第七十七話 炎上
崩れる直前
……外、騒がしいな。私はコントローラーをテーブルに置き立ち上がった。カーテンを開け、窓から下を眺めてみると、一台の車が止まっていた。そういえば暁が今日戻ってくるんだっけか。騒音の正体も分かりカーテンを閉めてまた椅子に座りなおしてコントローラーも握りなおした。
画面には私のランクがデカデカと表示されている。そ
こにはSランクとだけ書かれている。
「やっとSまで来れたよ……」
このゲームはループが始まる前日から発売された。お世辞にも私はゲームが上手いとは言い難いが、何度もやり直してきたお陰でかようやく最高ランクまで上り詰める事が出来た。これで期間内に5回目だ。きっとループが終わる時が来る。その時に誰よりも速くSに辿り着く為に頑張ってきたが、そろそろ疲れてきたな。
もう寝ようかな。
テレビの電源を切り、ベッドに飛び移った。天井を眺め今日一日を振り返り始めた。
「あ、まだご飯もお風呂も入ってなかった」
急いで飛び起きて、扉を開けた。
「おわぁっ!?」
目の前には暁。自分の足に引っかかってそのまま私に向かって倒れて来た。そのまま私は押し倒され、思い切り背中を強打する。
「痛っ」
「ごめんな命衣! お前をすぐに連れ出さないとと思ってここまで来た! 急に扉が開いて焦ってしまった」
「それは分かったから……暁退いてよ」
すまんすまんと軽く謝られ、そのまま手を引っ張られ起き上がる。
「で、ここに来た理由は?」
私がそう尋ねると、暁は迷い無く言った。
「お前を助けに来た。ここに残ったら殺されるぞ」
* * *
――二人は死んだ。その衝撃的な出来事に再度目を覚ましてからも口に出せない。かといって上にすぐ戻って戦う気が起きない。今度こそ死んでしまうかもと思うと足がすくむ。
ただ何もできないまま階段付近をただうろちょろしていた。
「あ……知音君か」
「大丈夫か?」
「貴田さん……」
暁さんと命衣さんが階段を下りてきて、目が合った。二人とも深刻な表情で足を止めなかった。
「なんで、降りてるんですか!」
「それは……」
命衣さんが何か言いかけた瞬間、ぐらりと地面が揺れた。咄嗟に壁へもたれ掛かり、二人の服を操って壁に寄せる。
次の瞬間にはあっという間に階段も壁も全部崩れ始めた。
「キャッ!?」
「うあああ!」
「くっ……そ」
落ちていく支えの壁をどうにか操り、自分達が落ちないように動かす。しかし、動いている壁を操るのは難しい。重力にも逆らえずに落下していく。
「壁から離れるな!!」
俺は叫び、過去最高の力を発揮した。抵抗も出来ずに落ちていく沢山の人達が、真下に見える。俺の能力じゃその人達まで救う事が出来ないと分かっている。それでも俺は……ただ助けたかった。
「無理かもしれねえが」
暁さんと命衣さんの着ている物全てを操り、壁から離れないようにくっつけ続けた。そして、落ちている人達の服を俺の身体に出来るだけ向かうように操る。そうすれば完全に停止させる事は出来ないが、落下の衝撃を和らげることは出来るはずだ。問題なのは、俺がそこまで保つか怪しい所だが。
「グゥッ……!」
流石に何十人も支えるのは不可能だ。地面に近い人ほど段々と力が抜けて落っこちていく。
「まだ……いけるだろ」
アイツに聞いてみたが、返答が無い。初めて能力を使った時以来、一度も声が聞こえた事が無い。俺一人じゃ、弘成にも健人にも追いつけない、それが現実だ。
「一人じゃ……どうにもなんねーだろッ!」
全身が痺れる感覚に襲われる。それはまるで、アイツが戻ってきたと錯覚してしまうような光が全身を巡っていた。
「……と、止まった?」
「俺が止めてるッ……!」
俺が見えた範囲の全ての人を支えている。めちゃくちゃキツイが、何故だか支えられていた。
「ゆっくり落ちていく、ハザマさえ居なけりゃ無傷で済むな……」
「……なんか綺麗だな」
確かに、と思って地面の方を見る。砂煙を上げていて見えづらいが瓦礫となって建物は存在していた。
ただ、綺麗と言う感想は出てこなかった。
「あ、瓦礫の上に人が立ってる」
命衣さんが指差す所を見るとスーツらしき物を着た人達が見える。その人達も、俺達を見ているように見えた。
* * *
「……いた」
必死に探し、遠く離れた場所でようやく弘成を見つけた。ボロボロの肉体で精一杯呼吸をしているが、このまま放置していたらすぐに死んでしまうだろう。
私は震えが止まらず、その場で懺悔するように語った。
「私は記憶のない弘成をずっと利用してきた最低な女だ。幸せだったのは私だけで、解決するつもりもなかったんだよ。皆を見殺しにして、能力もただ人を脅して殺す為だけの道具でしかなくて……。だから、私は、弘成から離れてみたんだ。けど、そうしたら私には何も残らない気がして……」
私に戦う気力なんて残っていない。ハザマ達に背を向けて、弘成しか見ていない私は、誰の役に立つのだろう。いや、きっと誰の為にもなってない。
「……私には弘成しか居ないんだよ……。けど、弘成はどう思ってるかな……私は役立たずで――」
「役立たずなんかじゃない。助けに来たぞ弘成、愛莉」
肩をポンポンと叩かれ、振り向くと明人がいた。
「現実から目を背けてなければ、役立たずじゃないだろ?」
再起不能だった弘成の肉体を癒やしていく。私には如何にもならなかった事を簡単にやり遂げた明人は輝かしく見えた。
「弘成は意外と脆いしよく挫ける。それは愛莉もそう思うよね? 誰かの支えがないと立ち上がるのも出来ないような弱い奴だからさ…………怒んなよ?」
「でも……さ! 誰が自分を助けてくれたとかさ、はっきり覚えていてくれる奴だから。自分自身のことを役立たずだとか思わない方がいいぜ?」
「俺達、一人ならここまで来れないから」
……ああ、そうか。私は泣いていたんだ。明人の言葉を聞いていて気付かなかった。ただ、思っていた事だけを言わないといけないって明人に気付かされた。
明人に聞かれても恥ずかしくは無かった。
「今までありがとう。ずっと好きだったよ。この花、あげるから……忘れないでよ?」
一輪の花を作った。実物とサイズが違うけど、その花がなんて名前なのかを忘れられなければいい。
全身に走る痛みを忘れて、私は笑顔のまま目を閉じた。




