第10話 正義の選択
隼人視点。第5話と同じ視点者です。
時間的には第9話の続きですが、全く別視点の物語です。よろしくお願いします。
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10月1日頃、18時00分頃、新淵高校本棟2階、第1多目的会議室
「チッ…。相変わらず話が長いんだよ。あのクソ係長が…。」
俺は今、総務係の総括会議に参加させられている。
いや、実際は俺が文化祭実行委員として総務係に所属しているので
参加するのは当たり前の事なのは間違いない。
でも何で総会だけで1時間も話すんだよ。作業とかやらなくていいのかよ、知らんけど。
「…ーですので、明日からは各係から総務係宛に提出されている書類のまとめ作業を行っていきます。」
「よって次回の1週間後の総務係総会までを期限と定めて、それまでに各委員の皆さんには自主的に書類のまとめ作業を行っていただきます。」
「先ほど一人5枚の資料をお渡ししたはずですので、それを次回までに完成させてきてください。」
「では、以上になります。皆様お疲れさまでした。」
係長が解散の掛け声をかけると、各々「お疲れ様でーす。」と言いながらこの部屋を出て行った。
やっと終わりやがったな。マジで話が長すぎるんだよ。
もっと内容をまとめて短く話せよ。
「ん…。アイツは確か…?」
この部屋からほとんどの人間が居なくなった後、
俺はこの部屋から出て行こうとしているある男を見つけた。
アイツは確かこの係の副係長だったな。名前は確か、…前田とかだった気がする。
そして高野と同じクラスの人間である事は知っている。
少しアイツから高野の情報収集をするか。
わざわざやりたくもない文化祭実行委員になってやったのに、
肝心の高野への復讐の為の情報がほとんど集められていなかったのだ。
本当の目的を忘れてはいけない。それを肝に銘じなければ…。
「なぁ。少し話があるんだが。」
「…ん?俺にかい?」
「お前以外もう誰も部屋にいないだろ。それとも嫌味か何かだったか?」
「…初対面の人に自分から話しかけておいていきなり煽るとは。…君、中々いい性格してるな。」
コイツ、俺の煽りに対して更に煽りで返してきやがったな。
テメェも中々いい性格してるじゃねぇか。
「フン…。まぁそんなどうでもいい事はいいんだよ。…お前に聞きたいことがあるんだ。」
「藪から棒に何なんだよ。…まず名前くらい名乗ったらどうなんだ。」
かなり俺の事を警戒してるな。まぁそれはそれで俺は一向に構わない。
何故なら必要以上に他人となれ合う気はないからだ。
例外を上げるならば玲奈くらいだろうか。でもアイツはアイツで何かを企んでそうだけどな。
「そんな事必要ないだろ。俺は必要以上に誰かと慣れあう気はない。」
「ククク…。…面白いな君は。相当変わっているよ。」
「…で?何なんだよ。俺に聞きたい事って。」
「あぁ。」
未だに俺に対する警戒は解けていないようだが、どうやら俺の話は聞いてくれるようだ。
コイツも意外と話が分かる奴なのかもしれない。
「お前、高野の事は知っているよな。」
「…あぁ、クラスメートだからな。」
「アイツも文化祭実行委員会に入ったという話をある奴から聞いたんだが。アイツはどこの係だか知っているか。」
もちろん俺の言う”アイツ”とは高野の事だ。
そして玲奈は高野が文化祭実行委員会に入っているという事を昨日俺に教えてきた。
だが、どういうわけかどこの係なのかは頑なに教えようとしないのだ。
そして俺も何回も聞いたんだが結局誤魔化されて教えてくれることはなかったのだ。
本当に何がしたいんだかよく分からない奴だ。
「知ってはいるが。それにそんな事を知ってどうするつもりなんだ。」
「お前には関係のない事だ。いずれ俺の行動や言動の理由が分かるだろうけどな。」
「……?高野はイベント係の係長をしているぞ。」
「…というか1カ月前の総括会議でそういう話になってただろ。聞いてなかったのか?」
そうだったのか。というか俺がまともに総括会議の話を聞いているわけがないだろ。
その時は確か机に突っ伏して寝てたな。そんな事なら話だけは聞いとけばよかったわ。
「…イベント係の係長か。フン…。なるほどな。」
「聞きたい事ってのはそれだけか?俺も今日は早く帰らないといけないんだけど。」
「…あぁ。引き止めて悪かったな。」
俺がそう言ったのを聞いたアイツは、特に俺に会釈をするわけでもなく
不機嫌そうな様子で部屋から出て行った。まぁアイツも悪い奴ではなさそうだったな。
終始警戒はされていたが。
「はぁ…。まぁとりあえず俺も帰るか…。」
そして俺は何とも言えない気持ちを抱えながら、第1多目的会議室を出た。……。
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18時15分頃、本棟2階、第1多目的会議室前
