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少年は世界を救わない  作者: 怠惰猫 Zero
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第五話 合わぬ意見と約束

 ハハッ、キリの良いところで切ろうとすると伸びらぁ(10558文字)

「【創火】【正面へ火球を射出】【対象へ接触後消滅】――ファイアボール!」


 優也の命令に従うよう(・・)に虚空に現れた火の球が優也の正面に向かって真っ直ぐ進み、15メートルほど離れた位置に立てられた訓練用の的に衝突する。

 だが的は一切破損することなく表面に僅かな煤を纏わらせて火の球を打ち消した。


「くッ、見たかよあのショボさ。アイツだけだぜ? 最低ランクの的を壊せないの」

「ざまぁないわね。ちょっと勉強が出来るからって偉そうにしてた報いよ」


 あまりの威力の低さに周囲から嘲笑が向けられ、指南役としてその場にいる魔法師たちからも蔑視されていた。


「あっはっは! 勇者召喚された者には例外なく類稀たぐいまれな才が与えられると書に書いてあったが――何事にも例外というものはあるということだな! あっはっは!」


 だがそんな声も視線も分からないとばかりに優也は心底面白そうに、まるで他人事のように大袈裟なほどに大きく笑い声を発する。

 一見気が狂い掛けているとしか思えないその言動に何も知らぬ者は軽蔑の目を向け、彼の目的を知る者は例外なく悔しそうに顔を俯かせていた。


「ここまで威力が低く、他者よりも魔法行使までに時間を要してしまうと本当に俺の存在意義がなくなってしまうな!」


 例えば今優也が行った攻撃。

 行使完了までに約5秒。

 それに対して他の者たちの魔法行使所要時間は揺れがあるもののコンマ数秒、速い者に至っては|0.0数秒で魔法を行使してしまう。

 威力に至っては比べることも烏滸がましいほどに差が大きく開いていた。


「むしろよくやるぜ、ホント」

「俺ならとっくに諦めてるね」

「頭は良いけど馬鹿だろ、アイツ」


 そんな言葉を耳にしながら、後ろに並んだ者たちに場を譲るように横に移動する優也はそのまま壁際に腰を下ろして手帳の中に魔法行使に関する仮説や次なる可能性を大量に書き連ねる。


「あれから2週間……そろそろ頃合いかね……」


 背後には分厚い城壁、周囲には一切誰もおらず、また誰も自身に関心を寄せていないことを確認した優也は俯かせた顔にニヤリと鋭く口角の上がった笑みを張り付けそう笑っていた。

 一切を隠し通し、己の有用性は皆無だと周囲に思い込ませ、自身の持つ『能力』である『プログラム』を魔法行使の障害と認識させ『黒魔法』を発動はすれども効果の現れない役立たずと欺く。

 それゆえに初日のことから危険視されていた優也は役立たずの穀潰しと認識されていた。

 事実『黒魔法』に関しては優也自身その実態を把握出来ていなかった。

 使えば奇妙な感覚が全身に生まれ、肉体の一部が魔法の支配下に置かれたような気分に陥るものの、いざその感覚を操ってみようとすると全身が耐え難い激痛に襲われる。

 感覚を操らずにそのまま固定してみようとすると時間が経つにつれて動悸が激しくなり、息が上がり、手足が冷たくなり、身体が動きにくくなった。

 それ以外にも『黒魔法』の感覚というものはあり、主に足元にその感覚があるのだが操ろうと思っても上手く操れない。

 操ろうとしても、その感覚を広げたり動かそうとしても焼かれるような、蝕まれるような感覚に阻まれて一切出来なかった。

 強く抵抗しようとすると体内の魔力が一気に消費される感覚があり、恐らく魔力量が十分ならば足元の『何か』も使えるのであろうが少なくとも訓練ばかりでほとんどステータスの変動のない今の優也には到底無理な話だ。


「これで今日の訓練は終了だ! 各自部屋で休むも良し、自主訓練に励むも良し、好きにしろ!」


 宮廷魔法師の男がその場にいる全員にそう指示を出すとその場にいたクラスメイト達が疎らに訓練場を離れて行く。

 同じようにして少し離れた場所で訓練していた前衛組も訓練を終了させ、解散する。



「ヤボザさん。今日もお願いして良いですか?」


 自主訓練をするわけでもなくその場で談笑していた者たちがいなくなったことを確認した優也が主に剣術を教えている騎士団長『レイトス・ヤボザ』に背後から襲い掛かるようにそう声を掛けた。

