第七十五話 シン
今回は少し長いです
波の声が聞こえる。穏やかで、塩の匂いが鼻に刺さる。俺は空を仰ぐだけで体を動かせない。
「聞こえるか私の声が」
どこからか声が聞こえる。この声は俺の中にいる怪物だ。
「ああ聞こえるよ」
そう答えたが、返答がない。幻聴だろうか。しかし、一向に現実に戻らない。世界は何色にも染まってなくて何も無い、それがこの怪物の心を現しているようだった。
「君の思い出を私も見たが……君達は面白いな、幸せになれたんだろう?」
「幸せ……多分そうだ。きっと……生き延びたらもっと思い出を重ねて、怪物の君にも嫉妬させてみせるさ」
強がっている。如何しようもなく怖い。死ぬのも怖いが、それ以上に消える事が。烈王さんや希那さんを忘れていた事が、命は尽きるのもあっという間だと脅されているようだ。
「……なら、思い出せ。君と愛莉の思い出を、ここに来た目的はなんだ? 全てを終わらせるなら何をすべきなのか今一度考えろ」
「……それがさ、何故だかよく分からないけどやる気が起きないんだ。一人にさせてほしい……一瞬でいいから」
開いた瞼をまた閉じようと思う。少しだけ眠ろう……
「――お前が諦めてどうすんだよッ!!」
急に首が締まり、呼吸が出来なくなる。俺はうめき声を上げ悶苦しむがその力は緩まない。
「……ッ、ヒーローになりたいんじゃ、無かったのかよ……ッ」
「――君は、一人じゃない!」
そう言われて、俺は抵抗を止めた。誰かが、俺を待ってる。ここでその想いを裏切ったら駄目だろ。
そして俺は、怪物の首を締め返した。
「行かなきゃ」
俺がボソリと呟くと、周りは現実に戻っていた。俺は空中に浮いていた。
「なんだこれ……」
無意識に俺は能力を使用して落ちない様に糸を建物に張っていたみたいだ。ただ、俺一人の能力じゃ自分を支えきれないはずだ。なのになんで……。
すぐに気が付いた。俺を支えていたのは糸だけじゃなかった。俺の身体には無数の蔦が巻きついていた。糸から滑り落ちない為に、俺が、諦めない|為に。
「弘成ぁッ!」
「真凛!」
空から真凛が降ってくる。服も所々破れ、傷口がちらほら見える。真凛は何かを警戒している表情でキョロキョロしていた。
「来るよ! ハザマが!」
その時、脳に悲鳴がよぎった。
「アアアアッ!!」
落ちる真凛の方にハザマが現れた。目を充血させ、翼と爪を生やし、更に同時に鳥類を出し続けて攻撃を全方位に打ち込んだ。
「効くかよ」
冷静にハザマは襲い来る生物たちを全て薙消していく。真凛の悲鳴が響き渡り、ハザマの大きな笑い声にかき消されていく。何もかも消していくハザマに俺は無性に苛立っていた。
もう一度戦わせてくれ。糸が千切れ、蔦も俺を離した。ハザマを刺す為に刀を握り落ちた。
「硝子の世界」
希那さんの能力名をハザマが叫んだ。マズイ、ここで使われたら俺達は耐えきれるのか? いや、耐えれるだろ。俺達なら……怪物がここで退く必要なんて無い。全身に糸を纏う。今迄よりも複雑で何重にもなる層は分厚く、そして温かい。
「ウァアアァァッ!!」
ハザマが世界に入るよりも速く刀を振り下ろした。その攻撃は首筋を切り落としかけた。斬る感触は十分だ。ここで仕留める!
