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世界で一番強欲だから  作者: レオ
9/18

パーティー 9

「……っ!!」

「動くな。……逆らうなら、首を切り落とす」


 自分の首元に剣が据えられていると認識し、辛うじて理解出来たときに漏れ出た意味をなさぬ言葉と、剣を向けている相手が私に命令したのはほぼ同時のことだった。


 状況に頭は全くついていけず、ただただ混乱を深める中、それでも指示に従い逃げ出そうとした足が止まったのは、最早本能という他ない。


 パタン


 背後で開いていた扉が閉じる音がした。




 視界の端に映るのは、黒い外套に身を包み真っ直ぐに私の首に剣を据えるものの姿。

 フードを目深に被っていることや、明かりをつける前である為今いる場所にまともな明かり一つないことも手助けし、相手が何者なのか何が目的なのか、全く分からない。


 それでも、辛うじて分かることがあるとすれば3つ。

 先程発せられた、不快と冷たさだけを孕む低く少し掠れた声。

 それにより、恐らく男であること。

 そしてもう一つ。

 ……もし逆らえば、この男は一瞬たりとも躊躇することも無く、自分の首を切り落とすという未来だ。


 己の命を他人に握られた状況で過ぎる数秒は、永遠に感じられるほど長かった。

 身体中からじっとりとした嫌な汗がふきだし、気持ちが悪い。


 頭は未だに上手く働いてはいないが、この状況のまま冷静な思考が出来るようなら、そもそも没落間際にまで落ちぶれはしなかったのだろうからどちらにしろ同じことだ。


 長すぎる時の流れに、全身を包む不快感に耐えきれなくなった。


「……な、何が目的だ? 金か?! いくらだ! いくら出せば……」

「黙れ」

「ヒッ」


 なけなしの知性を総動員して出した公爵の必死の命乞いという回答を、しかし剣を据える男は不快感に更に強めて一蹴した。

 首元の剣が更に近づけられ、その冷たい存在感を主張する。

 公爵はもう既に、涙目になりながらその醜い巨体を恐怖で震わせることしか出来なかった。


「おい、さっさとしろ」

「ハイハイ。全く、君はホントせっかちなんだからぁ~」


 鋭い舌打ちが外套の男からもたらされ、公爵は肩を大きく跳ねさせる。

 男は不機嫌さを隠す様子もなく、目の前へ続く廊下の奥へと呼びかけた。

 暗さのせいで5m先程度も見えない。だが、確かに外套の男の呼びかけに応える声が返ってきた。

 この場にはやたら不釣り合いに感じられる、軽薄そうな少し低い声。恐らくこちらも男だろう。


 奥から次第に足音が近づき少しすると、やっと返事を返したものの姿が目視できる距離まで近ずいた。しかし、それに意味はなかったが。

 前から来た男も、剣を据える男同様に黒い外套に身を包んでいるのだから。唯一違うところといえば、その手に握られているのが剣ではなく縄だということだけだ。


「ハァ~。僕の手は、美しい女性達の柔肌を愛でるためにあるのに。なんでこんな汚いオジサン相手にしなきゃ行けないんだろうねぇ~?」

「まず、お前から縛ってやろうか?」

「ハハハッ。君みたいな馬鹿力で縛ったら、きっと縛られた人間の骨は砕けるだろうね」

「丁度いいじゃねぇか」

「遠慮しとく~」


 縄を持った男が、剣を据える男の前に来て軽口を叩く。剣を据える男はそれを煩わしそうにしながら、鼻で笑って私の首元にずっと据えていた剣をしまった。


 その瞬間、ずっと抑えていた私の恐怖が堰を切ったように溢れ出した。


「……うっ、うわぁぁぁ!」


 情けない悲鳴が口から溢れ出た。

 縺れていうことを聞かない足を強引に動かす。


(トリヒキなんてっ、もうっどうでもいい! いまは、一刻も、一刻も早くここからにげ……)