もう辺りも真っ暗だ。10月にもなれば6時を過ぎたらだいぶ暗いな。
…そういえば今日はアイツ来ねえのか。中々珍しい事もあるもんだ。
だがアイツに対してそんなに悪い気分にはなっていない自分がいる事に俺は驚いている。
必要以上に他人と慣れあうつもりはないとか自分で言っておきながら、
アイツには多少なりとも気を許している辺り、俺もチョロいんだな。
…そして1階の昇降口に向かおうと俺は右を向いた時、例のアイツが俺の方に走ってくるのが見えた。
あぁ…。やっぱり来ちゃったのね。
「お~~い!隼人ぉ~!」
「…玲奈。終わってからすぐに来ないなんて珍しい事もあるもんだな。」
「待たしてゴメンね…。ちょっと友達と話してて…。」
「いや、別に待ってはいないけどな。」
「え~?そんなこと言って実は待ってたんでしょ~?」
だから待ってないって…。係長の話が長くて終わる時間が遅かった上に、
前田と話してたんだからしょうがないだろ。元はと言えば係長が悪いんだ。
だから俺は決してお前を待って居ようと思って残ってたわけではないぞ。
マジで断じて違うからな。
「待ってねぇよ…。…それより帰るぞ。俺も用があって遅くなっちまったし。」
そうして俺達は特に違和感もなくいつものように何となく二人で並んで歩き出した。
この光景もいつの間にか慣れてしまったな。
最初は玲奈が俺に付き纏ってくるもんで俺は嫌がっていたんだが、
半月も連続で毎日俺のところに来て、毎日一緒に帰ろうと誘ってくる
コイツのしつこさに俺は負けてしまったのだ。
今となってはそれを断る気力も失せてしまって、
実行委員会が終わると一緒に変える流れがここ2週間くらい続いているってわけだ。
「用って何があったの?」
「ある奴と話してたんだ。俺から無理やり話しかけたしな。」
「隼人から誰かに話しかけるなんて珍しいね~。」
「別に。用があれば俺だって誰かに話しかけるくらいする。」
「そうかな~?」
そんな他愛もない会話をしながら俺達は学校の校門までやって来た。
俺達を知らない奴らから見れば仲が良いカップルにでも見えるんだろうが、
実際は全然そんな事は無い。コイツがどう思ってるのかは知らないが、
俺はそんな事はあり得ないと思っている。いや、あってはならないと俺は思う。
それはどう考えてもコイツの為とは言えないからな。
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18時25分頃、新淵高校校門前
「今日はどうするんだ?」
「今日はバイトも無いから家に帰るよ。」
「そうか。じゃあまた明日な。」
「何言ってんの。私も隼人の家まで一緒に帰るんだよ。」
「え?今日も俺の家来んの…。お前も自分の家に帰れよ…。」
そう、最近コイツは俺の家にまで乗り込んでくるのだ。
そしてなんで高校生なのに一人暮らしをしているのかと言えば、
俺の家庭はかなり複雑な事情を抱えているからだ。
よって俺は高校1年生で実家を追い出されているってわけだ。
まぁ俺にとってはかなりそれが好都合だったんだけどな。
でも学費だけは未だに支払ってくれているが、
俺はバイトをしながら何とか月7万円程度の家賃やその他諸々のライフラインの代金を払っている。
ぶっちゃけかなりしんどいし、飯も1日1食とかが当たり前だったんだ。
バイトの日なんかで何も食べない日もざらにあったくらいだし。
…まぁそれもコイツが俺の家に来るようになってからの最近は、状況が変わってきたけどな。
「ダメだよ。そしたら隼人ご飯食べないじゃん。」
「…だから申し訳ないからいいっていつも言ってるだろ。俺は1日1食でも平気なんだよ。」
「ダ~メだってば!ほら!ゴタゴタ言ってないで早く一緒に帰るよ!」
「えぇ…?」
俺はまたいつものようにコイツの強引すぎる押しに負けて、俺の家まで帰ることになってしまった。
はぁ…。まぁなんだかんだ玲奈には感謝してるけどな…。
そして玲奈がどういうつもりなんだかは分からないのが、またコイツの怖い所でもある…。
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19時00分頃、隼人宅
「たっだいま~!」
「いや、お前の家じゃないから…。」
コイツいつもただいまって言うんだよな。
お前が言うべき言葉は”ただいま”じゃなくて”お邪魔します”だと思うんだが。
そんなこと言ってたのはマジで最初の1回だけだな。
…いや、最初も言ってたかどうかは今思えば怪しい所ではあるな。
それに俺の記憶にないってことは恐らく言ってないんだろうな。
あぁ…。俺の家のはずなのに、ここは俺にとって全然安心できる場所じゃない。
コイツは何をしだすか分からないからヒヤヒヤするんだよなぁ…。
