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[05]NANAKAちゃんのシャワータイム(誰だ鳥の水浴びと言ったのは!)

「安家梨乃さん、だっけか。綺麗な人だったな」


 シャワーのお湯を調整しながら、もう一度、彼女の姿を思い浮かべる。真っ先に思い出すのは、透き通るような瞳。混ざりっ気のないサファイアブルー。ハーフだろうか。でも。目元とかは頬にかけての造形は、柔らかい線で描かれたいかにも日本人的なものだし、顔全体のラインや、そこから生まれる表情も、どちらかというと奥ゆかしい大和撫子的なものだ。背丈も自分と同じくらい。


 碧眼。このこと自体、別に不思議なことでは無かった。東洋人でも、天使が碧や翠、琥珀色の薄い瞳を持っていることがままある。これは、自分達天使がほぼ例外なく真っ白い羽毛を持っていることと関係があるらしかった。翼に関係する遺伝子の働きで、色素の生成が抑制されるのだ。そのため、瞳の色が薄くなる現象は、少女が天使となる前に現れる唯一の予兆として知られていた。


 七夏は思った。彼女(梨乃)の、その碧く澄んだ瞳が、清楚で穏やかな顔立ちや、すっとした立ち姿をとても良く引き立てている。他にも碧い瞳の天使を見たこともあった。でも、安家梨乃ほどの理想的な組み合わせは無いと、自信を持って言える。華やかではないが、夜明け直前の澄みきった空を思わせる凛とした姿だった。


 物思いに耽りながら、七夏はシャワーを背中に向け、翼の付け根に当てる。そして、翼を片側ずつ広げて、ゆっくりとシャワーを這わせていく。必要最小限の広さしかない狭いユニットバスの中だったが、器用に翼を動かす七夏。しかし伸ばされた翼は窮屈そうだった。今度はその翼を前の方へ動かし、羽と羽の間へと念入りにお湯を流しながら、空いた方の手で羽を梳いていく。


「あああっ、広い湯船でバチャバチャしたい!」


 本当は毎日、湯船に浸かりたかった。それもとびきり大きな湯船で。翼をバタバタと動かしてお湯をかき混ぜ、羽毛と羽毛の間を激しい奔流で洗い流したかった。シャワーだけでは、びっしりと羽毛が生えた翼の地肌をなかなか洗い流せない。


 七夏にとって、これが今の生活における一番の不満だった。思う存分翼を広げたかったが、この安アパートの貧相なユニットバスでは叶わぬ望みである。


 しかし、そんなに広い浴槽がある家なんてそう滅多に無い。賃貸のアパートじゃ尚更だ。しかも抜け落ちた羽毛の処理がまた厄介である。実家にいた時は、浴槽から上がった後、湯船にぷかぷか浮かぶこの厄介物を、何分もかけてひたすら網ですくっていたものだった。


 七夏も天使の例にもれず風呂好きだったが、この一仕事のせいでせっかくのお風呂タイムも湯冷めしてしまう上、興まで醒めてしまうのが、嫌で嫌でたまらなかった。


 それに今だって、排水溝を詰まらせないように注意が必要だった。足元を見ると、既に幾つもの羽毛がフィルターの網に引っ掛かっている。それらを摘まんでは、備え付けのエチケットボックスに放り込む。


「あの人も、こんな惨めなことをやっているのかな」


 梨乃のことだった。あの浮世離れした美貌を持つ天使が自分と同じような生活をしているなんて、想像もつかない。そう言えば、実際のところはどうなのだろう。実家通いなのだろうか、それとも一人暮らし。独身寮としてアパートをいくつか借り上げると聞いたけど、そこに住んでいるのだろうか。


(――でも安アパート暮らしの天使なんて、ちょっとミスマッチ。やっぱり、崇高な天使様はそれなりの生活をしていないとね)


 自分のことは棚に置いて想像をたくましくする七夏。翼の手入れを終わった彼女は、シャワーの栓を閉じると、たった今思いついたことを小さく口にした。

「今度、話す機会があったら聞いてみよう……」


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