 だがレイトスは背後を見ることなく右から伸びた蹴りを片手で容易に受け止める。


「優也……それは願いではなく強制だ」

「でも結局は訓練に付き合ってくれるでしょう? それに……油断をするな、つまり『常在戦場』の心構えを俺たちに説いているヤボザさんが先にそれを実践しないと、ね?」


 元々は『自衛目的のため』という理由で申し出たこの訓練だが、優也の目的が他のことにあることは戦っているレイトス自身がよく分かっていた。


「この気の入りよう……もしや今日明日か?」

「ッ!」


 毎日組手をしていたレイトスだから気付いた僅かながらの拳の変化。

 腕が僅かに外に逸れ、必要以上に力んでいる。

 拳自体の重みは増したものの威力と呼べるだけのものは込められていなかった。


「よく分かりましたねッ、流石は一度の戦場で魔人族100人斬りを達成した竜殺し(ドラゴンキラー)だッ」

「やめてくれ。その渾名は俺にとっての恥だ。ヤツと相対し、龍を殺したと思えばヤツは『ドラコーン』ではなく『ドラゴ』だったのだからな」


 この世界にはゲームでいう『モンスター』や『魔物』に位置する存在である『邪獣』という生き物がいる。

 邪獣は基本的にはモンスターと変わらず、一般的には魔人族が操っているとされている存在。

 体内に『魔石』と呼ばれる魔力生成器官を有し、魔石が大きく破損するか肉体の損傷が一定値を超すと霧散して消滅、後には魔石と僅かな肉体の一部を残すという。


「そのッ、二つってッ、強さの違いッ、でしたっけッ?」

「ああ。学者たちは色々言っているらしいが冒険者や世間一般では基本的に強さで分けられる」


 誰が最初に言ったかは不明だが見た目も性質も似通った存在である竜と龍。

 けれどもその二つの違いというもの、現在は曖昧なのだ。

 広く知られる限りではその『脅威』によるとされ、学説では『似て非なる存在』という説も『同一のものであり、生きた年月に依存する』という説も存在している。


「ならどうやってドラコーンではなくッ、ドラゴだと分かったんですか? 少なくともッ、ヤボザさんはドラコーンだと思ったんッ、でしょ!?」

「なに、簡単なことだ。……既知の存在。ただそれだけのこと」


 龍にしろ竜にしろ脅威であることには変わりない。

 だがそのどちらも稀少な存在だ。

 一度に及ぼされる脅威は尋常ではないがその頻度は人族の一生のうちに一度あるかないか。

 普通はその生態や種類を把握しておらず、神話・伝説・英雄譚などで幼少期に知るという程度の存在である。

 そんな中でレイトスの倒した竜は過去に倒されたことのある種類だったのだ。


「……。ヤボザさんはッ、その事をどう思ってるんですか? ッ! 残念ですか? それとも嬉しいですか?」

「俺は……良かったと思っている。過去に倒され『ドラゴ』とされた存在。その程度の実力の相手をドラゴーンとして誇っていては……それこそ末代までの恥よ」


 過去に倒されドラコーンではなくドラゴとされていたということは倒したその者にとってはドラコーンと認識するに値しない弱い存在だった、ということだ。

 竜殺し《ドラゴンキラー》ではなく龍殺し《ドラゴンスレイヤー》を名乗る、それは過去の武人の名を貶める行為であり、自他に嘘を吐くという行為。

 レイトスはそんな愚行を犯すほど落ちぶれていない。


「末代までのッ、恥……アンタ独身でしょうが」

「フッ……失礼な奴だ!」


 軽く挑発して動きを単調にしようと思っての優也の挑発。

 独身、という単語は40年間そうであり続けたレイトスには深く刺さり、逆鱗に触れるという愚行を犯した優也はレイトスの鋭い拳を腹に受け吹き飛ばされた。


「うッ! ごはッ、がはッ! ……あ~、昼飯の焼肉吐きそー」

「す、すまん。思わず少し力んでしまった」

「いや、この話題はアウトだと分かってながら挑発に使った俺の自業自得だ」


 当たる直前、咄嗟にレイトスが腕を引こうとしたため最後の瞬間が見えていた優也はその数瞬に腹に力を入れて身構えていたため見た目ほどダメージはない。

 ただし鍛え上げられたレイトスの拳を腹に防具なく受けたことに変わりはなく、確認するように捲った優也の腹は赤みを帯びていた。


「すぅぅぅ……はぁぁぁ……よし、もう大丈夫。いやー俺もまだまだっすね、結局一発も入れることなく終わっちまった」


 息を整え腹に力を入れることで痛みを紛らわせる優也は口では飄々としながらもその表情は心の底から悔しがっていることが見て取れる。


「俺と優也ではレベルが圧倒的に違う。むしろ俺に0.2%もの力を出させたことを誇れ」

「えぇ……単純計算で500倍って……どんだけバケモンなんだよ」


 レイトスと自身との圧倒的な実力差と目的までの道のりの果てしなさに比べるべきではないと理解してはいながらも、彼を超えねば、という思いに項垂れることしか出来なかった。


