第七十三話 境界線
こうなる直前
「行きましょう! 倒れないように!」
「分かってる!」
弘成の掛け声に続いていくように愛莉が飛び出していった。俺も付いていこうと思ったが、先程の希那さんの様子は何処か変だ。何か隠しているように見えた。続々と駆け上がっていく皆を尻目に希那さんを追いかけた。
「明人君。君までどこに行くのだ」
地下へ向かう階段に降りようとした直前、聞き覚えのない声をかけられる。
振り向くと、やはり見たことかわない大人が腕を組んで俺を睨みつけていた。
「……えっと」
「……ここは隆頼様に誰も入れるなと言われております。誰であろうと……」
ああ……。これはきっと既に希那さんは入っている。そんな確信が持てた。この男はきっと隠し事をしている。白髭を蓄えるその老執事の風貌をした男をどうにかして通させてもらう他ないがどうすればよいのか思い付かない。しばらく悩み、結論を出した。
「退いてくれないなら、力づくでどうにかします。もう誰も死なせたくないんです」
拳に力を込め、能力を発動する。筋肉を増強させ見せつけるように力を貯める。
それでも、男は退こうともしない。
「おい――どっちが怪物殺してる奴だ?」
「次から次へと! 誰なんだよお前ら!」
今度はスーツを着た変な女が居た。背丈も170近くあり、色々とデカい。髪色は真っ白で不思議な人が現れた。
流石にこの女を見てか、老執事も動揺した顔を見せている。これはチャンスだと気づき、その女を無視して階段を下っていった。
* * *
「な……なゼ……ここに来た……?」
「……おじいさ……ん……?」
嫌な予感が的中してしまった。命衣ちゃんのお祖父ちゃんが屋上に星を見に行くわけがない。昔、命衣ちゃんと星を見る約束をした時に断られたから知っていた。
隆頼さんは脇腹から血を流して椅子に座ることもなく地で蹲っていた。
「何が起きたの」
「……げ」
「え――」
実際には聞いたことのない音――例えば銃声。初めて間近で聞いた音はこうも簡単に人から力を奪う事が出来る物なのだと実感した。
大きな物音を立てて私は倒れ込んだ。血が全身から溢れだす。口から大量の唾液混じりの血液が垂れ、撃たれた腹部からも血が滲み出ている。
「……の、能力が……使えな……い」
「――ようやく、会えたな」
心の底から震えるような、声が聞こえた。間違いなく……烈王の声だ。
一歩ずつ近付いてくる烈王の足元に期待していた。ただ、近づけば近付くほどそれが全くの別人である事に気付いた。
「……君達兄妹は、僕を見捨てた。だから、報いを受けるべきなんだ。烈王は既に落ちた。後は希那、お前だ。そうすればハザマとして生きられる」
彼は……まだ怪物が現れる前、私と同じく能力者候補だった子供だ。今の巨体からあの頃の彼を、同一だと考えるのも厳しい。
「……この鉛玉は僕じゃないよ。もう一人、僕の見張りが居たんだけど……今は隠れてもらってるんだ。質問がある。君の応答によっては、殺すか生かすかが決まるからね」
私がどう言おうと結果は分かってる。と、そんな野暮な事は言わず、ただ黙って聞いていた。
「――兄を救いたい? それとも、まだ生きていたい?」
淡々と言葉を吐く彼は不気味を通り越して狂気の域に達していた。
「そんなの……救いたいに決まってるでしょ……」
「……そっか! ……救えるといいね」
「――じゃあさ、僕達と一つになろう?」
ふざけた発言に返答も出来ない程思考が混濁してきた。
暫く黙っていると、痺れを切らして彼が話した。
「君も皆に忘れられる。――いや、存在ごと無くなる。僕に食われた人はそうなる運命なのさ。君の――兄さんのようにね」
存在が消える。その言葉が脳内を巡り続けた。兄さんも……存在が消えた? もう、覚えているのは……私だけなのか。誰も、私達を思い出せないのは辛すぎる。ミナちゃんと約束したのに、夢を叶えないといけないのに。
「……復讐というのは虚しいのかと自問自答を繰り返してきたが答えは出たよ。復讐は正義。それに……『誰も何も間違えなかった』! 僕も烈王も、希那もそれが正解だった!」
口内が血ではっきりと話せないが、唾を吐いて腹部を抑えながら立ち上がった。
「兄さんを勝手に呼び捨てすんなガキ」
引き金を引く音が、今度ははっきりと聞こえ、玉が放たれた。動いて避けようとしたが体はゆっくりと避けようとするだけ。これは……兄さんの能力だった。
* * *
「はぁっ……はぁっ……!」
死に物狂いに地下室に降りてきた。現場からは血の匂いが充満していて、吐きかけてしまった。
「……ッ! 隆頼さん……」
隆頼さんの脈をどこかで見た知識で試してみたが、動いていなかった。血の匂いの正体は隆頼さんだった。そして、追ってきたはずなのにその人はどこにも居なくて――あれ。誰を、追ってきた。
記憶が封じられている……?思考を巡らせていると背後から靴が擦れる音が聞こえた。
「失せな!」
女の背後から光り輝く輪が見える。そこから銃弾……というか光の球が放たれた。暗い地下室を照らしたおかげでもう一人怪しい人物が銃を俺に向けていた事がわかった。
俺が回避しようと動いた直後に引き金が引かれた。その行動に移る合間に女は更に攻撃を仕掛けた。
まず、女はさっきまで光っていた球まで走って掴んだ。すると、光は形を変えて棒状の形にまで伸びた。直ぐに銃弾を切り裂き、その弾丸を撃った人物に目掛けてその光を投げつけた。
相手は避けられず、腹部にそれが触れた。そして肉体を切り裂く。
「……ヴッ……アァ」
低いうめき声を上げながら、ソイツは息絶えた。
「………危なかったね。動けるか?」
「……貴方は一体誰ですか」
「……強いていうならレジスタンス。君達の味方で財団の敵。仲間はまだ数名だけどこの施設をブッ壊しに来た」
どうやら、俺達以外にもこの惨劇を終わらせに来た者もいるらしい。彼女も能力者でその扱いを見るに、長い間戦ってきたに違いない。
「……普通の人達を殺す能力者共は皆殺してきた。この地下室に秘密がある事は全て知ってる。さっさと探して解決しましょうか」
その言葉に返答しようと思ったが、直後に脳内に忘れ去られていた二人を思い出した。
「……希那さん。烈王さん……俺、忘れていたのか?」
「……この痺れる感覚、なんだ? 何の能力だ?」
彼女は二人を知らない。だから分かっていない。
「……追いかけないと。ここに用はない。……行かないと」
「ちょちょ、どこ行くの!?」
「……貴方とは戦うつもりもないですが、俺にはやらないといけないことがあるんで」
彼女の制止を振り切りまだ上に駆け上がった。手遅れだった。健人の記憶によって全て思い出せたし、理解した。
怪物が……最後の怪物が屋上に誕生した事が。




