第14話 私の正義
彩華視点。第13話と同じ時間の系列のお話です。
よろしくお願いします。
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14時30分頃、新淵高校メインアリーナ、ステージ舞台袖
『ツーツーツーーー』
『もしもーし。』
『「うん、彩華ちゃん。今少し時間あるかな?」』
「はい!今、休憩時間なので大丈夫ですよ~。」
『そっか!ちょっとお話したいことがあるんだけどさ。3階の会議室に来れたりするかな?』
「分かりました!」
「あ~、でも20分後にはまたステージの後半講演が始まっちゃうんですけど…。」
『う~ん。でもどうしても今お話ししなくちゃいけない事なんだよね。』
「そうなんですか。…じゃあ先に私の代わりを呼んでおきますね。
その方がもしもの時に安全でしょうし。」
『わざわざゴメンね。じゃあ会議室で待ってるからね~。』
私は今、ステージ企画の真っ最中でステージ企画を運営している所だった。
1日目のステージの前半部と後半部の間の休憩時間だった時に、急に副委員長さんから連絡が入った。
何だろう。私何か変な事しちゃったのかな?
特に思い当たる節はないけれど、とりあえず行ってみることにした。
「ねぇ、勇作君。今の私のトランシーバの会話聞いてた?」
「いや?何かあったのか?」
「副委員長さんから呼び出しされたんだよ。どうしても今伝えたいことがあるって言われてさ。」
「…ふ~ん。それは妙だな…。」
勇作君が目線を右上に外しながら、顎に右手を添えて考えているような素ぶりを見せた。
その見慣れない恰好が結構似合っているように見えるのも
私が彼に惚れてしまっているからだと思う。
「うん…。まぁ呼ばれちゃったからとりあえず行ってくるよ。」
「あぁ分かった…。でも彩華の代わりはどうするんだ?
運営者が一人減ったらこのステージ企画。結構苦しいんじゃないか?」
「分かってる。だから私が代わりを呼んでおくよ。」
「そっか、了解だ。」
「ゴメンね。色々と迷惑掛けちゃって…。」
「気にしなくていいだろ。呼び出しならしょうがないさ。」
「そうね。…じゃあ行ってくるね。」
「おう。」
彼の短い返事を聞いてから私は本棟3階の会議室に向かって歩き出した。
代わりはとりあえず玲奈にでもしようかな。
あの子なら何だかんだやってくれそうな気がするし。
とりあえずLINEしとこうかな…。
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14時50分頃、本棟3階、第一会議室
「副委員長さん~。高橋彩華です。入ってもいいですか~?」
「うん、入っていいよ。」
「…失礼します。」
ドアをノックして、ドア越しに聞こえてきた承諾の声を確認してから恐る恐る教室に入った。
ていうかここ文化祭実行委員会本部なのに副委員長さん以外に誰もいない…。
カーテンも閉まっていて薄暗い上に、妙に静まり返ってる感じ…。
何だろう。本当に怒られるのかな。
「わざわざ呼び出してゴメンね。」
「いえ…。それは全然構いませんけど…。」
「それで何か用でしたか?直接お話があるってお聞きしましたけど…。」
「あー。その事なんだけどねー…。」
副委員長さんはそっぽを向いて静かな口調でそう言い放った。
何だろう…。妙な違和感を覚える言い回しだよね…。
「私から話があるってわけではないんだよ…。」
「…そうなんですか?」
「…?」
『ククク…。』
「…!?」
すると昼なのにも関わらずあまりにも薄暗い会議室の奥の方から、
急に不気味な笑い声が聞こえてきた。
何なのよ…、一体…。
『おやおや…。まさか本当に来てくださるとは…。』
『貴方が高橋彩華…!』
その声と共に薄暗い会議室の奥からこちらにゆっくりと歩いてきた影は、
目を疑うような衝撃的な光景が私の目に映った。
「え…!何で…。委員長さん…。」
「ハハハッ…。」
「グッ…。お前、俺の首を掴んでいるその右手を放せッ…!」
「…うるせぇな。少し黙れよ。」
そう言うとその男子生徒は委員長のお腹に向かって、思い切りパンチを振りかざした。
「ガハッ!!……ッ!!」
「えっ…?」