無駄に力は入れない。斬り落とすだけに全てを賭けた。
「ッ!」
最初は首筋を捉えていたが、斬ろうとするとどんどんと減速していた。これは烈王さんの能力。
一瞬意識が飛んだかと思う程の衝撃。どこでくらったかも察知できない威力で俺達はまた吹き飛ばされている。
「弘成ッ! まだ、私達が付いてるから!」
「そうだ!」
俺の隣には愛莉がいて、真凛の隣には俊樹がいた。俺達は眩しい程光る貴田財団の中にいる。二人は俺達がまた飛ばされないように愛莉は蔦で俺を掴み、俊樹は真凛の身体を抱えて瞬間移動してきたようだ。
「あ、ありがと。俊樹」
「……今までごめん。色々と迷惑かけたんだ、汚名挽回させてくれよ」
「……それ使い方間違ってるけどね」
小声で愛莉がツッコんだが俊樹は聞く耳を持たなかった。
「……あの、愛莉そろそろ離して」
流石にずっと腕を触られていると恥ずかしくなってきていた。でも、俺が言っても愛莉は手を離してくれない。
「……うん、満足した。これで覚悟出来たよ。……弘成、地下に行こう」
愛莉は優しく手を離してくれた。ニッコリと良い笑顔を俺に見せ、すぐに切り替えて正面を向き返した。俺も正面を向いた。
「チッ、面倒だな……誰から殺るか……」
「俊樹、頼んだっ」
愛莉はまた俺の手を握り、俊樹の肩も掴んだ。真凛も俊樹の手を握った。
「行くぞ」
俊樹の掛け声と共に景色が次々と変化していく。動揺している社員の人達や、何やら銃を持った人までチラリと見えたが、それよりも大事なことだ。
すぐに薄暗い地下に着いた。ここには時間を操作する機会がある。それは俺達四人だけが能力を持っていた時から知っていた。それの使い方もその時隆頼さんに聞いている。
今まで同じ日々を繰り返していたのも機械が原因だ。隆頼さんや軽屋達が使ってきたから何度も俺達は苦しんだ。
「愛莉、弘成、本当に止める方法なんて分かるの?」
「止める方法自体はかなり有るんだけど……どれがいいかな弘成」
確かに方法は沢山ある。ただ、何か胸騒ぎがする。あまりに順調過ぎる気がする。
「とりあえず終わらせよう。二度とループしないように」
「うん……確かこうするんだったよね」
愛莉は機械に打ち込みあっという間に実行直前まで持っていった。
「……これを押したら9月15日に戻らない。押すよ」
「うん」
「任せた……!」
愛莉がそれを押そうとする中、俺の胸騒ぎは止まらない。一抹の不安が俺を襲う。
「……愛莉。俺も押す」
愛莉の手の平に手を重ねる。
「ポチ!ッと」
愛莉は確かにボタンを押した。が、何一つ変化しない。本当に上手く行ったのか?
「大丈夫かな――ってうわわわわわわ!!」
上から崩れるような爆音が聴こえてくる。そして地下だというのに多少揺れた。まさか、建物自体が崩れたのか!?
「早く早く!!」
「何処だ、何処にある!」
明人に健人の声だ。恐らく地下の何処かにいる。ここは意外と広くて複雑な仕組みになっていて、声が聞こえても近いという訳でもない特殊な場所だ。ここは合流したほうが良さそうだ。
「待ってろ明人、健人! 俺達、今四人いる! 合流しよう! 皆、探そう」
「……この機械の役目はもう終えたもんね」
「後はハザマだけだ」
明人達を探そうと足を一歩踏み出した直後、再度誰かの悲鳴が聴こえた。
「うわあああああ!!」
「健人ォッ!?」
「明人達の声だ!」
すぐに二人の叫び声が聞こえた。嫌な予感がする。
「明人! 大丈夫か!?」
俺達は引き寄せられたように明人達に辿り着いた。
「死ねェッ!」
待ち構えていたのはハザマと軽屋の二人だった。そして軽屋は俺に銃を向けている。引き金は引かれていた。
「チッ」
俺の額を撃ち抜く直前に、空気の壁に弾かれた。健人は腹部を撃たれていて荒々しい息を吐きながらも鋭い目付きで軽屋を見ている。
「フフフッ、やっぱり罠にハマってくれたね。これでかなり手間を省けた」
「どういう事だ?」
軽屋は笑い続ける。暫く俺達との睨み合いを繰り広げていると徐ろに口を開いた。
「さっき君達が押したボタン、本当は財団を爆破するスイッチだったんだ」
「なっ……!」
俺と愛莉が押したボタン。さっきの爆音の正体は貴田財団の崩れたからだったのか。俺や愛莉がそんなので怯むとでも思っているのか、軽屋はニヤニヤとしている。
「……もういいよ、二人を馬鹿にしたような口ぶりをさぁ! 何にも知らないくせに!」
「オレらがどれだけ修羅場潜って来たと思ってんだ、今更ビクビクして何もしない……そんなのはありえねーんだよバーカ!」
