第12話 苦渋の想い
勇作視点。文化祭当日の朝から話が始まります。よろしくお願いします。
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12月17日、6時30分頃、勇作宅
ピピピピピピ!!!!!!!
俺は枕元に置いてあった目覚まし時計の爆音によって、意識を強制的に現実に引き戻される。
俺は目覚まし時計のアラームを止め、まだ半開きの目を両手で擦りながら周りを確認する。
「あぁ…。もう朝かよ…。」
しっかり寝たのに起きてみると何故か全然疲れが取れてない事ってよくあるよな。
最近なんかずっとそうだ…。マジで体が重すぎるんだよなぁ…。
そして俺はベッドから起き上がり、ベッドのすぐ近くの窓のカーテンを開けて
まだかなり暗い外を何となく眺めてみた。
「はぁ…。いよいよ今日か。」
そう、今日は言わずもがな新淵高校文化祭の当日である。
そして今日は8時に第1会議室で最後の文化祭実行委員会が開かれることになっているせいで、
俺はいつもよりも1時間も早く家を出なくちゃいけないってわけだ。
ピロリロリン~♪ピロリロリン~♪
「…電話?こんな朝早くに一体何だ…?」
俺はベッドの前の机の上で軽快な着信音を放っているスマホを手に取り、
画面を見て誰からの電話なのかを確認した。そして俺は画面を右にフリックして電話を始めた。
「もしもし。」
『もしも~し。おはよう勇作君!』
「あぁ。おはよう…、彩華。…お前朝から元気だな…。」
『もちろん元気だよ!…そういう勇作君は眠そうだね~。』
「…今起きたばかりだしな。声だけ聴くと彩華は既にフルスロットルって感じがするわ。」
『そりゃそうだよ!何てったって今日は文化祭当日だよ!もちろんテンションも上がるよ~♪』
相変わらず元気な野郎だ。こんな朝っぱらからハイテンションでやっていける人なんて
俺が知る限り彩華しかいない。
そのポテンシャルの高さはホントにいい意味で尊敬するよ。
「フッ。…それで?…一体何の用なんだ?」
『あ、そうそう。私ほもう家を出て学校まで歩いてるんだけどね。』
『もし勇作君の準備が出来てるなら、私が貴方の家まで迎えに行こうと思ってたの。』
「…あぁ、なるほど。」
『でも今起きたって事はまだ学校の準備も出来てないんだよね?』
「当たり前だ。着替えてすらない。」
『分かったよ。じゃあ私は1人で先に行くね。』
「おう、そうしてくれ。」
てかよく考えたら6時半には既に家を出てるって早すぎな気がするな。
女子にはメイクとか髪のセットとか色々あると思うんだが。
まぁ彩華は電車通学だからそれくらいになってしまうのかもしれないな。
あぁ。俺は徒歩通学でマジ良かったわ…。
『じゃあ勇作君も8時の実行委員会には遅れないで来るんだよ~。』
「分かっているさ。彩華も気を付けてな。」
『うん!それじゃ、学校で待ってるからね~。』
「また後でな、彩華。」
俺は電話を切り机の上にスマホを置いた。
さっきまでは眠かったが彩華の元気そうな声を聞いたらバッチリ目が覚めたわ。
アイツの声は俺にとってのカフェインのようなモノなのかもしれないな。
いや、例えが分かりにくすぎるだろ…。他にもっといい例えか何かなかったのかよ…。
「さて…。気合い入れて準備するとするか。」
そうして俺は気を引き締めて登校の為の準備を始めた。
いつもならあまり気にしていない髪も文化祭の日くらいは真面目にセットしていくとするかな。
別に普段も全く気にしていないというわけではないが、今日は特別な日だし。
それに身だしなみを整えないと俺が彩華に怒られるしな。
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7時40分頃、新淵高校本棟1階、昇降口
俺が高校の昇降口に着くと、意外と既に人が来始めている様子が窺えた。
確か実行委員以外の生徒の登校可能時間は7時半だったはずだ。
それにも関わらずこんなに人が来ているだなんて、
皆もこの文化祭に対して何か熱心な気持ちがあるのだろう。
「お。その後ろ姿は高野だね。」
「…あ?」
昇降口を通り過ぎようとした俺は、何の前触れもなくいきなり後ろから声をかけられた。
この無神経そうな声は俺が知る限り1人しかいない。
そして俺はその場で立ち止まり、後ろを振り向かずに声だけを放った。
「おう、加藤か。2週間ぶりに会うってのに一言目がそれとはお前らしいな。」
「…何カッコつけてんのよ。そんな事彩華には言わない方がいいよ。」
「別にカッコつけてない。俺の本心を言ったまでだぞ。」
「そう。私は別にどっちでもいいけどね。」
そう言った加藤はゆっくり歩き出した俺の隣までやってきて
一緒に3階の第1会議室まで歩き始めた。
