈夫だ」

 もちろん傷つかないのならそれに越したことはない。しかしあの強力な魔法は利用する価値があるため、たとえ一時的に心臓を貫かれようとも構わない。そんな覚悟でいく。


 立谷の作品の記念すべき最初の利用者はルーシアになった。彼女は恍惚とした表情を浮かべて結城に報告したのだ。

「うんちがいっぱいでた」

「よかったねぇ。座り心地はどうだった?」

「かたい。揺れたときにお尻の骨が当たって痛かった」

 便座カバーのようなものを当てれば幾分よくなるか。衣料品店で売っていないか見ることにして街の門を潜ると、結城は商人のための狭い宿ではなく空き倉庫のような広い空間を探した。


 街の人によるとそれはつい最近に取り壊されて更地になったという。仕方がないので六帖の部屋を借りて奴隷商の店の場所を尋ねた。

「お前さん奴隷を買いにいってここに戻ってくるつもりかい?」

 商人たちは妖精族が魔法を使えることを知らないため奴隷を連れることはない。結城が初めてここに奴隷を持ち込むと聞いて難色を示す宿屋に、彼は慣れた交渉をした。

「追加料金と耳を隠す格好…子供だってだけで二度見はされるだろう。風評が落ちて商人が他の場所を使わないか心配だ」

「立地を見ればここが最も便利だというのは明らかです。奴隷じゃない子供がいたところで大きな問題にはならないでしょう。そんなに頻繁に部屋を出入りするわけじゃない」

 なんとか妥協させることに成功したのでルーシアに留守番を任せて奴隷を買いに行った。アルザンにも農民がいて奴隷を求めているため、大きな建物にたくさんの奴隷が入っていた。環境は劣悪と言えるが、ルーシアのように酷く衰弱していたりプレシアのように精神をおかしくした子はいないということだ。

(ルーシアは男の子がいたら楽しいって言ってたし、キャッチボールの相手欲しいし、感じの良い男いねぇかな)

 少人数で分けられて狭い部屋に入っている。結城はたった一人でよい男子を探して部屋に入った。誰もが痩せ細ってアバラが出ているし頬もこけて骨が目立つが、よくなりそうな子が一人だけいた。

「お前ちょっとこっち見て」

 少年が顔を上げると結城は確信した。

(こいつは太ればイケメンだ!)

 きっとルーシアたちがメロメロになって士気が上がると予想した結城は少年の値段を訊いた。

「14万3千ギリス」

「いいだろう。候補にする。隣の部屋も見せてくれ」

 結城は即決で少年を買うと女子部屋も見た。妖精族は女子の割合が非常に高く、性奴隷として売られるのは専ら女子なので人数が多い。結城は奴隷商に価値の合計ではなくいくら欲しいかを尋ねた。

「俺は全員を買いたい。だからあんたがこの店でいくら稼ぎたいか聞きたい」

「それは時期によって変動するものです。私は手間をかけて奴隷を育てた。資源もたくさん投じた。そのリターンと、手間賃で400万ギリスは欲しいですねぇ」

「わかった」

「え?」

 結城は奴隷商の苦労を理解したフリをして大金の入った袋を差し出した。実際は早く奴隷を買いたかっただけだ。これほどの大金を投じて農業に不足がでないのかという疑問がおそらくルーシアから出るだろうが、彼は立谷と密約を交わしていた。


『忘れられがちですが俺はあのヴェルティア様っスよ?世界各地で人助け強敵殺しをやってるのに経費が二人分しかかからないんだから貯金できまくり。日本じゃ1円もなかったのにね!』


 そこら辺の富豪なら屈するほどの資産を持つヴェルティアこと立谷に今後の生活費を任せれば何も問題ないのだ。十二人の奴隷を連れ出した結城はルーシアを大いに驚かせた。

「うぁ、いっぱいだぁ」

「全員仲間だ…狭ぇな!三両目必要だったか」

「みんな痩せてるから大丈夫だよ」

 子供たちは新しい環境に惑いながら次々と荷車に乗って体育座りをした。一両目があっという間に埋まってしまったのでトイレのある二両目も使うとなんとか入りきった。

「トイレに蓋があるとは言え臭くて死ぬかな」

「なんか良い匂いのするもの探そうよ」

「そうだな」

 予定外に多かったので服が足りない。そのため飲食店に入るのではなく商店で食べ物を買って宿で食べることにした。そして宿に入るのにも服が要るので数人ずつ部屋に入れてから服を脱がせ、それを荷車にいる子に着せてから部屋に入れるという方法をとった。

「ふー…荷車よりマシだな。帰りは急ごう」

「じゃあ私がいっぱい応援するね。ねぇユーゴ様、この子たちに名前をつけようよ」

「そうだな…えっと…ニッシモの味…プルーム含めるとメッチャあるんだよな…」

 紙巻きタバコだけでは足りなくても加熱式タバコのニッシモを含めると名前が十二を超える。ルーシア、プレシア、フラン、アリアと既に四つ使っていてもまだ間に合う。


 結城は名前を付ける前に子供たちを風呂に入れることにした。結城組とルーシア組とに分かれて入ると浴槽に全員が浸かれる。身体を綺麗にしたところで声や見た目から名前をつける。