 一心不乱に扉へと駆け出した。まともに動くことを怠ってきた身体、肥太った外見からは想像もつかないような速さでさほど距離もない扉へ向かう。


 全力で伸ばした手。

 あと少しで、扉に届くと思った時。

 ……背後から温度を宿さない声が耳に届いた。


「まさか、逃げられるとでも思ってんの?」


 ドシーン


 声と同時に届いた衝撃により、公爵の扉に向かった手は虚しく空を切り、バランスを崩したその巨体は地面へと叩きつけられた。


 縄を持っていた男の鋭い蹴りが、私の足を捉えたのだ。


「うぐっ……」

「ハイハ~イ、怖~い《ナイト》がキレちゃうからさっさとしよ♪ オジサンは無駄な抵抗して面倒事増やさないで、ねっ、と! ――あの子が心配しちゃうでしょ?」


 男は私の上に跨り、腕を踏みつけると、一瞬のうちに両腕を後ろで縛り上げた。床に叩きつけられた衝撃と、踏みつけられた腕の痛みに呻き声が漏れる。


「これで、よし♪」

「出来たなら、さっさとしろ。アイツが待ってる」

「りょうか~い♪ ほら、オジサン。取り敢えず黙ってコッチに来てくれるかな?」


 私の上を退いた男は、腕を縛る縄の端を引き立ち上がることを促す。

 私は既に逆らう意思を持つことが出来ず、されるがままに従うしかなかった。頭の中では、酷く冷たい2つの低い声が、ただただ繰り返し再生されていた。




 連れてこられたのは、先程の廊下の突き当たりを右に曲がった一番端に位置する部屋だった。

 暗くて全く分からなかったが、30m程もある廊下だったようだ。


 剣を持った男が扉を開け、私達はそれに続いて部屋の中に入る。

 そこは放棄される時にほとんど持ち出されたのか、それとも放棄された後に賊に入られ荒らされたのか。小物が部屋の隅の方に散乱しているだけで家具などはもちろんなく、随分と殺風景な部屋だった。この部屋で貴族の別荘だった頃の面影を残すものがあるとすれば、美しい細工の施された大きなガラス窓ぐらいだろう。


 その窓の前に、目の前の男達と同じ外套を同じように着込む影が2つあった。

 窓の前に立つ2つの影は、何やら話し合っていた様子だったが、私達が入ってきたことに気づき直ぐに会話を中断してこちらを向く。

 私を連れた男2人は会話をしていた2つの影に近づき、4人で取り囲むような位置に立ち私に座るよう命令した。


「おかえり。《ナイト》、《ビショップ》。怪我は?」

「ねぇ」

「大丈夫だよ♪」


 4つの影のうち窓の前に立つ一番小さな影が、剣を持つ男と縄を持つ男に呼びかけ、返ってきた言葉に安堵する。隣に立つ一番背の高い影が小さい影の頭を撫で、少し不思議そうに問う。


「先程、凄い音が聞こえたのですが」

「このオッサンがズッコケた」

「あぁ」


 《ナイト》と呼ばれた剣を持つ男が、背の高い影の質問に答え私を視線で指す(正確にはズッコケたのではなく、縄を持った男に足払いをされたのだが)。影は視線に促されるまま私の身体を一瞥すると、納得したような声をあげた。

 どういう意味だ。


「全く。剣をしまった途端、泣き喚きながら逃げ出すんだもんなぁ~。《ナイト》様は一体このオジサンに何したんだか」

「何もしてねぇよ」


 やれやれといったふうな仕草と空気をわざとらしく醸す、《ビショップ》と呼ばれた縄を持つ男に、《ナイト》は不愉快気に返す。それを一番小さな影は楽しげに口元に手をやり、クスクスと笑っていた。

 そして、笑いを収めるためにか短く息を吐く。――空気が変わった。


「――では、本題に入ろうか。放置して悪かったな、まずは……。こんばんは、公爵さま?」


 その瞬間。酷く凛とした声と空気が部屋中を包み込んだ。恐怖で活動を放棄した私の脳を強制的に叩き起して注意を向けさせ、意識を引きずり込んで離さない声。

 奥にある大きなガラス窓から、今更顔を出した満月が室内を照らしだす。

 目の前に立つ一番小さな影が持つ、夜空を溶かし込んだような美しく深い瑠璃色の瞳が、視線を逸らすことを許してはくれなかった。






 それから、それからと。1日に2度も同じように膝から崩れ落ち、重すぎる自身の体重の反動で全身が痛む。おまけに何故か頭まで痛い。

 両手を縛られているため、さすることすら出来ない。


「お父様! 大丈夫ですかっ!?」

「……っ、メアリ? なぜお前がここに……」


 暫く呻いていると、私の美しく可愛いメアリが心配そうに駆け寄り、優しく背をさすり上体を起こす手伝いをしてくれる。しかし、……上体を起こし周囲を確認してしまったことは酷く後悔した。


(私はついさっきまであの屋敷にいたはずだ。黒い外套に身を包んだ連中に囲まれていた。なのに何故今度は貴族に囲まれている? メアリは今日、セシル殿下のパーティーに参加しているのではなかったか? そもそも私は何故騎士に連れられていた?)


 分からないことだらけだ。

 万が一計画がバレたとしても、確かな証拠がない限り公爵である自分の身柄の拘束など出来るはずはない。しかも、出てくる証拠は別の者を指しているはずだ。


(この騎士はいくら私が命令しようと全く従う様子を見せない。一体なんだと言うんだ!?)


 再び混乱し始めた頭は、次々と疑問を浮かべはするものの何一つ答えてはくれない。そんな時。


「こんばんは、公爵」

「っ! で、でんか?!」


 自分の思考を落ち着かせたのは、皮肉にも己の記憶の最後に焼き付いた瑠璃色を宿すものと、同じ言葉だった。


お読みくださっている皆様へ


まずは、「世界で一番強欲だから」をここまでお読み下さり本当にありがとうございます!


今までは大体1週間に1話2000字程度を目処に投稿させていただいていたのですが、矢張りそれでは話の話数が半端なく多くなるのと、読みずらくなってしまうため、もっと1話分の量を増やしキリのいいところで投稿させて頂こうと思います。


それに伴い、投稿ペースを完全に不定期にさせていただきます。でも、取り敢えず月に2本ぐらいは出したいと思っているので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


皆様に少しでも面白いと思って頂けるよう頑張ります♪(ง •̀ω•́)ง✧

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