「分かってたみたいなんで今言いますが……明日の朝、城を出ようと思います」

「……やはりか」


 周囲との実力差から普通ならば劣等感を抱き腐る。

 さらに言えば優也は『自衛目的』と言って本来の戦闘スタイルではないハズの近接戦の教授を願っていた。

 それらの点から優也が城を出ると言い出すことを薄々感づいていたレイトスは寂しそうに、悔しそうにしながら優也を見つめる。


「お世話になりましたし、気付いていたとはいえ自分の口から言うのが筋かと思いまして」

「そうか……達者でな」

「……はい」


 硬く、不器用な笑みを向けるレイトスに優也は苦笑で返す。


「ところで優也。装備も何もなしにどうやって冒険者になるんだ?」

「え? いえ、普通に近接格闘と魔法で」


 本で邪獣のことは既に調べてある優也はその強さから考えて最弱ランクであれば倒せるだろうと考えていた。

 だがレイトスはそんな優也の安易な考えに露骨な呆れを見せる。


「ここは王城、その下は王都、冒険者はごまんといる。弱い邪獣はすぐ他の奴らに狩られてしまうんだ、お前の実力じゃ生き抜けない」

「うっ……」


 レイトスの指摘に優也は図星を突かれたかのように白々しいリアクションをした。


「お前が出るのは明日の朝だな?」

「ええ、朝食後にでも皆に別れを告げて出ようかと」

「ならその時に餞別品として金と装備をくれてやる。勝手に召喚した詫びも兼ねてるから遠慮なく受け取れ」


 餞別品を受け取ろうとしないと分かっていたかのようにレイトスはそれを先回りして受け取る理由を作る。

 有無を言わせないそんな対応に優也は思わず、といった雰囲気で失笑した。


「ああ、なら有難く受け取らせてもらいます」

「礼は言うな。あくまで非があるのは我々なのだから」


 優也の『有難く』という言葉に反応してレイトスは頭を下げようとした優也を途中で止める。

 自分の非だと思っている人間にこれ以上何かを言うのは余計に相手を傷つけるだけだと悟った優也はレイトスの手に導かれるように頭を上げた。


「悪い、そう思っているのでしたら……これからもアイツらの指導を任せます」

「――。ああ、任された!」


 面倒ごとに巻き込んだ立場の人間にこれ以上任せるのか、そう考えたレイトスは呆けたように優也を見つめ、自力このせかいで魔人族の魔の手を阻止できなかった己の傷だと受け入れてその頼みを受け入れる。

 その返事に納得したように僅かな笑みを浮かべると優也はなにも言わずに組手で痛んだ場所を確かめるようにしながらその場を立ち去った。


――――――――――


「本当に……行くの?」


 部屋に戻るとそこには親しい者たちが集まっており、その中で代表するように悠生が考え直してくれ、とばかりに優也を見つめる。


「ああ、初めからそういう算段だった。ここまでやっといて今更止める気はねえよ」


 だが優也の固い決意は揺らがない。

 己の身可愛さに大切なモノほとんどを手放すほど軟弱ではない。


「そーいうのは初日に全部終わらせたべ? なら友人ダチなら友人ダチらしく笑ってろ」


 一時の感情で死ぬ気も死なせる気もない。そういうと優也は明日の準備確認とばかりに鞄の中身を一つ一つ確かめ、そして最後にスマホのタスクスケジューラーの項目いくつかにチェックを入れそれを保存し鞄の中に戻す。


