パーティー 6
やっとステージから降りて来た僕を見て、ご令嬢達は瞳に歓喜の色をたたえながら僕の周りを徐々に取り囲み、ヒソヒソと会話を初める。
「きゃあっ、セシル様よ!」
「あぁ、1曲だけでも踊ってくださらないかしら」
「はぁ~、今日も一段と輝いてらっしゃいますわ」
いくら小声で話しているとはいえ周りを囲まれていれば聞き取れるのは当たり前で、そうでなくとも僕は相手の唇の動きで何を話しているか理解出来るのだから会話の内容など筒抜けである。
まぁ言葉自体は分かっても、あい変わらず彼女達が何を言っているのか、何がしたいのかは全く理解できないのだが。
そのまま少しの間笑顔を振りまいていると、僕の前方を取り囲む令嬢達が道を作るように左右に割れた。そこから現れたのは一際派手なドレスを身に着けた1人の令嬢と、その取り巻きの4人組だ。
これでもかという程ふんだんにフリルをあしらった派手なドレスを着て先頭を歩くのが、没落しかかっていたが最近急速に力を取り戻しつつある公爵家の令嬢だ。
何故そんな微妙な令嬢が僕の婚約者候補に上がっているかと言うと、一番の理由は本当に僕の婚約者になるに相応しい令嬢に対しては全て取り敢えず16歳になるまでは、そういった話を持ちかけられないように裏から手を回したからだ。
要するに、消去法で彼女しかいないというだけである。
そしてもう一つの理由が、かの公爵を知るもの達はその手腕を称賛するよりも先に、疑念を抱いたからである。つまり、公爵の能力は推して知るべしということなのだが……。
そしてどこかの間抜けな貴族間で、『急激な回復は、王家が公爵家に援助したからだ』と真しやかに囁かれているらしく、わざわざ手を貸したならばと僕の婚約者最有力候補とされているらしい。
(まぁ、実際は親子揃って名前も覚えていないくらい興味無いんだけど。それでも確かにあの能無し公爵が、『自力で頑張った』なんて言われるよりは余程信憑性があるのだから仕方がない、本当に迷惑な話ではあるが)
「お久しぶりです、セシル様。本日は15歳のお誕生日おめでとうございます。」
派手なドレスの令嬢はそう言って、僕の前で恭しくドレスの裾を持ち上げ礼をした。
後ろに控えている3人の令嬢達もそれに続くが、その瞳は秘かに色々な想いを乗せて僕に視線を送ってくる。
貴族同士の繋がりなど、所詮そんなものだ。友情などといった言葉は存在しない。
僕は素早く頭を切りかえ、先程まで考えていた内容のことなど露ほども感じさせないほほ笑みを浮かべ、言葉を返す。
「ありがとう。君のような女性に祝ってもらえるとは、パーティーを開いてもらった甲斐が有るよ」
「まぁ、そんな」
令嬢は花を思わせる可憐さでうふふと、上品に笑った。
この一連のやり取りを、周りを囲んで見ていたもの達は口々にお似合いだと言ったり、自分こそがと野心の灯る視線を向けたりしている。
流石に没落間際だったとはいえ相手が公爵家なだけに内心はともかく、罵倒の類は混じっていない。
………全くもって、節穴ばかりだ。
(まぁいい。僕が今やるべき事はさっさとこの茶番を片ずけることだけだし。……さぁ。最後の仕上げとして、釘差しという名のささやかな仕返しを始めようか)
内心黒い笑みを浮かべた後、記憶の中からまず完全に忘れてしまっている相手の名前を思い出そうとして………時間がかかりそうだったし、どうせまたすぐに必要が無くなるので、早々に諦めた。
「そういえば、御父上の公爵はお元気ですか?」
「えぇ、それはもう。最近は領地の経営も上手くいっているようで、日々忙しくて過ごしておいでです。お陰で本日の殿下のパーティーに参加出来ないことを、とても残念に思われておりましたわ」
クスクスと、口元を隠しながら上品に笑う姿に周囲の男達の視線が集まる。
女性達は、パーティーの際には必要最低限以外の誘いは応じず、大体いつも壁の花をきめこむ僕がわざわざステージを降りて逢いに来た(正確には、降りたら向こうから寄ってきたのだが)ため、僕自らが初めて女性をダンスに誘うのではないかとざわめいている。
そんな中、僕はゆっくりと口を開き。
「そうですか、ならば丁度良かったですね」
「……え?」
そう静かに、誰にともなく呟いた。
彼女は、僕の発言の意味がわからず間の抜けた声を上げて聞き返していたが、僕はもう彼女を見ていなかった。
バンッ!!