「お前は睫毛が長くて上品そうだからアイシーンだな。お前はなんか甘い匂いするからベヴェル。女の子っぽくないかな」

「ベヴェル…ユーゴ様がつけてくださった名前を大切にしたいです」

「よし、お前は目が大きくて元気そうだからパイン。お前はパインと仲良かったんだっけ?じゃあピーチだな。お前はパインよりちっちゃいからレモン。で、くっついてるお前はライムだ」

 次々と名前を決めるのにもいちいち理由をつけるあたり結城のニッシモへの知識の豊かさを窺わせる。ルーシアがコンビニでどれだけのタバコを扱っていたのか尋ねると、その答えに驚愕した。

「よくまあ憶えたねぇ」

「あんなの喫煙者でもわからんわ。立谷くんはいろんなの試してたから全部完璧に知ってたよ。説明までできるくらいだった」

「ほぇー、あの人やっぱりすごい人なんだね。顔からは想像できないや」

 とても失礼なことを言っても咎めないのは立谷がそのような評価のされかたを好んでいるからだ。彼はよく結城と比べて自分のことを”アホ面”と言っていた。そんなアホ面による蘊蓄によってニッシモの知識を得るに至ったわけなので、今更ながら感謝しておく。

「私はー?」

 新しい環境に慣れたのと同じ妖精族のルーシアが奴隷感を一切出さずに結城と話しているのを見た女の子が結城に身体を寄せると彼は名付けを再開した。

「よし、意欲的なお前はティモアだ」

「ティモア?」

「甘えん坊っぽさがあるからね。その通りにしてくれ」

「よーし!」

 ティモアは結城から甘える許可を貰った途端にルーシアごと彼に抱きついて甘えた。人の温もりを長く求めていた彼女は嬉しさのあまり泣き出してしまったのでルーシアがお姉さん役をやった。

「お前は…体温が低いな。グラシアだ。お前は…お前もいい匂いがするな。ローズだ。あと何が残ってる…?」

「誰もわかんないよ」

「えーっと、あ、少年、女の子だらけだからって遠慮するな。こっち来い」

「はい!」

 元気よく応えた少年が結城の隣に座ると彼は名前を貰った。

「ディアス。響きが名字っぽいけど名前にしたら男の子っぽいからディアスだ」

「かっこいい!」

「よし、おい、お前も…」

 結城は最後に部屋の隅で蹲っていた内気な少女を持ち上げて向き合った。

「お前がクリスタだ。優しいメンソールの味」

「はい…」

「元気ないね。ご飯食べたでしょ?食べてないの?」

「あ、あの…」

 喋るのが苦手なのは奴隷として不足とされるので売れ残るだろう。そんな子でも今は奴隷でないのだから我が娘のように接する。人はいろんな性格を持っているもので、自分と違ったり好みから遠いからといって攻撃してはならない。選んで家族にしたのだから、その個性を尊重しながら強みを見つけてやりたいと思うのは、理想の家族や子育てについても立谷と雑談したからだ。どちらかというと頑固で他人に厳しく異端を嫌う傾向のあった結城は今ではすっかり柔らかくなったものだと自嘲すると、その柔和な笑みにクリスタの心が解された。

「みんなが食べられなかったら困ると思って後でとろうとしていたんです」

「すげぇいい子じゃん。でもお腹空いてたらちゃんと取らないと。ほら、食えない物ある?」

 結城はハムチーズサンドをクリスタに渡した。すると彼女は包みを取ってゆっくり食べ始めた。一口が小さくて可愛らしいのが強く印象に残った。

「よーしお前ら、自分の名前は憶えたな?周りはまだ憶えてなくてもいい。布団が人数分ないから仲良く一緒に入れ。ルーは俺のところでいいよな」

「もちろん!でもまだ入れそうだよ?」

「じゃあ私!」

 ティモアはちっちゃいフランという印象だ。彼女が結城の右隣に入って密着する。

「えへへへぇ」

「こういうの好き?」

「すきー」

 ティモアはその後も身体を擦りつけて好意を示すので結城はなかなか眠れなかった。ほかの子供たちは気苦労から回復すべくすぐに寝たようで、翌朝には子供らしく元気な様子を見せてくれた。




 農場に行くと立谷たちが待っていて、予想外の多さに惑いながらもいよいよ本格始動できることに狂喜乱舞して新しい家族を迎えた。

「女の子がいっぱいだぁ!死んで良かった!」

「む、しょうくん浮気?」

「ちがうよみんなと仲良くするだけだよ…しかし結城サン、やるときはやる人っスね」

「だろう?。ここなら好き放題やれるのをいいことに好き放題やったわけだ」

 結城は変わったことを認めた。日本に望みがなくても、この世界にはある。そしてそれを叶えて幸せな暮らしを始められた。死とは人によっては不幸で、人によっては幸福、あるいは救済だったのだと知った。もう悲しむ必要はない。

「俺はこの生活を守ることに全力を尽くすよ」

「俺も」

「こんなに幸せならタバコはなくていいかな。今は不幸でもなければ死にたいわけでもないからな」

「そうっスか。俺も…要らないかな。なんか不思議な気分っス」


 こうして結城は15年に渡って付き合ってきたマルメンに別れを告げたのだった。

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