「あ~あ。その程度かよ…。」
「…俺からすれば軽~く腹に一発ストレートをかましてやっただけなのに…。」
「散々俺を煽っておいてこのざまかよ…。お前どんだけ弱いんだ、委員長様よ~!!」
そこにいたのは首を後ろから掴まれてそのまま無造作に持ち上げられている委員長を、
筋肉質で背の高い厳つい男子生徒が、大声で委員長を脅している状況だった。
今ここで何が起きているのか、正直私には理解できなかった。
いや、理解したくなかったと言う方が正しいかもしれなかった。
「…まぁいい。お前はこれから起きる悲劇の前座ですらないからな。」
そういった男子生徒は首を掴んで持ち上げていた委員長を
部屋の隅に向かってまるでゴミでも捨てるかのように無造作に投げ捨ててしまった。
「やめてよ!彩華ちゃんをここに呼んだら、委員長には手を出さない約束だったじゃない…!」
副委員長さんが必死にその男子生徒に訴えかけた。
そして私はこんなありえない状況に言葉を失ってしまった。
「あぁ…?そういえばそんな事も言ったかもしれないですね?」
「まぁ。そんな事はどうでもいいんですよ。」
男子生徒が気だるそうに言い放った言葉を聞いた副委員長さんは、
見るからに小刻みに震えだした。
これは私にも分かる。怒っているんだ…。
大切な人が目の前で傷つけられて…。
どうしようもなく怒っているんだ…。
この穏便で優しい副委員長さんが怒っている所なんて
今までに一度も見たことが無かった分、とても衝撃だった…。
「そんな事…?貴方、私を脅して利用しておいてよくそんな事が言えるわね!!」
「ククッ…。お前こそ俺にそんな口調を聞いていいんですか…?」
「俺は今、お前の大事なモノをぜ~んぶ、ぶっ壊せる状態なんですよ?」
「…今お前が俺に逆らったらどうなるか…。…クククッ…。」
「永田隼人…!お前ってやつは…!」
「永田、…隼人…?」
私が“永田隼人”と呼ばれた男子生徒を考えているのを横目に
いきなり副委員長さんが急に10メートルほど先にいるその男子生徒に向かって走り出した。
あれは多分攻撃しようとしているんだ…。
しかしどう考えても体格差的に勝てるとは到底思えない。
このままじゃ副委員長さんが傷ついちゃうよ…。
「ダメッ!!」
私は力一杯に声を上げて叫んだ。副委員長さんにこの声が届いてほしいと願いながら…。
しかし私の声はどうやら届かなかったようで
副委員長さんは永田君に殴りかかろうとダッシュし続けてしまっていた。
……。
「ハアァァッ…!!」
「…。」
…パシッ!
副委員長さんが力一杯に放った右ストレートは、
その永田君の左手一本で軽々と余裕で止められてしまった。
「…ハハッ!…まさかその程度のパンチで俺に対抗できると思っていたんですか?」
「甘いんだよ…。俺を止めるにはその程度ではあまりにも足りない。」
「俺が抱えている復讐の決意の強さは…。こんなものではない…。」
「…放してよっ!」
副委員長さんは必死に右手を振って逃げようと抵抗しているけれど、
永田君は余裕そうに抵抗している副委員長さんを冷酷に見下ろしていた。
「これ以上お前に邪魔をされるわけにはいかない…。」
「二度と俺に逆らえないよう…、ここで引導を渡してあげますよ…。」
すると永田君は左手で掴んでいた副委員長さんを思いっきり引き寄せ
空いていた右手で副委員長さんの胸倉をつかんだ。
「…やめてよっ…!」
私はそんな様子を見て思わず大声を上げてしまった。
このままじゃ副委員長さんが傷ついてしまうから…。
きっと副委員長さんはこの永田君に脅されていて
こんな厄介な事に巻き込まれているに違いない。
しかもそれはきっと私にも大いに関係があるんだろうし…。
私が助けないとダメなんだと無意識レベルでそう感じてしまった。
「あ…?あぁ…。そういえば貴方もいたんですね。完全に忘れてましたよ。」
「貴方、こんな事して楽しいの…?」
「フッ…。クックックッ…。…アハハハッハッハッ…!!」
私がそう言うと何故か永田君は何かを思い出したかのように腹を抱えて笑いだしてしまった。
そして永田君の不気味な笑い声が静寂に包まれている会議室に響き渡った…。
一体何がおかしいって言うのよ…?