俺にリラックスの場を返せよ、マジで。
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20時40分頃、隼人宅リビング
いつものように玲奈が作ってくれる美味しすぎる夜飯を食べた俺は、
今はキッチンで鼻歌を歌いながら楽しそうに洗い物をしている玲奈を見ていた。
『洗い物くらい俺がやる』といつも言うんだが、
玲奈は『いいんだよ。私がやりたくてやってるんだから。』と言って1人でやってしまうのだ。
それに材料費まで払ってくれていて、それで滅茶滅茶タダ飯をいただいている俺は、
本当に不甲斐ないというか心底情けなく思えてならないのだ。
誰がどう考えてもこんな状況良くない…。そろそろ言った方がいいよな…。
「なぁ。玲奈。」
「ん~何?」
「俺さ、こんな状況良くないと思うんだ。」
「…どうして?」
「だって、材料費まで払ってもらってそれで滅茶苦茶美味しいご飯まで作ってもらってて…。それなのに俺だけ何もしてないこの今の状況が気に食わないんだよ。」
「そう~?何もしてないって事は無いんじゃないかな?」
「いや、何もしてないさ…。せめてものお礼とかもしてないし…。」
俺がそう言うとちょうど洗い物を終えた玲奈がキッチンから出てきて、
リビングで1人床に座って居た俺のすぐそばまで来て、肩がくっ付くくらいの距離で座った。
「お、おい…。近いぞお前…。」
「え~?別にいいじゃんこのくらい。」
「いや、え?…そう、なのか?」
「うん、そうだよ。」
そして俺達の会話が止まり、俺達2人の間に沈黙が流れる。
「…そうだ。さっき隼人さ、お礼をしてないって言ってたよね。」
「え…。あぁ…。言ったけど…。」
「じゃあ私へのお礼だと思って、1つだけ私のお願いを聞いてよ。」
意外だ。コイツがお願いを言ってくるなんて。今までは何1つお願いなんて言ってこなかったのに。
いや、わざとそういう事を避けていたのは、俺でも分かっていた。
玲奈なりに気を使っていたんだろうな。
「隼人の事を教えてほしいの。」
「俺の事…。」
「うん。何で高野君を恨んでるのかとかさ…。」
そうか。コイツには勘付かれていたのか。一回もそういう事を話をした事は無かったのにな。
「あぁ…。そんな事か。」
「…聞いてもいいかな…?」
そういう玲奈は俺が今までに見た事が無い程恐る恐るといった感じで遠慮気味で聞いてきた。
いつものあのふてぶてしい玲奈とはまるで別人だな。
そして気を使われている感じも慣れないしな。
「もちろん。むしろそんな事でお礼になるのなら。」
「…ありがとね、隼人。」
「まぁそうは言ってもどこから話せばいいんだろうな。」
「うーん。じゃあ何で高野君を恨んでいるのかって話を聞きたいな。」
「分かった。」
そして俺は過去の忌々しい記憶を辿りながら、その自分の記憶を言葉に変換していく。
本当は思い出すだけで吐き気を催しそうになるが、玲奈の為なら話せそうな気がした。
「…あれは中学2年生の文化祭だったな。」
………。
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ー3年前ー 隼人の中学校にて
中学文化祭当日の朝、8時30分頃、2年1組教室内
『おい!教室の壁にデカい穴が開いてるぞ!』
『誰だよコレやったの!俺達が来た時からあったぜ!』
『マジで弁償じゃんこれ!スゲぇな!』
そう。この壁に開いている穴は高野君がやってしまったものだ。
7時半頃、朝1で教室にやって来た高野君は教室に入った時、
前日に作業していてそのまま床に散乱していた
様々な小道具が教室の入口のドア近辺に置いてあって、
勢いよく教室に入ってきた高野君がそれに気づかないで、
避けようとしたがそれで足を取られて、盛大にドアの横の壁にぶつかったのだ。
そしてそれで大きい穴が開いてしまったというわけだ。
その後僕はその直後に教室にやってきて、その大きく穴の開いた壁を目撃したのだ。
そして僕は高野君に脅されながら口止めされたのだ。
そして置いてあった模造紙をその50㎝四方の穴を覆うように被せて、
とりあえずのその場凌ぎをしたというわけだ。
その後、案の定クラスの皆に見つかって犯人捜しが行われているという状況だ。
『俺達が来る前だから、7時50分よりも前だよな~。その時教室にいたのは…。』
『高野と永田だよな。』
『確かに~。じゃあその2人か~。』
そして教室内は僕と高野君が犯人扱いの雰囲気になり、明らかに険悪な雰囲気になってしまった。
違う…。僕は見てただけなのに…。
そう言いたかったが、僕は雰囲気に負けて黙る事しか出来なかった。
『…何で俺まで巻き込むんだよ。壁に穴を開けたのは永田だよ。』
『……………え?』
急に高野君は壁に穴を開けたのを僕のせいにして流ちょうに話し始めた。
なんで…?高野君…?
