パーティー 5
勝利した後、父上に熟年兵についてさりげなく6人の名前をあげて聞いてみると、明後日の方向を向きながら、なんなら下手くそな口笛でも吹き始めそうな雰囲気で「何故だか皆急に初心に戻ってみたくなったらしくてな、1度隊を辞めて新兵として入団し直したんだそうだ。ハッハッハ、お前との約束にそれが偶然重なるなんて、こんなこともあるんだな~」と告げられた。
確かに父上は新兵としかいっていない。実績や実力は関係ないのだ。
つまり、新兵と区切られる枠にこじつけでもなんでも入っているなら僕に文句はいえない。
仕方なく、「そうですか。矢張り何かを極めたもの達の考えることは面白いですね、全くの予想外でした。どうやら今回は僕の運がなかったようですね。妙なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」とその場は穏やかな声と笑顔を浮かべて退出した。
僕は本当に何もしていない。
ただちょっとした世間話を急にしたくなったため、父上に会った後そのまま宰相の所に向かい、暫く話し込んでしまった。
確かあの時の内容は、父上のサボってた仕事分と時間帯についての話題だった。
あと、執事長の所にも行って世間話をした。
そっちは執事長が管理してくれている栄養バランスを無視して、父上がこっそりと間食していることについてだったか。
ついでに、この後部屋で待っている仕事と読書のお供におやつを作って貰うおうと、厨房にも向かった。
そこでは料理長におやつとこの前厨房あったいい酒をこっそり父上が持ち出したことについての世間話をしただけだ。
3人に会った後は真っ直ぐ自室に帰って、その日はずっと部屋から出ていないし、父上には当然会っていない。
だから僕は何もしていないし、何かが外で起こっていても関係ない。例えば自室に着いて数分後くらいに、外から恨みのこもった声音で僕の名前を叫びながら王城内を走り回る音。逃げる者を捕まえようと完璧な指示を出すついさっき話をしてきた3人の声。結局捕まった誰かが、ズルズルと引き摺られながら連行されていく音なんかが聞こえても、だ。
(音が止んだ後に飲んだあの紅茶は、格別だったなぁ。何という茶葉だっただろうか? いつもと同じ物なのに、何故だろうねぇ)
父が遠い目をした理由に少しだけ思いを馳せ、やはり分からないと思いつつも先程よりも気分が晴れやかな気がするのは、きっと気の所為ではないのだろう。
この晴れやかさが半年前のことによるものなのか、今現在目の前で母上に怒られどんどん小さくなっていく父上を眺めているからなのかは定かではない。寧ろ、両方な気もする。
父上はまだ母上に怒られていたが、ふと母上が表情をはダメな子を諭すような顔から可笑しそなものに変えた。
「婚約者決めも、セシルが本気で抵抗すれば上手くいかないことも嫌という程わかったでしょう? なら、もうよいではありませんか。約束の社交界デビューは来年、1年間の自由を確実に約束するのであれば今日、15歳の誕生日から16歳の誕生日までしかないでしょう?」
「はぁ……。確かに全てお前の言う通りだよ。全く正論すぎてぐうの音も出ない」
観念したというように、父上が苦笑を浮かべながら両手を上げ母に降参を宣言した後、向き直って真っ直ぐ僕の瞳を見つめてきた。僕を見る父上の瞳には喜びとも悲しみともつかない光が宿っている。
「ここまで邪魔をしても駄目だったんだ、いい加減儂も駄々をこねるのをやめにせんとなぁ……」
全くである。
だから僕はそのまま思ったことを口にすることにした。
「全くです。往生際が悪いですよ、父上。もし母上が止めに入って下さらねば、どうなっていたことやら」
「……お前の場合、本当にどうなっていたかが分からないから恐ろしい」
心の底からやれやれと呆れを込めて言ってやったら、青ざめた顔で返されてしまった。
(全く、みんな僕を何だと思っているんだろう。今度調べてみる必要があるかなぁ?)
だが今はとりあえず、そんなことは後回しだ。条件を完璧に達成し、隣国との戦争や貴族の反乱による治安悪化なんかで、貴重な時間を1秒でも無駄にしないための準備に5年も費やしたんだ。
やっと、やっと1年間と期限はついているものの自由に、やりたいことが出来る。
(とりあえず、今すぐにでも彼らに会いたいな)
そう思ってしまえば、もういても立ってもいられなかった。
「何はともあれ、わかって頂けたようで何よりです。では僕はそろそろ失礼させて頂きますよ。もう待ちきれないので」
僕は珍しく偽物ではない満面の笑みを浮かべつつ、席を立ってホールへと降りる階段を一段降りる。
僕の言葉に疑問を持ったのだろう。
「失礼させて頂きます? このパーティの主役はお前だぞ? 自由にする条件は期間中も有効、なのに何故もう既に遊びに行けるような口振りでいる。17時から開始したのだ、少なくとも22時、今が19時だからあと3時間は先のことだろう?」
先程までの情けなさが嘘のように威厳ある声で、僕を諌める言葉が背後からかけられる。それでも僕の足は、抑えられない気持ちに比例して軽快な音を立てながら一段、また一段と階段降りる。
僕は階段を降りきりってから振り返り。
「心配しなくても大丈夫ですよ父上。だって、仕事はちゃんと終わらせてから遊んだ方が、楽しいではありませんか?」
「…………何故だろう。心配するなという言葉とお前の顔が合っていない気がするのだが?」
僕はいつも通り父上に微笑みながら返した。
若干目元に影が落ちて見えたのは、きっと逆光による光の悪戯だろう。
父上の言葉を流し、僕は令嬢達の元へと真っ直ぐ向かった。