理科室の宝探し
覗いた窓から見る限り、理科室に人影は無い。俺は、寒さでかじかんだ指を揉んだ。
「どうだ?いける?」
俺は、声のほうへ振り向いて、右手でOKサインをつくった。
窓の鍵は、あらかじめ開けておいた。吉岡は不用心なのでいちいち鍵をチェックしていないらしい。
俺は、窓を開けて中へ入ると、谷原を招き入れた。
「実験室ってどっちだったっけ?」
「左の奥のほうだ。水道の横らへんだったと思う」
ひそひそと会話しながら、真っ暗な理科室を懐中電灯の明かりを頼りに奥へと進む。
実験室にたどり着いた俺は、持参した針金でカギを開けた。
「お、さすが。おみごと」
横で錠を照らしていた谷原が小さく歓声を上げた。
「ったく。貸し一だからな」
俺は懐中電灯を拾い上げ、実験室の扉に手を掛けたが、そこでためらった。
この先にある、吉岡の城には、どんな得体の知れない物があるか分かったものではない。
俺は、谷原の方を向いて、無言で扉の方を顎でしゃくった。
谷原は、一瞬嫌そうな顔をしたものの、仕方なしに扉に手を掛けた。
「これでチャラだからな」
言いつつも、なかなか開けようとはしない。
じれったい谷原を、肘で軽く突く。
俺の催促を受けた谷原は、腹を決めたようで、目を閉じて軽く深呼吸した後、勢いよく扉を開けた。
「ウワァ!」
開けた瞬間、谷原の顔の真横に人体模型の顔があった。
「おい、でかい声だすな。気付かれるだろうが」
まあ、確かに無理もないが、形だけでも叱責する。
「ヤベ、腰ぬけそ」
「笑えない冗談だよ。この先1人では進みたくない」
谷原を助け起こした後、改めてホコリっぽい室内へと踏み入った。
そこは、実験室というより、物置だと言っても過言ではないくらい不気味なものが乱雑に積み上げてあった。
カエルのホルモン漬けや、人体模型などを照らしだすたびにビクッとしたが、そうも言っていられない。サッサと見つけて、サッサと帰りたい。
「吉岡は、ここでいったい何の実験をやってんだ?」
不気味な液体がまんぱんに詰まった注射器がいくつも立っている試験管立を持ち上げながら訊いた。
真ん中の注射器がない・・・・。何かに使われたのは明白だ。
「・・・・・・解剖とか?・・・」
目の前の注射が、モルモットに突き立てられている様子を思い浮かべ、顔をしかめた。
俺は深々と溜息をついた。何で俺がこんな事。
発端は今日の昼、谷原の話の後だった。
「・・・・・100?・・」
一瞬、場が静まり返る。
「つまんない。」
鈴木が、嫌そうな顔をして言った。
「いや、ギャグじゃないって。本当なんだよ。確かなスジの先輩からの情報なんだって」
「その、先輩がうさんくさい」
「あ〜、じゃあさ」
サッカー部所属の斎藤幸助が人差し指を立てる。
「その領収書を持ってきてよ。それなら誰も文句言わないだろ?」
周りがその意見に同意した。
「いや・・・いやいや、1人で夜の実験室なんて行けないから。せめて、お供にもうひとり」
そして、この夜に至る。
自分のジャンケン運の無さには、いい加減、嫌気がさす。
「とりあえず手分けしようぜ。俺は奥をやるから、コンは入り口半分」
助かった。入口付近なら、何が出てきてもすぐ逃げられる。
しかし、黙々と探すこと15分。一向に領収書は見つからない。
「どうする?なさそうだから引き返すか?」
俺は、腕時計から顔を上げて訊いた。
「いやまだだ。これには、俺の情報屋としての信用がかかってる」
元から、たいして信用されてねえっつの!
俺の心の呟きは声にはならず、たった今見つけた物への興味に消された。
「おい、これってシュレッダーだよな」
俺は、それを持って照らし出した。
「おお、でかした。あの吉岡ならまだ中身を捨ててないって可能性はあるよな」
事実、シュレッダーの透明ケースの中には、細切りにされた紙切れが、捨てられずに残っていた。
俺たちはそれを、懐中電灯で照らしながら、丁寧に一つ一つ並べていった。
「・・・・やった。」
思わず、谷原が呟いた。
完成させた何枚かの紙の中に、それは確かにあった。
売り手匿名。品名 七ホシ 。値段・1000000円。
「・・・・・まさかホントに100万とはね。ここにある 七ホシ ってのは何を表してるんだろうな?」
「さあ、俺は領収書が見つかっただけで満足だけど。これで、胸張って戻れるし」
「でも・・・・・ここまで来たら気にならないか?100万もするてんとう虫なんてさ」
「・・・まさか探すの?その 七ホシ を」
「 七ホシ って呼ばれてる何かを、ね。」