『朝1でさ、体動かしたいからって軽くコイツとプロレスごっこしてたのよ。』
『そしたらコイツマジになりやがってさ。思いっきり俺に突っ込んできたんだよ。』
『それで俺が避けたらコイツ、壁に思いきり突っ込んだんだよ。』
『それでこの穴が開いたってわけだ。俺も正直驚いたんだよ。』
僕はその作り上げられた架空のアリバイ話を聞いて、失望と怒りの念が沸き上がってきた。
…違う。僕はそんな事していない…。
でも、それでも僕は何も言えなかった。言いたかったのに言い返せなかった。
その時僕は自分の弱さを呪ったんだ。
こんな時でも情けなく震える膝とは反して、何もできない自分が…!
『…そっかー。高野が言うんだからそうなんだな~。』
『永田君~。それはさすがにダメっしょ~。』
『ち、違っ…。』
皆は何故か高野君を信じたんだ。結局普段から周りからの人気者の高野君が信用を得たんだ。
普段から気が弱くて言いたいことが言えない僕は、どうせ信じてもらえないんだ。
そう、いつだって僕は除け者だったのさ…。
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21時00分頃、隼人宅リビング
「…まぁ。そんなところかな…。」
「……。」
「それで結局俺は皆に虐められて生活指導まで受けて、最後には退学処分まで受けることになったんだよ。」
「それから俺は高野への復讐を誓ったんだ。俺から大切なモノを奪い取ったアイツに、それ以上の苦しみを与えてやると誓ったんだ。」
「…そっか…。」
今までだったら思い出すだけで結構苦しみを感じるのに、今日はあまりそういった感情は感じずに済んだかもしれない。一人で思い出すのと人に話すために思い出すのとでは、だいぶ違うもんなんだな。
「ゴメンな。こんなに重めな話だとは思わなかっただろ。」
「うん…。そうだね。」
そして俺のすぐ近くに座っている玲奈を見ると、玲奈は少しだけ泣いているようだった。
何故だ。何故君が泣くんだよ…。
そういうのやめてくれ…。こういう状況は慣れてないんだよ…。
「…隼人は高野君に復讐するために転校してきたの?」
「あぁ。その為に勉強したし、いざという時の為にボクシングも1年だけ習ってたこともあるんだ。」
「……。」
玲奈は終始声が震えながら話していた。その声の震えの原因が俺の話に対する怒りなのか。
それとも玲奈自身の悲しみなのか。それは俺には分からなかった。
「……本気なんだよね…。」
「もちろん。その為に俺はこの3年間、全神経を注いできたんだ。」
「そっか…。」
するとすぐ隣にいた玲奈は俺の首に両腕を回して、俺に身を預けるように抱き着いてきた。
あまりに急の事で俺は理解が追い付かず、一瞬何をされているのか分からなかった。
「…な、何してんだよ…。いきなり抱き着くなって…。」
「…隼人。約束してほしい事があるの…。」
「な、何だよ…。」
「隼人ぉ…。私は隼人の味方だから貴方の復讐を止めたりはしない。」
「でも、…でも……。」
そして俺の首に回されている玲奈の両腕に力が込められ、
俺は更に玲奈に強く抱きしめられた。
そして玲奈の声色も段々震えが強くなっていく…。
「隼人がぁ…、傷ついてる所は…、私、見たくないからっ…。」
「だからっ…、自分を大切にっ…、してほしいのっ……。」
「玲奈…。」
玲奈は既に思いきり泣いていた。まさか玲奈がこんなにも泣くなんて…。
普段はあんなにお調子者の玲奈がこんなになってまで、
俺の為に言葉を伝えてくれているコイツが…。
俺は…。果たしてコイツを傷つけてまで復讐をするべきなのか…?
こんな時でも俺の意思を尊重してくれる玲奈が…。
あぁ…。誰かの為に物事を考えるって、こういう事だったのか…。
「俺は…。」
俺に抱き着きながら必死に思いを伝えようとしている玲奈を見ると、
俺は復讐なんかをしていいのかと、必然的に考え直させられてしまう。
しかし3年間も恨み続けてきたんだ。
その為に勉強もボクシングも頑張ったんだ…。
……。
…俺は一体どうするべきなんだ…。あぁ…。分からない…。
俺にとっての正しい選択は何なんだよ…。
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