パーティー 3
「お前は踊ってこないのか?」
声をかけてきたのは僕の隣に座る中年の男性。
僕の父、国王だ。
周りに不審がられないように声は抑えられているが、演奏中でもはっきりと聞き取れるよく通る声。
(踊らないのかって……。分かってるくせに)
「えぇ、ダンスは少々苦手なものですから」
面倒くさいと思いつつも適当な返事を返す。
父上は一瞬きょとんとした後、何がそんなに面白いのか腹を抱えるほど爆笑しだした。
僕と同じ短い黒髪が大きく揺れている。
これだけ爆笑しているのに声をあげず上品だが豪快に笑う姿が無駄によく似合っており、割と腹立たしい。
笑いが止まらず苦しそうに息をしつつも、細められた瞳が再びこちらを見据えたため、会話は続くようだ。
そろそろ無視をしてもいいだろうか。
「お前…にもっ、普通のっ、人間のように…苦手なことなんてものが存在したのか! 今日でちょうど…15年っ、お前の親をやってきたが、それは知らなんだっ!」
ため息をつきたい気分にはなるが、僕が笑顔を崩すことはない。
「人を怪物か何かのようにいうなんて、失礼ですね。僕は父上と母上の間に生まれた、れっきとした人の子ですよ。苦手なものくらいあります」
父上と母上の部分をさり気なく強調し、否定したら僕だけでなく、 「あんたら2人も怪物だ」と笑顔に込めて、さっさとこの話題を終わらせようと試みた。
結果、何が気に入ったのかさらに笑みを深くし、父が再び笑い転げているが。
確かに父上の言った通り、僕がこれまでの人生の中でやろうと思って出来なかったことはないし、大抵の事は1度やったら出来るようになる。
それでも、嘘もいってない。
(ダンス自体が苦手なのではなく、一緒にダンスを踊っている令嬢の、あの何ともいえないねっとりとした視線や、少しでも気を引こうと体をわざと押し付け絡んでくるのが心底うざった………苦手だと正確にいわなかっただけで)
とりあえず今だ笑い続けている父上に、変わらず笑顔を浮かべながら冷めた視線を送っていると、視線を向けている奥から父上を諌める声が飛んできた。
「もうっ、あなたったら。久しぶりにセシルに構って貰えて嬉しいからって、あんまりセシルを困らせちゃ駄目でしょう!」
「……あぁ、すまない」
母上だ。
肩まである髪をフワリと揺らしこちらを向いて、僕と同じ空色の瞳を少しだけ鋭くし父を怒った。
父は怒らた内容は流しつつ口では謝っているが、合間にくつくつとした笑いがいまだに漏れている。その様子に母上は呆れたように眉尻を少し下げて、困った子を見る顔に変える。
「まったく、もう。だいたいあなただって分かっているくせに、意地が悪いですよ」
やっと笑いが引っ込んだらしい父上は母上に、「悪い、悪い」ともう一度謝った後、片方の口端だけ上げ、王としての顔で再びこちらに向き直る。
「まぁ、確かに。あの中に単身突っ込むのは流石のお前でも気が重いか?」
何と分かりやすい挑発だろうか。
だが実際父上にいわれた通り、あそこに行きたくないからここに座ったままなのだ。
ちなみにあそことは、今現在ダンスにも参加せず僕達が座っているこちらに向かって、ギラギラとした視線を送って様子を伺っている令嬢達の所のことである。
今日で15歳になるが、僕にはいまだに婚約者がいない。それは貴族の中でもかなり珍しい方で、王族ともなれば前例がないほど異例なことだ。
今回のケースは本当に特別で、王子はとても優秀であり引く手あまたといわれ、この国には王女と第2王子がいることもあり、今まで見逃されてきた。
……不思議と、不自然な程に。
(いくら僕にとって有利な条件が揃っていても、あの前例がないものを全く認めようとしない貴族の思考回路には随分と手こずらされたね。おかげでいい暇つぶし程度にはなったけど)
故に本来なら14から16歳までに済ませる社交界デビューすらやらず、婚約者も決めない事に対して、しびれを切らした者達が起こしたのがこの惨状である。
ダンスホールでは今、来場者の半数程の人数も踊っていないだろう。
残りの客達で、庭に出ている者や食事を楽しむ者、お喋りに興じる者達はいい。
問題はその中に含まれない者達だ。
第一王子の婚約者とは無論、将来的に王妃となるもののこと。
ならば相手の女性にもそれ相応の身分が必要だと、頭の固い連中が言い出すのは当然の流れではある。
そして、身分が高ければ高い程どそれに群がるものも多くなる訳で……。
つまり、身分が高く雑に扱えない令嬢達がこの会場に10人程いたとしよう。そこに、令嬢達の家々に群がる取り巻きが2人から4人ずつ付いているとする。
ざっと計算して大体40人。
(勿論、その程度のことは僕も覚悟をしていた。どこからか……ほんと、どっかの笑い上戸の黒髪とその右腕の悪人面の奴が、「これを機に僕の婚約者決めを」なんて漏らさなければ……)
お陰様で、僕に集まる視線の数は予想より2倍近くにも跳ね上がっていた。
令嬢達の瞳からくる熱すぎる視線に対し、立場も忘れて露骨に嫌な顔をしたくなる。