「そうだ、アンタイベント係では上手くやってるの?」
「あぁ。かなり仕事が多くて大変だったけどさ。何とか形にはしたよ。」
「ふーん。じゃあステージ企画とか期待していいってことよね。」
「まぁ演出や装飾はかなりイベント係全体でこだわったからな。」
そうは言ってもこのイベント係の尽力は俺だけの力ではない。
副係長の彩華はもちろん、全力で素晴らしいステージを作り上げようと
努力してくれた皆がいてくれたからこそ、今日ここまで来ることが出来たんだ。
仲間の大切さ、そして皆で1つのものを作り上げる事の達成感や爽快感。
他にも俺の知らなかった事が沢山経験できた、
今思えばとても大切な時間だった気がする。
「私、あえて今日までずっとアリーナと中央広場のステージはあまり見ないようにしてたのよ。」
「そうなのか。でも企画運営係なら嫌でもステージは目にするもんじゃないのか?」
「あえて各クラスの出し物を取りまとめる仕事を引き受けたの。
3学年分全クラスの出し物を系統別に整理して、
それに応じた予算配布とか教室の配置とか色々な事やってたのよ。」
「なるほどね。結構凄い事やってるじゃんか。」
「まぁね。それに何だかんだ楽しかったし。色んな経験が出来てタメになる事も多かったよ。」
「ふ~ん。…何だか意外だな」
普段の加藤を見ている限り、いい意味でも悪い意味でも
そんな律儀な奴ではないと俺は勝手に思っていた。
コイツもやるときはしっかりやる奴なんだな。正直見直したわ。
「それよりさ。高野、彩華とはどうなのよ。」
「どうって何だよ。特に変わったことは何もないが。」
「誤魔化さないでよ。そんなこと言ってホントは関係が進展したとかじゃないの~?」
出たよ、コイツの悪徳スマイル。相手に媚びる為だけに放たれる加藤のお得意のやつだ。
顔は笑っているのに目が全く笑っていないんだよなぁ。
普段の俺ならここで折れてやるんだが、今日は何だかそんな気分にはならなかった。
いつもしてやられたりばかりじゃ面白くないしな。ちょっとだけ試してやるか。
「もし俺と彩華の関係が進展していたとして。わざわざそれをお前に話す必要があるか?」
「え、何それ。高野にしては生意気な反応ね。」
「まぁ全部彩華から聞いてるから知ってるんだけどね。
私を試そうとしたみたいだけど残念だったね。ヘタレ高野め。」
「お前…!知ってるなら最初から聞くなよ…。」
「…でも彩華の事しっかり考えてあげなさいよ。」
「あんなにダイレクトに想いを伝えられてるのに見て見ぬふりだなんて。
アンタ、彩華以外の女の子だったら今頃思い切り見限られてる所なのよ?」
そうだった。あそこまで隠すつもりもなくまっすぐに好意を伝えられれば、
さすがの俺でも無視はできない。
俺だって出来る事なら彩華の想いに応えてあげたい。
でもどうしてもその大切な、大事な1歩が踏み出せないんだ。
こんな時の俺の心の弱さが嫌になる。
分かっているのに…。自分が抱えるこの感情の正体はもう理解しているのに…。
伝えなければいけないことくらい俺が一番分かっているのに。
「…高野?」
「…あぁ。分かってるよ。この文化祭で彩華に俺の想いを伝えるつもりだ。」
「今頃決心がついたのね。少々遅すぎるんじゃないかしら?」
「…そうかもしれない。でも伝えなくちゃいけないんだ。」
「…結果がどうなるにしても。俺はケジメを付けたいんだ。」
「関係が壊れてしまうんだとしても。ここで1歩踏み出さないと俺は前に進めないと思うんだ。」
「…。」
俺は今加藤に言われて気が付いたんだ。
俺がいかに彩華の好意から逃げてきたのかを。
そしてそれが彩華に対して失礼な行為だったということも。
向き合わなきゃダメなんだ。もう俺は、、、逃げない。
見て見ぬふりはもうしない。真正面からぶつかり合うんだ。
その先にしか見えない未来がきっとあるはずだから…。
「…高野にしてはいい事言うじゃない。見直したわ。」
「まぁな。何より彩華に失礼だと思ったんだ。今の俺の態度がさ。」
「フフッ、今のアンタ。今までで一番輝いてたよ。」
「い~や。俺が一番輝くべき時は彩華に想いを伝える時であるはずだ。」
「せっかく褒めてあげたのに。…まぁ頑張ってよ。」
「私も陰ながら応援してるからね。」
「あぁ…。」
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7時50分頃、本棟3階、第1会議室
「おはようございまーす。」
『おはようございまーす。』
俺と加藤は一緒に第1会議室に入ると既にそこには多くの実行委員が集まっていた。各係で何となく固まっているようで、一番入口のドア近辺には加藤が所属する企画運営係がいた。
「もうほとんど皆集まってるみたいだな。」
