パーティー 4
実際問題、予想と反していたとしても僕に捌けない量ということはない。
それでも僕の腰を重くさせるのは、今日が特別な約束の日だからである。
もし仮に今日がいつも通りの日であるならば、王子である以上仕方ないと開き直り、この事態の原因を作った2人に対しての仕返しを考えつつ、さっさと相手を適当に終わらせ自室に帰って休むだろう。
だが、今日は10歳の時に交わし5年も待った約束の日だ。
従って、自室に帰って休むという選択肢何てものはもとより存在しない。
つまり、僕のこの誕生パーティでの最優先事項は体力の温存である。と、この結論に至るまでを一瞬のうちに思考し終え。
(さて、どう切りかえそうか。下手に返して、今後邪魔に入られても面倒だしな)
本気で思案に取りかかろうと回し出した思考を、しかし柔らかな声が遮った。
「あなたは、またそうやってセシルに意地悪をして。大体、婚約者探し~なんてありもしない噂を流させたのはあなたと宰相でしょう?そもそもセシルはあなたとした約束を今日のために5年間も頑張ったのだし、約束を交わしたあなたがその出鼻をくじく様な真似をなさるのは駄目でしょう?」
疑問形にはしてあるが困った子を諭す口調を取りつつ、明確な否定の意が込められている。
3人もの子供を授かりながら全く衰えることを知らない美貌を見て、母上のことを女神だの、聖女だの言うもの達がいると前に聞いたことがあるが……。
正直父上はロリコンではないし、母上は僕が15にもなろうかという歳なのであって、それ相応に歳をとっている。そうでなくとも息子の立場からすれば複雑な感情を抱かずにはいられない褒め言葉だったが………一瞬不覚にも納得しそうになってしまった。
「………約束? はて、何のことだったかな?」
含み笑いを浮かべつつ白々しくはぐらかし、自分が有利であることを確信している者の愉快そうな口調で返した父は…。
「もうっ! そのような意地の悪いことをなさるなら、私にも考えがあります。大切な約束を反故になさるような方は嫌いですので! 今夜は、別々の部屋で休ませてもら」
注意しても態度を改める気のない父上に対し、もう怒ったとぷりぷりしながらそっぽを向き、放たれた母上の言葉によって瞬時に霧散した。
「『1年間だけ僕の好きにさせて欲しい』、それを承諾するための儂の出した条件が、『この国の第一王子として相応しくあること。自衛できる術を持っていること。婚約者が決まってないこと。社交界デビューするまでにこの全ての条件をみたすこと』だったな! だよな、セシル?!」
焦って母の台詞がいい終わらないうちから、1字1句違わず5年前の約束の内容をよく噛まず言えるなと思う速さで捲し立てた父上に対し、僕は(流石。伊達に国王なんてやっている訳では無いな)と内心では少しだけ感心した。
だがそれとこれは別で、「な、な? 儂、ちゃ~んと全部覚えてたよな?!」と母上に先程の言葉の、具体的には「嫌い」や「別々」という部分の撤回を、僕には説得の手伝いをするように交互に見つつ訴えてくる。
母上はそっぽを向いたままで、父がおろおろしながら謝ってはチラチラと僕の様子を伺う。
そんな父上の姿に、僕は一瞬たりとも迷うことなく、散々邪魔してくれた相手に先程の関心とは別に、残った内心の大部分を使って(ざまぁ(笑))と今日1日の中で、1番いい笑顔を向けた。
……もうしばらくこの光景を眺めていても良かったのだが、僕の笑顔を見て父上の顔が青くなってひくつきだした辺りで、母上が(まだ許してませんから)と態度に出しつつも父上に向き直り、会話に応じることにしたようだ。
「あなた? セシルは第一王子としてこの5年間、とても良くやってくれたと思いません?」
「………ルスター国との休戦協定から、友好国として国交を開いたのは見事としかいい様がないな」
矢張り疑問形で穏やかな口調ではあるが、次にミスると後がないことがよく分かるから、母上の話し方は不思議だ。
冷や汗をかきつつ父上も間違えないように慎重に言葉を選び、質問に応じて僕が約束の条件を満たすためにあげた功績の1つを口にした。
「セシルは、自衛の術を身につけるため剣術や体術にもよく励んでいたわ。今や王城ではセシルに勝てる者もいない程の腕前でしょう?この前だって、あなたが言った無茶な試練とやらもちゃんと合格していたわよね?」
「あぁ。『王太子たるもの、1人で新兵程度の30や40相手に出来なくてどうする』ってやつか? まさか、本当にあの人数差で勝つとはなぁ。………こっそり熟年兵も混ぜておいたのに。しかも何故だかバレて、あの後は大変だったなぁ」
後半の方は母上には聞こえないようにボソリと小さく呟かれる。
誰に聞かせるでもない愚痴は、遠くを見つめる少し虚ろな目に添えられ、より哀愁を漂わせている。
(何故って、用意された新兵の中に熟年兵なんて混じっていたら、そりゃあ動きですぐに分かりますよ)
相手の強さを正確に測れる力もまた、強者を強者たらしめる力の1つだ。息遣い、間合いのとり方、構え方、視線の動き、重心の位置。
人間は立っているだけでも数多くの情報を垂れ流している。それらを観察すれば新兵と熟年兵を見分けるのなんて造作もない。
しかし口で言うのは簡単だが、まず常人に出来ることでは無いのが現実である。
ましてや、14歳のまだ子どもと呼ばれる年である。涼しい顔で全ての情報を拾い、正確に読み取って暴いたセシルが異常なのだ。
いくら新兵といっても1年以上の訓練を受けている兵士なのだが、セシルには関係ない。
動きを読んで誘導し、6人いた熟年兵をそれぞれ孤立させるよう立ち回った。その後で新兵を倒し戦力を削ぎつつ、残って手練同士で組まれては厄介だと、優先的に各個撃破していく様は正しく神技と称されるに値するものだった。
………タネも仕掛けも隠していれば。
熟年兵は当然腕に覚えのある者達で、そういう者達が王城にいるということは、王城で1番護られるべき王族の近くに控えている。
なので必然的に王族と彼らはお互いを知っている。………良くも悪くも。
(みんな少し近づくことさえできれば、微笑みかけながら名前を呼ぶだけで面白いほど動きが悪くなったなぁ)
どうやら父上より僕に不利益に働く方が、彼らにとって後が怖かったらしい。
(全く失礼な。僕は誰かを正当な理由なく罰したことなんてないのに)