「……俊樹の言うとおりよ。私と弘成がここで諦めると思う? そんくらい知ってたよね? 軽屋」
三人が吠えた。それを見てか軽屋は笑うのをやめた。
「……あの装置を止められるのは俺だけだ。実際に止めるのは君達怪物全員を消し去った時だけだ。その時にループを終了させる」
「ならお前とハザマぶっ潰せば終わりってわけか」
俊樹が腕の骨を鳴らし唾を吐く。誰かの指示なんていらない。俺達は各自で攻撃を仕掛けた。
「待て……ッ」
健人の掠れた声が聞こえたが、このまま話を聞き続けるのは危険だ。先に仕掛けないと負けると察知、床を蹴り飛ばし刀を作って再度斬りかかった。それと同時に糸を出しつつ次の攻撃に備える。
真凛の目を見る。目からは血が溢れ出ていた。そして今までと同じように爪を生やして切りかかっている。愛莉は俺の攻撃に合わせて蔦を伸ばしてハザマを避けられないように妨害し、俊樹は見えなくなった。恐らく瞬間移動で姿を消し、幽霊で不意を突く為だろう。
「何度繰り返しても成長しない愚かさ……賞賛に値するよ。まず一つ。君達と俺の格はあまりにも違いすぎる」
……攻撃が当たらない。思い切り振ったはずなのに、まだ刀は空に残って、次第にその場で静止した。他の皆も同様で、誰の攻撃もハザマに届かない。真凛の目から溢れる血までもが、じわじわと垂れてゆっくりと地面に向かって落ちていく。
「……もういいトドメを――」
「0距離ゴーストォッ!」
俊樹が俺らが近づけない領域に入り、そのままハザマの首を絞める。ミシミシと鈍い音を鳴らしているが、ハザマは微動だにしない。
「『ユウカイ』」
ハザマは青白く光っていく。そもそもこの能力は何だ? 今までに出会った中で一番近いのは、烈王さんのに近い。しかし、烈王さんの能力にしては範囲が広すぎる。直接触れていなければ減速なんて出来なかった……もしかすると、コイツ自体が進化したのか。
次の攻撃が何か察している。コイツが屋上に現れた時に使ったものと同じに違いない。威力は断然今の方が高く撃ってくると思うが……。
そうか、あの時の攻撃は集まっていた俺達を散らす為だったのか! 俺や愛莉は間違いなく落下せずに生き残れる。そうすればどっちかが地下を思い出してここまで来る。そうしてスイッチを押させる事で絶望を与えつつ、邪魔な能力者達を消す事が出来るんだ。つまり、この全てが、罠。
何か策を考えろ。……と言っても、いつも俺は後手で行動してしまう。だから今回は、先手を打った。
「!?」
俊樹が消える前に極小の糸をくっつけておいた。そこから――刀を生み出した。刀は糸で繋がり合い、何十の刃先がハザマの全身に群がる。当たるかどうかはハザマの反応速度に依存するが、少しでも隙を突けた。これで攻撃を中断するか、また別の攻撃に切り替わるはず。そうなれば明人が範囲外から殴り込む事で少なくとも傷を付けられる。
――さぁ、答えは――。
「くだらない」
何もしない!? この攻撃自体無駄だった? 様々な思考が巡るがそれよりも早くハザマの攻撃が飛んできた。咄嗟に糸を縦に作り表面を守った。ハザマ達の憎たらしい顔までも遮られ、それと同時に爆音と共に景色が途絶えた。
自由に身体を動かせるようになった。今この瞬間、範囲から外れた。俺一人じゃここまで来れなかった。だから頼む、怪物よ。
俺に、お前の全部托してくれ。
「ハザマァァァァァァァァ!!!!!!」
何よりも速くなれた気がした。誰かが俺の肩を叩いてくれている。ハザマがいた近くの壁に無数に糸を繋ぎ、俺はそれに引き寄せられている。満身創痍のまま、光速すらも超えてただ一直線に衝突する!
「弘成」
ハザマを斬り、そのまま俺はぐちゃぐちゃになっていった。勢いのまま聞こえた声が、何故だか懐かしくて。俺は泣いた。
* * *
「はあ……疲れたわぁ、煙草あったら吸いたいよ……」
「何冗談言ってんスカ、煙草吸った事ないすよね」
「成人して一本吸って飽きちゃったのよ。それに私に似合わないから」
「カッケーすね、でもこの状況厳しくないスカ」
「……あの」
「どうしたんですか、雅姫さん」
私に聞くその声は震えていて、希望を感じられない。私の役目っていうのは、迷う人々を誘う事。
「……なんで、私生きているの」
「それはっスネ、俺が助けたんすよ!」
「……簡単に言うと、私達は貴方達の味方です。私達が崩落した貴田財団から救えるだけ救いました」
まだ私達は瓦礫の上だ。きっと犠牲になった人も沢山いる。それでも、助けられた命だけは守り通すと決めたから。
「私に任せてください。このアポロンに」
生存人数不明