「あ~…。笑った笑った。こんなに笑ったのなんてマジで3年ぶりですよ…。」
「…何がそんなにおかしいのよ…。」
「いえ…。以前に高野勇作にも全く同じことを聞かれたものでして。」
「あの時のアイツの愚かさを思い出して笑ってしまったんですよ。
驚かせてしまったのなら申し訳ないです。」
「え…?」
「まぁそれはいいんです。…高橋彩華。君をここに呼び出したのは他でもない。
この俺、永田隼人です。」
「貴方は…?」
確か彼はスタバで玲奈と一緒にいた無口の男の子だ…。
あの時の険悪な雰囲気とはまるで感じられず、
今の永田君はとても生き生きとしていて別人のように思えた。
「俺の事をお忘れですか?悲しいなぁ…。」
「そんな事どうでもいいでしょ…!早く私を放しなさいよ…!」
私と向かい合って話していた永田君に掴まれ続けていた
副委員長さんがかなり強い声のトーンで訴えかけた。
私からは表情が分からないけど、きっと睨みつけているんだと思う…。
「あ?折角の高橋彩華とのファーストコンタクトなのに邪魔しないでくださいよ。」
「うるさい…。早く放してよ!結構痛いのよ、それっ…!」
「はぁ…。じゃあそんな愚かな貴方に選択肢をあげますよ。」
「は?いきなり何?放せって言ってるのよ…。」
「まぁまぁ…。とりあえず聞けよ…。」
「委員長と高橋彩華を見捨てて貴方はこの場から逃げるか…。
はたまたあの愚かな委員長と同じように殴り捨てられるか…。
どちらか選んでくださいよ…。」
「そんな…?」
「はぁ?意味わかんないんだけど!」
「30秒だけ待ってやる。
もしどれも選択しないならばお前ら3人ともこの場で処分する。」
「特に貴方はじっくりと虐めて差し上げますよ…。ハハハッ…!」
永田君は重々しい声で悪魔のような事を口走った。
てか処分するって何…?
副委員長さん…。永田君は何て酷な選択を迫っているんだろう…。
私だったらどれも選べないよ…。
永田君の無慈悲なカウントダウンが会議室中にこだましている…。
「残り20秒…。」
「アッ…。………ッ。」
「…副委員長さん…。」
副委員長さんは唯々うめき声を上げているばかりで
ひたすらうつ向いてしまっているのが分かった。
私はどんな選択でも副委員長さんを恨んだりしないです…。
「10秒前、9,8,7,6、…。」
「……。」
「…5,4,3,2、…」
「…分かった、わよ…。」
「はい?」
あと2秒の所で副委員長さんが口を開いた。
その声は今にも消え入りそうで小刻みに震えていた。
「選ぶわよ…。選べばいいんでしょ…。」
「私は…。」
「私は、私は…!」
『ウオアァァァァァァァァァ!!!!!!!』
「…何!?」
副委員長さんが続きを言おうとした瞬間、会議室に野太い大声が響き渡った。
私もあまりに急で正直驚いてしまった。
「お前!黙って聞いておいてみれば!散々ふざけた事ばかり抜かしやがって!!」
「永田隼人ッ!!お前だけは絶対に許さない!!」
会議室の隅でうずくまっていた委員長さんがいきなり立ち上がり、
会議室の真ん中にいる私達の方に全力で走り出した。
「ん?しっかり気絶させたつもりだったのに…。俺の詰めが甘かったか…。」
「殺す…!永田隼人ォォ!!」
「フンッ…。所詮は雑魚のくせにヒーロー気取ってんじゃねぇよ…。」
「…黙れっ!」
すると委員長は永田君に飛び掛かるように右腕を高速で振りぬいた。
まるでそのまま永田君を突き飛ばすかの勢いだった…。
「…ッ!」
そして永田君は右手で掴んでいた副委員長をその場で乱雑に振りほどき、
後ろから突進してきていた委員長の方向に体を向けた。
「…いったいよ!いきなり振りほどくなんて。」
私は副委員長さんの所まで駆けつけてしゃがみこみ、
地面に叩きつけられた副委員長さんの肩に手を置いて声をかけた。
「副委員長さん!大丈夫ですか!」
「うん…。私は平気よ…。でも…。」
「…ッ!!」
永田君は顔面目掛けて放たれた右ストレートを身軽にかわして、
すぐさま委員長の後ろに回り込んで羽交い絞めにしてしまった。
「クソッ…!」
「怒りに身を任せて突撃してくる奴に負けるほど、
俺は雑魚じゃないんでね…。」
「夢見るなって…。お前ごときが誰かを助けるだなんて無理な話だぜ…。」
