パーティー 8
前回の話から少し前に遡り、公爵視点でお送り致します。
ちゃんと前回からの続きです(`-д-;)
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
時を遡ること2時間程前。
今日は我が国の第1王子であるセシル殿下の誕生パーティーが王宮で開かれる日だ。
まだ歳若い王子だが、その資質を疑うものは既になく。他国でもその名を知らぬものは無いと言われるほどである。
本当は自分もそのパーティーに赴き、せっせとご機嫌取りに励みたかった。今のうちに王子に気に入られていれば、そう遠くない未来王子が王位を継いだ後、国のより中央近くに行くことが出来る。
権力はあればある程よいものだ。
だが、だからこそ今日なのだ。
男は目的地に到着して止まった馬車から悠々と降り立ち、空を仰ぎみて雲に隠れた満月の薄暗い光を浴びながら、いびつに歪んだ笑みを浮かべた。
各国の要人達が一同にかいする今日。当然、憲兵や騎士たちはそのほとんどが会場周辺の警備や、要人の警護に当たる。
手薄になった警備の穴をつくのは実に容易い。
(まぁ、実際この計画を立てたのは、私ではないがな)
懐から時計を取り出し時間を確認する。
(まだ17時50分か……)
取引の時間は18時。まだ10分ほど時間がある。思いのほか早く着いてしまったようだ。
日没が早くまだ寒さの残るこの時期に、外で待つのは辛いかと思ってしまう。
今の男の服装は、己の公爵の爵位に相応しいと本人は思っているが、実際は無駄に煌びやかな貴族衣装に身を包んでおり、本来なら寒さなどたいして感じない格好のはずなのだが。身体中にゴテゴテと飾り付けられ、いやらしく光を反射し存在を主張する装飾品や、動くたびに揺れる彼の脂肪からどういった人物かは容易に想像が出来るだろう。
今夜の取引場所は、王国の北側にあるどこぞの貴族が管理を放棄してひさしい別荘の一つだ。暖を取れるような場所でもないが、放棄されたと言っても庭や門が整備されず陰鬱とした雰囲気を醸し出しているだけで、奥の屋敷自体はこういった取引の場として度々使用されるためか、最低限整えられているようだ。
とは言っても、あそこに1人で入り人を待つというのは少々不気味なため避けたくはあるのだが、どうせ後から行くことになるのだし、馬車の中や外にいるのに比べれば少しくらいはマシだろうと屋敷に向かって歩き出した。
(にしても、アイツもよくこんな絶好の場所を知っているものだな)
公爵は、半年程前に自分へと裏取引の助力を求めてきた伯爵の位を持つ男のことを思い出す。今頃はその伯爵もパーティー会場でご馳走を食べながら殿下へのごますりに勤しんでいることだろう。
(しかし、奴は本当に見る目のある男だ。私の周りにいた愚図共はみな、少し領地の金を使い込んだだけでギャーギャー喚きおって! この私の価値を理解もせずに、全く腹立たしい限りだ!! ………だが、まぁいい)
自分が領地経営のために領民から集めた税を横領したことを知り、口々に自分を罵りながら離れていった不快な連中のことを思い出し、怒りに染まった思考は今日の取引のことを思い、ふっと唐突におさまった。
屋敷の扉に手をかけ、ゆっくりと引く。
(今日の取引が成功すれば、奴らは私と同じめにあうか………最悪死ぬんだからな)
今から行われる取引内容は、………武器の密売だ。
セシル殿下がルスターと友好を結び国交を開いたという偉業をなして以来、今までは不可能とまで言われていた侵略行為以外の選択肢が作られた。よって下火にはなっていたが、人間の欲望に限りなどないありはしない。
少しでもその恩恵を受けたのなら味をしめ、もっともっとと欲をかく人間も出てくるだろう。
そもそも、ルスターとの国交を開けているのは未だに我がアスカルトをおいて他になく、長年ルスターの資源を狙い侵略行為を続けてきたマリリスと、商業大国とも呼ばれ『この国で手に入らぬものは無い』とまでいわれるグロッサムの両国にとっては当然面白くない話だ。
だからこそ今日、グロッサムのとある商人から大量に買い寄せた武器をマリリスの野心家達へと流すのだ。
マリリスはその武器で戦争を仕掛け、ルスターがその規模に疑念を抱き調べてみると、アスカルトの貴族数名がマリリスに武器の横流しした、という証拠が何処かから出てくる。
やっと築けた両国間の関係を考え、悪化を防ぐために国は早々に問題の貴族を切り捨てるしかない。更に、ルスターがアスカルトに不信を抱き隙を作れば、たちまちマリリスがそこを襲い国土の1部でも掠め取れれば最高だ。
既に、下準備は整っている。
私を罵った奴らの領地に武器密輸の中継地点をつくり、罪をなすり付けることも、この計画自体も全てホルード伯爵が進めてくれた。
本当に使える男だ。
(後は私が、最後の仕上げであるこの取引で相手から金を受け取り、武器の隠し場所である倉庫の地図を渡せばいい。それに万が一誰かにかぎつけられたとしても、私だからこそ問題ないとまで考えているあの男は、実に恐ろしいな)
高位貴族である私を、明確な証拠もなく容易に身柄の拘束など出来はしないのだから。
顔には、仄暗い笑みが浮かんでいた。
伯爵でありながら公爵である自分をも駒として作戦に組み込んだ男に多少の不快感はあれど、それよりも遥かに強い自分を切り捨てた貴族連中に復讐出来る愉悦が滲む。
ギィィィー
随分と重々しい音を立て開いた扉に、まるで捨てられた屋敷の扉でありながら、主人がいるこの国を危機に晒す行為を、これから始まる取引を拒絶しているようだと思い、自嘲する。
そのままドアを引ききり、待ち合わせには早いため相手はまだ来ていないだろうなと考えながら、月も隠れてしまい明かりもない暗闇に包まれている屋敷の中へ入る。
だが、そこには予想に反し自分を歓迎するもの達があった。
中に踏み込むと、屋敷の少し淀んだ空気が背後へと頬を撫で逃げていき。
チャキッ
すぐ近くで聞き慣れぬ音がした。
身体が勝手に動きを止め、音の出処を視線だけで無意識に探す。
小さく1度鳴っただけにも関わらず、音の出処は直ぐに突き止めることが出来た。
私の首元に、鈍く僅かに光を反射する剣が据えられていたのだから………。