「セシル殿下っ! パーティー中にも関わらず、申し訳ございませんが、急ぎお伝えしたきことがございます!」
勢いよく開かれたダンスホールの大扉。今飛び込んで来たばかりの騎士が、偶然その近くで話し込んでいた僕を直ぐに見つけて、敬礼しながらホールに向かって叫ぶ。
「何か問題でも?」
「はっ! 最近密輸が確認され問題となっていた違法商品についてのことで、殿下が仰っていた通り本日相手に動きがあり、取引現場に突入して無事に犯人達を全員捕らえることに成功致しました! ですが一つ問題があり、主犯となったものの身分が高く……」
「抵抗している、と。……うん。その人、ここに連れてきて貰えますか?ついでに一緒に捕まえた人達も。主犯が身分の高い貴族なら横の繋がりもありそうなので」
「はっ!」
突然の乱入者にも全く動じず、落ち着いた様子で的確な指示を出す。指示を受けた騎士は、全開の状態になったままの大扉の向こうへ再び姿を消した。
ホール内は異常な静かさに包まれている。
誰しも、騎士さえ手を出すことを躊躇う身分の者の不祥事に呆然としているのだ。
だが、次第にざわめきと不安が伝播する。
この状況で早々に全てを把握し動けるものがいるとすれば、2パターンしかない。それは、相当に優秀なものか………。
「どこに行かれるのですか? ホルード伯爵」
この状況に心当たりのあるものだけだろう。
僕が微笑みかけると、人混みを縫ってワインを片手で弄びながら外に出ようとしていた伯爵がピタリと動きをとめた。
僕の視線を辿って人海が割れ、僕の立ち位置からでもホルード伯爵の姿が見えるようになる。
伯爵は平静を装ってはいるが、僕にとっては動揺しているのがバレバレだ。
集まる視線の中に、このタイミングでわざわざ声をかけられた相手に対しての疑心がじわりじわりと滲み出す。
空気が変わり始めたことに気づきこのままでは不味いと、伯爵は急いで眉尻を下げながら僕の問いに答えた。
「……申し訳ありません殿下。御自らこのような余興を開いて頂き、大変興味深いのですが……。如何せん私も歳なもので、興奮するあまり少々酔いがまわってしまい、騎士が罪人を連れて来るまでに時間もかかりそうなので夜風にでもあたって酔いを覚まそうかと思いまして」
「そうでしたか……それはわざわざ呼び止めてしまいすみません。こちらもこのタイミングでの退出に、何かお気に召さないことでもあったのかと思っただけです」
ワインを持っていない手で、情けないと頭をかいている伯爵に対し、僕も少し子供っぽく苦笑して返した。
この様子に周りも杞憂だったかと視線を外し、伯爵は肩の力を抜いた……が。
「そうだ、そこまで楽しみにして頂けたのなら、是非こちらに来て特等席からご覧下さい」
次の言葉に今度はピシリと全身を硬直させていた。
忙しいことだ。
「い、いえ。ですが……」
「伯爵」
何かを言おうとした伯爵の言葉を遮って呼びかける。
さして大きくもなく、微笑みながら穏やかにかけられている呼び掛けは、いまだ予想外の余興にざわついているホール内には酷く異質なものに感じられ、既に少し青ざめた顔色をしている男にとってそれは、………気まぐれな天使の死刑宣告に聞こえた。
肝心のセシルは、この様子ならば十分に酔いも覚めただろうと。
「大丈夫、そう時間はかかりません。騎士達も、もう直ぐ帰ってくるでしょう」
ここでセシルは、ふと言葉を切ってホール内に視線をやり、1層笑みを深め。
「なんたって、僕が考えた余興ですから」
容赦なく続きの言葉を口にし、完全に男の逃げ道を塞いだ。