「うん。てかアンタ、イベント係の係長よね。係長なんだからもっと早く来るべきじゃないの?」
「そんなの知るか。遅刻してないんだからいいだろ。」
「…そういう所アンタらしいよ。」
「じゃあ私企画運営係だから。アンタも早くイベント係の所に行きなさいよ。」
「あぁ。言われなくても行くさ。」
「…頑張りなさいよ。…高野。」
「…あぁ…。…サンキュー。」
俺が振り向いた瞬間に加藤が呟くように俺の背中を押してくれた。
…ありがとな、加藤。
そして俺は会議室の一番奥側に固まっているイベント係の元まで歩みを進めた。
「あ!勇作君だ!おはよう!」
俺を真っ先に見つけた彩華は満面の笑みで俺に挨拶してくる。
ヤベェ…。クッソ可愛いんだけど。
「あぁ…、おはよう。…悪かったな遅くなって。」
「大丈夫だよ。まだ8時まで8分くらいあるから余裕のセーフだよ!」
「ハッ…。まぁホントはもっと早く来るつもりだったんだけどな。」
「そうなんだ。…あっ。勇作君ってば髪型変えたね。」
まさか髪型の変化を彩華に真っ先に指摘されるとは思ってはいなかった。
慣れない事をしたせいで髪のセットだけで20分もかかってしまったのである。
こんなに真面目に髪を自分でセットしたのはホントに1年ぶりくらいかもしれない。
「あぁ…、その…。変だったりするか?」
「いやいや!すごく似合ってるよ!」
「そうか…。」
何なんだこの無性にムズムズするこの感じは…。
彩華に軽く褒められただけなのに何故こんなにも俺の心はウズウズしているんだよ…。
まるで心が宙に浮いているようなそんな感覚だ。
「もしかして髪をセットするのに時間かかってたからギリギリなの?」
「まぁそんなところだな…。」
「うんうん。勇作君がオシャレに気を使ってくれて私も嬉しいよ。」
「そういうもんか?」
「うん!折角の文化祭だしさ!イメチェンとかした方が絶対カッコいいもん!」
どうやら彩華はすこぶるテンションが高いようだ。
さっきからずっと笑顔で声のトーンもいつもよりちょっと高い気がする。
でもその気持ちは俺にも分かる。
確かに疲れもかなり残っているのは間違いないが、
それ以上にこの文化祭の為に全力で準備してきた俺達が輝ける日だと思うと、
何だか不思議と力が湧いてくるようなそんな気がした。
「フッ…。折角やるんだから楽しまないとな。」
「うん。最高のステージを私達イベント係で作ろうね。」
「あぁ。ショボいだなんて言わせない。皆の最高の思い出に残るように。
出来る事を全力でやっていこう。」
「そうだね。」
2人で決意を固めた後、周りを見渡すと各係で最終確認を行っているようだった。
この最高の文化祭が始まる前の静けさという表現がまさにしっくりくるような雰囲気だった。
「あ、そうだ。これ勇作君にも渡しておかないといけなかったよ。」
「ん?」
すると彩華は自分のカバンを足元から拾い上げて、
中から黒い機械のようなモノを取り出しそれを俺に差し出してきた。
「これは、トランシーバーか…。」
「そうだよ。幹部は全員付けてないといけないからさ。」
「トランシーバーの使い方は昨日説明されてたはずだけど。勇作君覚えてるかな?」
「あぁ、そんなに難しいモノでもないし大丈夫だ。」
そして俺はワイヤレスのスピーカー付きイヤホンを右耳に着けた。何だか慣れないなこの感じ。
ホントにこんなので通信できるのか?
「似合ってるよ勇作君。何だか出来る男って感じがするよ。」
「ホントに思ってるかそれ?」
「も、もちろんだよ。」
彩華の奴、反応に困るとテキトーな事を言い出すんだよな。
別に無理して褒めてくれなくてもいいんだけどなぁ。
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8時00分頃、本棟3階、第1会議室
「8時になりました。皆様自身の席に着席願います。」
委員長と副委員長が書類を小脇に抱え、
片耳にはイヤホンマイクを付けている様子で会議室に入ってきた。
すると皆が途端に静かになり一斉にゾロゾロと会議室の席が埋まっていき、
やがて会議室内は静寂に包まれた。
「ではこれより第10回文化祭実行委員会を開きます。」
「皆様どうぞよろしくお願い致します。」
ついにこの瞬間が来たんだ。俺達の文化祭が始まっていくんだ。
この胸の高鳴りを感じながら、俺は静かに一言だけ小さく呟く。
「…この文化祭で…、俺は彩華に…。」
誰にも聞こえないようにそう呟いた俺は、
自分の気持ちを整理してから委員長と副委員長の話に耳を傾ける。
さぁ、始めよう…。
このまるで青春を具現化させたような最高の文化祭を…!
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