第八十二話 終わらせない
瞬きする間に全身が切り刻まれ、糸がはち切れる。どうやら、一撃では倒しきれなかったみたいだ。雷斬を与えた余韻に浸れず、すぐに俺の肉体が悲鳴を上げた。そうして、全身のあらゆる所から血が溢れ出し、それと同時に耳の中に何かが入り込む。これは血だ。耳を切られたようだ。膝は俺を支えられず、気付けば俺は地面に伏していた。
「さっさと死ねぇッ!!」
遠くからハザマの声が聞こえる。何かが迫ってきている。俺は右手に小刀を作り、握った。
「ッ――!?」
けたたましい轟音に光。その正体は一体――。
「まだ生きてたか命衣。黒纏は……!」
「身についてるの、見えるよね?」
彼女の顔が、凶悪で怪物みたいな靄が仮面のように覆われていた。流石のハザマでも同様が隠しきれていない。
「……やっぱり、視野が狭い。こうなったのはハザマのせいだから。邪魔だし」
そう言うと命衣さんは頭を爆破した。そして、その靄の先から神が仄かに見えた。
「貴方達の未来は、今ここで私達が消し去ります」
神御衣を纏う彼女に途端に恐怖を覚えた。
「……なるほど。隆頼を利用したがってたのはそういう事かよ。血筋だけでここまで化けるなら味方に引き込めたら相当大きい……」
「? 私は仲間になるつもりなんてないが」
「あのジジイの事だよバカが」
「……」
無表情のまま、命衣さんは目を泳がせている。もしかして、健人と陽向を探しているのか? 確かに、二人の気配が全く無い。まさか……既にハザマに喰われたのか? いや、それなら能力を直ぐに使ってくるはずだ。
「……弘成。今すぐ黒纏を使って構えて。ここで終わらせよう」
「……はい、黒纏!」
「硝子の世界」
まずい、黒纏を発動してからハザマの体力に底が無くなっている。この技を連発されたら、押し切られてしまう。だが、命衣さんの発言はそういう事なんだろう。俺は瞬きをし、時を待った。
* * *
硝子だけの世界。オレだけの世界に、邪魔者は要らない。目の前に見える二人の形をした硝子目掛けてツタを奮う。ヒシヒシとヒビが入り、更にオレは力を入れる。
「……終わりだ」
完全に2体の硝子は砕け散った。気付くと30秒を過ぎていた。オレ自身の肉体もこの戦いで成長していると実感した。
「……何だ、これ」
崩れる命衣だった物から微かに光が漏れ出している。何だ、こんな事は一度も起こらなかったぞ。一体何が起きて……
「黒纏……!? く、来るな!」
漏れ出た正体は、命衣の黒纏。しかも、オレに近付いてくる。
瞬きする間にそれは眼前に迫り、そして光った。
* * *
「グァァァッ!」
けたたましい男の叫びが耳をつんざく。そして、俺の全身がひび割れたような痛みが走る。俺は声を押し殺し、じっと刀を握り続けた。
「ッいやっぱり、相当な攻撃。そして貴方の世界にも、その苦しみ様から私達は入り込めたって事よね?」
「な、何故だ……!! くっ……」
ハザマの黒纏は解けている。まさか、命衣さんがやったのか!?
「それに、その様子じゃもう攻撃は出来ないよね?」
それにしてはハザマの様子は何処かおかしい。ブツブツと呟きながらじっと下を向いている。起きろ、俺の身体! ここで、俺一人で立ち上がらないとここまで生きた意味なんて無い! 勝って四人の思い出を抱えて生きてやる!
「俺達で、また一からやり直すんだ! こんなお前達が作ったくだらない世界なんかじゃない、俺達の創造的な未来に!」
脱力しきった足に力を込め、踏ん張り立ち上がる。全力で走る。全身が痛みを訴えているが気にしている必要なんてない。
「……少なくとも、お前らに未来など訪れさせない。ここで力尽きろッ!」
俺と命衣さんに向かって蔦が伸びてくる。勢いのままスライディングして避けるが、命衣さんは微動だにしない。恐らく命衣さんもあのハザマの攻撃をくらっていたんだ、動く力までは残っていないのかもしれない。
「ちょこまかと!」
滑り込んだ俺を捕えようと蔦を全方位から囲みだした。だが、俺は止まらない。糸を高い壁に伸ばし、目の前にある蔦は刀で一切りで切り倒していく。俺の身体は浮き、ハザマの頭よりも高く飛んだ。
「ハザマァ!」
刀を両手で掴み、無駄な力を抜いて振り下ろした。分厚い筋肉の壁を作ってくるが構わない。頭頂部を浅く斬ると蔦が俺を飲み込もうと襲い来る。俺は糸を使って蔦と絡め合う。威力の相殺をしながら徐々に刀が血がタラタラと溢れださせる。
「――今だ」
陽向の声が、ボロボロとなった瓦礫から聞こえた。
「そこかッ! 硝子の世界だ!」
「うおおおぉっ!! 黒纏! 陽向ァッ! 撃てぇぇえええ!!」
例えば、命衣さんの光が神々の輝きなら、陽向の光は全てを燃やす灼熱の太陽。俺の最期に見た景色は真っ赤で、誰かに抱かれている感覚に近かった。