そして永田君は羽交い絞めをほどいたと思ったらすぐさま委員長さんの前に回り込んで
右足で思いきり委員長さんのお腹にジャンピングキックを放った。
止めてよ…。これ以上委員長を傷つけないでよ…。
「ハァッ…!!いってぇ…!」
「黙って見ていれば良かったものを…。自業自得だぜ。」
永田君は10メートルほど吹っ飛んで
うずくまっている委員長さんの元までゆっくりと歩みを始めた。
その一歩一歩はあまりにも恐怖を感じさせるもので
私はその場で震える事しか出来なかった。
「たとえ俺に誰かを助ける力が無かったとしても…。俺はそれでも立ち上がるんだ…!」
「大切な人を救えるチャンスが少しでもあるなら、俺はその希望に賭けるしかないんだよ…!」
「クックックッ…。あまりにも無力で惨めだな、お前。」
「…。」
永田君は床にうずくまっている委員長さんの目の前でしゃがんで、
上から見下すように話し始めた。
「なぁ…。お前さっき俺を殺す、みたいなこと言ってたな~?」
「それなのに俺に傷一つも負わせられないだなんて、情けない話だよな~?」
「自分の能力を過信している奴に限ってロクな奴がいないんだ。マジで。」
「お前のそれは正義じゃない。ただの傲慢でしかないんだよ。」
「…止めてくれ…。」
酷い…。委員長さんは副委員長さんを永田君から救い出そうとしただけなのに…。
喧嘩に負けてその上追い詰めるような心理的攻撃までするなんて…。
私は何だか自分まで心が悲しくなってきてしまった。
「止めてよ…、永田君。それ以上は…。」
私は震える声帯を制御しながら何とか声を捻出した。
ダメだ…。これ以上は見てられないよ…。
「んー?」
永田君はしゃがんだまま首だけをこちらに向けて私を見てきた。
正直見られているその視線だけで震えあがりそうになるくらい怖いけれど
私は何とか自分の意識を声に集中させる。
「永田君の目的は私をここに呼び出す事なんだよね…。
ならその二人を必要以上に傷つけることないでしょ…。」
「永田君の言う事に何でも従うから…。だからっ。
これ以上委員長さんと副委員長さんを傷つけないでよ…!」
「彩華ちゃん…。」
「…。」
それを聞いた永田君は立ち会がり私の方を向いた。
「んー。まぁ…。それは確かにそうかもねー。」
「でもなぁ…。単純にコイツには個人的な恨みがあるんだよな~。」
「…。」
「まぁいっか。それは後にしとこうかな…。」
「良かったね委員長。
高橋彩華のおかげで一時的に助かったじゃん。せいぜい感謝くらいしといたら?」
そう言い放った後、永田君は私の前までゆっくりと歩いてきた。
後ずさりしそうになったけど、私は踏ん張ってその場で立ち続けた。
「てかなんでも言う事聞くって言いましたよね~?」
「本当は今から暴力で強制的に従わせるつもりだったんですけど…。
その手間が省けて助かりました。」
「……!!」
私はそう笑顔で言われて全身に寒気が走ったのを感じた。
暴力なんて振るわれたら私どうなっちゃうか分からないよ…。
「じゃあ、とりあえず屋上まで付いてきていただきましょうか。
あー。もちろん貴方に拒否権なんてないですよ。」
「…分かったよ…。」
そうして永田君は私を通り越して会議室の出口まで歩き始めた。
私もその永田君の後ろに続いて歩いた。
「あ、大事なことを伝え忘れてました。」
そう言うと永田君は後ろを向いて副委員長さんと委員長さんに向かって声をかけた。
「もし屋上に貴方達が立ち入った際には、高橋彩華の安全の保障はないものと思ってください。
もちろん立ち入った人間の安全も保障しませんから。」
「特に副委員長…。貴方は特に気を付けた方がよいかと思いますよ…。」
「では失礼。」
「あ~それともう一つだけ…。」
「高橋彩華。貴方は俺の前を歩いてください。何か不審な行動が見られたら容赦なく殺します。」
「…うん。」
そして私たちは本棟3階の会議室から本棟の屋上までまっすぐに向かうことになった。
私の後ろから光る監視の目に恐怖を覚えながら、何もしないようにただ無心で歩いた。
そして私は心の中で悲痛な助けの叫びを呟いた…。
“勇作君…。助けて…。”
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