はなれない
3月の中頃。
受験シーズンと呼ばれる時期はもう過ぎ去っている。
しかし、そんな中、まだ試験会場へと向かう人々もいて。
まあその中の一人が僕なわけですが。
とてもよく晴れた、完全なる春の日だ。
そんな日に僕は、化学・物理の参考書と受験に必要なものをカバンに詰め、試験会場へと向かった。
試験会場には嫌な思い出が詰まっていた。
なぜかってそれは約半月前、ここで受けた試験で敗れてしまったからである。
幸いなことに、指定された建物が全然違ったので、トラウマというほどではなく、これで最後だな、と思いながら自分の座席までたどり着いた。
周りにはほとんど人がいなかった。
すでに合格して進学先が決まっている人は今日来るはずもない。
逆に言えば、敗れた者のみがここに集合する。
教室は100人入るくらいの大きさだったが、実際にいたのは結局15人くらいだった。
みんな見るからに頭がよさそうで、どうして落ちたのかわからないような風貌をしている。
予備校の統計と山上先生が言う通り、やはり相当難しい大学に挑戦して僅差で落ちた人しか受からない世界なようだ。
試験監督がとびとびの受験生の番号と顔を確認していく。
「すみません」
僕は試験監督が近くを通った時、声をかけた。
「はい」
「これ、使ってもいいですか?」
「ひざかけ? ですか? 寒いなら空調入れましょうか?」
「いえ、寒くはないんです」
「はあ。ちょっと確認させてください」
試験監督がそういうので、僕はひざ掛けを渡した。
まあ不思議がられるよな。
こんな暖かい春の日に、試験中ひざ掛けを使うなんて。
ひざかけ、目薬、クッションを使うときは、事前に試験監督に申し出ることになっている。
だからどうしてもひざ掛けを使いたい僕は申し出たのだけど。
さすがに怪しまれてしまったようだ。
「まあ特に文字もないですし……使って大丈夫です」
「ありがとうございます」
僕はお礼を言って、ひざ掛けを返してもらった。
そして、それを膝の上に乗せる。
ふっと、思い出が流れてきた。
大学受験という、ただ与えられた勉強をする儀式。
そんなことに、一年余分に使ってしまい、そして今で戦いに決着がついていない僕は、とても滑稽な状態なのかもしれない。
でも。
僕は、そんな大したことじゃなくても、そんな面白くないことでも、それでもやったからわかったことがあるんだな、と思う。
僕は、やっぱり思った以上に幼稚だったこと。
でも、そんな自分でも、周りよりも遅れて、やっと努力できたこと。
そして、僕は優しい人に囲まれていたということ。
そんなことに気づけたこの一年の経験が、滑稽だったわけがない。
だから……。
うん、そうだよな。
ひざかけを通して感じる沙音華の温もりに僕は返事をした。
やることは。
全部を、枠線だけが記されたこの紙に、書き綴るのみ。
✰ 〇 ✰
「やめ」
「これから答案用紙を回収して枚数確認をします。指示があるまで席を立たないようにしてください」
「……枚数確認が終わりました。本日の試験は終了です。お疲れさまでした。正門から出るようにしてください」
僕はその言葉と当時に立ち上がった。
早いテンポで、慣れない階段を下りて。
広々とした、大学のキャンパスを走って。
そして、正門までたどり着いて駅へと走る。
駅前の、広場の自販機の横に、一人の女の子が立っていた。
「沙音華!」
「あ、たいせ、久しぶり……お疲れ様」
「あ、いや、あの、好きだ」
「え?」
「ごめん。僕、沙音華のこと、好きだ」
「え、なんで? ていうか好きって、いきなり?」
「ごめん。いきなり」
僕は沙音華の前で膝に手をついていた。
運動不足過ぎてだいぶ疲れてしまった。
そんな僕は、沙音華に突如として抱きつかれた。
「ばかだなあ、たいせ」
「ごめんばかで。ほんとにごめん」
「ほんとだよたいせ。あのさあ、たいせが立ち止まったって、たいせが違う大学にいったって、たいせがこの先どこにいたって、離れ離れになるわけないでしょ」
「……」
「だって、私、たいせのこと大好きだから。ずっと一緒にいたいんだもん」
「さねか……」
僕は、身体の力がなくなってしまった。
まったく、ほんと何処までも僕は沙音華に頼るしかしていないばかだ。
「ごめん。ほんとにごめん」
「ごめんばっかりはなし。私、たいせに好きって言ってもらえて、うれしかったんだから。もうごめんはなし。遊びいくよ!」
「うおまじでいまから?」
「そういまから! 初デートです!」
沙音華は僕から離れると、手だけつないだ。僕もちゃんと、握り返す。
この手はきっと、目的地までは、はなれない。
次がエピローグの最終話です!