「終わってないだろう! 君の中では終わっていたとしても僕たちの中ではまだ終わっていないんだよ!」


 そんな軽薄そうな笑みを浮かべる友人の姿に我慢の限界を迎えた悠生はその襟を掴んでそのまま後ろに投げ倒した。


「ってーなー。もうちょい優しく頼むよ」

「そういう態度が僕は嫌いなんだ!」


 自己認識が低いゆえに『自分のために怒る』という行為を久しく忘れている優也はただ『痛い』という感覚に文句を言うだけで感情の変化らしい変化を見せない。

 悠生は限りなく低い優也の自己認識と他に自分を委ねない自己完結したような態度に怒鳴り声を響かせる。


「ならこんなのはドーヨ? ……結局何がしたいんだ? オマエ《・・・》」


 まるで人を人としてではなく動くオブジェクトのように認識しているかのような視線の動かない眼差しに悠生は背筋を震わせ、忌々しそうに優也を睨んだ。


「んだよ。折角態度変えたのに睨んじゃって……。俺は俺のために動くんだよ、この世界に来た時点でどう動こうが危険が付き纏うのは確実、それに死ぬワケじゃあるまい」


 危険なんていつ自分の身に降りかかってくるか分からないのは前の世界でも同じ、そんな考えの優也は心底どうでも良さそうに大きな欠伸を漏らすとそのままベッドに腰を下ろす。


「言っておくが自己犠牲で動くな、ってのは受け付けねえからな? そんなもん俺もお前らも同じ、他の為に動くっていうのは大なり小なり自己犠牲に変わりない。ましてや何もしない、何もするなってのは愚の骨頂。んなことすりゃ世界滅亡待ったなし、前線に駆り出される異世界組は死亡待ったなし、それ以外でなにかあるならご自由にドーゾ」


『感情に身を委ねるな』

 それは優也の自論の一つでありこの中の者は皆その言葉を一度は聞いたことがあった。

 理屈としては『人を人とするのが思考ならばその思考を完全に手放すことは人を止めること。感情を考慮しても良いが決して委ねるな』というモノ。

 獣は感情を持っていてもその多くを本能で動いている。

 本能という瞬間で解を導き出す第六感で生存する存在が獣。

 人が動物の本能を持たず理性と感情で動くというのならば、感情に委ねた瞬間に人は生きられなくなる。

 委ねた瞬間に人は脆弱になり、獣に劣る存在となって確実な死を迎えるのだ。


「……頼むから止めてくれ」

「話にならん。俺はお前たちに恨まれようが憎まれようが憐れまれようが計画を頓挫させる気はない。この計画は俺の決意であり、俺の『幸せ』だ」


 揺らがぬ声音で紡がれた言葉に、桃子が反応を見せる。


「分かったらこれいじょ「重見くん!」ぅ……」


 先を言うな、そんな眼差しで桃子が優也の言葉を遮った。

 突然の桃子の叫びに優也は無言になり、近くにいた他の者たちも初めて聞く桃子の怒鳴り声に驚愕と、僅かな恐怖を覚える。


「笑うことが出来ますか? その言葉の先に、皆の笑顔はありますか?」


 静かな怒気を含んだ声が優也を突き刺さる。

 なんのことか、昨日の二人のやり取りを知らない者たちは呆然とし、初めはなんのことか理解出来ていなかった優也もその時のことを思い出して静かに顔を俯かせた。


「出来ない。……あるワケがない」


 否定したやり方で。

 否定したままのやり方で救われて、別れの時に笑えるワケがない。

 否定が続けば別れの時まで笑顔はなく、別れた後も笑うことは出来ない。


「なら教えてくれよ……どうしろっていうんだ」


 優也はこのやり方しか思いつかない。

 他人が分からないから考える時はいつでも自分ならどうするかという一種の『自己投影』。

 そうすることでしか仮定をすることが出来ないその極まりない不器用。


「教えませーん」

『……は?』


 状況に合わない返答に優也はおろか、悠生も、他の者たち全員もが間抜けな声を漏らした。


「私は正しい『教育者』です。答えを教えるなどという教え子を盲目にさせる行為はしません」

「あ……」


 つい2週間ほど前に言ったばかりの言葉が自身に帰って来て、ブーメランのように刺さる。


「間違っている。そう思ったから教えただけです」

「……先に言っておく。悠生、俺はやっぱりこのやり方を変えるつもりはない」


 僅かな長考ののち、優也はそう断りを入れた。

 変わらぬ言葉に悠生は悔し気に拳をそっと握りしめ、周囲は固唾を呑み、桃子はその様子を見て微笑む。


「考えってのは誰かに強制するものじゃない。過ちではない行いを誰かが阻んでもいけない。重荷と思ってはいないが……俺だけに重荷を背負わせたくない、そう思うのならお前たちに託したモノと並行して俺の荷を背負えるくらい強くなって俺の前に現れろ。少なくとも先生は……俺と一緒に背負ってくれるって言ってくれている。……俺は独りじゃない」


