第八十三話 四人とさよなら
辺り一帯、他者が息を吸う呼吸音すら聞こえてこない。霞む視界の奥にちっぽけな男が見えた。
「……おい、おいおいおい嘘だろ? ハザマ……死んだのか?」
軽屋。今となっては憎たらしい顔だが、さっきの陽向の攻撃でハザマは倒せたみたいだが、俺も攻撃をくらったから全身を思うように動かせない。
「クソッ! これじゃあ上の奴らに殺されてオレの人生終わるだけだ……ループ解除は出来ない、続行か……」
「……それは、俺にワザと言ってんだよな……軽屋」
「……気付いていたか」
そう言うと軽屋は蔑むような目で俺を睨む。そして、躊躇なく俺の顔を蹴った。
「くっ……」
蹴られた衝撃で口から血飛沫が舞う。軽屋の不敵な笑い声が脳で駆け回る。
「オレには二つ、選択肢がある。一つはオレ以外の記憶を全て消し、ループを終わらせる。もう一つは、ここでオレが死ぬ事だ」
軽屋がここで死ぬ? まさか……予想は当たっていた。軽屋はポケットから銃を取り出した。
「……弾は二発。お前を撃ち殺してからオレもここで死ぬってのはいいな。お互い苦しまず逝けるな。それに……そうすればただ死んだ人は生き返らないが」
……この発言からして、きっとハザマに飲み込まれた四人は戻ってこないんだろう。それでも……。
「考えないといけないのはここからだからな……俺を殺すなんて前提に過ぎねえ」
「……何が言いたい?」
「よーく考えろって事だ……誰の命が大事かを……命の重さをその身で味わえ……命を捨てるような行為、お前なんかにできっこないだろ」
「黙れッ!!」
息を荒くし俺の額に銃口を当てる。そうだ、それでいい。
「ハハッ……」
軽屋は馬鹿だ。きっと俺と同じ答えに辿り着く。ここまでは俺達の役目、ここからは軽屋と上の皆が決める事だ。
ここで一旦、四人とはお別れだ。
「……地獄で会おう、軽屋」
「……うるセェ!」
さよなら、皆。来世で会おう。
* * *
銃を撃った。弘成は殺した。後はここでオレが死ねばいいだけ。躊躇いなどは無い。オレはそのまま顳顬に銃口を当て……ると、何故だか震えが止まらない。引き金を引く力がジワジワと汗で滑って中々引けない。
……そうだ、何もオレは死ぬ必要はない……。ハザマをもう一度、俺の元に着かせ、利用出来ればやり直しは効く……!記憶も残っていないガキ共に負ける訳がない!
オレは駆け足で機械の前まで走っていった。
微かに声が聞こえる。まずいな、上の奴らが降りてきやがった。もうこっち側の能力者は残っていないようだな。
……っと、あった。見た感じはどこも壊れてないみたいだ。後は強制終了させれば……こっちのモノだ!
「そこまでよ」
「……アポロン。良くもオレを裏切ったな。心底腹が立ったが、今となってはどうだ?」
「? 何を言いたいの?」
憐れな女だ。オレを下に見る態度は昔から変わらない。
「ここまでお前らが追い詰めたつもりになっているようだが、オレにはまだ切り札が残ってたんだよ」
……よし、話で時間稼ぎ出来た。後はボタンを押すだけでこの世界は終わる!
「馬鹿だな、アポロンは。オレを見捨てた報いを受けろ」
ボタンを押した。世界がぐらつき始め、オレ以外の人類は一度消え、真っ暗闇の中、オレは消えた。
* * *
「――忘れないよ」
「はっ……」
変な夢から俺の意識を釣り上げたのは目覚まし時計の電子音だった。悪夢だったのか、冷や汗が止まらない。
すぐさまアラームを止め時計に目を向けるとデジタル表記で9月15日6時30分という表記が目に写る。
俺は額の汗を軽く拭き取り、一階のリビングへ駆け足で降りる。
「おは……あ、そうだった。今日は、居ないんだったな」
机にポツンと残ったタッパーを掴み、電子レンジで温める。待っている間、さっきまで見ていた夢を思い出そうとした。だが、何も思い出せない。
「うーん……」
悩んでいるとチーンと音が鳴り、意識を無理矢理現実に戻された。
結局、何も思い出せないまま食べ終わり、学校へ向かう準備を済ませた。
「行ってきます」
誰もいない家に声を掛け、そのまま家を出た。
「おはよー」
「ん? あぁ真凛、おはよう」
「……どうかした? なんか、テンション低くない? はは」
「実はさ……」
今日の夢について俺は真凛に話した。そうすると真凛は手を顎に当て悩む様子を見せた。次に頭を抱えたと思うと何か閃いたような顔を見せて大声で叫んだ。
「吉夢だよそれは! 思い出せたら、夢叶うかも!」
「……な、なんか真凛もいつもより面白い事なってない? 何というか、陽向に似ている気が」
二人で笑い合っていると学校に着いていた。教室に入ると皆がいつも通り楽しそうにはしゃいでいる。なのに、俺の心はずっと今朝の夢に引っ張られていた。
「なんか悩んでんな」
椅子に座って頬杖を付いていると、隣の席ににいつの間にか知音が座っていた。
「なんか、何か違和感があんだよなー――」
「出席取ります、席はそのまんまで大丈夫ですよ。ただ、返事すれば良いですから」
鈴木先生が出席を取りながら知音と会話を続ける。
「違和感って、どんな?」
「――五十嵐君」
「はい」
魔莢のハッキリとした声で知音の声が遮られた。
「……ごめん、やっぱ後で話す」
……今は返事優先だ。
「――神崎君」
「はい」
健人の威勢のない声。
「黒枝君」
知音が隣で大きな声で返事をする。目線はどう見ても健人を向いている……なんか、健人も悔しがってる。
「――清水さん」
「はい」
真凛の若干テンションが高い。意外と今日を楽しみにしてたんだろうな、お菓子食べられるし。
「――高木君」
「はい」
「高山さん」
「はーい」
高木は普通だったが、陽向もテンション高いな。今日、二人とも部活オフだったよな……だからあんなにもニヤニヤしているのか!
「――――秘兎さん」
「はい……」
今までの皆と違ってテンションが低い。気分が悪いってよりは……寝不足? さっきチラッと顔を見たけど隈が出来てた気がするな。
「深谷君」
「あ、はい!」
危ない危ない、次って事忘れてたぜ。というか知音よりも結構大きめの声出したが……
「え、知音?」
完全に寝ている。張り合ったつもりなのに! ううっ……健人からの視線を感じる。
「――星野君」
「はい」
俊樹もいつも通りだ。というか朝からテンション高い日なんて無いだろうな、俊樹には。
「よし、今日も全員いるね」
「当たり前! 俺達優等生ですから!」
「じゃあ朝から眠らないでくださいねー。家で寝ましょう」
知音は何も言えなくなり、周りが笑いだした。ただ俺は先生の言葉に何というか、足りない気がしていた。
「うぉーい弘成。大丈夫か?」
「…………え」
「ボッーとし過ぎだぜ? もうチャイム鳴ったし次移動教室、行こうぜ?」
知音は既に立ち上がって教科書を抱えていた。
「……ほら。手、掴め。身体、ダルいんだろ?」
知音が右手を俺に向けて伸ばす。今日の俺は何処かおかしい。そう思いながらも差し伸べられた手を掴んで、俺は立ち上がった。




