パーティー 7
ここでこれ以上拒否するのは逆に不自然だと判断したのだろう。
伯爵は僕の横に少し距離を置いて立った。
顔には辛うじて出ていないが、その足取りは随分と重そうで、自分を近くに呼び寄せた僕の真意探ろうと必死にこちらを窺っているのが分かる。
伯爵からしたら、僕が言葉通りの気まぐれで自分を呼んだのか。それとも今から連れてこられるものと繋がっていたことがバレているため呼ばれたのか。もしそうなら、どこまで自分の犯した罪について知られているのか。それらの情報によって逃げ道や、取れる手段が大きく変わるにも関わらず、何一つ分からないのだから不気味だろう。
かと言って自分より2回りほども小さいくせに完璧な笑顔を浮かべ、まだ子供とも呼べる少年なのにその感情や思惑を一切こちらに読ませないのが我が国の第1王子だ。彼を相手にして腹の探り合いで勝てるとも到底思えない。
それでも、ここで諦めて大人しく捕まることを選択出来るほど自分の犯した罪は軽くない。そう理解させてくれる己の理性が、今は酷く憎らしく感じられた。
従って、往生際悪く最悪の場合を想定しどうにか言い逃れ出来ないかと水面下で必死の悪足掻きに思考を廻らすしかない。
そんな哀れな伯爵の手の中では、周囲を人混みに囲まれたおかげで返しそびれたらしい、まだ口をつけていない赤ワインが静かに揺れていた。
それから数分も経たないうちに、廊下の奥から何やら言い争う声が聞こえ始めた。
「……。! …………。」
「~~! ~。」
数名分の足音が徐々に近ずいて来て大きくなると共に、次第に声が拾えるようになる。
「……離せ、何度言えばわかる! 離せと言っているのが聞こえんのか!! 私を誰だと思っている!」
「公爵様でしょ? 知ってますよ、だからこちらも何度も言っているでしょう? 殿下のご命令です。それと、皆様がお待ちですのでさっさと歩いてくださいとも」
1つは先程報告に来た騎士の声だ。
そしてもう1つの声が聞こえた時、僕と先程まで話していた令嬢の顔色が、ザッと一気に青ざめたのが視界の端に映った。
彼女は僕の真意を探るようにこちらを見つめてきたが、どうせすぐに分かることだと取り合わず、ただ彼らが扉の向こう側から現れるのを待った。
先に姿を見せたのは騎士だった。
「殿下、大変お待たせしてしまい申し訳ございません。こちらがれえの罪人です」
騎士は敬礼をして告げる。ご苦労さまと一言労うと騎士は喜びを顔に滲ませ、手に持っていた縄を引いた。
「ほら、いい加減諦めてさっさとこい!」
縄に繋がれているものが抵抗したのだろう。引かれた縄がピンッと張られるだけに終わる。
だが往生際が悪いともう一度、今度は加減なく騎士に引かれことにより、腰と両手を後ろで縛られた男がたたらを踏むようにして2.3歩前に出た後、結局転けた。
ホール内には大勢の人々がいる。そのほぼ全員がこちらに視線を向けている。
今現在出入口の大扉では、煌びやかな貴族衣装に身を包んだ中年男性が、身体を縛られた状態で地面に這いつくばっている。
(なんか、……字面的にすごくアウトな気がしなくも)
「お父様?!!」
完全にそれ始めた思考を元に戻したのは最早悲鳴となった、転けた罪人を呼ぶ先程の令嬢の声だった。
令嬢はすぐさま転けた罪人、もとい彼女の父である公爵の元へと駆け寄った。
盛大に膝からいったことによって呻き声を漏らす彼を気遣って、背に手を当てさすっている。
公爵はだいぶ横にデカ……ふくよかな体型なので相当堪えたらしい。
もう暫くは地面と仲良くしていたいようだ。
僕はチラリとホルード伯爵に目配せして公爵と令嬢の元へとゆっくりと歩き出す。伯爵は意図を察し、僕の後に黙って続いた。
「お父様! 大丈夫ですかっ!?」
「……っ、メアリ? なぜお前がここに……」
やっと膝の痛みが引いたのだろう。
公爵は娘に支えられて上体を起こし、周囲を見渡した。………直後、全力で顔をひきつらせ、見なければよかったと心底後悔しているようだ。
ホール内を埋めつくさんばかりの貴族達、その視線を一身に受けている自分。
しかも、娘がここにいる。
一体何がどうなっているのか全く分からない。
何故今、この様な状況になっているのか―――