――――――――――


 麗かな陽射しを浴びる優也は、城門で僅かな仲間たちと別れの時を送っていた。

 その場にいるのは優也を除くと6名。悠生、周也、航亘、桃子、涼花、夏美。


「一応もう一回言っとくが止める気はないからな?」

「分かってるよ……」


 一縷の望みすら残さないとばかりに釘を刺しなおす優也に悠生は少し不貞腐れたように冷たく返答する。


「だから……次会った時は顔を一発殴るから」

「……ま、それで気が晴れんなら甘んじて受け入れるさ」


 嫌ったように顔を背けていた悠生はビシッと優也を指さし、そんな宣言をした。

 一瞬キョトンとしながらもそんな悠生の態度に苦笑し、それを爆笑へと変えて抱腹する優也。


「どうせならお前らも再開の時にぶん殴ってみるか?」


 一発も二発も三発も、大して変わらないだろうとついでとばかりにそう訊ねる優也に悠生を除く全員から深いため息が向けられる。


「生憎と俺は悠生ほどお前と深い付き合いがあったワケじゃない。悠生が一発で終わらせるってんなら俺らが殴るのは筋違いだろ」

「そーそー。んなもんは……興味ないね。むしろ飯の一つでも奢ってくれる方がよっぽど嬉しいってもんだ」

「私はほとんど怒ってませんし教え子を殴る気もないです」

「平和が一番だよぉ~」

「ステータスがあってもアンタに勝てる気はしない……というかそんなことよりも、ホラ!」


 総じて無関心が向けられ、最後に喋った涼花がどうでも良いとばかりに話を打ち切って背後に隠していた荷物を押し付けるように手渡した。

 

「これは?」

「ご飯! その……私と夏美で作った。保存が効くものじゃないから早めに食べなさい……よ」


 恥ずかしがるように頬を赤らめる涼花は最後まで面と向かって言いきることが出来ずに途中から徐々に立ち位置を変え、最終的には夏美の背に隠れるようになっていた。


「ん? …………ああ、そういえば逆水って壊滅的ではないけど料理下手だったもんな。昔俺に作って来てくれたチョコなんか度が過ぎるほどに甘さが控えめでくっそ苦かったの憶えてるわ」


 去年渡されたチョコレートのことを思い出してケラケラと失笑する優也。

 その時貰ったチョコレートだが、マックスコーヒーを常飲する優也の為に甘いチョコレートを作ろうと一度は考えたもののレシピを調べて砂糖を計った時の砂糖の量の多さを見て減らした結果、普段料理をしないことが仇となり目分量での砂糖減量は過度なものとなった。

 気合を入れて豆からチョコレートを作ろうとしたことも相まってプレゼントのチョコレートとしては類を見ないほど苦いものが出来てしまったというワケである。(もちろんながらバレンタイン)


「分かってたことだから今更怒らないけど……これほどまでに過去に戻ってアンタの自分に向けられる感情に対する意識を変えたくなったのは初めてよ」

「お? そりゃどういうこっちゃ?」


 主人公と長い付き合いがあり、その性格を理解しているハズなのにちょっとしたことで暴力に発展するラノベのような女子とは違い、もうそういう人間だと受け入れている涼花はそんな普通フィクションとは違った感想を口する。

 だが何故か当の本人だけは一種のラノベ主人公のように言葉から理解出来る内容を理解出来ないという謎の鈍感力を発揮し、テンプレのように首を傾げていた。


「つまりは……優也がどうしようもないクソ野郎だってことだよ? 再開した時じゃなくて今全力で殴ってやりたいほどに、ね」

「なにそれ、超怖い」


 目の笑っていない笑顔を向けられ思わず後退る優也に周也たちから非難の目と共に軽い蹴りが何度も加えられる。


「いや、料理の腕を貶したのは悪かったけどさ、気持ちは嬉しいし――ぃぃぃ!?」


 悪意なき軽蔑の暴行から逃れるようにして弁明をしていた優也の腰に小さな何かが猛烈な勢いで衝突し、その小さな何かを腰に着けたまま優也は前のめりに倒れ込む。


「た、倒れていても俺は前向きな男だぜっ……グフッ」


 そんなありきたりなセリフを吐くと同時、血の代わりに僅かな唾液をその場に吹き吐く優也。

 二秒ほど静かなな時を堪能した優也は背後のソレがなにかかを確かめることなく何事もなかったかのように背後のソレの重量を感じさせることなく俊敏に立ち上がった。


「カイツ、お兄さんの腰が将来痛い痛いになるからそういうのは止めておくれ」

「あ、は、ハイ!」


 腰の小さな何かの正体はこの国の第四王子『カイツ・オービンス・ガリア』だった。

 詳しい経緯は省略するが、簡単に言えば王城の図書館にて遭遇し、なんやかんやの後に仲良くなった程度の仲である。


「カイツ王子、見ている者は少ないとはいえ王位継承権保持者としてもう少し慎みのある行動を……」

「良いではないか良いではないか。そう硬いことを申すでない。レイトスよ、お主の頭はそなたの筋肉のように硬くなってしまったのか?」


 途中優也と航亘の声で聞こえてきた「「あ~れ~」」という邪魔は無視するとして、カイツのレイトス脳筋発言に当の本人二人を除く全員から堪えるような笑い声が漏れる。


「カイツもわざわざ俺の見送りに来てくれたのか?」

「ええそうです。優也さんが今日急遽立ち去ると昨日レイトスから教えられ、慌ててやってきたというワケだ」

「つまり寝坊したと。10歳児はそうじゃなくちゃ」


 昨日教えられたのにもかかわらず今日慌てて来たという矛盾を聞き、微笑ましそうにカイツの頭を撫でる優也。


「一度王子を起こしたのだが起きると言って二度寝してしまってな、来るのが遅くなった」

「ははは、子どもは自由ですからね」


 寝覚めの良い優也は二度寝をしたことはほとんどないが僅かな経験から二度寝の気持ち良さは理解しており、その中でも子どもの時の二度寝は今の歳と比べ物にならないと内心笑っていた。


「ああ、そうだ、忘れぬうちにコレを渡しておこう」


 優也の表情につられるように笑っていたレイトスは、布で纏めていた餞別品をその場で開く。

 中から出てきたのはそれなりに大きく膨らんだ硬貨袋と空の硬貨袋二枚、そして短刀二本と短剣一本、胸当て籠手ブーツと最低限の軽装にそれらを整備するための道具だった。


「ギルドは装備なしで行くとなめられやすいと聞く、今ここで装備していくと良い」

「武器や防具は装備しないと意味が無いよっ」

「森上ウルセェ」

「ここで装備していくかい?」


 ふざけないと死んでしまう病を発症している航亘を無視することに決めた優也はその防具を装備しようとして――着け方が分からず胸に防具を当てたまま首を傾げてしまう。


「教えていないからそうだろうと思った。だから着け方は紙に書いておいた、今は最後の餞別として俺が着けてやろう」

 

 吹き出すように笑ったレイトスはそう言って優也の後ろに回ると慣れた手つきで防具全てを装備させ、最後に着け方を書いた紙を優也に手渡した。


「正真正銘の初心者、その活躍を楽しみにしているよ」


 そう言うとレイトスは残った武器や硬貨袋なども渡し、包んでいた布を多少雑ながら小さく折り畳む。


「ちゃんとした鞄を買わねぇと……」


 整理して鞄の中に詰め込むもののその容量の多くを使う現状に鞄が壊れないかと心配をしていた。


「ま、見てれだけはカッコよくなったんじゃねーの?」

「だろ? この最低限の防具で戦う感じが堪りませんわ」


 褒めるのか貶すのか分からない周也のコメントに興奮したように優也が見せびらかすように籠手や胸当てを朝日に輝かせる。


「……んじゃま、行ってくるぜい」

「再会したら殴る」

「再会したら腹いっぱい飯奢れ」

「右に同じ」

「再会した時までにやらかしてたら説教です」

「ノーコメント」

「死なないでねぇ」

「また色々教えてください」

「どれだけ強くなったか見てやろう」


 思い思いの言葉を投げかけ、皆『別れの言葉』は言わず優也は城門をくぐり悠生たちはその背中をジッと見つめる。

 そして涙など要らないと長くは語り合わなかった優也は、笑ったまま一緒に覚悟を固めるように拳を握りしめていた。

 毎日投稿は今回まで。次回からは不定期です

 そして次回からは本格的に主人公が活躍します、演技する必要もなくなったので自由に動けて……作者的にも楽


 大まかにしかストーリーを考えていない癖に悠生たちが元の世界に返した後のことを考える、そんな作者をこれからも応援よろしくお願いします

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